アーカス港防衛戦 2
進発した近衛兵団の最後尾が門外へと出て行ったのと同時に、俺たちの出発準備も整った。
何時の間に用意したのか従者服の上に手甲等の軽装備ではあるが防備に身を包んだ三人の従者とその後ろに馬車が一式。
「防備を施した馬車ではありませんので、総督府まで辿り着けないこともございます。その場合はお屋敷まで引き返しますのでご了承を」
「問題ありません。我々でお守りしますので、真直ぐ総督府まで向かって下さい」
露骨に顔を顰める御者だが、従者内の序列においても上位のリーアの命令には逆らえない。
と、言うよりこの場合は主君筋の要人の側近の言葉はその要人の言葉と同じと解されるからだ。
御者が要人と直接話をすることが普通ではない。
よって、内心では不満を漏らしながらも御者は与えられた任務を遂行しなくてはならない。
実に不運だと同情する。
「さて、いよいよ正念場ですね」
馬車に乗り込み、戸を閉じるとリーアが気合を入れながら深呼吸を一つ行った。
「……正直なところ、勢いでこんなことになっちまって後悔してるんだけどな…………。つい執事長にイラっとしたと言うか、されるがままなのを嫌と思ったというか」
「なるほど、素晴らしい短慮です」
「貶すのか褒めるのかどっちかにしてくれ」
「褒めさせていただきました。もし、執事長にすべてをお任せにする方針ならば、何としてでも前線へ出ていただくよう手配するつもりでした」
しれっと宣う彼女に非難めいた視線を送るが、効果は無いようだ。
「参考までに、何でそうしようと?」
「早い話が爆破事件の真相に近付くこと、そしてそれに付随してキーアの連中に付け入る隙を与えない為です」
「ええと……?」
「彼らとの付き合い方は二つに一つ、完全に無視するか、出し抜くぐらい情報収集や立ち位置を確立して対抗するかです」
彼女の弁によると今の俺が取るべきはその後者であると捉えているようだ。
「なるほど、ねえ。今更だけどルミアやサミアの前でする話ではないかもしれないけど……」
「お気になさらないで下さい。今はこのテトラス家の人間ですし、戻りたいとも思いませんから」
胸を張ってそう断言する彼女だが、キーアという組織が法律や世間的な常識を重んじるとは思えないことから、素直にうんと頷けず曖昧な笑みで誤魔化す。
「ええと、とにかく勢いで出て来てしまった以上は前線付近まで行くわけだけど……」
「お嬢様がその剣を振りかざして敵船団へと自ら突入する雄姿をこの目で見ることが出来るなんて、夢のようです」
「是非夢のままであって欲しいし、多分それをすると後々面倒になりそうだから止めよう」
「冗談です。そもそも、お嬢様がお嬢様である所以が、戦時における前線への動員を防ぐためですからね」
素直に納得し、もう一度反芻する。
俺がお嬢様である所以、という部分だ。
「そういう理由で俺、この恰好させられてたんだ?」
「はい。因みに近しい世代の生まれの貴族の出生記録を調べてみますと、圧倒的に女性が多いんですよ」
「そして、以前の戦争でも死亡率が高かった、と」
戦史については教養程度に学んだことはある。
ただ細かい部分まで教わった訳でも、調べたこともないのでリーアの語る知識が新鮮で好奇心を擽られた。
「それについては私たちも勉強しましたよ。帝國に存在する貴族家の男子にも指揮官として動員令が出され、戦場によってはその指揮官もろとも全滅した部隊もあったそうです。中には正当な跡継ぎである嗣子を亡くして後継者問題で揉めに揉めた家もあり、その経験を活かしてそう言った措置を取っているのでしょうか」
「そういうこと。テトラス家は現当主様のご兄弟が一人、戦死されていることもあって慎重な対応をしているのです」
「しかし全員が全員、お嬢様のように線も細く女性らしい方ばかりではありませんよね?社交の場に出て堪え得るものなのでしょうか……」
「サミアの意見は尤もね。その問題を予見しないほど貴族の皆さまも馬鹿ではありません。そこで、幾つかの手段が取られました、それは何でしょうか?」
リーアの視線が俺を含めて全員に、平等に配られた。
