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野宿は浪漫

「来たぞ……??」


先程の場所に行くと、何か鉄臭い匂いが充満していることに気付いた。先程も微かに血の香りはしていたが、どうしたというのだろう


「……来たのかよ……あんま来んなっつったろ」

「お前、怪我が増えてないか…?」


先程よりも覇気のない声が牢屋に虚しく響くのを、私は少しばかり嫌に感じた。ツンと鼻につく血の匂いは、今までに幾度となく嗅いできた匂いなのに、何故こうも胸を掻き回される気持ちになるのだろう


「さっきよりも、血の量が多くないか…?」

「さっきまで、集落の野郎どもからこっ酷く()()を据えられてたんでな。同種殺しの俺に、優しくするやつなんかいやしねぇ」

「……同種殺し?」

「なんも聞いてねぇのか?……逆に驚くわ」


人狼の彼は一つ一つ、先程の雑さとは比べ物にはならない程丁寧に説明してくれた。幼い頃、人狼を恐れた狼人である両親に命を狙われた彼は、自分の命を長らえさせることと引き換えに、実の親をその手に掛けたという事。その後から約十二年間、ずっとこの牢獄で集落の同種殺しとして罰を受けてきたという事を。ディストピアの中ではこんな事が多くある気がする。関所のような役割を担うこの集落も、結局はディストピアの一部なのだと実感させられた


「……出たいとは思わないのか?」

「何度も思ったっての。だが、それを集落は許さねぇ。俺と契約したがるやつなんてそもそも居ねぇから出られる訳がねぇんだ。この集落は()()っつー魔力の鎖で縛るように出来てっから、契約主がいない俺はずっと鎖を集落のやつに握られたままなんだよ」

「契約をすれば、お前は外に出られる訳だな?」

「……こんな大罪人、どんな事してでも出しなくはなさそうだがな」


薄らと見える人狼の子の金色に鈍く光る瞳が、憂いを帯びているのが私に伝わった。同情、哀れみ、様々な名が今抱いているこの感情に付くと思う。それを指摘されて要らないと言われればそれで終わりだし、何も出来なくなるだろうけれど、私は彼を気に入った。私は、彼と旅がしたい。確かに、まだ情報が足りないのではと感じる部分がある。だがそれも、一緒にいれば変わってくるはずだ。彼に温もりを、与えてあげたい


「なぁ、名前を教えてくれ」

「おい、お前最初のこと忘れたのか?名前は契約主が出来るまでは教える訳には───」

「私は、お前と契約がしたい」

「……はっ?」


素っ頓狂な声を出したと同時に、人狼の子は慌てた様子で否定し始めた。自分と契約した所で何も得られない、ただ面倒なやつが増えるだけだと。十二年牢獄に居ただけに鍛え方だって足りないと。そんなもの、今から挽回出来るものだ。学ぶ事や自らを磨くことは、いつからだって遅くはない


「名前を教えてくれ。私と契約しよう」

「……なんで、あんたは俺なんかを……」

「気に入ったんだ。私はお前が好きになった」

「ばっ、バカ…っ!スっ、好きだとか、そんな事言われたこと……くそっ!契約すりゃ良いんだろ!してやるよ!だから小っ恥ずかしいこと言うんじゃねぇ!」


ほんのり顔を赤くさせて、狼の口から出てきた名はとても彼に似合う気がした。少し呆れていたり、怒っていたりするように見えるのに、どこか嬉しいのか尻尾が動きを止めない。なんて可愛らしいんだろうか


「……では、黒毛の人狼(ラルク)よ。私と一緒に来てくれ」

「分かったよ、俺だけの主様……さっきの言葉、後で後悔したっておせぇからな」


笑いながらそう言ったラルクは、壁に繋がれていた鎖と首輪を引きちぎると鉄格子の前まで多少フラつきながらも歩いてきた。鍵を開けてでるのが面倒だったのか、人狼本来の腕力で鉄格子を曲げるように開け、その隙間から私の前に出てくる


「近くで見ると中々でけぇな……それに、いい匂いすんじゃねぇか」

「お前は血の匂いが濃いな。手当しないと」

「……へへっ、あんたの手、あったけぇな」


優しくラルクの頭を撫でていると、狼特有の長い口が弧を描いた。顎に手を添え撫でると、顔を真っ赤にしつつも撫でさせてくれる。先程までのツンケンが嘘のように甘えてくれる為、錯覚してるんじゃないかとか思い始めてしまう私は正常な筈だ


「おーい、キール~」

「あ、ガルマン様!……あれ?その方なんで傷だらけなの?」

「契約してきた。人狼のラルクだ」

「よっ」

「はぇっ!?」


目の前にいる黒い毛に覆われた、狼人の姿をするラルクに目をぱちぱちさせて驚いた表情を見せるキールと、ラルクを見て警戒心というか対抗心的な感情を剥き出しにするオウガ。それを見てケラケラと笑うラルクの笑顔は嘘偽りない、楽しそうなものだった


