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アーカス港防衛戦 4

 長官との思いがけない出会いはあったものの、何とか当初の目的を達した俺たちは長官の言葉に甘える形で応接室に本陣を構えることとした。

 では早速何を始めるのかと思えば、長官が退室した後はリーア主導のもと何時の間にか持ち込まれていた器具を用いてお茶会を始めていた。

「いや、そこは勇躍出陣の流れじゃないのか」

 流されるままに配られたカップに口を着けると、鼻腔に広がる香りのスパイシーさに目を瞠る。

 茶葉をセレクトしたのはサミアらしくニコニコと全員のリアクションを見ている。

「ううん、少し香りが開き過ぎかしら。このテの茶葉の扱い方は教えていなかったから、また屋敷に戻ってから手解きするわ」

「そうですか?今の雰囲気とかにピッタリで美味しいですけど」

 ルミアの感想に対しやれやれ、とリーアは首を振った。

 彼女は自身の嗜好で物事を判断するような人物ではない。

 俺が快適に過ごせるように俺の好みや苦手なことは全て把握していて、不要なものを排し間違ったものは正すスタンスでずっと暮らして来た。

 つまりこのダメ出しの内容は、俺には少し辛過ぎると読み替えることが出来るし、実際に少しだけだが香辛料の塊を舌先に載せられたような痺れを感じていた。

「まぁ、ちょっとだけ辛い、かな?」

「も、申し訳ございません!」

 サミアはその場で立ち上がり、勢いよく腰を折って謝罪を口にした。

「いやいや、美味しいことに変わりはないから気にしないでくれ」

「お嬢様。従者への慈悲は時に毒にもなります。同じ過ちが繰り返されないようここは諫めるべきです」

「ま、まあ、そのうちにな」

 そうこうしている間にルミアはお茶請けをパクつき、顔を顰めながらお茶を飲み干していた。

「お嬢様、リーアさん!私、部屋の外を警戒して来ます!」

 ビシッと歩哨のような敬礼をすると、返事を待たずにルミアはガチャガチャと鎧を鳴らしながらドアの外へと出て行く。

 右手と右足が同時に出ているような有様だったことから、緊張しているようだった。

「落ち着かないのは私たちも同じですが、あそこまでとは思いたくありませんね」

「そうだ、何かのんびりしちゃってるけど、これって凄く不味い状況だよな?所謂奇襲攻撃って奴だろ?」

「はい、歴史的に見て事例が無い訳ではありませんが……例外なく穏便に決着がついた事例はありません。帝國と公国の戦力差を鑑みれば、公国が焦土と化すことになるでしょうね」

「おいおい……何でそんな無茶なことを。勝算があってのこと、だよな?」

「いえ、恐らくは帝國からの輸入制限に始まる経済制裁により国民が困窮し世論が沸騰した結果、でしょうね」

 何やら既視感のある話だった。

 国家間のパワーバランスを知らない訳ではないが、どのような政策を実施しているのかを俺はよくは知らない。

 帝國と公国の外交上の関係が芳しくないのは歴史的な経緯からも明らかで、この直近百年を遡っても大抵いがみ合っているか、矛を交えてきている。

 その原因はと言われれば複合的なため一言で説明は難しく、経済政策に起因する外交問題であったり派される要人の待遇を巡ってなど多岐に渡る。

 今回の場合で言えば、基本的に食料を始めとする物品を国内の生産だけでは賄いきれない公国が、国力や生産力の差から余剰のある帝國より輸入をしていたその流れを強制的に断ち切ったことが原因と言う。

 ではその断ち切った理由はと言うと、帝國と公国の国境を接する緩衝地帯の帰属を巡っての論争が発端となり、公国を押さえつける手段の一つとして経済制裁を課したということだ。

 当然、毎日消費される食糧等はすぐに不足し始め、慌てた公国首脳は他国から買い入れを行おうとする。

 が、その公国と境界を接する国々も帝國との取引に重きを置いているため、思うような輸入が出来ず四苦八苦。

 膨れ上がる国民の不満は村落を治める者に留まらず、広域に領土を統べる貴族たちにも上り反乱や一揆の兆候が見え始め、今度は国内向けに帝國の悪逆非道ぶりを喧伝し始めた。

 しかしそれも時間稼ぎにしかならず、根本的な解決をみることなく追い詰められた首脳たちは乾坤一擲――と言えば聞こえは良いが、実際には流されるままに破れかぶれで戦端を開いたというのがリーアの推測だ。

