ありふれた異世界転生
「異世界転生」
この言葉を聞きどのようなイメージを膨らませるだろうか?
突然の異世界。転生意外にも転移という形で異世界に行くこともしばしば。
与えられた最強の能力。その能力を使い異世界無双……異世界ハーレム……。時には、ゲームの世界に行きチートと言われ、骨になったと思ったら、雑魚モンスターになり、死んでは蘇りをループさせられ、武器を持たされたのならば、即座にスマホで解決。
そして、この男もそんなことを考えながら日々過ごしていた。
--------------------------------------------------------------------
「……もうこんな時間かぁ……だっりぃー。」
爆発した頭をボリボリと掻く。酒で膨れた腹を摩りながら、26歳独身男性無職が迎えるなんの変哲も無いただの平日の昼間。
頭は悪いわけではない、就職が出来なかったわけでもない、ただしないだけ。していないだけ。
……そう言い聞かせている。
学生時代の成績は取り分け良いわけではないが、赤点を取ったり、放課後居残りで補習授業なども受けた記憶も無い。しっかり放課後は友達と遊んだり、いたりいなかったりした彼女と遊んだり。もちろん童貞でもない。普通に生活してきたのにどういう訳かこうなってしまった。しかし、こうなってしまった理由を本当は自分では分かっている。
アニメのエンディングで停止しているスマホの画面をスケジュールアプリに変更するが、確認したところで書いてあるのはバイトの三文字のみ。
大学を卒業してから就職はせずアルバイトで生活し、特になにも考えず、やらず、この男は生きてきた。
バイト先に向かう際、いつも通る商店街を歩く。そして、最近ふと思い耽けてしまうある事を呟く。
「異世界転生してぇ〜。」
考えるを通り越し、口から出てしまうほど切実なものだった。
「こんなつまんねえ人生過ごしてる俺でも異世界転生すればみんなに頼られ、慕われ。可愛い女の子が側にいてくれる最高な環境で生活できるのになぁ〜。」
バイトまでの道のり、そんなことをぼけーっと考えて歩いていた。
--プップーーーー!--
車のクラクションの音だ。
--ドンっ!!!!--
突然後ろから強い衝撃を受けた。
気付いた時には地面にうつ伏せで寝そべっていた。起き上がろうとしても体が一切動かない。ただ体から出ている生温かい物を全身で感じることしかできなかった。
視界が真っ白になった。そしてそのまま目を閉じた。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「 (…いや、まて。なにかおかしい…車に轢かれて死ぬ流れだったはず。…でも、これ絶対に死んでないぞ?…だって今の感覚はただ目を閉じる感覚…。)」
「(……よし。)」
意を決して、恐る恐る目を開いていく。だんだんと目が慣れていき、視界に映し出されている状況をほぼ使われていない脳みそがゆっくりと処理を始める。
「……一体なにがおこってるん…………っは?!?!」
目の前には先ほどまでいたはずの商店街の景色ではなく、見覚えのない全く別の場所の景色が広がっていた。その男の脳みそではすぐには処理できなかったが、時間をかけて願望とも似た正解が導き出された。
「これって……。異世界転生じゃね……?!」
しかし、あたりは木で覆われていた。起き上がって見ても同じ景色が広がるだけでやはりここは森でしかなかった。
そんな驚きはどうでも良く、すぐに口角が緩み始める。なぜなら、ほんの数秒前に憧れていた世界に来てしまったのだから。自分が死んでしまったのに生きているという大きな謎はもうこの時点でどうでもよくなってしまった。
辺りをキョロキョロと見渡しここは商店街ではない事を再確認し、一旦深呼吸をしてから、自分に起きた謎の現象にとりあえず納得をすることにした。
そして、すぐにあることに気付いた。
「あっ、やべ。バイトどうしよう。。。。」
納得と同時に新しく解決しなければならない問題が生まれたが、そんな問題はすぐに切り捨て、また辺りをキョロキョロする。
「ちょっと辺りを探索しないとな!カッコいい剣とか落ちてたりしないかな〜。」
そんな能天気なことを考えて、この男の異世界転生生活が始まった。
