12.パーティの夜(その1)
ハートの月、下旬。火の国中央区、旧劇場記念館。
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「ああ、ネリア嬢……やはり可憐で美しい。相手の男は一体何者だろう……⁇」
「外国の方だそうよ。逞しい美丈夫で素敵だけど、何をなさっている方なのかしら?」
「ダンスの息もぴったりね。ネリア嬢のあの蕩けたお顔、本当にお幸せそう」
「異国の御曹司⁇……いや、あの家のことだから能力で選んでまた魔脈管理士か、優秀な魔導士かもしれない……」
高い天井に巨大なシャンデリアが煌めき、柱や壁の装飾にも贅を尽くした大広間。
その隅々まで気持ち良く響いている、一流オーケストラの生演奏。
100組を超えるペアたちは磨き上げられたフロアを音楽に合わせて滑らかに移動し、彩り鮮やかなドレスの花々を咲かせている。
絢爛豪華なこの会場は、使われなくなった古い劇場をとある財団が買い取って改装したもので、現在では劇場関連の展示をする記念館となっている。
展示に興味を集めるため、文化保護活動の資金を集めるため、時々こうした催しを開いて富裕層から高額な参加費を得ているのだ。
ひとしきり踊りを楽しんだ若いカップル……ネリアとジャンは、ホール中央から去って立食コーナーへと移動する。
「今回は合コン的な舞踏会とは違って、踊りは絶対参加でもなかったんですけどね。恋人の存在をアピールするにはちょうど良かったし、踊ること自体は好きなんで久々にとっても楽しかったです♪……合コン的なのだと、フリーの女子は来る者拒まずで申し込んできた男性全員と踊らないといけないのが慣習化してて……正直二度と参加したくないですね」
そう言って肩を竦めたネリアは、銀の刺繍が施された淡い水色のロングドレスを身に纏っている。
隣に並ぶジャンは燕尾服を着て、髪はオールバック。認識阻害を起こすアクセサリー型魔道具によって、耳は人間の耳に見えるように、尻尾は透明で見えないようにしてある。
前々日のジャンはネリアの護衛に連れられて、半獣人として身体検査や魔術刻印を含む入国手続きを済ませた。
人間居住区に連れてこられる半獣人といえば人間に雇われる者しかいないので、ネリアの護衛を雇用主ということにして手続き後、戒めの首輪はこっそり外してもらった。
勿論、配達員として田舎で活動する時とは違い、今回は身体能力や感覚も低減させられている。
その後は用意されたホテルの一室で待機を命じられ、1週間前から実家に帰省していたネリアとは今朝やっと再会した。
先月から練習してきたダンスやマナー、予想される質問への対処法に加えて、衣装や魔道具の確認……
そうこうしている内にあっという間に夕方となり、魔動車で会場まで送られて、主催者である館長に挨拶して、数曲踊って、現在に至る。
準備で慌ただしくて殆ど何も食べてこなかった身ではあるが、料理にがっつくなど以ての外なのは言うまでもない。
それに変装がバレないか緊張していることもあって、食欲は抑えられているようだ。
ジャンはアルコールを摂らないように気をつけつつ、慎重に料理を味わっていた。
一方ネリアはというと……
「彼についてはそのうち父の方から発表することになると思いますが、それまでは詳細を伏せさせていただくことになっているんです〜」
突然連れてきた恋人について尋ねてくる知人たちに、こんな適当なことを言ってそれ以上の追求を躱していた。
つまり「近々婚約発表するから、そしたらすぐに教えるね♡」という匂わせだ。
こういう場で無闇にプライベートを聞き出すのはマナー違反なので、これでもなんとかなるらしい。
当然のことながら父親にも半獣人ジャンの存在は耳に入っているわけだが、婚約の事実などあるはずもない。
向こうからしたら娘が赴任先で半獣人の男に夢中になっているなんて大問題であるはずだが、ネリア曰く特に忠告は受けなかったという。
そのうち飽きると思って放任しているのだろうか? 社交嫌いで仕事以外は引きこもりがちの変人らしいし、その親にしてこの娘ありということか。
ジャンは腑に落ちないながらも、相手にされていないおかげで悪感情を向けられていないなら良いことだと考えることにした。
なお、人間に変装中は念のため偽名を使うことになっている。なので今夜はジャンではなく……
「まあ、ジョンさんったらずっと黙り込んで何を考えていらっしゃるの? 少しは会話に入ってきてくださらないと。あたくしたち、先程からネリアさんとばかりお話ししているわ」
「失礼。火の国の女性はお美しい方ばかりなので見惚れていました」
「あら、口がお上手ですのね。オホホホホ……♡」
魅惑的な微笑みの貴公子『ジョン』だ。
演じさせられる本人的には吐き気のする設定だが、考案者ネリアの思惑通り、微笑んでおけば1番しつこい噂好きマダムを躱すことに成功した。
地の国編なのにここからずっと火の国……