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それはたとえば石火が如く 猪野頭兄妹 SS

 いつからか生意気な目をするようになったのには気付いていた。

 板間に尻をついた妹の柔らかな腹部にかかとを下ろすと、えずいて顔を歪める。白々とした半月が夜空にぽっかり開いた口のように嗤っている。星屑がちりちりと煩わしく光り、宵は更けゆくばかりだった。

 檀狭だんさはねじ込むように足に力を入れる。するとその足首を掴んで抵抗してきた。細腕一本で勝てるわけがない。わかりきったことだ。それなのにあまりにも必死に抵抗するものだから、檀狭はため息をついて、膝でその額を打つ。

 その体躯は簡単によろめき崩れるほどに軽い。


「おいおい、仮にも軍人だろ?」


 右の二の腕をぐっと踏むとその顔にも一瞬恐怖がよぎった。利き手が駄目になるとサーベルが握れなくなるからだ。その反応があまりにも健気なものだから檀狭は声なくからからと笑う。

 『使い勝手』が悪くなるから、致命傷は負わしてやらない。それがこの十年来続くお遊びの決まり事だ。頭では理解しているだろうに、きっと彼女の本能がそれを嫌っているのだろう。

 馬乗りになってその顔を見下ろすと、自分と同じ色をした瞳と目が合った。その奥で炎のように揺らめく感情が自分を映している。だから少し頭を撫でてやることにした。ぎり、と奥歯を噛む音が聞こえる。

 薄暗い部屋を月光だけが見ている。

 わからないだなあと思う。選ぶ権利も辿るべき道も剥奪されたのに、ただ義務だけを感じて、それに生かされてる。自由はすぐ目の前で、なのにそれに手を伸ばすことを知らないのだ。

 この娘は猪野頭の家に何ももたらせない。『使えない娘』であることは本人だって理解してることだ。現実はいつだって大方酷い出来で、だから彼女は夢は見ない。

 でも、それでも理想は捨てられない。

 それは誰にでもわかるような綺麗事。そして裏を返せば自分事。結局この娘だって、ただ誰かに必要とされたくて、必死にもがいているのだ。

 それが、たとえこんな形であっても。

 脇腹に指を這わせて、痛むかと問う。無い返答に檀狭は爪を立ててみた。苦悶の表情を浮かべて、瞳の奥の炎が揺らぐ。

 だからこんなにも、愚かしい/愛しいのかもしれない。

 この娘のように、皆が一様に理想を追い続ける力があったとしたら。

 きっと、人類にも一縷の救いがあっただろう。

 ……なんて、くだらない戯言だ。


「警察は、軍部は、帝のためにある。だから、どれだけ頑張っても君は救えない」


 民衆も、君自身も、ね。檀狭は白い喉に指を絡める。親指の腹で優しく撫でると、その下で彼女の細い喉が跳ねるのがよくわかった。

 悔しくて、何もできなくて。ただ噛みしめることしか出来なかったはずだった。そんな唇が薄く開く。あんたが、と。


「あんたが……軍人を語るな……!」


 それは静謐の夜更けに駆け抜けた一閃の雷鳴。秘められた闘魂は今、静かに轟きを上げて。

 夜風が窓を揺らす。桜の花びらがその影を床に散らしている。星屑のあかりなど誰の手元にも届かない。

 そうか、と目を細めて檀狭は笑う。この娘は自分に楯突くのか。


「悪い子だね、静寂」

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