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アーカス港防衛戦 3

 総督府が置かれたのは、言うまでもなくアーカスへの入植が始まったのと同時だ。

 国家運営の一拠点としての機能は元より、遠方から直接指示や命令が下せないことから、本国周辺の各都市総督府と比較すると多くの権限を委譲されており、通常の治安維持業務に始まり都市開発に関する計画策定等多岐に渡る。

 故に多くの職員が所属し、その上司たる幹部たちはアーカスでの評価がいずれ本国中枢へと配属された時のキャリアに影響されることをよく知っていることからよく働く反面、必死だ。

 これは軍人、文官ともに共通することでもある。

 が、その評価の項目は全く異なるものであるのもまた事実。

 総督府管轄の軍港で起きているこの事実に則して言えば、軍人たちは間違いなく拠点を防衛した上で損害を抑えることが評価に繋がることだろう。

 では文官はどうか。

 このような戦闘中であればどのような行動を起こせば褒められるのか、一概には言い表せない。

 ただし、幾つかの観点があり、アーカスに所属する文官の幹部たちの行動をモデルとすると多少は分かりやすい。

 まず最初に、勤務する部下の職員に避難指示を出し定められた避難区画への移動を命じる。

 その後、総督府の軍人たちを統括する警備部の窓口にその旨を伝え、自身も避難区画へ移動する。

 以上、終わり。

 各貴族家の関係者や援軍を受け入れ、対応をしているのは軍人であり文官たちはただ慌ただしく移動しているのみ。

 中にはもたつき、行き交う軍人や貴族関係者とぶつかる者も居る。

 それが文官たちの仕事なのだが、それは内輪の事情であって外部の人間には同じ総督府の人間にしか見えていない。

 貴族家の援軍の中には当然頭に血が上りやすい人間も居るので、避難する職員にぶつかられ近くに居た軍人に八つ当たりで怒鳴り散らす光景が散見された。

「お嬢様、そろそろ着席されてはどうでしょうか」

 窓から総督府前広場を見下ろす俺、ルミア、サミアの三人に声を掛けたのはリーア。

 相変わらず俺の二歩後ろの距離を保ち、頃合いを見て自制を促す物言いは平時でも非常時でも同じ。

「そうだな、いや、何か落ち着かなくて。そもそも、何を言っていいのか分からないんだが」

「いつも通り私にお任せ下さい。万が一何か意見を求められも、目線で私を指し示して下されば問題ありません」

「分かった、任せる」

 早速段取りが決まったところで、ルミアとサミアも役割を与えてもらいたいのだろう、無言で俺のことを見詰めている。

 何かにつけて仕事を割り振っているのは実はリーアなのだが、そこは出来る女らしく枕詞には常に「お嬢様からのお願いなのですが」ときたものだ。

 まるで屋敷の草木の水やりの時間一つに至るまで全て把握しているかのようで、少し考えれば有り得ないことなのだが、どうにも外側から見て俺とリーアの距離感は近過ぎるきらいがあることが作用しているらしい。

「……二人は、俺の威厳が損なわれないよう堂々としていてくれ」

「威厳?」

 キョトンとした表情でルミアが聞き返すと、慌ててサミアがその口を塞ぐ。

 もがもがと抵抗する様子に苦笑いを漏らすとすかさずリーアがルミアを睨む。

「ルミア、言っておきますがお嬢様が殊の外お優しいから私たちへもそのように接して下さるの。威張り散らすことと威厳は別物で、公式な場での評判はまた別物なのです」

「ただ黙ってることしか出来なかったから、良い方向に解釈してくれて色んな渾名を付けられただけだ。……一部では妬みややっかみで『文盲姫』とか呼ばれていたのも今となっては良い思い出……とは言えないな」

「ああ、あの家業で失敗して残った借金が返しきれず鉱山開発で一山当てようと目論見アーカスにやって来たは良いものの見当違いの場所を開発して執行部にも怒られ現在進行形で損失を出し続けている、某下流貴族家のご令嬢のことですか。アレとその取り巻きには後日色々とまとめて抗議をしましたので、もうお気になさらなくても宜しいかと」

