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視察でも女装 6

「何の真似だ」

 戦闘に突入するのかと思いきや、漂わせていた殺気のような重苦しい雰囲気を霧散させた男は緩やかに首を横に振った。

「その様子だと、君たちが視察する予定の場所がどんな所なのかを分かっていないようだ。お嬢さんは御存知かな?」

「ノーシア山脈の山麓部は、鉱山地帯で帝國の保有する鉱物の主要産出地と聞いている」

 詳細な割合やその産出物の種類は知られていないものの、殆どの帝國民のみならず国外の知識人たちにも知れ渡っている常識だ。

 態々辺境の大陸に入植し、軍を配備するなどの手間を掛けるのはそれに見合うだけの利益があるからに他ならない。

 この北方大陸の開発はその鉱山地帯一つのために行われている、とも言われており、我が家の事業の収益もこの大陸間の遣り取りの部分に依存している。

「そうだな、つくづく教養人の常識通りの回答だ」

 不快な含み笑いに堪えかねたか、リーアが臨戦態勢のまま半歩ほど男と距離を詰める。

「もう良いでしょうか、鉱山開発の妨げをしに来たテロリストさん」

「鉱山開発に興味はないね。その程度のことなら態々私が出張って来ることはない」

 何か含みのある言い方に気を引かれるが、その答えが出る前に事態は動き出す。

「いい加減に……」

 リーアが踏み出すのと同時に、遠雷のような轟音が耳朶を打った。

 それは山脈のある方向から聞こえ、それを認識したその時俄かに星の光に照らされ黒煙が立ち上っているのが確認出来た。

 紛れもなく、大爆発だった。

 周囲の隊員たちは絶句したまま立ち尽くし、一人は膝から崩れ落ちた。

「……全く、時間よりも早いがまあ仕方あるまい。私がこう言うのも難だが、こうなった以上君らも早く帰った方が良い。間もなく爆発の勢いで飛散した石やら何やらが此処にも降り注ぐだろうからな」