「ラっ、ラルク!お主、なぜ外に出ておる!鎖はどうした!」

「あ?んだよ、ジジイか。この通り、新しい鎖の持ち主が現れたんだよ!こんな集落おさらばだ!べーっ」

「な、ならぬ!お主は同種殺しの大罪人ぞ!外に出すなど言語道断!」


ラルクに対し憤慨する長老らしき男に私は向き直り、ラルクを背に隠した。私のデカさに少しばかり驚いた長老らしき男は、目を見開きながら見上げてくる


「私が気に入って契約したのだが、それすら踏みにじり彼を元に戻すつもりか?」

「いや、踏みにじるつもりは毛頭なく……」

「なら、彼を連れて行ってもいいな?彼は完全に私の契約下にある。問題を起こそうものなら集落ではなく私の責任となるし、迷惑をかけるつもりはない。十二年も長きに渡り幼い頃の罪を償ってきたのだから、もう十分だろう?」

「うぐぐ……」


歯を食いしばり私を見上げる長老は少し悔しげだ。だが規則ならば拘束出来まい。私はさりげなくラルクの肩を抱いて、いつものメンバーと一緒に集落を後にした


《集落から遠く離れた場所》


「お、おい……いつまでこんなことすんだよ」

「もふもふ……」

「てめっ、俺の毛が目当てかよ!かーっ!ちょっと惚れたかもとか思った気持ち返しやがれ!」


集落を離れて暫くした後に、私の願望が漏れてしまいラルクにひっぺ剥がされた。代わりにと言わんばかりにオウガが尻尾を押し付けてきたので、とりあえずひんやり鱗を堪能しておく


「どこかで野宿できそうな所探して、ラルクの怪我治さないとな……あっ、オウガ痛い」

「……俺が、探す。だから、キールと居てほしい」


オウガはそういうや否や、竜の羽根を広げ飛んで行った。目もいいし、すぐに戻ってくるだろう


「まぁ、普通に考えてラルクさんも待機だやね。その怪我でまともに戦おうとしたらきっと痛いだろうし」

「あ?人狼舐めんなよ!俺はなぁ────」

「伏せ。変に突っかからないの」

「きゃぅっ!?」


敵意剥き出しで歩み寄ろうとしたラルクに対し、現代で一緒に育ってきたワンコと同じようについ言ってしまった私。変な声出したラルクに怒らせたかと思って謝ろうとそちらを見ると…


「はっ、早くほかの命令しろよ!!」

「嫌そうに言ってるのに尻尾がとてつもなく左右に激しく振られてるんだけど……」

「うっせぇ!」


私を見上げる様に地面に伏せるラルクは、ブンブン尻尾を振りながら次の命令をと叫んだ。イヌ科だからこんな事になるの?よくわからんなぁこの世界


「ラルク、怪我治るまでは安静だ。いいな?」

「それが命令だな?!おっし、任せろ主様!」

「ガルマンでいいぞ?」

「良いんだよ、こっちは契約してんだ。確かに、アンタの名前を呼べるのは嬉しいことだぜ?でも人狼として主には少しでも忠誠を示さねぇとな」


地面に伏せた時についた土を叩いて落としながらそう話すラルクは、私の顔を見るとニカッと笑った。可愛いから取り敢えずモフっとく


「あぁ…くそっ!普通ならぶっ殺してやりてぇくらいなのにあんただと緩んじまう……!」

「もふもふ……」

「あ、僕ももふもふしたい」

「てめぇは駄目だ!」

「えーっ!」


もふもふを拒否された為仕方なく私に抱きついてきたキールの頭を撫でながら、野宿できそうな所を探しに行ってくれたオウガを待つ。二人とも、なんだか同じような違うようなものを感じるんだが……そう言えばオウガにも感じてたな。ビックリだなぁ


「ガルマン様…いい場所を見つけた」


暫くすると、上空から飛来しドスンと音を立てて着陸して帰ってきたオウガがそう言葉を放った。場所はすぐ近くでは無いにしろ、徒歩でも三十分位にはつけるだろうとの事だ


「そうか。よし、まずはそこに向かおう」

「はーい」


フンフンと鼻歌交じりに歩いていくキールを見ながら、もふもふさせてくれるラルクの頭を撫でた。尻尾がペシペシ当たってくるんだが可愛すぎる。最初の印象が嘘みたいなんだが


「あ、言い忘れてけどよ。夜になったらなんか束縛するようなもん俺につけてくれよな」

「?なんでだ?」

「これでも狼の血は継いでっからよ。すぐ走り回りたくなって帰って来れなくなったりとかしちまうかもしれねぇ。情けねぇけど、2キロも離れちまうと匂いわかんねぇから」

「なんか凄い言葉を聞いた気がするが取り敢えず分かった」


2キロ以内なら分かるという意味だよなとか考えながら今度はラルクの肉球を触る。人に近い手ではあるが、その手には黒く少しざらついた毛と桃色の肉球がある。プニっと押すと少しムズ痒いかのように親指で肉球を押す指を撫でるものだから、とてつもなく愛おしい。やっぱりみんな我が子にしたいから、大家族作ろっかな……


