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開戦前夜 3

 四人で昼下がりのティータイムに洒落込んでいると、玄関の扉が慌ただしく叩かれる音が聞こえた。

 ルミアがその応対に出ていると、そのルミアも慌ただしい様子で室内に駆け込んで来た。

「一体どうしました?」

「あ、あの、あの!」

「落ち着きなさい、深呼吸して」

 言われるままに肺の中の空気を一度入れ替えると、ルミアがその燃えるような瞳を揺らしながらこう口走った。

「み、港に公国軍艦が出現、総督府が現在戦闘中とのことです!」

 寝耳に水、青天の霹靂。

 幾つかの言葉が脳裏を走り去って行ったが、その言葉の意味するところを俺は瞬時には理解出来なかった。

 やはりと言うか、即座に反応を示したのはリーアだった。

 テーブルに並べられたティーセットに一切損害が出ない程度の勢いで席を立つと、すぐさま玄関の方へ足早に向かおうとする。

「リーアさん!何処へ?」

「執事長に当家の対応を確認します。場合によっては総督府から増援の要請が入る可能性もありますし、実質的な指揮者は執事長であっても、お嬢様に判断を仰ぐことも有り得ますから、現状の情報も入手しないといけません」

 端的な説明だけ終えると、そのまま部屋の外へ姿を消してしまう。

 俺はと言えば、まさかこんなにも急に事態が進むとは想像もしていなかったために少なからず動揺している。

「お、お嬢様の身辺警護はお任せ下さい!」

「同じく!」

 頼もしい二人の従者は同じ顔でそう言った。

「もしものときは、ね。でもそうならないように立ち回るのが私の仕事だから、その為の補佐をお願いね」

 まるで自分に言い聞かせるかのように笑顔を作りながらそう二人に伝えると、元気の良い返事が返って来た。

 ここで主人たる者が不安な様子を見せるのは下策で、どれだけ不利な状況に於いてもその動揺を悟られないことが肝要だと、誰かに習ったことを思い出す。

 まさか作り笑顔の訓練がこんなタイミングで活きるとは、驚天動地の心境だ。

「お嬢様!」

「?」

「と、取り敢えずどうしたら良いでしょうか!」

 やや興奮気味にとても素直な感想を漏らすルミアを見て、思わず苦笑が漏れた。

 普段は控えめでどちらかと言えば寡黙な彼女が、鼻息も荒く直立不動で命令を待つその姿は愛玩動物のようで実に可愛らしい。

 と、穏やかな感想を抱かせてもらって難だが、彼女がそう吐露した気持ちは何となくだが理解出来た。

 俺自身もいざと言う時、今がまさにその時だが、一体どう振る舞えば良いのかが分かっていない。

 今もリーアが一人飛び出して行ったが、果たしてこのまま待機するのが正しいのかどうか。

 もし、万が一すぐに戦場に来い!と言われた場合を想定した場合、半ば戯れで作らせてみた戦闘服に身を包んでおく方が良いのかもしれない。

「……まず、残ったお茶を飲み切ってしまいましょう」

 答えの先送りが良い方向に転がることは少ない。

 しかしもしも言い訳をするのなら、生兵法は大怪我の基と言う言葉を用いたい。

 やはりリーアの言った通り情報が出揃わない限り、その場に適切な動きは出来ないだろう。

 つまり、勇気ある待機だ。

「あ、何だかお腹が……」

「お姉さま……」

 サミアの憐れむような視線に見送られ、ルミアが中座した。

「一般的な通例として、姉の方がこう言った事態でも落ち着いて構えているものと思っていたのだけど、貴方たちはそうではなさそうね」

「そうですね。でも、それは姉が私の分も色々と背負ってくれているお陰であるのと同時に、それだけ色々と考えてくれている証拠だと思っています」

 ルミアとサミアは姉妹、と言うよりも距離の近い上司と部下のような関係に近いと俺は感じた。

 リーアの報告に依れば同一の部屋を使用しているものの、寝床も別々に用意し起床時も互いに起こすことも無く、職務中も別行動が多いと言う。

 何か互いに困って補い合う必要があるときだけ話をしていると聞けば、よもや腹違いとは言えども姉妹とは思うまい。

「サミアはもっとこう、ルミアに甘えたいとかそうは思わないの?」

 質問の意図を解し損ねたのか、きょとんとした表情で静止した。

「あー…………」

「別に深い意味はないの。ただ、海を渡って見ず知らずの人間に仕えることになって、心細く感じることはないのか心配なのよ」

 当初は緊張と不安で張り詰めていた様子であったことを考えると、この数日で随分と馴染んでいるように思える。

 細かい部分で言えば、多少乱れていた身嗜みにも気が回るようになっていた。