「一体、何をした!」

 精一杯の怒気を込めて呑気な様子の男に吼えるが、肩を竦めるばかりで答えようとはしない。

 それどころか、手近な馬に乗りかかろうとする。

「待て!」

「私に挑むのも結構だが、お嬢さんを守らなくても良いのかな?小石であっても、当たり所が悪ければ簡単に人は死ぬぞ、ほら、そこに良い例がある」

 リーアをあざ笑うように男が指差した先、呆気に取られた一人の隊員の頭部に何かが激突した。

「ぐぎゃ」

 どこか間の抜けた断末魔を遺し仰臥したその隊員の頭部は、見るからに一部陥没し複数色の液体が止め処なく噴き出し、身体全体が不自然な痙攣を起こしている。

「お嬢様!」

 リーアの悲痛な叫びと同時に、俺の足元にも砂埃が舞い上がり僅かな振動が走った。

 小石が吹き飛んできたと理解すると同時に、目にも留まらぬ速度で飛来する物体が闇夜に紛れていることも相まって恐怖が沸き上がる。

「っ!」

「失礼します!」

 咄嗟に身を屈めようとした刹那、執事長が俺を抱きかかえるようにしてその場に覆いかぶさった。

「くそ、逃げろ!退避!退避!」

 我に返ったらしい隊長が必死に隊員に呼び掛ける声が聞こえ、不揃いな馬蹄の音と時折地面を叩く飛来物の音が不協和音のように響き、その場にいる者たちの焦燥を駆り立てる。

 腹の奥底がざわざわと落ち着かず、じっと荒い息を吐く執事長の身体と地面の間という狭い視界からは何も情報は得られない。

 また、爆発音が耳に届くと、一層騒ぎは大きくなる。

「お嬢様!執事長!もう大丈夫です、身を起こして下さい!」

「リーア、お前も伏せていろ!」

 必死に執事長が叫んだ瞬間、その頭上で衝突音が鳴った。

 リーアの魔法で、恐らくバリアのようなものを張ったに違いないことが確信出来た。

「いえ、私が障壁を作りましたので余程のことがない限りは安全を確保しました」

「何だと……?」

「執事長、リーアの言っていることは本当です。立ち上がっても構いませんよ」

 正直、執事長の体格は一般人から見ても立派で見た目以上に重い。

 その為呼吸も苦しく、何より密着されると性別を偽っていることがバレる可能性が脳裏をチラついて仕方がない。

「……ぅお」

 俺たちのやや離れた位置の空中に二回目の爆発のものと思われる飛来物がぶつかった。

 文字通り見えない壁を張ったらしく、石は砕け散りその破片もその位置よりも俺たちに近い方には飛散せず跳ね返ったように落下する。

 その様を、目を丸くして目撃した執事長はまたしても呆けていた。

「……また、爆発」

 断続的に続く爆発の度にあらゆるものが飛散してきた。

 と、言っても距離がまだ離れていることもあり石などの小振りな物体以外は届かない。

 周りを見渡せば、隊員が二人物言わぬ死体となって転がっている。

 正視に耐えるものではないため、リーアが視界を遮ってくれた。

「奴は……?」

「逃がしました。……申し訳ございません、一体誰の意志でこんなことをしているのか、そして奴は一体何者なのかも一切掴めずに…………」

「分かっていることと言えば、この攻撃に関与していることと魔法が使えること……か」

「魔法……ですか?」

 執事長の訝しむような声が俺たちの会話を止めた。

「失礼ながらお嬢様、このリーアも魔法に手を染めているのでしょうか?」

 俺は一瞬リーアを見遣り、小さく頷くのを確認してから口を開いた。

「そう、そのお陰で私も命を救われました。貴方も同様のことかと思うけれど……?」

 厳つい顔に似つかわしい眉間の皺が深くなった。

 普通の人であれば、魔法と聞くだけでも嫌悪感を抱いて然るべきでこうして逡巡するような様子を見せるだけ、執事長の懐は深いことが分かる。

 悔やむような呻き声を漏らしつつ、握り拳に力を込めて細かく震えていることからかなりの葛藤があるらしい。

 そして、ふっと息を一つ吐く。

「今回の件はまず、お屋敷に戻るまで不問とする。ただし、戻ってからは然るべき措置を取るのでそのつもりで居るように」

 硬い声だった。

「分かりました」

 返事をするリーアの声もまた硬い。

 この場合、俺に決定権がないことが痛かった。

 屋敷の人間の人事的な決定は当主と執事長に与えられており、専ら解雇については当主の承認も必要となる。

 当主の息子である俺は使用人に命令を与えることは出来るが、抗命も認められているのもまた事実で、恐らくここで俺が執事長に解雇のつもりなら撤回するよう求めたところで、それに従う義務はない。

 勿論、当主である父親に思い止まるよう働きかけることは自由ではあるが、それもどこまで有効かは怪しい。

「……お嬢様、そのようなお顔をなさらないで下さい。解雇と決まった訳でもありませんし、お嬢様を守ることを至上命令と心得ている以上後悔はありません」

「リーア、必ず何とかするからな」

「お嬢様……」

 俄かに彼女の瞳が潤んだ。

 これまでの半生の苦楽を分かち合ってきた、主従の関係を越えた仲と自認する俺たちの遣り取りを、執事長は世にも微妙な表情で見守っている。

 自分が悪者にされた挙句馬鹿にされていることには気付いているものの、身分上怒ることも出来ないため間を持て余しているようだ。

 そうこうしている間に、すっかり爆発の余波も収まり再び静穏が訪れた。

「……これ、冷静に考えてみればとんでもない事件に居合わせてしまいましたよね?」

 暫しの沈黙の後に口火を切ったのはリーアで、執事長は溜息で応えた。

「現地の様子は分からないが、物的にも人的にも相当の被害が出たに違いない。それに、これが他国の者の仕業ならば、また再び武力による衝突を招きかねない」

「確か、帝國は周辺国とは十年程前から全面停戦をしているんでしたよね?」

「そうですお嬢様。故に、この北方大陸と本国とを繋ぐ海路も安全が保障されていて海運事業の展開が可能なのです」

「もしこれが他国による攻撃であるならば、軍需品の生産の阻害によって得をする帝國と同等或いはそれに近い軍事力を持った勢力の仕業、と考えるのが適当でしょうか」

 これは最早高度な政治的意図の領域であり、一介の貴族の人間やその関係者では想像の域を出ることは出来ない。

 それでもこの話題に心が奪われているのは好奇心ではなく、父親を本国まで呼び戻したメリトアンネの使命、つまり帝國中枢の思考が如何なるものであるのかが全く想像出来ないことに起因している。

