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11.沢デート

ダイヤの月、下旬。配達員寮前。


「ジャンは今日もネリアちゃんとデートか〜、羨ましい奴め」


「違う。いつも待ち伏せされて付き纏われてるだけだ」


「えへ〜、私たちラブラブなんですー♡ あ、これ差し入れです。どうぞ皆さんで召し上がってください♪」


「やったー! いつもありがとうございます‼︎」


休日の度、ジャンはネリアからストーカー被害に遭っていた。

一応部外者立入禁止である寮内への侵入は自重しているようだが、玄関から出れば玄関の前に、窓から出れば窓の前に、朝から待ち構えているのである。

当然のことながら、上級国民様に忖度してジャン以外は誰も咎めない。寧ろ、度々持ってくる肉や菓子などの差し入れによって懐柔されている。

そんな寮に籠城しようもなく、ジャンはやむを得ず権力者様との強制デートに赴くのだ。


上級ストーカー様は本日も御身分を感じさせない軽装をお召しになって、汗ばんだ夏の肌をベタベタと密着させてくる。

気持ちの悪い女だ。ジャンは眉を顰めたが、見送る同僚たちからは羨望の眼差しを注がれていた。


ヒソヒソ……


「今日の為に下にすごいの着てきたんで、ジャンさんにお見せするのが楽しみです♡」


ネリアは胸元をチラリと開けながら、悪戯っぽくジャンに目配せをした。


***


同日、昼。居住区から少し離れた沢。


パシャパシャ!


「きゃーっ! 水、冷たーい! 気持ちいーっ!……ジャンさんもこっちで一緒に水遊びしましょうよ〜」


「断る」


「せっかくジャンさんの水着も用意してきたのに〜」


「頼んでない。……明日も仕事なんだ。余計な体力を使わせるな」


以前からのネリアの希望により、この日は少し遠出して沢遊びをすることになっていた。

ネリアはグラデーションになったサンセットカラーの三角ビキニを纏い、白くて柔らかな肌を水飛沫と陽光で眩しく輝かせている……が、ジャンは普段着のままピクニックシートの上から動こうとしない。


少し離れたところではネリアの護衛が見張っている。それなら安全だろう……貞操的な意味でも。

そんな現在への安心感と、明日の仕事に疲れを残すわけにはいかないという不安感。

それらを理由にジャンは昼寝を決め込むと、ネリアには背を向けるように体を横たえてしまう。


「む〜……水着姿でジャンさんを悩殺する作戦だったのにー」


パシャパシャ……


ネリアは水から上がってタオルで軽く身体を拭くと、ジャンの隣へ行って腰を下ろす。

程良く肥えた柔らかな尻がジャンの背に触れて、ジャンは不快そうに身を捩る。


「暑苦しいから離れてろ」


「今なら川の水でちょうど良い感じに冷えてると思いますよ?」


閉じたままのジャンの瞼にネリアの手がぺたりと触れて、それから頬や首筋を撫でるように移動し、徐にシャツのボタンを弄り始めた。

少しくすぐったいのも我慢して、ジャンは頑なに目を開けない。


「オレは寝る。水浴びなら1人でやってろ」


「なら私も添い寝します♪ 緑滴る夏山でせせらぎと蝉の声を聞きながら日光浴……というのも、都会では味わえない贅沢なデートですから」


「虫の這う地べたに布敷いて寝るようなデート、上級国民様はしない」


「じゃあ私はそのなんとか様じゃありませんね♪」


「…………」


瞼を閉じていても太陽は眩しくて、蝉の声はうるさくて、吹き抜ける風は強すぎる。

寝返りを打つとネリアの匂いが更に濃くなって、心音は少し速くなったようだが、ジャンはそれを無視したくて起き上がる。


「ジャンさん⁇ あっ、お腹空きました? お弁当もちゃんとありますよっ」


すぐにネリアも起き上がり、大きなバスケットから料理の入った小分け容器を取り出し始めた。

中には料理人に作らせた品々が、冷たいものは冷たく、温かいものは温かく、美味しい温度を保ったまま入っている。

どれも絶品であることは間違いないが、環境とのミスマッチ感は否めない。

ジャンの見立てではコース料理をそのまま持ってきた感じだが、ネリアは順番など気にもかけず、初っ端から肉料理の蓋を開けている。

食欲をそそるその匂いにジャンは少し悩んで、でもやはり順番を守って食べ進めていく……


***


「……お前、採掘場で何をした?」


チグハグだった2人の食事が氷菓で重なったとき、ジャンは尋ねた。

それまで一方的に食事の感想を語るばかりだったネリアが、パッと顔を輝かせる。


「おお⁉︎ ついにジャンさんが私の仕事に興味を⁉︎ 嬉しいですー! 採掘場では前任の魔脈管理士が調べたデータと比べながら、魔脈に異常が起きてないか確かめてましたっ」


