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裏家業と女装 7

 一杯の茶を飲み干した頃、俄かに雨音が耳朶を打った。

 開いていた窓を、それまで語り部として淡々と話し続けたルミアが閉めるべく席を立つと、サミアが空いたカップにお代わりを注ぐ。

「……死んだ自分の娘の面影を、その男はずっと忘れられず追い掛け続けたのね」

 生活そのものを人質にした卑劣なやり方だと、怒りを覚えずには居られなかった。

「その方の……顔も知らないお姉様のお母様も亡くなられていたので、その……」

 物憂げな表情を見せるサミアを、席に戻ったルミアが慰めるようにそっと手を握った。

 腹違いの姉妹をここまで惹き合せたのも、そしてそうせざるを得なくしたのもその父親が原因だ。

 悲しげな表情を見せる二人を見て、俺は改めてそっくりだと思った。

 目を伏せた瞬間などまるで双子のように見える。

「申し訳ございません……取り乱しました」

「気にしないで。さ、お茶を飲みなさい」

 自然な流れで俺がカップに茶を注ぐと、サミアは驚き目を瞠った。

 ルミアも同様で、時が止まったかのように固まってしまう。

 それがどういう感情であるのかを、俺は読み取れなかった。

 彼女たちの施されて来た教育、実際に育ちながら触れて来た文化や世俗に依れば、目上の者が目下の者に施しのような行いをすることは無礼に当たるのかもしれない。

 そうであれば、実に軽率で己が焦れていたのかを痛感させられる。

 俺は何を焦っているのか。

 やはりリーアへ生じた疑念からか、すぐにでも信頼出来る人間関係を得たいのだろうか。

 或いは、彼女らの弱みに付け込んで逆らえないような関係を作り出そうとしているのか。

「ごめんなさい、悪気は無いの」

「ご配慮いただくのは嬉しいのですが、さっきも言いましたとおり可哀想とは思わないで下さい。特別扱いは却って惨めに思うこともありますので……」

 彼女たちは、決して怒ってはいなかった。

 しかしながら俺のしたことは同情と取られたらしく、その茶に口をつけようとはしない。

「…………話を、続けましょう」

 ルミアは、軽く一つ咳払いをした。




 二人の身辺は未だに定まらず、父親とも付かず離れずの距離を保った期間が続いた。

 自分たちを脅かした妹が居なくなって幾月が過ぎた頃、突如としてその退去の真相を知ることとなる。

 父親は或る日、何の前触れもなく二人の遊ぶ部屋にやって来て、まじまじと二人の顔を覗き込み唸った。

 そして、ぺたぺたと顔を触り始めると不満そうに口元をへの字に曲げ、諦めたように手を止めると出て行った。

 顔をじっと覗き込まれたことも、触られたことも初めてだった彼女らはそこに生まれた感情が何であるのかを、理解出来なかった。

 決して心地良いとは言えないが、どこか安心する温かみに満たされた二人がその翌日に紹介されたのは、医者だった。

 稀に咳や洟水に悩まされることはあっても、重篤な病を得たことも無ければ持病もない彼女らには無縁に思われたが、その医者は普通の医者とは異なる分野に造詣があると言う。

 貴族や有力商人の縁者は、時に己の考える美とは異なる面貌を持って生まれ育つことに酷い嫌悪感を抱く。

 金を稼ぐ方法は万と有っても、姿形を変える手段は殆ど無い。

 その殆どに含まれるのが、顔面に刃を入れる整形医であるのだが、一般の人間が世話になることはまず無い。

 金持ちの家の専属で、一仕事で莫大な報酬を受け取る形で生計を立てているからだ。

 二人が紹介された医者もその例に漏れず、父親とは古くから交友があり、一族が度々世話になっているようだった。

 成金趣味満載の医者とは程遠い煌びやかな装飾に身を窶したその初老の男は、無愛想に会釈をするのみで、言葉は発しない。

 習い事の講師の中には無感情に接する者も少なくないため、その態度自体は不思議ではない。

 引っ掛かる点があるとしたら、その男は二人の目ではなく顔全体を見ているところだった。

 父からの紹介が終わると、早速別室に移動させられ縛り付けられた。

 何かおかしい、と違和感を覚えたものの抵抗することもなく待ち呆けていると、あの医者が口元を白布で覆った状態で現れた。