 傾向としては良いものの、少し余裕が出て来ると余計なことを考えがちだ。

 言ってしまえばこれはメンタルケア指導のようなものであり、これからを考えれば回り回って己の身を護るための布石でもある。

 おくびにもそんな雰囲気は出さないが。

「えーと、そういうことなら、お母さんのところからあの屋敷に連れて来られた時からあまり気持ちは変わっていないと思います。私が求める時だけお姉さまは甘えさせてくれましたし、時々逆に私が甘えられていたこともあります」

「最近はそういう気持ちになったこと、ある?」

「うーん……リーアさんの言い付けもあるので、寝る時以外あまり何かを考える時間が無いので」

 リーアの言い付けとは、決して新人いびりの類のものではなく二人の境遇を考えての対策であることは了承済みだ。

 即ち、仕事と仕事の合間でも自己鍛錬の時間を設けたり、休憩中にも態とリーアが話し掛けに行ったりと一人で物思いに耽るような時間をあまり作らないように管理をしている。

「寝る時は、何を考えているの?」

「その日に食べたお茶菓子のことや、お茶の香りを思い出しています。毎日のティータイムが楽しみで頑張ってると言っても過言ではありません」

 大真面目にそう言ってのけるサミアはもしかして大物なのではないかとも思った。

 本当に裏社会で幅を利かせる組織から派遣された人間なのか疑わしくもあり、ある意味では絶対的な忠誠を捧げる対象が無いとも受け取れる。

 何かしら強い思想的な操作が無いのであれば、彼女はただ親組織から子会社へ派遣されてきた出向社員のような扱いで、どちらかと言えばお客様目線なのだろう。

 それを不満とも不適当とも思わないが、命を預けるには心許ない。

「なるべく毎日、種類が被らないように発注をかけているリーアに感謝ね。……ところで、今はテトラス家の一員として頑張ってもらっているけれど、正直私に対しての不満とかは無い?」

 ずばり直球の質問を投げ掛けてみると、流石に普段はどこかふわふわしている彼女の顔が若干強張った。

「ない、です。とても良くしていただいていると思います」

「そう。なら安心して私の命を預けられそうね」

 あくまで軽い声音で、態と目線を外しながら答える。

「……」

 快諾の返答はない。

「何か、不安があるのね?」

「…………」

「言い難くても、答えて欲しいの。それとも命令にした方が楽かしら」

 命令ならその口も少しぐらいは軽くなるのでは。

 そう考えた矢先、その考えは間違いだったと気付かされる。

「……未来です。お姉さまと私は、何処へ行っても不幸にしかならないし、難なら周囲の人も巻き添えにしてるとも思うから……お嬢様にも不幸があるかもと思うと…………」

 悲し気に目を伏せた彼女に、俺はどう声を掛けたものかとカップに口を着けた。

 励ましの言葉だけを口にするのは容易いが、その不安を取り除くには至らないことは分かり切っている。

 彼女は此方の答えには期待をしていないようで視線はルミアの姿が消えた廊下の方に向いている。

「務めである以上は私の身辺に危険のないように動いてもらいます。ただ、その途上で起こるであろう様々な出来事は貴方の不幸のせいではない、とだけ言っておきます。と、言うより私の不幸ね」

「そんなの……」

「分かりようなんてないわね、誰の不幸がどんな事態を巻き起こすのかなんて。だからどんな出来事でも自分の所為なんて思わずに、その出来事にどんな意味や解決方法があるのかを考えるようにしてはどうかしら?」

「……」 

 返事は無く、表情は浮かないまま。

 その様子に少し説教じみてしまったと反省するが覆水盆に返らず、目線すら合わせてくれない。

「……なんて、他人に言われるまでも無いわね。私に出来ることで貴方のためになること…………そう、ね」

 僅かに、逡巡しカップの中身を飲み干す。

 意を決し、ソーサーにカップを置くと、

「ぐだぐだ考える時間があれば私のために動き、働きなさい。もし足を止めて考え込んでしまうのなら、全部私かリーアの所為としてしまいなさい」

 我ながら無責任だと思いながら、堂々と言い放つ。

 予期せぬ言葉だったためだろう、目を見開いて口が半開きになっている。

「私も昔は己の不幸をよく呪ったもの。でもそれは結局自分の所為にしたところで自分が傷付くだけで幸せになんてなれないし、ならいっそ受け入れてくれる、理解のある誰かにその気持ちを被けてしまっても構わないんじゃないかしら。私は貴方の形式上とは言え雇用主なんだし、一つ屋根の下で暮らす家族みたいなものでもあるのだし、寧ろ甘えて欲しいぐらいよ」