魔脈管理士になれるのは、大地と繋がり地中深く隠された魔力の川のようなものを見つけだす才能の持ち主。

更には、楔魔石を用いてその流れる勢いや方向を操作するやり方を身につけた者である。

魔脈を見つけて操ることができるということは、魔石鉱脈もまた然り。

ネリアの仕事はこの鉱山町の今後に関わる重要な仕事と言っていい。


「魔力は色々なものに変換できるエネルギー。畑で美味しい作物が穫れるようにするにも、魔脈を整えて大地に充分なエネルギーを満たしてあげることが重要です! 魔石鉱山は魔力の結晶である魔石を収穫できる畑のようなもので、魔脈に充分な魔力が流れていれば魔石もまた実ってくれます。でも欲張ってどんどん掘り出しちゃうと、魔脈が枯れてしまいかねませんからね。そうならないように節度を守ることが大事です。魔脈を見つけた後は維持することも大切なんですっ」


でかい胸を張りながらネリアは得意げに語ったが、ジャンの表情は暗く苛立ちを滲ませている。


「その仕事で採掘場に行ったとき、お前は半獣人労働者の労働環境について口出ししたらしいな」


「ああ、そのことですか。現場見てたらなかなかブラックな気配がしてたんで、偉い人にちょ〜っと圧をかけてみちゃいました⭐︎ 改善したみたいでよかったですー」


「軽率だ」


「ええーっ、せっかく半獣人の方たちに味方したのに褒めてくれないんですか〜⁉︎」


「バカか。確かにお前から見れば、ここの区長でさえ吹けば飛ぶようなものに過ぎない。だが、その区長の手元に金が入るように火の国内で手を回していた奴らがいるはずだ。そいつらよりお前の方が家格が上だったとしても、お前の家がこの半獣人居住区で新たに権力を握ろうとしていると伝われば、それがどういった企みか同格以上の家からも警戒されることになる」


「あうう……言われてみればそうかもしれません……」


「お前みたいにでかい家の人間は、常に自分が家の看板を背負ってるつもりで行動しろ。護衛だってお前のためだけに要るんじゃない。半獣人居住区でお前に何かあった場合、半獣人側がただでは済まないからだ。それに警戒すべきは人間を恨む半獣人だけじゃない……関係悪化を狙う半獣人差別主義者の人間が、半獣人側の犯行に見せかけてお前を狙う危険性だってある」


「うう〜、厳しい……でも、ジャンさんがちゃんと叱ってくれるの嬉しいですっ。やっぱり私にはジャンさんみたいに思慮深い人が必要なんです〜」


「みたいに、だったらオレじゃなくてもいいだろ。お前のせいでオレまで巻き込まれたら最悪すぎる。お前の親はなんでお前みたいなのを野放しにしてるのか……」


「ジャンさんっ、私のパパに興味ありますか⁉︎ 嬉しいです。是非会ってくださいっ」


「そんなわけあるか」


「あははっ……まあパパに会うのは一先ず置いとくにしても、ジャンさん、ちょっと来月あたり火の国まで来てもらえませんか? 実は少し困っていて、ジャンさんにお頼みしたいことがあるんですよ」


「嫌だ。断る」


急にネリアの声が少し沈んだ調子に変わった。深刻な話題と思わせたいのだろう。

そう見破ったジャンの即答にも挫けずに、ネリアは話を続ける。


「私もぼちぼち結婚を考える歳になりましてね。婚約者もいないものですから、お金目当て権力目当ての求婚者たちが寄ってきてウンザリしてるわけですよー。だからジャンさんには私の恋人としてパーティーのエスコートを頼みたいんです」


「無理に決まってる。ふざけるな」


「いえ、これめちゃくちゃ大真面目なお願いですよ。今まではパパが養子にした他の魔脈管理士がちょうど歳も近くて、周囲が勝手に誤解してくれたおかげで都合良く男避けになってたんですけどね。もう彼は他所へ行って可愛い彼女とラブラブ同棲中なんで、新しい男避けが必要なんですよー」


