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開戦前夜

 帝都よりの帰路、海上の旅を楽しむようでいながら浮かない表情を浮かべる少年が居た。

 帝國内でも一、二を争う海運業の担い手であるテトラス商会と双璧を為すバレギリア家の次期当主候補エギスは、臨時の大陸連絡船に乗船し疲れに蝕まれた身体を備え付けのベッドに預けていた。

 一連の騒動に関連し今後の対応を協議すると言う名目で呼び付けられ、帝都の会議室に拘束されること実に十日。

 名実ともに仕切る父親は勿論、その手腕を身近に見つつ己を研磨するために如何なる会議にも帯同すると公言していることが災いし、国の勅使に腕を引っ張られる勢いで連絡船に乗った時、彼は部屋着だった。

 錯綜する情報の中から比較的確度の高い情報がまとめられた機密文書の朱印が捺された報告書を手渡され、下船するまでにすべて頭に入れておくよう言われ何とか詰め込んで胸を撫で下ろすしたのも束の間。

 港で下船して帝都内施設まで移動する馬車へ乗り換える僅かな間に、新たに追加された情報や修正された最新版の報告書が手渡され溜息を吐いた。

 通された会議室に並ぶ顔触れは、各分野で軍と密接な関係を持つ貴族や商人の代表者たちと説明をする側であろう帝國執行部の重役たち。

 ただの連絡会議であればそれなりににこやかな世間話が聞こえてくるのが常だが、誰一人として口を開かず緊張が張り詰めている。

 顔見知りに形だけの挨拶はするがその受け答えも全て定型文で空虚なものだった。

 やがて始まった会議の中で帝國側から説明されたことは事前に手渡された資料以上のものは無く、担当者が重苦しい空気から逃げるように発言を終えると、代わりに胸元に重々しい勲章を幾つも煌めかせた背筋の伸びた初老の男性がやおら立ち上がった。

「軍部所属、諜報戦略室室長のアムルハインドです。今回の件は外交を含んだ政治的な手法での解決が困難であると判断が下されました。元々、北方へ派遣される予定であった兵員たちの輸送は現段階を以て全面凍結、新たな作戦行動があるまで待機としております」

 それは既に外交部の担当者からも説明のあったとおりで、特段目立った反応は無い。

 しかし、その次に発せられた言葉に会議室がどよめきに包まれることになる。

「……目下、情報調査部及び我々の麾下の者たちからの情報を統合し判断した結果、鉱山を爆破した実行犯を派遣した或いは手引きしたのは、隣国である公国の可能性が非常に高いと考えております。よって、既に国境の主要な道路に検問所を設け、同時に演習と称して兵力の集結を指示しました。兵站が整い次第、すぐに宣戦布告を行う備えがあります」

「宣戦、布告……!」

 息を呑むように誰かが繰り返した言葉に、アムルハインドは深々と頷いた。

「そもそも、大陸の入植と開発は帝國が心血を注ぎ、皆さまの並々ならぬご助力をいただいて推し進める一大国家事業なのです。それに横槍を入れる権利はどの国にもありはしないもので、緩衝地帯での武力衝突とはまた質を異にするある種帝國始まって以来の出来事。なればこそ、此処に居並ぶ皆さまと我々とが心を一つにし、刻一刻と変化する事態を冷静に見極め対処することが求められます」

「そ、それは理解できる。しかし裏付けも無いままに武力で解決を図ろうとするのは、些か性急ではありませんか」

 周囲からも無言ながら同調する雰囲気が形成された。

 しかし、アムルハインドの表情は愚か眉一つとて動く気配はない。

 まるで聞こえていないかのように振る舞う姿は、同じ帝國執行部の人間から見ても不気味らしく全員が顔を伏せ気味に押し黙っている。

「皆さまは勘違いをされていませんか。軍事施設の襲撃であれば百歩譲って政治的解決を待つことも吝かではありませんが、今回の事件によって犠牲になったのは善良なる帝國臣民であり軍人ではありません。つまり静観することは外交上においても悪手であり、すぐさまそれに報いる手段を用いなければならず、それに相当するのが武力行使であったに過ぎないのです」

 貴族たちは一様に顔を見合わせ、言葉を失った。

 エギスもそれに倣うように口を噤んでいたが、隣に座る当主である父親が難しい顔のまま吸いかけの葉巻を折った。

「……親父?」

 つい癖でそう呼んでも、叱責の言葉は出ず代わりに重苦しい吐息が吐き出された。

「ワシは一貴族の当主に過ぎないが……いくらなんでもその対応は場当たり過ぎやしないかと思うがね。臣民を傷つけられたことは無論ワシも憤慨しているが、それに対する報いと言うのは本当に即刻の軍事行動が正しいのかと言うと、違う気がする」