 苦笑いに続き、引き攣った笑いが自然と零れた。

 貴族家の間柄と言うのは公式での遣り取りに留まらず、非公式の交わりであっても影響を及ぼすので質が悪い。

 例えば公式な晩餐会ではにこやかに談笑が出来ていたとしても非公式な品評会(という名称の二次会、飲み会)で無様を晒せばそれが最終的な評価として印象付けられてしまう。

 余談だが、下戸と嫌煙家は貴族には向かないと言われており、同じように酒が好きでも拘りのない者や喫煙者でも濫りに喫する者も同様だ。

 まさに過ぎたるは及ばざるが如しで、その匙加減を知らぬ者は次第に社交界でも辺縁へ追いやられる。

 俺が個人的に最も嫌悪しているのはその見えない格付けが、実に少数の者の間で決められそれに全ての貴族が従っていることだ。

 閑話休題、俺を中傷した貴族は俺の意思とは関係なく報復を行ったのは理由がある。

 簡単な話が面子の問題だ。

 この例で言えば格下の貴族からの『口撃』に対して対抗措置を取らないことは、相手の言葉を肯定するのみに留まらず代々継承してきた名誉と同等である家名を自ら損ねる理解しがたい行為として受け取られてしまう。

 酒の席での冗談だから、と寛大な心を見せることは頓珍漢なことで優しいのではなく臆病と見られ侮られ、家格を下げることに直結する。

 とは言え、平和主義をモットーとする俺のこと、貴族家のお決まりの反射に巻き込まれるだけでも胃が痛む。

 笑いが引き攣ったのはそれが理由だ。

 リーアは慣れ切っているだけで、喜々としてやっているとは思いたくないが常に澄まし顔であることに若干の恐怖を覚えるのもまた事実。

「失礼します」

 応接室のソファに腰掛けつつ適当な談笑をしていると、ドアがノックされ、返事をする間もなくドアが開かれた。

 室内にのっそりと姿を見せたのは、白髪交じりの短髪をした初老の男性だった。

 俺だけでなくリーアも着目したのは疲れのある表情、の下、身体に纏うその服装である。

 てっきり指揮官の証でもある軍服姿かと思えば、文官の男性正装である白シャツに灰色のジャケットは砂埃等で薄汚れていた。

「お初目にかかります、アーカス総督府海上保安部長代理です。失礼ながら海上保安部長の方はただいま取り込み中でして、代わりに私の方でお話を伺います。どの様なご用件でしたか」

 柔らかな物腰、というよりも定型文めいた言葉を並べたところから見ても間違いない。

 彼は文官だった。

「お忙しいところ恐縮です。私はテトラス家名代エレイナ様付筆頭メイドのリーアと申します。本日は事態が切迫していることもあり手短に申し上げますと、総督府長官名で発行された要請にお応えするべく参りました」

 リーアの口上を聞き、どのような反応が返ってくるのか成り行きを見守ろうとするがすぐに異変に気付いた。

 部長代理を名乗った男は困り顔で小さな呻き声を出したきり、黙りこくってしまったのだ。

 流石のリーアもその様子を訝しみ、もう一度説明を始めようとしたところで前方で溜息を吐くのが見えた。

「なるほど、事情は分かりました。ただ、私一人では何とも決めかねると思いますので、部長並びに警備部の担当者に照会しましてご返答します。外もあのような状況ですから、お気を付けてお引き取り下さい」