--------------------------------------
辺りを探索し始めて1時間。元いた世界にはないような異世界らしい物は見当たらなかった。ただ森を1時間彷徨っただけだった。
「なんだよここ〜〜。早くモンスターでもないんでもいいから出てこいよ〜〜。」
ヘトヘトになり、木にもたれかかりながらボヤく。
--ガサササッ--
「ん?」
後ろで草が揺れる音がした。
「きたな……?モンスターか?山賊か〜?それともヒロイン登場か〜〜????」
そんなことを口にしてニヤニヤしながら振り返るとそこには赤い目の2つついた小さな白いものがこちらをジッと見つめていた。
「なんだこいつ?うさぎかなんかか?」
一応、警戒しつつ少しずつ距離を詰めていく。
「大人しくしてろよ〜、ゲットして肩に乗せて冒険するだけだからな〜」
元いた世界で学生の頃観ていたアニメの主人公の真似だ。
そして、手の届く距離まで近づいて気付いた。遠くから見る分には白くてフワフワしているその身体はよく見ると一本一本の毛は針のようになっており、手足の爪は触れただけで血が出そうな程鋭く尖っていた。
「おいおい……嘘だろ……。こんな動物見たことないって……。」
驚きで一歩引いてしまったが、伊達にぐうたらアニメを見ていたわけではない。
「転生者は桁外れのパワー持ってるんだよ!!それが最近の相場なんだよっ!!!!」
今までしこたま鑑賞してきた数多のアニメの中から、お気に入りのキャラクターのワンシーンを思い出す。 しっかりとイメージを固めて片足を一歩引き、腰を少し落とす。ザッという土を踏みしめた音に少しばかり興奮しながらなんとなく体の中心にあるであろう魔力かなにかがある所に集中し力を込めてみる。
--………………。--
サーっという木々が揺れる音に興奮した。そして、なにも起こらない。
「フッ…俺は魔法とか使うタイプではないみたいだな…。」
フッと鼻で笑う自分にも興奮した。
そして、謎のうさぎのような生物との睨めっこは5分ほど続いた。
「……よし。わかったぞ。こいつ野良うさぎだっ!」
通勤途中の商店街には至る所に野良猫がいた。野良猫が突然攻撃してくる事なんて滅多にあることではない。この世界でのこいつはそんな立ち位置の生き物だと決めつけかけた時、気が緩んだのか五分間中腰の姿勢で踏ん張り続けていた足がふらっと踏ん張る事をやめ、しりもちをつきそうになった。
「おっとっと。」
野良猫の前でしりもちをついたところで、せいぜい走ってその場から走り去るだけだろう。
しかし、ここは「異世界」
異世界の野良うさぎは好機と踏んだのか鋭い爪をこちらに向けながらピョンと飛び跳ね襲いかかってきた。
「え、ちょっと?!」
しりもちをつく途中、反射的に出た右腕は驚いて瞑ってしまった目を開けた頃にはもうすでに視界から見えなくなっていた。その直後テレビドラマでも見たことのない量の血がドバドバと落ちる。
「……は????なにこれ????」
異世界に来たことにも整理が出来ていない脳みそにまた新たな理解できない光景が広がる。
「うわぁぁぁあああっ!!なんで!?なんで!?!?なんで?!?!」
肺に入っていた空気をすべて叫び声に変え、次に息を吸った時には、はてなマークでいっぱいだった頭の中も冷静さを取り戻してた。そして、今まで感じたことのない感覚が右腕を襲う。
「ぁっああ、あっあががぁっ。」
人は痛いを通り越すと痛いと言えなくなることを知った。
--死ぬ--
この2文字が頭に出てきた瞬間に残された左腕が見た目ばかりのうさぎに向かって伸びていた。
当たれば殺れる。その確信があった。なぜなら、異世界転生者だから。
伸びていく左腕がうさぎに当たった瞬間にバキバキッと硬いものが折れる音がした。
「よかった……やっぱり……異世界てんっ?!」
バキバキッと音を立て折れていた硬いものはうさぎではなく、自分の左腕だった。
「ぎゃあぁあああああああ!!!!」
うさぎにめがけて放った渾身の左ストレートは一直線にうさぎの口元に向かい、見事に噛み砕かれたのだった。
ここまでくると何かをしようなどと無意識にでも思わない。体がピクリとも動かない。
仰向けに倒れて見上げる異世界の空は自分の血で真っ赤に見えたのだった。