遊び或いは講義のような状況が始まった。
「……一つは、俺のようにあくまで女性として社交界にも顔を出し続ける、だろ」
「はい、正解です。お嬢様は体格もお顔も十分に女性らしいのでこの手法を継続しています。他には?」
一瞬の間を置き、サミアが遠慮がちに挙手した。
「届け出が間違っていたと、修正を申し出る、でしょうか」
「考え方は間違ってはいないけど、そもそも貴族の子息たちは帝國が書類等の審査を行っているので間違うことは有り得ないわ。あと、もしそうであれば男子は十五才を越えるまでに二年間軍に籍を置いて初等指揮官教育を受ける義務があるので、遡及して受講するか酷い場合は罰を受けることになるでしょうね」
「では…………ナニを切り落として……」
「待て待て、止めろ、想像しただけで寒気がする。後、女の子がナニとか言うな」
途端に顔を赤らめて黙り込んだサミアを横目に、ルミアが何かに気付いたようにリーアを覗き込みながら口を開いた。
「考え方は、ということは手法が違うのですね?」
「そういうこと。軍役を掻い潜りつつ、問題なく男性として生き続けられる方法が一つ。それが、庶子という制度」
「ほうほう」
「それで、それで?」
サミアを除く俺とルミアがリーアの言葉をせがみ、それを焦らして楽しむようにはぐらかす彼女の姿はまさしく教師のようだ。
自分で考えなさい、まずは貴方の答えを言ってみなさい、とそれらしい台詞を並べた後、満足したようで解説が始まった。
「庶子とは、本来的には正室にあたる女性以外との間に設けた子を指しますが、実は帝國へ出生を届け出る義務は無いのです。そして、ここがミソなのですが、庶子は届け出があったその時から貴族の一族としての身分を与えられる計算になります。これを利用すれば十五才以上の男子は軍役を受ける義務が免除されることになるので、最近は庶子の届け出が貴族たちのちょっとしたブームになっています」
ここで首を傾げ、浮き上がった疑問を口にした者が一人。
「あの……それだと存在する人間が一人余分に存在することになりますよね?」
サミアだった。
「それは簡単。死んだことにしてしまえば良いのです。架空の葬儀を身内だけで行ったことにして、後はお墓を一つ拵えて空の棺を埋めて届け出をしてお終い」
「こう、噛み砕いて言われると架空の人間の存在を創り出すのも楽そうに聞こえるな」
「庶子の制度が比較的緩やかな制限しかないのは、貴族家の血を絶やさないためという理由があるからです。ま、そのほかにも色々と便利使いされてはいますが、黙認されています」
以上、リーア先生による講義。
まさか戦闘の最前線へ到着する直前の会話の内容がそうなるとは予想もしていなかったが、少し賢くなった気もする上に逸る気持ちが落ち着いたので良しとする。
「さて、そろそろか?」
誰も口にはしないが、時折馬車の外からはくぐもったような爆音と、車輪が礫や轍を踏むそれとは異なる揺れを感じ取っていた。
御者はそれでも車内に居る人間の耳に届くような悲鳴も上げず、懸命に手綱を操っている。
「直接港まで行くわけではありませんし、出来る限り総督府に詰めて状況を見極めましょうか」
「もし、もしもだけど。敵が上陸して攻めて来たら、どうする?屋敷まで戻るか?」
リーアは、緩やかに首を振った。
横に。
そしてそれなりに慎まやかな自分の胸元に手を当てた。
「私がお守りしますので、ご安心下さい。お嬢様には一切危害が加えられることなくこの戦いが終わることをお約束します」
「……カッコイイんだけど、前にもそう言って結構危うかったからな?」
視察時の鎧の件を思い出し、リーアもそれに思い当たったようで一つ咳払い。
「あれは例外とお考え下さい。普通の兵士如きに遅れは取る筈もありません」
「私、それにサミアもどうかお頼り下さい!」
「うむ、飲んだお茶の分ぐらいは働いてくれると助かるね」
冗談めかして言っただけなのだが、存外二人はやる気に満ちておりルミアに至っては指を鳴らしている。
いくら何でも好戦的と言うか忠誠心が強過ぎるのではないか、と思ったところでリーアと目が合う。
