黒毛の人狼
地下神殿から帰還して三年が経過した。三年の間にオウガは立派な身体が定着し、その立派さは一目瞭然だろう。竜の姿で大きさを操れるようになったとかで、竜の姿になっても私の頭の上だったり肩の上だったりに乗っかる時もしばしばある。可愛いから許してしまうのだ。それに、いざと言う時溢れる力と巨大な魔力で敵を一掃する様は本当にカッコイイ。魔法も体術もばっちこいみたいな感じだ
そして、三年間で成長したのはオウガだけではない。キールは十六になり、夜空の似合う美しい吸血鬼に育った。幼さはまだ残ってはいるものの、目を細めて笑う時に少しばかりの妖艶さがうかがえるほどには成長した。しかも、遠距離からのナイフによる攻撃が格段に上手くなった。魔法は血を操る魔法位しか進展はしていないが、それも中々にヤバい魔法の様で、魔導書上級を見る限り、応用すれば傷も簡単に癒せるらしい。恐ろしや吸血鬼
無論、私もこの三年間で成長はしてる。おっきい剣をぶん回すようになった。独学なので型とかはよく分からないけれど、まぁなんとかやっていけている。魔法はオウガより上ではあるが、いつ追い越されるか内心ヒヤヒヤしてる。オウガ的には、私のことを守る!絶対!という固い意志がある為追い抜こうと必死だ。本当に恐ろしいこの子達
「ガルマン様!やっぱり外に行くべきだよ!ここでずっと戦ってたって、得られることはもう少ないし!」
「俺は、ガルマン様に従う……」
「まぁ、外の世界を見て見聞を広げるのはいい事だし、頃合いだとは思っているが……」
外の世界……ディストピアの外に出るには、多くの難関がある事を私は見聞きしている。まず、ディストピアには二つの方法で外に出ることが可能だ。一つめは死海を船で渡ること。二つめは契約の森を抜けることだ。二つとも、危険性の高い抜け方だろうと私は考えている
まず、死海は現代で学んだ死海とは別の、毒素に満ちた水を示す。普通の船で通ろうものなら確実に死んでしまうであろう場所だ。上を通ったカモメが魚目当てで水着した時溶けて水と同化していく様は酷かった。なお、以前漂流物が流れ着いた浜辺のある海は普通の海だ。だがそこからは外には出られない。その先には、何も無い。だが、その先からは漂流物が流れてきていた。またまこの世界の事は分からないことだらけだ
残る契約の森だが、あそこは契約で生活をする獣人などが暮らしている森だ。契約の森と言っても、集落のような場所で検問代わりになっていると聞く。ディストピアにいるのは碌でもない奴が多いから仕方ないだろうか
「死海は確実にOUT。どれだけの距離があるかもわからないのに飛空したくはないし、何より危険すぎる」
「死海は触れた瞬間溶けるからね……竜の時のオウガなら何とか渡れそうだけど、問題はやっぱり距離……」
「……どれだけ飛べるか、試したことは無い」
「そうなるとやっぱり契約の森か……」
契約の森では、最近獰猛な獣人達の契約争いが起きていると何度も聞いた事がある。ランク付けなどもあって和やかな雰囲気ではないのは確実だ
「あそこの通り方、ガルマン様分かる?調べてみたけど全くわかんなくって」
「私も耳にしただけだから確かじゃない。確か契約した獣人か獣を連れていけば通れるとかって聞いたんだが……」
「契約不要。ガルマン様には俺がいる」
「だが、契約が必要となったらこの中の誰かが契約しないといけないだろう。それで通れるならその方がいい」
死海は絶対に無理なので、契約の森から行く線で話は進んだ。見聞を広めるためだ。暫くはここを留守にすることになるだろうが、集落のみんなが元気でいることを願う
《契約の森》
「案外早く着いたね」
「あぁ。だが気をつけろよ、集落まで道がある」
荷造りをして契約の森に来た私達は、周りを警戒しながら獣人達の集落の方へと足を進めた。時折聞こえる叫び声や雄叫びが妙に気になる。嫌な予感がビンビンするんだが
「お前達、ディストピアの者だな?ここから先は契約を行うか、書類を提出しない以外に通ることな出来ないぞ」
「契約か書類……すまん、書類の方はない。契約はどうすればいい?」
早速集落の入口で捕まってしまい、取り敢えず聞かれた言葉の一つに質問してみた。案外簡単に契約の簡単な事を教えてくれて、契約目的ならばと中に入れてくれた。緩いぞここの警備
「このまま出るの?簡単過ぎない?」
「いや、出口の警備が異常に硬いみたいだ。書類か契約をしないとディストピアの外には出させてくれないだろう」
「そっか……じゃぁ、契約者探さなきゃね。なんかリストみたいなの渡されてたけど、それから探す?」
「これからのお供みたいな感じだからな。慎重に選ばないと」
「……」
不満そうに眉間にシワを寄せるオウガの青く剛毛な髪を優しく自分の手が傷つかない様に毛の流れに沿っと撫でておいた。気持ちよさそうだがやはり不満な気持ちは拭えないオウガの微妙な顔がまた可愛い。我が子バンザイ
「……なんだ、この最低クラスって」
「説明書によると、どうやら問題児みたいだね」