 それに伴い白衣に身を包んだ数人の若者と白を基調とした作業衣の女性が数人入室して来る。

 程なく薬剤が投与された影響で意識が混濁し、何をされたのかは明確には分からなかった。

 時折浮上する意識で見えたのは、顔に近付けられるメスと次々と若者が顔を覗き込む光景だった。

 思考の回転数を上げようとした時には、視界が真っ暗だった。

 夜中なのか、と思えば瞬きすら出来ないことに気付き目隠しをされていることが理解出来た。

 すぐ傍に人が居たらしく、意識が戻ったことを確認するや顔を包帯で覆っており、暫くはそのままであることを説明された。

 痒みとぼんやりとした痛みに身を捩ると、気を利かせてだろう、包帯が解かれ何かひんやりとした液体を塗られた。

 痛み止め、或いは痒み止めの薬らしかった。

 それから数日は偶に起きて食事を摂る以外は寝て過ごし、暇も過ぎれば苦痛になることを学んだ頃に漸く包帯が解かれた。

 僅かながら強張る己の顔に違和感を覚えつつ、再び父親の前に連れて行かれると、大層な喜びぶりを見ることが出来た。

 その傍にはあの医師が、したり顔で控えている。

 父親は、医師に向かってこう言った。

「今回は見事なものだ、愛娘そのものだな」、と。

 その言葉に、姉はすぐに鏡を探した。

 自ら探すまでもなく、側に控える使用人から手鏡を手渡され、己の顔を覗き込んだ。

 初めは不思議な違和感に襲われ、そこに映る画が認識出来なかった。

 やがてそれは拒絶に変わる。

 愛着や執着がある訳ではないが、自分が自分の顔でないなど、すぐに受け入れられる筈もなく。

 その鏡面に映る誰かは驚きと恐れを体現するように冷や汗を浮かべ、青ざめている。

 ふと、隣に座らされている妹に目を遣れば、目が合った。

 またしても鏡を見ているのかと錯覚し、手鏡をもう一度覗き込む。

 その動作は酷く滑稽に見えたことだろう。

 呆然とする妹、嬉々として様子を眺める父親、哀れな運命に晒される様を嘲笑うかのような表情を浮かべる医師と、使用人たち。

 父親が待ち切れないと言った具合に立ち上がると、姉のすぐ側までやって来て、抱きすくめた。

 姉の知らない名前を何度も耳元で囁き、背中をゆっくりと愛撫する。

 言い様のない嫌悪感が、背骨を駆け上がった。

 この男が、何人もの娘を立て続けに手元に置いた理由が漸く理解出来た。

 逃げなくては、という使命感にも似た本能からの危機感に従ってその腕から逃れようとするが、所詮は大人と子供。

 体格差はもとより体勢にも無理があった。

 荒くなる鼻息により気を逸らせてもがくが、びくともしない。

 姉は、このまま成り行きで殺されても良いが、代わりにこの男の好きにさせることだけは避けたいと言う一心に支配されていた。

 無意識に、ではあったが唯一の活路を見出していた。

 無防備な首元に、唯一自由だった己の顔、その口腔に備わる牙が深々と食い込んだ。

 苦悶の咆哮が、耳元で劈く。

 周囲ではそれを止めようと使用人が慌ただしく動き出す気配が感じ取れた。

 それを見て、ここでこの男を仕留め損なえば、自分が酷い目に遭うと直感した彼女は、一層その顎に力を込め皮膚を食い破った。

 結果、驚く程の勢いで口内に液体が噴き込んで来た。

 喉元に絡み付き、不快感を伴うそれが血液だと認識出来たのは父親から引き剥がされ、使用人が何とか止血をしようと試みている時だった。

 冗談のような勢いで血液を首元から噴き出し続ける父親に、トドメとも言える一撃を叩き込んだのは、妹だった。

 床に転がる手鏡を、力任せに、使用人の間隙を縫うように搔い潜り、父親の頭部に両手で握り締めて叩きつけた。

 手鏡は柄から先が折れ、父親は二回程痙攣して動かなくなった。

それからのことは二人ともよく覚えていないと言う。

 身柄を取り押さえられ、殺されるかと思いきや何時の間にか新たな当主が就任しており、淡々と何かを一度に色々と説明された。

 凡その内容をまとめると、他の娘たち同様酷い虐待を受けていたも同然であるため父親の死は対外的には病死とすること、ただしその犯した罪そのものの咎は消えないので本家では面倒を見切れないと言うことらしかった。