 見た目は女子なので、これは合法的で健全な百合であり、決して邪な気など有りはしない。

 殆ど、多分、恐らく。

 余談だが、湯浴みは全員別々の時間に割り当てがあり、その気になれば湯上りの彼女の肢体を拝むことが出来る。

 勿論、偶発的な事故以外では目撃していないし積極的攻勢を仕掛けたことも無い。

 リーアがそれを許さない、と思いきやその辺りは意外にも奔放なようで特に咎められたこともなく、恥じらうような様子もない。

 閑話休題。

「あの、その、過分のお言葉ありがとう、ございます……」

「すぐにそうする必要はないわ。ただ、少しずつでもそうしていってくれると嬉しいかな、長い付き合いになりそうだし」

 伝えられることは伝えた。

 と、そのタイミングでルミアが部屋に戻った。

 顔色が優れないところを見ると、腹具合はそれ程良くないらしい。

「あれ、サミア何かお話中?」

「えー、と、今終わりました」

「ふーん?」

 数分前までの慌ただしさも何処へやら、腹部を気にするような仕草を見せつつもカップの中身を呷る。

 リーアが同席していないことで油断したのだろうか、品を欠くような所作を見せれば常に罰が執行される緊張感が無いことで表情も何処か抜けている。

 元来の彼女はこのぐらい自由な性格なのであろうことが垣間見えた。

 緊張が解ける度に最初のような遠慮がちで慎重な姿は鳴りを潜め、時折こうした素の姿を見せてくれていることは良い傾向だと思いたい。

「それにしても、大変なことになりましたねお嬢様」

「使いの者の情報が本当なら、当家も無関係ではいられないでしょうからね。帝都に詰めているお父様とも連絡を取らないといけないし、その為にはまず海上の安全が確保されていないといけないわね……」

 もし何処かと開戦したとして、その戦端が開かれるのは陸上だと思い込んでいたことがまず手落ちだった。

 まさかアーカスの港に攻め込んでくるとは、想定はしていてもこれほど早くにとは考えていない。

 よもや本国の帝都も既に攻め込まれており、陥落しているということはあるまいか。

 遠く海の向こうで何が起きているのかも知れず、じわりじわりと不安が滲む。

「こうなると、お茶菓子やお茶の輸送も止まるのですか?」

「それは、そうなるでしょうね。……もっと他に心配することもあるでしょうに貴方は……」

「お姉さまはすっかり食い意地が張っていることを隠さなくなりましたね」

「いや、ねえ、サミアもティータイム楽しみにしてるじゃない?美味しいお茶とお菓子、楽しみでしょ?」

 今日は輸入品ではなく、リーアの手作り焼き菓子をお茶請けに楽しんでいたのだが、ルミアは未だに輸入品だと信じて疑っていない。

 原因はルミアが基本的に外の仕事が多いことにあり、リーアの調理風景を知らないことにあるのだが、それにしても余計な一言を放つワンシーンのために瞬間的な修羅場もとい折檻現場を見ることになる。

「私がティータイムを楽しみにしていようがいまいが、食い意地が張っているという事実に揺るぎはありません」

「何かサミア、ちょっと最近辛辣過ぎない……?」

「私はずっと私のままです」

 和やかに遣り取りをする様子に目を細めながらカップを手に取り、その中身が空であることを思い出す。

 何となく二人の仲を邪魔するのも憚られたので自分でポットに手を伸ばしてその中身を注ごうとしたその時、廊下から硬いヒールの足音が聞こえて来た。

 それを俺は聞き馴染みのあるリーアのものだと理解した時には既に本人は姿を室内に見せていた。

「お嬢様!…………何故ご自身でお茶を?そこの二人、何をしているのですか?」

「うぎゃっ!って、ええ、お嬢様仰って下されば……!」

「気配り目配りは基本と何度言ったことか……、ってそんなことは後回しです。お嬢様、大変なことになりました」

 優雅に茶を一口含むと、俺は真剣な面持ちでその報告に耳を傾けた。

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