「オレは半獣人だ。他にいくらでもマシな代役がいるだろ」


「火の国の人に頼むと簡単に調べが付いちゃうんですよ〜。とはいえ流石にいきなり半獣人を紹介すると大騒ぎになるので、今回ジャンさんには人間に変装してもらって、身分については外国人ってことで適当に誤魔化してしまおうかと♪」


「バカ。権力者の娘が怪しい外国人と付き合ってたらめちゃくちゃ詮索されるぞ」


「むう……政略じゃなくて純愛ってことで、中流の設定だったらそんな危険視されなくて済むんじゃないですか?」


「そんなの連れてったって結婚に現実味が無さすぎて効果無いだろ。却って狙い目だと思った求婚者が来るぞ」


余りにも浅はかなネリアの計画にジャンはつくづく呆れ果てていた。

突き刺さる非難の眼差しを意に介さないとばかりに、ネリアは顎に人差し指を当ててあざとくとぼけてみせる。


「んー、そうでもないと思いますよ? 私のパパ、権力にはもうウンザリしてる系だと知られてるっぽいんで。私には政略結婚じゃなくて、本当に好きな人と結婚してほしいみたいです。……私自身、恋愛結婚には憧れてて……あっ、政略結婚を批判する気はないんですよ? 重視するものは人それぞれだし、両者納得してればそういう契約もありと思います!……ただ、私個人の理想としては恋をして好きな人と結ばれたいんです。好きでもない人に体を許すなんて絶対嫌ですしっ」


「………………」


「とりあえず1回だけ! ちょっとだけでいいんで!……私、管理士の仕事であちこち行ってて普通の令嬢らしい社交なんかサボりまくりなんで。とりあえず1回でも新しい男性の存在をアピールできれば、それでしばらく安泰のはずですっ」


「……オレにエスコート役が務まるとは思えない。それに仕事があるんだ。外国のパーティーになんか行けるわけないだろ」


「とってくださいよ、有給! 半獣人労働者は薄給の上に有給休暇も残業手当も無かった件について、私もうこの居住区のあちこちに見直すように圧かけちゃったんですからっ」


「大迷惑な権力者様だな。急にそんなことをすれば現場は混乱し、反動でもっと悪くなる……」


「何もしなかったらそのままか、もっと過重労働になっていきますよ? 多少の痛みは覚悟の上、戦ってください。勝手に舵を切っちゃったのは申し訳ないですけど、私もその責任が取れるように頑張りますっ。半獣人擁護派の方々とコネクションを作るためにも、今後私が社交活動しやすいように恋人役協力してください。勿論、報酬はお支払いしますよ、この体で‼︎」


「いらない」


「前払いでもオッケーですよ! お望みとあらばメイド服でご奉仕プレイとか……」


「絶対やめろ‼︎」


「きゃうっ⁉︎」


膝立ちでセクシーポーズをとっていたネリアだったが、予想を超えるジャンの剣幕に怯んで尻餅を突いた。

遠くの護衛が俄かに殺気立ったのを感じ、ジャンはネリアに背を向けて座り直す。


「わわっ⁉︎ そんなに怒らないでくださいようっ! ちょっとした冗談ですよっ……体は見返り関係なくジャンさんにならいつでも捧げていいんで、今回は普通に金銭でお支払いします。有給を使わせてしまうだけでなく、入国手続きの手間やらエスコートの練習やらでパーティー当日以外でも負担をかけてしまいますからね。社員寮の家賃1年分肩代わりでどうでしょうか? 本当なら家くらいプレゼントしたいところですが、引かれてしまいそうなので」


「引くに決まってるだろ……」


「それで……家賃と引き換えなら、私のこと助けてくれますか……⁇ ジャンさん……」


「………………金のためだ。……オレはお前なんかなんとも思っていないが、ただ金目当てで付き合ってやる」


「本当にお金目当ての人ほどなかなか言わない台詞ですよね! 逆に信用できます!」


「チッ……勝手に言ってろ」


「はい♪」


こうしてジャンは火の国のパーティにネリアの恋人として参加することが決まった。

金の為の結婚を選んだあの令嬢が重ねられて、ジャンはネリアを放っておけなかったのだ。



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