精霊王の儀式
「いらっしゃーい!焼き鳥美味しいよ~!」
屋台の方に顔を堕し、エプロンを着けて販売を始めた私は焼き鳥をジュウジュウ炭火で焼きながら呼子も務める働きっぷりを見せた。声に反応して買いに来てくれる人が多くって助かる
「あ、あの!焼き鳥5本買うので、デートして下さりませんか……!?」
「すみませんお客様、働いている途中ですので買っていただけたとしても行けません」
「お、終わってからでも……!」
確かに呼びかけに反応して買ってくれるのはいいが、まさかナンパも来るとは思ってなくて混乱しながら受け答え。困った事に今焼いてるのは私だけで、店主さんはお金の管理だ。私がいなくなると、ここは大惨事になってしまう。かと言って余裕があっても彼女と私はデートをする気は無い。良い返しを頭の中で焼き鳥を焼きながら練っていると、いいことを思いついた
「お客様には、私なんかよりもいい人が沢山現れます。私で妥協せず他のお方を探すと良いでしょう。それに、私はすぐにここを離れますので貴女を悲しませます」
「はっ、はぅ……わかりましたぁ……」
分かってるのかってくらいには瞳を輝かせて赤面している女性に苦笑いになってしまった。結局2本買って言ってくれたので文句はない
この後も何人か女性も男性もナンパしてきたが、全部その返しにしておいた。ビックリなのはこの世界、普通に同性同士の結婚がある事だ。進歩してるこの世界バンザイとしか言えない。色々この件で問題になっている国もある訳だし、普通に幸せに暮らしていけるのならこの上ない幸福だろう
「すみません!戻ってきました!」
「おっ、来たか。兄ちゃん、うちのせがれも来たし上がっていいぜ。ほい、今日の分」
「店主……ありがとうございます。儀式が終わったらまた来ます」
儀式が始まりそうであると今気づいた私は急いで待ち合わせに向かった。そこには既に3人集まっており、なぜかラルクだけ少し傷ついている
「主様!」
「遅れてすまない。なんでラルクは怪我してるんだ?」
「…格闘大会で、最後俺と当たった…」
「手加減知らねぇんだこの野郎」
「はいはい、手当しような」
街中で魔法をパッと使うのはなんだか気が引けたので、オウガの身体に隠れてこっそり回復した。傷も浅かったので小規模の治癒魔法で何とかなったのは有難い
「前も思ったけど、治癒魔法ってすげぇな…」
「血の魔法もまた良いものだよ?」
「そうなのか?今度見せてくれや」
「うん!」
対抗心湧く時はあれだが、普段は仲良いなぁとほのぼのしながら会話をしている二人の頭を撫でると、二人から笑われて「いきなりどうした」と異口同音で言われた。可愛いからですよ~、とは口が裂けても言えない
「……儀式は……?」
「あっ、忘れてた。もうやってるかもしれん!行くぞ!」
「ちょ、ガルマン様走っちゃ危ないよ~!」
魔法の国の儀式とか超見たい、とテンション高く祭壇広場へと足を踏み入れた。一定の範囲にしか入れないのか柵があり、その中で儀式が行われている。普通よりでかい私とオウガは見えるが、人混みに埋もれそうなキールとギリギリしか見えていないラルクが可哀想で一人ずつ抱っこした
「はっ、恥ずいだろオウガ!離せ!」
「……見えないぞ……」
「良いっての!俺は背伸びしたら見える!」
「仕方ない……」
ポイと地面に下ろされたラルクは、頑張って背伸びをして儀式を眺め始めた。無論それがずっと続く訳もなくオウガが抱き上げたが
「畜生……デカすぎんだよてめぇ……」
「……お前が小さい……」
「あんだと!」
「はいはい、喧嘩しないの」
170cmほどのラルクが大勢で様々な種族がいるこの場所では見えにくくなるのも仕方ない。大人しく私の腕の中で儀式を眺めてるキールは160cm程だと思うが、いやぁ、吸血鬼大人しい
「あの祭祀の人、精霊王呼び出してるの?」
「だと思うが、よく分からんな」
「なんだか不思議だねこういうの。年に一度やってるのかな」