「周辺国との関係は、あまり良くないのは事実です。ただ、細かなパワーバランスなどの外交については申し訳ございませんが、専門家ではないので申し上げることが出来ません」

 なまじっか政治に関与のある貴族家の人間として、偏った思想を持たぬようにとでも教育されているのだろう、執事長はこれ以上話題を続けることを嫌った。

 と、同時に俺がそのような政治的な話題を出したことに驚いてもいるようで、それはリーアも同様だった。

「お嬢様は経営者としてだけではなく、政治家としても国政に関わって行くご予定でしょうか?」

「そんなつもりは……。ただ、私や屋敷の皆が平穏に暮らせるように集められる情報を集めておきたいだけで」

「最近のお嬢様を見ていると、よくお話されるようになりましたのでてっきり政治家になるのかとばかり……」

「執事長まで」

 よく喋るようになったのはリーアの魔法のお陰なのだが、旗色が良くないので俺はむっつりと押し黙りこの話題は終焉する。

「さて、緊張も解けたことですし、お屋敷まで戻りますか?それとも、何が出来るかは分かりませんが現地まで行かれますか……?」

「どちらにしても、馬も逃げてしまったしまずは移動手段を確保したいな……」

 立派な二本の脚があっても、屋敷までは現実的な移動可能距離とは言えない。

 しかし、ノーシア山脈は目と鼻の先のところまで迫っており、徒歩での到達は可能だ。

「移動手段を求めて、山脈に近付くのも一つかと」

「妥当、かな。リーアもそれで良いかしら?」

「お嬢様の赴くままに」

 決定だった。

 実を言うとあの男の言った言葉の裏が知りたかった。

 帝國は恐らく、鉱物の産地以外に何か役割を持たせていることを匂わせており、爆破の目的もそちらにあると考えれば納得も出来る。

 では、その別の目的とは何か。

 帝國民は愚か現地の一般軍人ですら知らされていない、というフィルタリングを掛けて該当する要素として素直に考えれば、軍事機密という言葉が一番しっくりくる。

 例えば、秘密兵器の開発が行われている、というのが定番だがこの世界の科学水準では兵器と言っても投石器が関の山だ。

 ならば別の線から結び付けてみれば見え方も大きく変わって来る。

 ただ鉱山開発を妨害するためなら出て来なかったと言うのなら、魔法を使う男が出張ってきたと言うのならそれは魔法関連と捉えるのが自然だ。

 つまり、山麓部には魔法に関連する何かがある。

 世間の常識や世論を見るならば、帝國上層部の指示で魔法に関する何やら作業をしていたと言うのが露見することは好ましくない。

 肝心のその何かについては全く想像出来ないものの、核心はそこにあることは歩を進める毎に確信へと近付いていく。

 仄かに夜空が白み始めた頃、小高い丘よりそれは一望出来た。

 元は雑多ながら繁華街の顔を持ち合わせたであろう市街地の残骸がまず目に飛び込んで来る。

 未だに小規模ながら火災があちらこちらで発生しており、燃やせるものを根こそぎ燃やしている。

 生き残りは居ないかと目を凝らすが身動きするものは見当たらない。

 唯一街の様子を知っている執事長は右手をこめかみに当て、途方に暮れたように長い息を吐いた。

 リーアは何やら腕を翳して集中しているので、魔法で何か探っているのだろう。

「お嬢様、ここでリーアとお待ち下さい。何かないか探して来ますので」

「……私も行きます。更なる爆発の可能性、実行犯の襲撃などを考慮すると皆で居る方が危険も少ないと思います」

 と、ここでリーアの作業が終わったらしく一つ息を吐いた。

「もうこの一帯には、私たち以外に生きている人間は居ないと思われます。あの男の気配も全くありません」

「……お嬢様を真ん中にして警戒をしながら、辺縁から探索しましょう」

 微妙な空気感の中、俺たちは街の輪郭をなぞる様に外郭を歩き始めた。

 住居だったと思われる木材や石材などが無造作に転がり、そこに人間の身体の一部と思われるモノが混じっていた。

 一早くそれを見付けた執事長が俺の視界を遮り、リーアがそれを補助する。

 辛うじて視界からは逃れられても、臭いまでは遮れない。

 思わず鼻を摘まみながら歩いていると、やがて街の奥、鉱山へ繋がる道が多量の土砂によって封鎖されている様子が全員の目に飛び込んで来た。

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