表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/117

16.甘い夢

火の国中央区、高級ホテルのスイートルーム。


「……どうでしたか? ご感想は」


「……気持ち良すぎて頭悪くなりそう」


「あははっ♡……私も、裸で布団に包まるのがこんなに気持ちいいなんて知りませんでしたよー」


ごろごろ……


「あっ……こら!」


布団を巻き付けながらベッドの端へ転がっていこうとするネリアを、ジャンは布団ごと腕の中に捕まえた。

カーテン越しの空は既に明るく、白を基調とした寝室の中央、天蓋無しのキングサイズベッドは広々とした開放感が心地よい。

まるで天国のような快適さに、ジャンは寮に帰るのが辛くなってきた。


ネリアは疲れているはずなのに興奮冷めやらぬといった様子で、ニヤけた顔でジャンの頬を引っ張ったりキスのおかわりを繰り返しせがんだりしてくる。


「……牙が気になるか?」


口内を執拗に舌で探ってくるネリアに、ジャンは一旦お預けをして確認した。


「えへへっ。探すの癖になっちゃいます♪」


ネリアは悪戯っ子のように舌を出して笑って見せるが、ジャンの表情は硬い。


「……オレはネリアを噛んだりしたか?」


「してないですよー? 私は甘噛みくらいされたかったですけど。ジャンさんはとっても慎重で、私のこと傷付けないように気遣ってくれてるのちゃ〜んと伝わりました。……最後、急に強く掴まれて引き寄せられたのはビックリしましたけど」


「すまない……あれは我ながら自分の本能が恐ろしかった」


「と〜ってもドキドキしました♡ ジャンさんが我を忘れるくらい私に夢中になってくれたんだーって、ちょっとくらい痛くても嬉しかったです!…………って、ジャンさん⁇⁇」


ジャンは布団を剥がすと、ネリアの白い肌に注意深く視線を這わせた。

紅潮したネリアは手で遮ろうとしてみるが、ジャンの手はそれをあっさり退かせてしまう。


「そんなにじっくり見られると流石に恥ずかしいですよっ」


「どこも怪我してないか⁇ 痛みは⁇」


「……心配しなくても、私は強化魔法使えるから大丈夫ですってば。事前に確認したじゃないですか。念のため回復薬だって用意してありますし……能力低減状態でもそんなに不安ですかね」


施された魔術刻印を撫でるように、ネリアはジャンの背中に手を回した。

ジャンの背には元々幼少期に施された刻印があったが、配達員の仕事に就くときに部分的に術式を壊して解除していたので、今回はそれに上書きする形で刻印がされていた。

刻印時は単に肌を傷付けるだけではなく、体内魔脈に響くような痛みを伴い、解除時には正しい手順を踏まないとそれ以上の激痛が襲う。

半獣人に自力で刻印を解除させない意味でも都合が良い仕様だ。


「能力を低減させるといっても、人間よりも働けるように人間以上の力は残してあるからな。油断すれば不慮の事故が起きかねない。だから半獣人は人間居住区内での飲酒も禁じられている。嗅覚も、食品内のアルコールに気付ける程度には残ってる」


「人間居住区内での半獣人の能力制限や感覚制限について、擁護派の人たちの中には撤廃すべきと言う人もいるんですよねー。ジャンさん自身はどう考えてます?」


「制限は必要だ。無くしたい奴はよほどの考え無しでもない限り悪用したい側だろ。人間は脆くて繊細で不注意な生き物だ。半獣人側が意図しなくても力加減を誤れば事故は起きるし、プライバシー問題なんて避けたくても害してしまう。それに半獣人にも悪人はいる。一部の凶行で他の半獣人まで危険視されるんだ。まともな半獣人は撤廃なんか望んでない。差別と区別の違いくらい分かるし、人間の安全や安心を脅かしたいとは思っていない」


「異種族の住み分けは大事、郷に入れば郷に従えってことですかねー。違いを無視してみ〜んな同じにすればいいってもんじゃないですよね」


「なんでも、全部、自由、平等……そんな言葉を時と場合も考えずに振り翳して、正義に酔ってるような奴は大迷惑だ。そういう奴の話を聞いてみると、本なのか宗教なのか、聞き齧りの言説を愚直に盲信して模倣したいだけなのが透けて見えることがある。向き合うべき個々の事象そのものは考慮しなくて、実際の問題とそれに対する答えがチグハグで噛み合わない。現状を見ようとしてないんだ。大雑把な言葉を使うときほど必要なはずのバランス感覚が、奴らには伴ってない」


「あー、空気を読まない無能な味方は厄介ですよね。パパのとこに出入りする偉い人たちって基本的に実利主義なんですけど、たまに変な人も混じってました。やたら横槍入れて脱線させて、話すべき問題に使われるはずだった時間を無駄に奪って、したり顔の人が。意見が一色になっちゃう状況は危険で避けるべきとはいえ、足を引っ張るだけの人では単純に邪魔ですからね。大昔の宮廷道化師が本来めちゃくちゃ賢い人にしか務まらなかったって話もなるほど納得〜です」


今更ながらピロートークに相応しくない毒のある会話だ。ジャンは苦笑を浮かべる。


「ネリアはけっこう性格きついな。オレを差別しないくらいだから博愛精神かと思えば、好き嫌いがかなりハッキリしてる」


「んー、嫌うときって基本的には実害の有無で判断しますけど、悪意の有無でも判断しますね。悪に怒るのに私怨は必要でもなくて、義憤で充分怒れちゃいますし。悪意に対する敵意は強い方かもですねっ。正義感っていうか、普通にゴミが落ちてたら不快に思うような感覚で。あと私、ジャンさんのことはめちゃくちゃ差別してますよ!」