「供物を捧げるからな。月一……は無理そうだし、年に一度はやってるだろう」
そう会話しながら儀式を眺めていると、供物を捧げられた祭壇が眩く光り始めた。観衆が「おぉ……」と小さく歓声を上げていることから、あの光が精霊王なのだろうと把握する
「……精霊って小さいイメージがあるが、精霊王は人並みに大きいんだな」
「?何言ってるのガルマン様。精霊王は精霊と同じサイズで服が豪華なくらいだって祭祀の人は言ってるよ?」
「……ガルマン様……正しい……」
「ほら見ろ」
「えー?見えてるみたいな言い草だね二人とも」
「「???」」
オウガと私は目を合わせ、再度祭壇を見た。供物をモグモグと食べているそれは、朱色を薄めた様な髪色で魚人族の耳がある。紫色の瞳を飾るのは赤い目元のラインで、供物に夢中な彼女はこちらに気づくことは無い
「あぁ、精霊王様がやってきた!今年も無病息災、そして平和な時を過ごせますようどうか!」
「どうか……!」
周りの観衆が手を組み祈り始めた。それを見たラルクが苦い顔をしたので苦笑いして頭を撫でてやる。ラルクは宗教系が苦手のようだ
「はー!お腹いっぱい!」
精霊王らしき少女がそう言うと、ふわふわと浮いて辺りを巡回し始めた。祭祀はそれに気付かずずっと祈っている。あれ見えてないんじゃないか?
「……嘘祭祀」
「シっ、言わないのそんなこと」
「二人とも、見えてるの……?」
「まぁな。どうやら姿を隠しているようだが……」
空をくるくる回る少女を眺めていると、不意にこちらを見た彼女と目が合う。徐々に近づいてきて私の目をジーッと見ると、ぱぁっと明るい表情になって私の目の前に来た
「アンタ!あたいのこと見えてるの!?」
「えっ、うん……?」
「うっそー!言葉まで分かるっての!?ひゃー!嬉しい~!」
キャーキャーと騒いで宙で何回も前回りする精霊王に若干引いた。オウガも見えているからか眉をひそめている
「あんたらは!?見えてるの!?」
「俺以外、見えていない……」
「アンタも見えてるし言葉もわかるってこと!?うーん!最高の年だよ今年は!あ~、幸せ~……」
頬に手を当てて顔を赤くする精霊王に対しラルクは鼻を引くつかせた。そして匂いの先である精霊王の方に視線を向けると、ん?と顔を顰めた
「なんだよ、そこに精霊いんの?」
「!見えてるの……!?」
「この子は匂いで判断してるんだ。見えてはない」
「なんだー、見えてないのか~」
残念そうに肩を落とす精霊王はすぐに元気になり、キールを抱き上げていないもう片方の手を握って握手のようにブンブンと振ってきた。少女の様な満面の笑みに子供好きな私はついつい頬が緩む
「えっと……誰かいるの?」
「精霊王がいる」
「へ?」
キールが驚いて手の先を見るが、きっとキールにはこの少女は見えていないだろう。精霊王であろう少女は握手をした後オウガとも握手して祭壇に戻って行った
「なんだったんだ今の……」
「真に見えるもの、ごく僅か…だから……?」
「そんなに精霊王不思議な人だったの?へ~……僕も見たかったな」
「……それよりも、早くここトンズラしようぜ」
ラルクがそう言ったのを不思議に思い周りを見ると、何人かこちらを凝視している者がいることを視線で把握する。ふむ、ちょっと目立ちすぎた
「精霊を五感で確認できるやつは稀だ。ましてや精霊王なんて同じ『王』の素質があるやつか、神位しかいねぇって聞いてる。今の行動や会話を聞いたやつから早く逃げた方がいいぜ」
ラルクが話を終えた時、精霊王を呼ぶ儀式は終わりを告げた。精霊王はまだ残っているのにも関わらず祭祀は「精霊王はお帰りになられた!」とか叫んでる。偽祭祀確定だろうな
「……ガルマン様……」
「そうだな、逃げるか」
終わったのと同時に視線を送っていた数名が近付いてくるのが分かった。踵を返し逃げるように祭壇から離れると、「どこ行くのさー!あたいと遊ばないのかーい!」と声が掛かる。精霊王すまん、君と遊んでる暇無い