「では、どうするのが正しいと?」

 軍人の鋭い眼光が覗き、貴族たちは視線を逸らした。

 エギスも見比べるように父親に目線を移すと、むっつりと不機嫌な様子を隠そうともせずに口を開く。

「無視することですな。正確には、釘を刺して二度目は無いとあくまで警告に留める。大陸の開発という主目的を疎かにしないと決めているのであれば、折角用意した兵力はそのために使うべきで安易な凍結は却って敵を喜ばせるだけになる……そうワシは考えている。……もし、大陸の開発がただのお題目であったり今回の件がどうしても取り除かねばならない障害であるのであれば、話は変わるが」

 今度は、バレギリア家当主が睨み返した。

 アムルハインドは、答えなかった。

 が、ここで全く回答しないことは軍として、帝國としての沽券にも関わる重大な問題に発展する恐れがある。

「直ちに排除すべき障害である、と捉えているからこその武力行使であると理解を求めたい。詳細は軍機に該当するため開示出来ないものの、世論を含めた臣民感情に寄り添いつつも実利的でもあることは明白でありますな?」

「そう、そこの実利が引っ掛かる。我らが帝國は争いによってではなく、自助の発展によってより富むことを目指し海を越えた未開の大陸の開発に着手したのだ。故に此度の反撃も趣旨としてはちょっかいを出さぬように、と言う意味で一大会戦による痛撃を以て終結するものと考えて宜しいのか?であれば、実利とは何を示すのかご教授願いたい」

 思わぬ反論に出くわしたアムルハインドは拳を握り締め、脂汗を浮かべて数秒沈黙した。

「実利とは……」

 僅かに震えの混じった一言は、二の句を継げずに無音の空間と化す。

 バレギリア家当主は対照的に涼しい顔でじっとその返答を待ち、エギスも固唾を飲んでその状況の推移を見守る。

 その手にはいつしか汗が滲み、机上に用意されている水に手を伸ばした。

「……軍機につき、回答は差し控えたい」

 エギスが喉の渇きを潤すのとほぼ同時に、初老の軍人はそう吐き捨てた。

 軍人に許された最強の逃げの一手にして、実質的な敗北宣言であった。

「軍部の臣民を想う気持ちは尊重したいが、その軍事力を私物化するようなことが無いことをお願いしたい。難なら、我ら『帝國開発協商』が皇帝陛下或いは各大臣へ直訴しましょうぞ。今なら、まだ開戦回避も間に合う」

「わ、我らダウクン鐵工所も同じく!帝國のより良い発展のため、無用な戦争は回避すべきです!」

 ここぞとばかりに声高に立ち上がる商人兼貴族たちは、既に事を為したかのよう。

 それを黙って見詰めるアムルハインドは、口元をきつく結んだまま硬直している。

 貴族たちが口々に、そして勝手にどの大臣の邸宅を訪れようなどと算段を始めている中エギスはその異変を見逃さなかった。

 軍人の後ろに控えていた副官らしい若い軍服の男がその背中に寄り添い、何か言葉を交わしている。

「よし、草案は出来上がりましたな!では平和の為に、若い頃のようにひとっ走りしましょう!」

 続々と部屋を後にしようとする貴族たちだったが、その目前には荒い呼吸をするアムルハインドが先回りした。

「室長殿、職務を全うしようとする姿勢は良いのですが、このままでは不良軍人の烙印が捺されますぞ」

「大臣や、執行部中枢へ直訴しても、無駄だ」

「何を!」

 連帯感と正義感を得た彼らのうちの一人が、立ちはだかる敵を押し退けようと手を伸ばした。

 だが、その男はびくともしない。

「ぬぅ……」

「各々方、席にお戻り下さい。今なら、まだ間に合う。帝國は裏切りも反抗も許さないことはよくご存知でしょう」

 アムルハインドの苦悶の表情に、エギスは何処か違和感を覚えた。

 言い負かされたことによる憎しみや怒りによる変容ではなく、まるで急病人のようではないか、と。

 入室した時には綺麗に撫でつけられていた髪は殆ど乱れ、目に見えて多量の発汗をしている。

「我らの何処が裏切り者か!寧ろ忠臣の鑑であろうが!」

「…………その忠を誓う存在の意思に背けば、それ即ち反逆である。それが帝國の掟だ」

 今度は貴族たちが押し黙った。

 その言葉の意味するところを、推し量り確かめることを躊躇っている。

 今や無理に部屋を出ようとする者が居なくなったことに安堵したのも束の間、アムルハインドの顔は苦々しい表情に変わり、苦痛に耐えるようにして彼が絞り出した言葉は紛れもなく止めの一撃となる。