「⁇」


「勿論プラスの方向に! とびっきり最上級に依怙贔屓してますもん! それが恋ってものですよ〜♡ 私が体を許せるのも、ジャンさんを特別扱いしてるからですっ」


そう言ってネリアがご自慢の巨乳を押し当ててくるので、ジャンは自分だけに与えられた特権を享受する。

そうしてネリアもまた、ジャンから与えられた特権を享受している。2人は今や名実共に結ばれた恋人同士、特別同士だ。


「…………私、ジャンさんと出会うまで半獣人に興味無かったんですよね。好きでも嫌いでもなく無関心でした。仕事先で会ったりとか、自分と関わりのある相手なら関心もありましたけど。それは個人として見てただけで、種族として見てたわけではなかったんで。個人をきっかけに種族にまで興味持ったのは初めてでした」


「火の国の特権階級育ちで半獣人に偏見無しはすごくないか?」


良くも悪くも主観強めで生きているタイプなのだろう。

ジャンは感心していたが、ネリアは申し訳無さそうに眉を下げる。


「いや〜、そのくらい無関心だったんで。パパも政治とか本当は関わりたくないってタイプだったし、私はそーゆー方面の教育は碌に受けてないっていうか。甘ったれた人生送って、割といい加減な人間だったんです。仕事であちこち行って、色んな人や出来事に触れて、良い見本も悪い見本も学んで、やらかしたり恥じたり悔いたり、なんだかんだあってやっと今の自分というか。それもまだまだ未熟で、これからなんとか……って感じで」


珍しく自信の無い様子のネリアから、ジャンはなんとなく言いたいことを察した。

ジャンはネリアの頭を撫でるように引き寄せて、慰めるように優しく瞼に口付ける。


「……別に、ネリアが無理して差別を無くそうとしてくれなくていい。難しいこと、手に負えないことなのはわかってる。オレはもう、種族間のことでネリアを責めたりしない。これまで色々愚痴を聞かせたことは悪かった」


「いえ! 聞けてよかったですよっ。私、好きな人のことはよく知りたいですから! 知ることでやっと繋がれるっていうか、関わってもっと繋がりたいっていうか……」


「落ち着け……全部抱え込もうとするな」


起き上がろうとしたネリアを、ジャンは腕の中に捕まえなおした。

ネリアは腕枕に甘えながら溜息を吐く。


「能力や感覚の制限を区別だと納得しても、戒めの首輪はやっぱり差別ですよねっ。残念ながら懲罰機能を不正使用する人間はいるようですし、その機能を実際に使わなくても恐怖心で支配することを可能にしてますから。脅迫して隷属させるのは対等とは言えないですもんっ」


「確かにあの首輪は無くなってほしい。だが、制限してあると言っても、実際の感覚は本人以外確かめようがない。ネリアが半獣人相手に無防備でいられるのは、傍目には異常だろう。……顎の強さで考えるなら、喉を食い破ることも容易いぞ?」


「それをいうならジャンさんだって、魔導士相手に無防備ですよ。私はその気になれば氷でも炎でも出せるんです。……氷漬けにすることも、消し炭にすることもできちゃいますよ?」


2人はちょっとの間睨めっこをして、同時にくすくすと笑い出す。


「要は信頼できるかどうかですよね。差別主義者が対等な関係を拒むのは、相手を恐れているからだと思います。半獣人も魔導士も味方として信頼できれば頼もしく、尊重することで良好な関係を築ければ理想的なんですけどね。……なんだか恋愛みたいですよね。信じる勇気がいるんです」


「恋愛に限らず、誰かを信じることは賭けだ。裏切られることもある。賭けは強者がするものだ。強者は失敗しても立て直しができる。愚者でないなら弱者が慎重になるのは道理だ。……オレは、オレを信用できない人間の気持ちもわかる。だからこそ、オレを信用してくれるネリアのことは本当にありがたいと思ってる。……ありがとな、ネリア」


ジャンがフッと柔らかな微笑みを見せると、ネリアは急激に頭が熱くなって意識がトロトロに溶けそうになる。


「〜〜っっ‼︎ ジャンさんはデレた途端に激甘過ぎてずるいです……」


「ネリアは可愛いな」


「……ジャンさん、カワイイって言葉キライだったんじゃないんですか?」


「悪かった、あれは撤回する。今は本心からネリアが可愛い。愛しいと思ってる」


「〜〜〜〜っっ♡♡♡」


ネリアは真っ赤になった顔を隠すように、ジャンの胸元へぐりぐりと頭を押し付けた。

ジャンがその頭をしばらく撫でていると、ネリアは強請るように脚を絡めてくる。


「……ジャンさんとの子供、早く欲しいな〜」


「せっかちな奴だな、結婚もまだどころか付き合ったばかりで」


「私としては結婚する気があるから付き合ってるんで!」


「半獣人と混血の子供だぞ?」


「勿論わかってますよー。ジャンさんみたいな耳と尻尾が付いてたら、きっとめちゃくちゃ可愛いですよねっ♡ 楽しみだな〜……ジャンさんは子供何人くらい欲しいですか?」


難しい問題にはひとまず蓋をして、2人は甘い甘い夢を見ることにした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