目線は逸らされかけ、そして戻って来た瞬間に可愛らしくウインクに変わった。
単純に可愛いと言う感想を抱いたのはこの際口にはせず、何か仕出かしたことを確信する。
当然、俺の為にならないことはしない筈なので咎めることはしないが、しっかりと睨み返しておく。
「んー、にしてもお嬢様この馬車暑くありませんか?」
「そうか?」
多少おしゃべりに熱が入っていたことは否めないが、汗をかくような暑さは感じない。
それなりに厚さのある長袖を羽織っていても適温と思える程度の気候なので、室内であっても特別篭って熱されるようなこともない。
「ちょっと、一枚脱ぎますね」
唐突にルミアが手甲や胸当てを外し、従者服のリボンに手を掛け始める。
「待て、おいリーア止めろ、サミアも!」
敢えてその視界に収めないように心掛けていた豊満な双丘が、胸当てを外したその瞬間に弾んだのを目撃してしまっている俺は大いに焦った。
リーアは驚いた振りをして動こうとせず、良心と言えるサミアは慌てふためきながら何とか抑え込もうと努力を始めた。
「ちょ、サミア邪魔しないでよ、防具はすぐに戻すから!」
「じゃなくて、お嬢様も見てるから」
「馬車降りてからじゃ間に合わないんだから、本当に暑いんだって!」
しゅるりとリボンが解かれ、ボタンが慣れた手付きで外されて行く。
健康的な柔肌が露わになりそのお山の谷間が俺を釘付けにする。
何故だろう、やらしさによって欲情するよりも先に感動を覚えた。
それは芸術品と相違なく、想像上の産物でしかないと諦めていた神性がそこに具現化しているからだ。
「まあまあ落ち着きなさい。もう着いたから、戸を開ければ少しは涼しくなるわ。お嬢様、降車の準備をお願いいたします」
その全貌が明かされるより先に、リーアががっしりとルミアの腕を掴み上げて拘束すると目でサミアに合図を送る。
それに応えまるで逆再生のようにボタンが留められ、リボンが締められた。
「おお……」
俺の口から漏れ出したその吐息の意味は安堵か、それとも。
ともかく、不満顔のルミアはもう一度防備を整えむっつりと真顔で何も言わなくなった。
そしてリーアの言ったとおり、間もなく馬車の行き足が止まった。
誰かが近付いて来る足音がしたと思えば戸がやや大きめの音で叩かれた。
「乗車されているのはテトラス家名代で間違いありませんか」
「そうです。総督府長官とお会いしたいのですが」
戸を開けると総督府の守衛を務める帝國の国旗のデザインが縫い込まれたワンポイントが特徴的な兵士が、鋭く精悍な目付きで車内を見回す。
疚しいことのない俺たちは堂々と見返し、リーアが凛とした態度で遣り取りを進める。
「名代自らがお出向きになられたのは有難いのですが、生憎と長官は今手が離せません。代わりと言っては難ですが、海上保安部長がお会いできると思います」
「構いません」
「すぐにご案内します。おい、応接室の準備だ。お前は部長の身柄を押えておけ」
後ろに控える部下に指示を飛ばすと、こちらが全員降車するまでその兵士は直立不動で待ち続けた。
「あの、私はどうしたら……」
役目を終えた御者が若干怯えた様子でリーアに尋ねると、俺に顔を向ける。
帰してしまっても良いかどうかの判断を任されたらしい。
「……馬車を待機させておく場所も無いし、良いんじゃない……かしら?」
取って付けたような恰好にはなったが、お嬢様口調を取り繕う。
「畏まりました。……では、別命あるまでは屋敷にて待機していなさい」
「は!」
帰還が許されて明らかに表情が明るくなった御者が、往路よりも荒々しくそして高速で戻っていくのを横目に見届けつつ、俺たち四人と兵士は総督府の建物へと歩いて入って行く。
建物は海沿いからほんの少しだけ内陸に建てられており、石造りで四階まである。
行政庁としての機能が基本であり、防御機能はそれほど高くはない。
兵士や各貴族家の関係者でごった返すホールを通り抜けて廊下へ出ると、その奥の行き止まりのところから上階へ続く階段を上った。
三階まで上がると総督府勤務の職員以外に行き交う人間の姿は無く、兵士の先導に従って応接室と札が掲げられた一室に通された。