 一方的にそれだけ告げると、腰を上げた。

「ちょ、ちょっと!お待ち下さい、今の事態をお分かりですか!?」

「はぁ……」

 リーアが引き留めると、如何にも迷惑そうな顔で形だけ足を止めた。

「これは急を要する、緊急事態です!今、その部長様や長官様も手が離せない状況であると言うことなら貴方に決定権があるのではないのですか!?」

「いえ、そのようなことはありません。もし仮にそうだとしても、一度検討の上でお返事させていただきますが……」

「では、すぐさまに長官様へお伝えいただけるのですか!」

「手は尽くしましょう」

「……長官室へ案内願えませんか?取り次いでさえいただければ、後のことはこちらで済ませますので」

「はぁ……しかし、長官が長官室に在室かどうかも分かりませんし、そうであっても会って頂けるかも保証はいたしかねますので、日を改めていただく方が……」

「なっ」

 リーアが絶句し、俺とルミア、サミアも互いに顔を見合わせた。

 事なかれ主義此処に極まれり。

 一切の決定も決断も下さず先送り、しかもこの有事の際に、だ。

「もう宜しいですか。私も避難をしないといけませんので」

 入室した際には見せなかった機敏さで部屋を出てしまい、俺たちは取り残された形となった。

 形だけの受託宣言なのだろうが、それすら受理されないのは問題だ。

「幾ら有事とは言え、このような対応を受けるとは……」

「それよりも、事態の急さを憂慮するべきだな。こうなったら直接長官室とやらに乗り込むしかないだろう」

「ですが……」

「碌に人生経験もない俺だが、ここで引き下がるという選択はないだろう?それかそこら辺に居る人間に声を掛けるか」

 言いながら部屋を後にしようとすると、突然ドアが開き誰かが入室して来た。

 いつもより勢い良く歩き出してしまった俺はその人物とぶつかってしまう。

「っと、失敬」

「ご、ごめんなさい」

 体勢を整えつつ相手方の顔を見上げる。

「ああ、貴女が件のテトラス家名代ですか」

 少しばかり不精髭が目立つが白皙の美男子と言って差し支えない軍服の男が居た。

 襟や肩、袖口と順に視線を送りその階級などを探ろうとするが、一切の飾りもとい階級章が見当たらない。

「……そうですが」

 警戒感丸出しの俺の様子が可笑しかったのか、男は上品な仕草で笑った。

「そう警戒しないでくれますか。怪しい者ではありません、この総督府の管理をしているカルカット・カーネリアと言います」

 小脇に抱えた軍帽を被りながらそう述べた男を、俺は二度見上げて最後にリーアを見た。

 察した彼女は即時に俺の側までやってくると恭しく一礼。

「お初目に掛かります。私は」

「お堅い挨拶は結構。用件も道すがら部下から聞いています。此度は当方の呼び掛けにお応えいただきお礼申し上げます……と、いきたいのですが」

 先ほどの部長代理とは違った困り顔になったカルカットは、申し訳無さそうに俺とリーアを交互に見遣る。

「実は、各貴族への要請は私に無断で行われたものでしてね。受け入れの準備や対応に追われているんですよ。勿論、あの海上の船への対応も含めて、ね。何分こう言った事態に慣れている人間が少ないこともあって、みんなが自分勝手に動くと各部長さんたちも統率出来ないし、長官である私ですら誰がどう動いているのか分からない顛末でして、いやお恥ずかしい」

「そうでしたか。お忙しいのに、宜しかったのですか?」

「正直、何から手を着けて良いのか分からなくてね。ただ、テトラス家にはお世話になってるので優先してお会いする必要があるかなって」

 カルカットはじっと俺の顔を見て、ふっと小さく笑った。

「……ま、その辺の話は後日にするとして、テトラス家の私兵をこちらにお預けいただけるのですね?」

「はい、そのことを伝えに参りました。それに加えて」

「ああ、この部屋はテトラス家の拠点としていただいて構いません。建物自体は敵の攻撃に耐えうるであろうことは保証しますよ、私も一つ上の階の部屋から指揮を執るので」

「……ありがとうございます」

 話が早いことは喜ばしいのだが、常に言葉の先取りをしてくるカルカットに対して少しばかり底の見えない恐れを感じるのもまた事実。

 まるで此方の思惑や思考を全て見透かしているかのようで不気味だ。

 振り返れば、リーアのみならずルミアとサミアも同じ意見らしくその表情は硬い。

 総督府と言う特殊な組織を、明らかに年齢の観点から見て似付かわしくない若造が統括しているのだから、一癖程度はあるのだろうがその奥底はまだまだ見えない。

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