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視察でも女装 4

総PV1,000ありがとうございます。


「ご主人様は、あのようなものを見せられてまで、魔法に関わりたいとお考えですか?」

 リーアの目は真直ぐ、真剣だった。

「きっと、想像していたものとは懸け離れている筈です。それが永くに渡って人類の記憶と記録から遠ざけられてきた理由にもなります」

「そうだな……」

 恐らく、俺と彼女の間には今認識のズレがある。

 俺は単に魔法という凶悪な暴力が、簡単に人間に向けられることに衝撃を受けているのに対し、リーアは俺がその魔法の凶悪さに怯えていると考えているらしい。

 勿論、間近で目の当たりにしてしまえば少なからず怖ろしいとは思う。

 が、それ以上に心の奥底で何処か喜んでいる自分が居るのもまた事実だ。

 自分がもしあの鎧のような魔法が使えたら。

 例え人間が相手でも圧倒的な力を背景に、相手を好きに嬲ることも出来るし、己の意のままに操ることも可能になるだろう。

 持つ者、持たない者という圧倒的な力関係で優位に立つことに、俺は間違いなく酔いしれることだろう。

「私の知る魔法もまた、使い方によってはあの地獄を創り出すことも出来ます。これが、広く一般に知れ渡り、悪意のある者がその力を手にしてしまえば……」

 先を言わずとも分かる。

 気に入らないことがあれば暴力で以て解決を図ろうとする人間、集団が現在でも存在する。

 そのような者たちが魔法を手にすれば、平穏な暮らしを望む人々にとっての脅威となり、高度な自衛能力が求められるようになってしまいかねない。

 その行く先、魔法同士の高め合いの結果は以前の世界の核開発競争、冷戦を想起させた。

「そうは言うけど、もう遅いんじゃないか?実際に俺たちに向かってその悪意を向けて来た連中も居る以上、俺も自分の身を護るために力を持つのは自然だと思うけど」

「それは……。ご主人様の身体の安全をお守りするのも、私の役目ですから」

「今回だって偶々助かったけど、下手したら俺死んでたよ。魔法で、というわけでは無かったけど」

「うぐ……それを言われると私も弱りますね……。し、しかしこれは危険なんです!」

「リーアがそう言うなら、諦めるしかないけど……。でもさ、またあの鎧が襲ってきても大丈夫なの?」

 問い掛けに、リーアが口を噤んだ。

「結果的に俺は助かったけど、リーアも腕を一本やられて逃げるのが精一杯だったわけだし。俺もせめて援護ぐらい出来ればと思ったんだけど……それもダメかな」

「……私もそこまで深い造詣があるわけではありませんが、私たちを襲った鎧を使役する術者は恐ろしく高度な魔法を使用出来ることは確かです。物質に意思を与えることに加えて、そこに魔法の使用権を付与することは極めて難しいですから、逆を言えば付け焼刃の魔法では対抗も出来ないでしょう」

 それはつまり、俺を狙っての襲撃であったならばそれ相応の殺意を向けられたことと同じだ。

 襲撃された理由に心当たりはない。

 個人として、と言うよりは商売敵や政敵の線が妥当だが、そのやり方もまた風変りと言わざるを得ない。

「ところで今更だけど、アレは中に人は入ってなかったよね?」

「え?ああ、それは確認済みです。中身が空洞であることは視認しましたので」

 俺は敢えてどうやって?とは聞かず頷く。

「じゃあ、どうやったら無力化出来るんだ?」

「方法は一つではありません。最も穏便な方法として、魔法の効果範囲外に脱することが挙げられまして、今が丁度その方法の実践中です」

「なるほど。あとは、術者の体力切れを狙ったりも有効なのか?」

「よく御存知ですね。ああ言った使役の魔法は常に精神力を消耗しますので、持久戦はかなり有効です。……逃走手段、或いは防衛手段がある場合に限って、ですが」

 残った煎り豆を口に頬張り、茶を喉奥まで流し込む。

「じゃあ、さっさと移動した方が良さげだな」

「そうですが、今の段階で追い着いて来るような感じもしないので、諦めたか術の範囲外に出たと考えて問題ありません。寧ろ、ご主人様を放り出して逃げ出した不逞の輩の粛清を考えられてはどうでしょうか」