「問題児か……逆に見てみたいよな。獰猛な獣人の問題児」
「えぇ……ガルマン様たまにそういうとこあるよね……」
キールに呆れられながらも、その問題児が居ると言われている場所に向かった。物珍しそうにそこら辺を歩いていた獣人達に見られたが、そんなに珍しいのか問題児に会いにいくやつ
「……ここか」
「一人しか居ないみたい」
「他のクラス、他の建物」
「クラス分けってほんとにされてたんだな……」
私たちがやってきたのは、ほぼ牢獄と言ってもいいような場所だった。奥には鎖で繋がれた黒毛の獣人がおり、所々赤黒く変色しているのを見て血を流していると理解する
「名前が書かれていない。名前を聞いても?」
「契約主と契約しねぇ限り名前は教えねぇんだよボケ。そんなのも知らねぇでここにきてんのか」
「……その口縫うぞ」
「あん?やってみろやトカゲ」
「……っ!」
「はいはい、挑発に乗らない」
「……」
質問したら少しウザイ答え方で返してきた獣人の挑発に乗ってしまったオウガ。檻ぶっ壊しかけたのですぐに止めてキールと一緒に外に出てもらうことにした。短気では無いが、あんな言い方されたら流石のオウガもブチギレる
「種族を教えてくれ。その尻尾と耳からしてイヌ科か?」
「おぅ、よく分かったな。俺ぁイヌ科イヌ族だ。正しくは人狼だがな」
「人狼……?」
聞いたことのある単語にこの世界での人狼のことを思い出させる。キールと学んだから覚えてるっちゃ覚えている筈だ
「…通常の狼人とは違う性質の、ごく稀に生まれてくる者だったか」
「なんだ、知ってるじゃねぇか。少しは話がいのありそうな奴で良かったぜ」
彼はどうやら先程の通り人狼種の様だ。獣人の中でも稀に生まれてくる種族があり、その種族は通常の獣人を遥かに上回る能力を持って育つと聞く。だが、そんな種族がなぜここに居るのか、聞いてもいいのだろうか
「聞いてもいいか?」
「なんで人狼の俺がここにいるか、だろ?簡単に言や、契約に向いてねぇんだよ。泣き虫は嫌いだし、俺より弱ぇ奴も嫌いだし、なにより人間の姿を見るだけで吐き気がするもんだからよ」
「私は大丈夫なのか?これでも角と羽根、尾以外は人間に似ている部分があると思うが」
「人間じゃねぇやつくらい見分けつくっての!……まぁ?エルフ族とか天使族とかいう信仰者は人間並に受け付けねぇけどよ」
嫌いな種族多いなぁと考えながら、近くにあった椅子を持ってきて座った。ずっと立ってるの辛すぎるもん
「……なんだよ、まだ話すのか?てめぇと話すこと俺ぁねぇぞ」
「私にはあるのでな。私が知らない事でも、ここに住むお前なら知っていることがあるだろう。あわよくば契約したいし、少しでも多く話せたら嬉しい」
「変なやつだな。俺と話してると虫唾が走るって興味本位できた奴らはすぐ帰ってくぜ」
「確かに最初の会話はちょっとムカついたが、今はそうでもないからな」
「そ、そうか……?ほんと変な奴だな……」
真っ暗に近い牢獄で、私と人狼の彼は長い間会話を続けた。この様子だと私的に悪い印象はない。口は確かに悪いが、そこまで悪くもないし話していて楽しい。相手もそう思ってくれていると嬉しいんだが
ジリリリリリッ
「?何だこの音」
「面会時間の終了のベルだ。終了つっても、また後で来れるようになるぜ。あんま来ねぇ方がいいと思うがよ」
「それはどう言う────」
人狼の言葉が気になって問いただそうとした途端、集落の獣人が来て外に追い出された。外にはキールとオウガが待っていてくれて、その手には美味しそうなスイーツが
「お前ら集落堪能してるなぁ……」
「つ、つい……美味しそうな食べ物があったから…ここ凄いね、見たことないものばかりだよ!」
「……甘い…要らない…」
「あ、なら私に1口おくれ」
「ん……」
無口ではないがそこまで喋る訳でもないオウガが私にクレープのような物をくれた。美味しい……この世界でもクレープ食べられるとは思ってなかった。世界が私に優しい気がする
「あ、ガルマン様が面会してる間候補探しといたよ!」
「ん?別にいいのに……私あの子仲間にしたい」
「どんな問題児なのか分からないから僕はお勧めしないよ。オウガも言ってるし」
「…アイツ嫌い…」
二人には不評な人狼君だが、私としてはなんだか愛着の湧く子だったので候補に無理やりねじ込んどいた。無論二人からのブーイングは避けられなかったが、いいもんねーだと思っておこう
[面会時間のクリアがされました。契約主様、どうぞ面会室へ]
無機質な声が聞こえたと思うと、周りにいた様々な種族の者達がクラス事の場所へと向かいだした。さっきの面会時間がもっかい来たみたいだ
「じゃぁ、候補の子達見てきてくれ。私は人狼の子見てくるから」
「人狼?問題児は人狼なの?」
「あぁ、そう言っていた」
「あんまり信じない方がいいからね。人狼みたいな凄い種族が牢獄に入れられる訳ないんだから」
「はーい」
キールの忠告を半分聞いて半分聞き流し、私は先程の人狼の子がいる場所へと足を向けた。あの子と話すの楽しいんだよなぁ