 ただ、攻撃目標を地続きの拠点ではなく海を越えたアーカスへ定めていたことは予想外であるし、この総督府の慌てぶりからもそれは窺えた。

「そうなると、帝國の外交戦略も半分失敗していることになりそうだな」

「どうしてそうお考えに?」

「適当なタイミングまで締め付けて、今度は条件を厳しくして経済制裁を解除してやれば帝國の丸儲けで誰の血も流れないんじゃないか。例え、その条件を巡って争いが起きるとしてもそれは公国の内輪で揉めるだけだし、帝國の出血は無い」

「仰るとおり、帝國は交渉の継続を提案し、公国もそれを承諾していました。執行部の高官による会合も開かれていたのですが、と言いますか確か今日も開かれる筈なのですが……」

 余程追い詰められていたのだろうか、にしては海を渡る期間を考えればそれはあまりに不自然だ。

 軍による独断専行、或いは一指揮官の暴走、というのは少し想像力が豊か過ぎるか。

「ともかく、これで交渉は凍結され、帝國へ派遣されている高官の身柄は拘束となるでしょう」

「本国が黙っているとも思えないし……現実に外では血が流れているわけで」

 そう言っている内にも建物が僅かに振動した。

「……外の公国の船団、魔術師が乗っていますね。そうでなくてはこの攻撃の手段の説明がつきません」

「魔法は御法度の筈なのに、惜しげも無く行使して来るのは何故だ……?」

 禁忌とされる手段をいとも簡単に使う意味を考え始めるとサミアがまず口を開いた。

「やはり圧倒的な火力で一気に制圧が出来るから、でしょうか。本国とは遠く離れている点を鑑みても、情報の遣り取りもままなりませんし」

「私も、その意見に同意します。海上を封鎖してしまえば魔法による攻撃という事実そのものが封殺され、本国に開戦という事実すら伝達されません。……開戦に関しては定期的な連絡が途絶えたことで遠からず露見するでしょうが」