「ああ、衛兵か……」

 馬の下敷きになってしまった彼は残念だったが、その周囲に居た二人は結局俺の安否の確認もせずに逃げてしまったことになる。

 俺が生きて彼らの前に現れた時、一体どんな顔をするのだろうか。

「従者としての役目を一つも全う出来ない輩を生かす意味はありませんよね?」

「……顔が怖いぞリーア。彼らの処遇は俺が考える」

 険の強い笑顔を貼り付けた彼女を嗜めるも、彼女の頭には相当血が上っているらしい。

「ご主人様はそう言って、何だかんだ許そうとしていますね」

「……勝手だろ」

 俺は甘いのだろう。

 ただ、自発的に裏切り、刃を向けた訳ではない。

 その決定的な部分が情状酌量の余地になるのではないかと考えているのだが、リーアはそうは考えていないようだ。

 いや、寧ろ彼女が正しいのだろう。

「これから一家を背負って立つお方がそのような甘い考えでは困ります。一つここは見せしめを行うことで威厳を示すべきです」

「……そうだな。じゃあ、魔法でやってやろうじゃないか」

 俺の提案が想像の域を脱していたらしく、リーアの表情が固まった。

 その意味を理解するや否や露骨に顰め面を浮かべた。

「ご主人様」

「おうよ」

「あまり私を困らせないで下さい。魔法は外法ですから、もし魔法での処罰をお望みなら私が手を下します」

 彼女の意志は固く、覆せるような雰囲気は何処にも無かった。

 自らも煎り豆を食すと、木筒のさらに奥からボロボロと何かの欠片が転がり落ちて来る。

「あら、折角作って来た焼き菓子も文字通り型無しですね」

「じゃあ魔法で元の形に戻してみたらどうだ」

 その言葉に、彼女は何とも形容しがたい表情を浮かべた。

「……何か言いたいことがあるなら言ってくれ」

 俺の方から促してやると、彼女はふっと一つ息を吐いてから口を開いた。

「ご主人様に悪意があるとは思いません。しかし、魔法とはそう易々と使用する……そうですね、謂わば生活を便利にするための知恵とは違います」

「そうなのか?火種の無いところで火を熾したり、水の無いところで水を創り出すのが魔法だと思っていたが」

「間違いではありません。ただ、私が言いたいのはもっと使うべき場面に於いて初めて魔法の使用を考えるべきだと言うことです。火種が無くとも夜を越せるのならば耐え、水のない砂漠でもオアシスが見えているのなら耐える。命が絶えるその予感の強い場面で縋れる最後の手段が魔法である、というのが理想ですね」

「……と、言うことは、そのクッキーも形を戻さないと俺たちが死ぬその時が来ないと、リーアは魔法を使ってくれないのか」

 欠片を丸ごと口内に放り込み、咀嚼しながら彼女はゆっくりと頷いた。

 彼女の得意料理の一つでもあるその焼き菓子に有り付きたかったため、やや恨みがましい視線を送ると、リーアはバツが悪そうに目線を逸らした。

「申し訳ございません、行儀悪でしたね」

「そうじゃなくて……まあいいが」

「ともかく、訓練された兵士は無暗に剣を抜きません。その腕をひけらかしたりするのは二流のすることで、魔術師も同じかそれよりも厳格な考えを持って居るものです。便利だから、で魔法を使った結果は歴史が証明していますよね?」

 この世界に於ける歴史といえば、見方にもよるが大きく分けて三つの時期が存在すると習った。

 村や町の単位で人々が暮らし、国境線や明文化された法律などのない第一期。

 魔術師の台頭と国の形成、侵略戦争の頻発する退廃的な第二期。

 そして、緩やかな衝突を繰り返しながらも規律や協定によって秩序を保ち、国家という体制に支配された第三期。

「第二期で魔術師が戦争の主導を行った結果、第三期に繋がる大帝国による遠征が完了するまで、順調に増え続けていた人類を短期間で大幅に減らしてしまう悲惨な戦争が続いた……」

「その通りです。お手軽な魔法の使用は確かに一時的に人を豊かにしました。が、さらなる豊かさを求めた結果、奪い合い殺し合いに発展してしまったんです」

 魔法が禁じられているということあって、第二期の歴史を習う時に登場する魔術師は相当に悪く書きたてられ、最期の悲惨さまでキッチリと学ばされる。

 魔法に手を出せば碌な末路にはならない、というメッセージを強く印象付けているのだ、

「その切欠は、このクッキーのように些細なものだったのかもしれないな」

「流石はご主人様ですね。これぐらいなら、という油断が何十万人もの命を奪うこともあります」

「リーアは、帝國の魔法弾圧に賛成なのか?」

「ある意味ではそうです。弾圧、と言うよりも徹底的な管理と言う方が望ましいですね。不用意に悪意ある人間の手にその力が行き渡らないような工夫の為なら、魔法に触れるべき人間が魔法を学べないのは仕方ないと思います」

