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 アルベルは外食があまり好きではない。

 美味しい料理ならば家に住み込みで働いているシェフが毎日作ってくれるし、愛情のこもった料理であれば母が喜んで作ってくれる(上手下手は抜きにして)。であるから、わざわざ外へ出て食べるという行為に必要性を感じないのである。

 人付き合いは大切にする性格ではあるから、当然人に誘われれば断ることはしない。あくまで、自分から意味もなく外で他人が作った料理を食べに行く行為の意味が分からないのである。

 専属メイドは以前「食べ歩きとか、楽しいと思いますけど」と言ったが、アルベルは「下品だな。貴族としてあるまじき行為だ」と返答した。それ以降メイドがアルベルに外食を進めることはなかったが、その時の可哀想な人間を見る瞳は印象的であった。そんな風に、メイドに哀れみをもたれるくらいには外食を好んでいない人間なのだ。

 となれば、当然彼が知る料理店など数は限られており、その中でもリピートして訪れた店など、片手で数えられる程度である。だからこそアルベルが現在いるこの「メロリア亭」という店は、彼にとって特別と言える店なのだ。

 「メロリア亭」は下町の路地裏にひっそりと店を構えており、十数人も入ればいっぱいになってしまう小さな店であるが、アルベルはこの店が満員になった光景を未だ見たことはない。

 彼が店を訪れる時間帯も影響しているだろうが、大きな要因はこの店の外観にある。人通りの少ない閑静な路地裏に店があることもそうであるが、表には看板がなく一見してここが料理屋であることがわからないのだ。ようするに、ほそぼそとひっそり営業が行われている店なのである。

 「メロリア亭」にはメニュー表はない。その日の食材、その時の店主の気分で食べられる料理は決定する。季節によって当然メニューに偏りはでてくるわけであるが未だ美味しくなかった料理はないので文句は一度として言ったことはない。変わらないメニューは店主の奥方が毎朝仕込んでいるという味噌汁ぐらいであろうか。これがまたほほが緩むほど美味しいわけで、たとえ店主の料理が不味かろうと、この味噌汁だけで金を出す価値は十分ある。

 店の料理に関して感想を述べるときりがないので、アルベルは本日提供されたハンバーグ定食含め感想は美味いのみに留めることにした。これが最後の晩餐ではない。であればいつかまた語る日がくるであろう。

 さて、彼がこの店を贔屓にする理由は当然料理が美味しいからだけではない。それだけなら、その他の店と変わらずわざわざ顔をだすこともしない。

 最大の理由は「メロリア亭」の店主及び奥方との関係である。店主の歳は40を越えたくらいだったか、無口でありながら体格の良い店主は昔、アルベルの屋敷で料理人を務めていたことがある。感情をあまり表に出さない強面の顔に、職人気質で仕事に一切の手を抜いていない性格は幼い頃から好ましく思っていた。手には無数の切り傷があり、料理人としての勲章だなと彼に言ったところ、「下手糞の証です。誇らしいものではありません」と真面目な顔で返されたことがある。アルベルにとっては彼がどう思っていようが、結局は今料理が上手なのだからどうでもよいのではと思ったのだが、当時屋敷の使用人として働いていた奥方は、その時呆れた様にため息を吐いていたものだ。馬鹿だなって。

 奥方もアルベルの母からは気に入られており、夫婦共々高給で雇用していたのであるが、突然の辞表とともにこの店を始めたのが三年前。大きな理由は子供ができたことらしいが、細かい事情はこの夫婦のみが知っていれば良いことであり、両親も詮索もすることなく笑顔で送りだした。店を出す際も、多額の出資と土地の提供を行おうとしていたらしいが、「私たちは世話をさせていただく立場の人間です。それは、屋敷を出ても変わることはありません」と世話を焼かれることを拒まれたとのこと。去り際も格好が良い夫婦である。

 ならばせめてお店の売り上げには貢献させてもらおうと、一家揃ってこの店には訪れており、外食を好まないアルベルもこの店に関してだけは動機がなくとも来店しているのである。


「美味しい」


「ありがとうございます」


 主人は寡黙であり、アルベルもおしゃべりではない。メイドや婦人がいた頃は話を広げてくれていたが、今店には二人だけ。必要最低限の言葉しか口にせず、店内は静寂の時間が流れるのみだ。

 やがて、店の扉が静かに明けられた。店主は「いらっしゃい」とだけ呟いて、一人分の料理を作るための作業を開始する。アルベルはカウンター席に腰をかけたまま開かれた扉を振り返りもしなかった。

 姿を見せたのは、一般的な庶民の服を身に纏った金髪の少年であった。店内の静寂を気にかけた様子もなく、店主に軽く会釈をしてアルベルの隣の席へ座る。


「待たせたね」


 品のある声色である。穏やかな笑みをその顔に浮かべ、アルベルの肩に手を置いた。食事をしていたアルベルはそこでシルバーをテーブルへ置き、「お水をいただけるか」と店主へ告げる。