 サミアたちの意見は至極当然に導き出される帰結だ。

 この世界における離島への攻撃方法は限られており、主には浅瀬付近まで船を近付け戦闘員が上陸して戦うというシンプルなものが採用される傾向がある。

 勿論、上陸地点の選定や気象条件を考慮することが前提で真正面から突っ込むという無謀な真似はしない。

 その点魔法による攻撃は正面からであっても、比較的安全にそして一方的に行うことが出来る。

 防衛側は強固な要塞と弓兵による防御手段を備えていても意味が無くなってしまう。

 納得出来る筈であるのに俺はふと、漠然とした不安を覚えた。

 何かを見落としているような、地に足が着かない浮遊感にも似たそれを上手く消化出来ない。

 思考の波を漂っていると今までとは異なる地点から爆音が響いた。

 それに紛れるように甲高い悲鳴が耳に届き、反射的に窓へ取り付く。

「そんな……条約違反の誹りも恐れないと言うのですか……」

 絶句するサミアと呆然としつつも怒りを覚えるリーア。

 その視線の先には人々が生を営む街並みがあり、その一部からは黒煙が立ち上っている。

 見る見る内に黒煙は筋を太くしていき、紅蓮の炎があちこちで建物を焼き始めた。

 当然、そこには多くの人々が居て恐慌状態に陥っていることだろう。

 命を落とした人も居るだろう。

 それが軍人であるのか民草であるかは、大いに違いがある。

 無警告での市街地への攻撃は御法度であり、小規模な掠奪であっても大陸中の国家から猛批判を喰らうことになってしまう。

 公国がこのような手段にまで頼らざるを得ない程に追い詰められているとしても、戦いとは無縁の民草に危害を加えることは道理ではない。

「こちらを揺さぶる為なのでしょうが、常軌を逸しています」

「あの辺りって……茶葉を卸している雑貨屋さんがある区画ですよね……?」

 サミアの絶望に染まった声音に、リーアも僅かに肩が震えた。

 個人的な交友のある人間が、唐突に命を奪われたかもしれないと言う可能性に動揺したためだろう。

「リーア、動くか?……下の連中も頭に血が上ってしまったみたいだ」

 中庭に集結している貴族の諸隊が気勢を上げ、気の早い者たちは港の方へと移動を始めている。

「いえ、やはり目につく行動は慎むべきでしょう。とは言え、私たちの意思だけで事を静観出来るのかは分かりかねますが……」

 言うや否や、外からルミアの声が聞こえて来る。

 彼女以外にも何やら興奮した様子の複数の男の声。

 言い争うような応酬があり、やがて扉が開かれた。

 姿を見せたのは予想通りと言うべきか、バラバラに家紋などを入れた鎧に身を包んだ屈強そうな男たち。

 目的である俺の姿を認めた一人が歩み寄って来ようとして、さっとリーアが間に割って入った。

「テトラス家名代とお見受けした。どうか話を聞いていただきたい」

「無礼な!名も名乗らず無遠慮に室内まで侵入するとは、恥を知りなさい」

 威厳を誇示するように蓄えた口髭の男はリーアを無視しようとするが、彼女も一歩も譲らない。

「どけ、メイド。国家存亡の危機だ」

 張り上げるような怒声では無いが、多分に苛立ちを含んだ声で今度はリーアの肩に手を乗せて退かそうとする。

 が、リーアは最低限の身動ぎで男の手を振り解く。

「貴様、今何が起きているのか分かっているのか?」

「最低限の礼を尽くさないのなら敵も同じです。名を名乗り、用件を申し出なさい。取り次ぐのはそれからです」

 業を煮やしたように息を巻いたが、やがて諦めたようにため息を零す。

「ノリント家近衛隊隊長のキーエンと申します。早速ですが後ろに控える有志たちを代表してご提案をさせていただきたい」

「テトラス家のリーアです。お聞きしましょう」

「は、今先ほどの敵船からの未知の攻撃により市街地への甚大な被害が齎されました。しかしながら未だに総督府の統率はままならず、反撃の狼煙が上がる気配もありません。そこで、我ら貴族連合による組織的反攻を企図しております」

 キーエンが魔法を未知の攻撃と表現したことに一種の新鮮さを感じつつ、俺とサミアはその続きの言葉に予想がついてしまった。

 勿論、リーアも例外ではないだろう。

「お願いと言うのは、その名目上の総大将を名代に務めていただきたいというものです。我らは家格が横並びでして、誰を一番に置いても後々に禍根を残すことになりかねず苦慮していた次第でして。古来より家格の高い家の出自の人間が形式的に大将を務めることは慣例とも言えるものですから、どうかご配慮いただけませんか」

「暫し、室外でお待ち下さい」

 要相談として退室を促すと、キーエンはあっさりと引き下がった。

 くるりと振り返ったリーアの表情は苦笑いを噛み潰したような、微妙なものだ。

「彼らの言い分も分かりますし、慣例と言うのも理解は出来ますが……率直にお嬢様はどうお考えになりますか?」

「断る方がリスクがあると思う。何より、本職の軍があの調子じゃあ市街地の被害は広がる一方だろうし、せめて囮ぐらいにはならないと」

 俺の言葉に、サミアも頷いた。

「お嬢様のお考えは大変ご立派です。が、事の成り行きによっては全ての責任を負うことになりかねませんよ?」

「……それは」

 具体的な反論は浮かばなかった。

 ただ、市街地を襲った一撃で生み出された悲劇を見過ごせる程肝が据わっていないだけなのかもしれない。

 それでも、俺は正しいと思えることがしたかった。

「まあ良いでしょう。いざとなればお父様を頼りにしましょう」

「よし、こういう時ぐらい頼っても良いだろう。それに、こう言うところで恩を作っておくのも良いだろうしな」

「大いに結構と思います。では受諾の旨を告げて来ます」

 一礼したリーアを見送り、サミアはティーセットの片付けを始めた。

 再び攻撃が着弾し、微かな悲鳴が届くと同時に廊下では気合の篭った雄叫びが木霊した。

 算段がまとまり、キーエンたちが上げたもので、騒々しく廊下を駆けて行った。

「本営を築くそうですから、私たちも移動します。お嬢様の身は私が守りますが……万が一の場合は全てを忘れてお逃げ下さい」

 出て行くときとは一変した真剣そのものの雰囲気に圧され、俺は軽口を叩くことも出来ずただ頷いた。

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