「この派兵準備の指示は、お察しの通り勅命だ。如何なる意見も抗命も認められんのだ」

 彼の表情からして、軍部内でも相当な衝撃と抵抗感があったのだろう。

 肩で息をする彼はそのまま副官に肩を預けながら退室して行き、代理として諜報戦略部副室長と名乗る男がその席に着いた。

 が、その男から新たな説明事項はなく、以後は既に示された案に対する肉付けの作業が自動的に始まった。

 淡々と進められていく会議の最中、エギスは機を見計らって父親に耳打ちをする。

「何で、あの室長は初めから勅命と口にしなかったんです」

 素朴な疑問に、父親は新たに用意した葉巻を美味そうに楽しんでいた。

「皇帝が戦争を望んでいるのと、軍部が戦争を主導しているのとでは全く違うからな」

「……結局同じでは?」

「皇帝が戦争を仕掛けたとあれば、否応なしにでも士気は上がり如何なる兵の動員も可能になるが引っ込みがつかなくなる。それこそ国一つ滅ぼすまでは止まれなくなるだろう。が、軍部主導であればそれなりに制約もあるが、比較的戦争終結のための妥結がやりやすい」

 エギスはここで状況を整理し、そして一つの矛盾に気付く。

「ん……?では今回軍部が公国を攻め落とそうとしているのなら、寧ろ勅命を公にしていくべきなのでは?このままでは制約を守ったまま戦争の規模が大きくなってしまう危険性があるように思えますが……」

「だから、分からんのだ。皇帝陛下の主目的が」

 鉱山爆破の報いとしての一撃を与えるのか、或いはその国際的暴挙を口実とした侵攻を企図しているのか。

 その戦略的目標が不透明なまま、軍部も戦争に突入しようとしている。

「……エギス、お前は一段落したところでアーカスに戻れ。テトラス家とも改めて手を組んでおく必要があるだろうからな、あの娘にも接近し情報収集に努めろ」

「分かりました」

「この騒動の発端辺りから、裏の連中も活発に動き出しているのも気掛かりだ。何かちょっかいを掛けてくるようなら返り討ちにして構わん」

 裏の連中、とはキーア広域産業ギルドを指し、文字通り帝國の裏社会を仕切る団体である。

 エギスは直接その人間と関わりを持ったことは無いが、系列と思われる会社の人間とは何度か仕事上の会話をしたことがあり、その印象は決して良くは無かった。

 良く言えば実務的で話が早いが、大体が粗暴で仕事の出来の評価は最低限。

 金勘定さえ間違えなければ業務委託の選択肢の一つにはなるが、業務提携だけはお断り。

 と、言うのも彼らの運用する金の出所はいつも不透明で、会計帳簿を開示することがない。

 それなりに清濁併せ持つことを自負するエギスであっても、商売そのものに対する不真面目さは受け付けられないのだ。

「奴らのやり方はやはり相容れませんからね、その許可は有難いです」

「利益の在るところに必ず嗅ぎ付けてくる嗅覚だけは見事だが、それを無暗に食い荒らす狂犬を商売人と呼ぶことは当家の家風に反する。育ててこその商売なのだからな」

「その通りと存じます」

 巨万の富を築き上げたその剛腕ぶりの陰に、細やかな気配りと先回り、そして未来展望があることを余人は知らない。

 単独で動くことが多いその中で、唯一同業種で認めているのがテトラス商会だ。

 父親が珍しく他社を褒めるため興味を持ったところで出会った名代の娘の顔を、エギスは思い出していた。

「そう言えば、件の爆破事件の現場にはあのテトラス家の娘が居たと……」

 テトラス家当主が同じ会議室内に居ることを承知でその話題を口にしたところで、父親の表情が少し険しくなった。

「或いは、彼女たちも狙われていたのかもしれんな。……あくまで、憶測だが」

「……」

 そう呟いた父親の様子にエギスは、口にこそしなかったが鉱山爆破の犯人にある程度目星がついているのではないかと考えた。

 確かめたとしても、きっと答えてはくれないだろうが恐らくそうなのだろうと結論付けそこで会話を打ち切った。

 帝國執行部御用達のレストランからの差し入れが運び込まれ、俄かに食事の時間となったからだ。

 瞬く間に商売人同士の情報交換が始まり、父親もその対応に追われとても一対一で話が出来る状況でもなくなったためエギスは部屋を出た。

 アーカスへ戻る連絡船の準備を指示するためだ。

 それから数日後、父親の指示通り情報収集の為という大義を掲げて会議室を辞去した。

 そして、時間軸は冒頭へ戻る。


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