「食事は済ませてこなかったのか?」


「友人と食事の約束をしておいて、済ませるはずがないだろうさ」


「朝から夜までパーティー三昧だと嘆いていたであろう」


「ああ、ほんと大変だったよ。へらへら媚を売ってくる貴族を相手するのは」


「抜け出してきたのか?」


「全部妹に押し付けてね」


「酷い兄だな」


「今頃僕がいなくなったことに気づいて騒いでるころだろうね。まあ、ケーキでも買って帰れば許してくれるよ」


 悪びれた様子もなく、「ちょろいちょろい」なんて言いながら、店主から渡された水を口に含む。


「ご多忙の王子様にご足労願って恐縮だな。シャーロット様には悪いことをした」


 アルベルは金髪の少年レオナルドの姿をみて、微笑しながらそう言った。レオナルドの素朴で親しみやすい性格は、学園を出た後も学友としての温情を残したまま、身分の差に縛られずアルベルとの親友としての関係をつづけている。


「友達の頼みなんだ、僕は全く構わないさ。それに妹だって友人である勇者様御一行を放っておくわけにもいかない。お互いの友達が旅立つ日なんだし、シャロもその辺はわかってくれるはずだよ。」


「有りがたいことだ」


 アルベルは勇者とその仲間の姿を思い浮かべる。神に愛されているとしか思えない、数々の才能を持った人類の希望。

国の期待を背負うには、あまりに若い少年少女たちである。


「類は友を呼ぶというけれど、よくこの時代にあんな天才が集ったものだね。妹も含め、僕たちより若い子ばかり。全く、若さってものは羨ましいもんだね」


「その言い方だと、才能には興味が内容に聞こえるな」


「え、いらないでしょ。面倒なだけだよ、過剰な才なんてさ」


 可笑しそうにレオナルドは答えた。


「天は二物を与えない。手に余るほどの才能があるとしたら、それはもう人間じゃないよ。なにか別の、神様とかそんなやつだ。得てしてそういう奴に困難ってやつは降りかかってくるものだし、僕は面倒なのはごめんだよ」


 何事も普通が一番だと、この国の王子は語る。普通とは程遠い身分に生まれた彼は、何より平凡というものを好む男であった。


「お前ほど普通とかけ離れた人間もいないがな」


アルベルのからかいの言葉に、レオナルドは肩をすくめた。


「それは言わない約束でしょう。そんなことより、君からはもっと面白い話が聞きたいんだよ」


 レオナルドは卑しい笑みを浮かべてそういった。


「面白い話だと?」


「うん。君、あの子に告白されたって?」


 パリンとグラスが割れる音。「失礼しました」と店主は床に散らばった破片を拾い集める。レオナルドなにこにこしながら、アルベルの顔を眺めた。

 アルベルは目を店主へ向けて、風の魔法を使い細かい硝子の破片をゴミ箱へ運んでやりながら、昨夜の出来事を思い出す。

 告白。あれは、確かにそう言えるものだったのだろう。覚悟をしておけと、過去から今まで続いてきた積年の恨みを果たすことを、真っ直ぐに伝えられたのだから。


「なんだ、既に聞いていたのか」


「うん。今日の朝に話す機会があってね。そうでなくても、相談は数年前からされていたんだけど」


「数年前……。そうか。そんな昔からあいつは悩んでいたのか」


 なんて愚かな男なのだろう。あれだけ近くにいて置きながら、あの少女が傷ついていたことに全く気付きもしなかったなんて。いつだって笑顔を向けてくれる優しい性格を良いことに勘違いをしていたのだ。あの笑顔が、感情を押し殺した上に浮かべられた、精一杯の笑顔だということに。

 そも、平民が貴族に愛想よく接することなんて普通のことだろう。いくら面白くなくとも、楽しくなくとも、貴族が笑っているのなら、平民は合わせて笑うものだ。そこに自身より生まれた感情はなく、それが使用人ともなればなおさら主人に合わせるというもの。

 たったそれだけのことだと言うのに、なぜ自分はあの少女が苦しんでいたことに気付いてやれなかったのか。


「勇者の紋章が出た時だって、すぐに名乗り出なかったのは、どちらを優先すべきか悩んでいたからだしね。君のことも考えて、まずは告白だけでもしておけばいいんじゃないかなって結論になったんだけど」


「なるほど」


 あいつは「死ぬのが恐いから」なんて話していたが、真実は違っていたらしい。

 俺を殺すか、魔王を殺すか、どちらを優先すべきかを悩んでいたのだろう。執行が先延ばしになったのは、レオナルドが自分をかばってくれたかららしい。


「それでどうするの。受けるわけ?」


 何かを期待するような顔。何を期待しているのかは知らないが、答えなどひとつしかない。


「あいつがそれを望むのであれば」


 自分に断る権利などない。彼女願いが自分を裁くことなら、自分は迷わず受け入れるだけだ。


「そうか。君はもう少し――――――否なんでもない。君がそう決めたのなら、僕がどうこう言うことではないね。

 きっとあの娘も喜ぶだろう」


 言葉を濁したのは、友としての別れを惜しんだからからであろう。アルベルはそう解釈し、冷えてしまったハンバーグを口に運んだのだった。

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