 配流先として通告された場所は辺境の山中で、聞いたこともない街だった。

 遠い親類が統治する領土らしく、その交通の便の悪さからもう二度と都の土を踏むことはないとも言われたが、落ち着いて暮らせるのなら何処でも良かった。

 だが、運命はまだ二人を救うつもりは無かった。

 一連の騒動から暫くして、本家を出立する前日にそれは起きた。

 軟禁状態の彼女らは本家の隅にある離れの一室で共に起居し、時折さめざめと涙を流す妹を慰める生活を送り、その日も同じようにベッドで膝枕をしていると何やら争うような声が聞こえた。

 日々慌ただしい様子は耳にしていたし、木材が格子状に打ち込まれた窓からも使用人だけでなく、本家の経営する企業の関係者と思われる人間が引っ切り無しに出入りする様子も見て来た。

 それでも、悲鳴や怒号が飛び交うのは初めてだ。

 思わず姉が窓からではなく、扉を開けて直接その様子を窺おうとする。

 施錠はされていないが、常に見張り番が立っており外出の制限に基づいて行先を問われその大概が許可されない。

 唯一許されているのが書庫で、その立ち入りも見張りが付帯する始末。

 しかし悪いことばかりではなく家内の概況は聞けば答えてくれるため、歩き回らずとも情報を得られる利点があった。

 姉はそれを期待してこの騒ぎの情報を聞き出そうと扉を開けるが、そこに見張り番は居ない。

 どうしたものかと訝しみつつ声の方へ近付くと、黒衣の礼装に身を包んだ男たちとそれなりに面識のある使用人が対面しているのが見えた。

 男たちの手には武器が握られ、使用人も警戒を隠そうとせずに応対している。

 どう控えめに見ても平和的な話し合いをしているようには見えず、遂には使用人が力づくで押しのけられ、男たちは本家の中へと入って行った。

 助け起こそうと駆け寄って行くと、その使用人は姉の姿を認めるなり必死な形相で逃げろと叫んだ。

 当然状況が呑み込めていない彼女の行き足は止まり、困惑している内に叫びに気付いたらしい男の一人が姉の姿を見た。

 使用人ではないと判断したのだろう、厳つい顔に薄ら笑いを貼り付けて迫る男に対し身の危険を感じた彼女は周囲を見回して武器になりそうなものを探すが、手頃な得物は見付からない。

 翻して部屋に立て籠もることを考えるも、それでは解決にならないことをすぐに理解する。

 手を拱いていると目前にまで男は迫っており、声を発する間もなく後ろ手に捻り上げられ身の自由を奪われた。

 抵抗する間もなく、集団の指揮官役と見られる若い男の前に連れて来られると、間髪置かず男は姉に問うた。

 妹さんはどこですか、と。

 思わず姉の目が驚きで見開く。

 初対面の男がどういう経緯で情報を得たのかは分からない。

 何故目の前の男はその少女に妹が居ることが分かったのだろうか。

 あくまで穏やかな表情のまま、無感情な視線が遠慮なしに射抜く。

 余りの不気味さと恐ろしさに目を背けると、本家内に置かれている調度品の類や家具に真っ赤な札が貼り付けられているのに気付く。

 ああ、と今その様子に気付いたように若い男が詰問を中断し、柔らかな笑みを浮かべてその状況を懇切丁寧に説明を始めた。

 先代の当主が若い頃にその商才で財を成したものの、一時期から急激に金遣いが荒くなりあらゆる融資が焦げ付く寸前までいったところで急死。

 跡を継いで事業再建を目指す筈の親類の男も立て直しが不可能と悟ってか、有り金を全て持ち去って行方を眩ませたため全資産が最大の債権者であるキーア広域産業ギルドが差し押さえる運びとなった、と。

 彼女は後に知ることになるが、その父親の跡を継いだ親類の男は失踪する直前に使用人たちの身柄をも担保として現金を引き出させていたと言う。

 赤い札を貼られた使用人たちと、調度品が運び出されて行く。

 そして、屋敷の敷地内全てを探索した男たちによって見つけ出された妹共々、キーア広域産業ギルドの拠点倉庫に押し込まれることとなった。

 そこでもまた、厳しく辛い日々を送ることになる。

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