 慎重論を唱えるリーアの意見は、大いに賛成出来る内容だった。

 そうだからこそ、俺は心中に引っ掛かるものがあった。

「質問ばかりで悪いんだけどもう一つだけ。多分、このチョーカーも魔法なんだろうけど、何で俺には魔法のことを話してくれるんだ?」

「……それは………………」

「言えないのか?」

「……」

 沈黙は肯定と見做す、とはこの世界でも共通の認識だ。

 リーアは意味もなく答えを秘する人間ではない。

 何かしらの思惑があるのだろうが、それが果たして一体誰の利益となるのかまでは推し量れない。

「分かった、取り敢えず今はいい。また何れ聞かせてくれ」

「ありがとうございます」

 火が尽きぬよう、生木がくべられる。

「……特徴的な匂いだな」

「この辺りの原木は魔除けの材料としても知られる、クノという種類の木が林立してますので枝を混ぜました。実際にこの木の周囲には獣や魔物が寄りませんから効果覿面です」

 何と形容するのが正しいのか難しいところだが、敢えて言い表すのなら薄荷に苦味を足したような匂いで、クセになるという種類のものだ。

「この匂いの中で眠れるかね」

「眠るときは風向きも考慮しますのでご心配、な……く……」

「どうした?」

 うとうとと柔らかな眠気が俺を包む中、リーアの顔が強張った。

「……念のため準備をしておいた結界に、重量のある移動物が引っ掛かりました。見て来ますのでお待ちを」

 重量のある、という時点で頭の中はあの鎧の不気味な佇まいで一杯となった。

 不安に眠気が引っ込み、腹部がもやもやとして落ち着きが無くなる。

「ま、待て。俺も行く」

「不安なのは分かりますが、万が一の場合私が全力でご主人様をお守りするにはこれが一番なのです。どうかご理解を」

「……そうだが、しかし」

「こういう時だからこそ、合理的な判断をどうかお願いします。ご主人様が傍に居ますと、私は全力が出せませんから」

「っ、そうか……」

 追い縋るのを諦めたことを見届けると、リーアは大通りの方へと身を翻し闇夜へとその姿を躍らせた。

 取り残された俺は、せめて身を守るのに適した武器が無いかと視線を彷徨わせるが、あの鎧の使用する魔法の前では例え剣があったとしても殆ど意味を成さないことを思い出した。

 頼みの綱は、リーアのみ。

 自らの生存確率を上げる為に今出来ることがないかを探し、いの一番に焚火を消すことを思い付く。

 闇を照らす火は遠くからでもよく分かることだろう。

 しかしそれは同時に、俺の視界を確保してくれる唯一の光源でもあった。

 あらゆる想定を巡らせた結果、焚火からは陰となる幹の太い木の裏に隠れることにした。

 刺すような冷気を感じながら、かじかむ指先に必死に吐息を吐き掛ける。

 もし万が一此処まで敵が来たら、闇に紛れて逃げ込む算段をしたが、幾許かの時間が経過しても炎が枝を食む小さな破裂音以外には音がない。

 僅かに早まる鼓動が煩く思えるような緊張が続くと、僅かながら弛緩期が訪れる。

 それは目論見の修正が脳裏を掠めるのと同義だ。

 あれから彼女はどうなったのか。

 敵はどこまで来ているのか。

 疑問と不安が交互に俺を襲い、平常心を奪い去って行く。

 こんな時、もし魔法が使えたなら気分を紛らわせる魔法を使いたいものだが、それもリーアの基準に照らし合わせれば軽い気持ちで使っていることになるのだろうか。

 そもそも、魔法が使えるのなら此処で隠れていることもなく、一緒に戦うことも出来ただろう。

 実際にあの鎧の目の前に立ち、怯むことなく向かっていければという条件付きではあるが。

 魔法が使えるリーアですら負傷してしまう相手に、俺は太刀打ち出来るのだろうか。

 例えば、対抗手段の少ない強力な魔法の使用が可能であれば捩じ伏せてしまえるだろう。

 しかしながら彼女の口ぶりで行けば、俺がそう言った魔法を使うことを肯定しないだろうし、前提として俺を矢面に立たせない。

 俺の立場が、守られるべき立場だから、なのか。

 それとも俺自身を守るべきと考えているからなのか。

 ふとした疑問だが、何故か大いに俺の中で引っ掛かりを覚えた。

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