「…ここ、雨はしのげる…」

「んだ、洞窟か?ちぃと湿ってるみてぇだが…」

「野宿で雨を凌げるなら大丈夫だ。さて、ラルクの手当をさせてもらうぞ。ついでに髪とか整えるから」

「うっす」


治癒魔法で傷跡すらも治していき、伸び放題になっている髪や毛はディストピアで作ったハサミもどきで切っていった。オウガに水魔法と炎魔法で熱湯を作ってもらい血を洗い流したあと、風魔法と炎魔法で熱風をまた作ってもらって濡れた髪や毛を丁寧に乾かしていく


「魔法使い慣れてんだな。あぁ~、そこそこ………くぅーん」

「生活必需魔法と言っても過言ではないからな、魔法は使い勝手がいい。……ん、ここがいいのか?」

「ガルマン様だけだよ魔法を攻撃以外に使う考えの人」

「本当か?どうやって風呂とかに入るんだよ」

「そういう専用の魔法道具があったんだ。魔力を少し注ぐだけで使えるから便利だったかな」

「ほぅ……ディストピアの外は凄いな」


雑談をしながらラルクの毛を乾かし終え、次にブラッシングにかかる。この身体の前の記憶では何度か犬のブラッシングはやってきてるし、コツは掴んでると信じたい


「どうだラルク、痛くないか?」

「くぅ…気持ちいいぜ主さまぁ…ふへぇ…力抜けるぅ…」

「ガルマン様、後で僕の髪の毛も梳いてね」

「……俺も」

「はいはい。順番な」


みんないつの間にか簡潔に湯浴み程度は終わらせてるようで、今髪を乾かしてるキールとまだ水が滴っているオウガの順に髪を梳く事にした。甘えん坊は大歓迎


「やっ、やべぇ……ブラッシングがこんなに気持ちいいなんて…眠っちまいそうになるぜ……」

「寝ていいんだぞ?もう夜なんだし」

「主さまの足の上で寝ちまうことになんだろぉが……むにゅむにゅ」


もうウトウトしてきているラルクはそのままでブラッシングを終えた。次はキールの髪を梳こうと櫛に手を伸ばす


「んー……離れんなよ主さまぁ……」

「ここ数時間で一段と甘えん坊になったなお前」


尻尾を振りながら私のお腹に腕を回して離さない意志を示すラルクに困っていると、ラルクの前に腰を下ろしたキールがどうぞと髪を寄せてきた。ラルクをそのままにキールの髪を梳き始めると、ラルクはそのまま寝落ち。小さくパタパタと揺れる尻尾が可愛いんだが、そんなこと言ったら喉笛髪千切られそうなので口にはしない


「キールの髪は艶々だな。特に手入れもしていないとは思うが……」

「ガルマン様の血をたまに貰ってるからだよ。吸血鬼にとって血は自分の健康を左右するから、魔力の高い健康な血を持つガルマン様の血は僕にとって格別なんだ」

「いやぁ、キールの解説は毎度助かる」


細い櫛を簡単に通し、すぐに終わってしまったブラッシングにキールは少しばかり残念そうな顔をした。だが次に待ってるオウガの髪は一筋縄じゃ行かないことを知ってるのでそのまま引いてくれた。さて、こっからが本番だ


「あ、また絡まってるぞオウガ。あと尻尾を腕に当てないの、痛いだろ」

「オウガ、嬉しいのはわかるけど頑張って抑制して!」

「ぐぬ……」


オウガは剛毛で幼い頃から少し絡まりやすい毛質をしている。困った事に、それが少し悪化して髪の手入れが難しくなった訳だ。だから敢えて短く切ってはいるが、くるんくるん色んな方向に向いて絡み合う。困った困った


「オウガ中々に手強いな……あっ、待って指切れた」

「えっ、とうとう指切れちゃったの!?」

「面目ない…」


髪の毛が凶器とかシャレにならんぞなんて思いながら血が滲む指を口に含んだ。横から喉を鳴らす音が聞こえたんだが、食事の時間じゃありません


「ま、まだ出てる?出てるよね?」

「出てません」

「あっ、まだ出てるよ!ね、頂戴ガルマン様!あむっ」

「あ~」


血の匂いでバレ、そのまま唾液や血がついたままの指がキールの口の中へ。ただ口に入れるだけではなく、丁寧に舌を傷口に這わせ、血が出なくなるまで吸い続ける。終わったあとはこれまた丁寧に唾液を拭い取り、そっと寄り添ってきた。血をすい終わるといつもこれだ


「ガルマン様……」

「あぁ、オウガの髪はもう限界だぞ。また切らなきゃならない」

「くっ……」


悔しそうにラルクとキールを交互に見たオウガは、少しむすくれた感じで私を抱きしめ座ったまま眠りについた。いきなりの事で対応が遅れて、今すごい体勢になってる


「な、なぁ……これ誰かひとりでもいいから退いてくれたら寝転がれるんだが……」

「むにゅむにゅ…」

「んふふ~」

「……」

「退く気ないなお前ら」


一人は眠りにつき、一人は話を聞いておらず、一人は不貞寝。私は久々に座りながら眠ることになると悲しく思いながら、オウガの厚い胸板に全体重を任せて瞼を閉じた。体が痺れたとか文句は受け付けないからな

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