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裏家業と女装 6

少し忙しい期間が続きますので、三月辺りまではこのぐらいのペースの更新になると思われます。

 毎日の日課とも言える午後のティータイム。

 いつものようにダイニングの指定席に座って物憂げな表情で考え込んでいたのが良くなかったのか、たどたどしい手付きで準備を進める二人の使用人が頻りにこちらの顔色を窺っていた。

「……何か?」

「あ、い、いえ……」

 鮮やかな赤色の瞳が特徴的なルミアが物言いたげな表情を見せながらも、まだどう接して良いか分からず遠慮しているのは明らかだった。

 口を噤みつつ手が進んでいるのならばまだしもその手は止まったまま。

 サミアも同様に俺の様子が気に掛かっているらしく、ルミアと俺の遣り取りに注目している。

 先ほどは歓迎の言葉を口にした人間が、殆ど時間を置かずに難しい顔をしていれば不安にもなる。

 普段であればそれを取り繕うのは難しくないが、何せ間が悪い。

 それでもカップに注がれた液体から立ち上る花の香りが、幾分かささくれ立つ気分を和らげてくれる。

 それは従者の二人も同じだったらしく、ポットに顔を近付けてさり気無くを装って匂いを楽しんでいるようだ。

 どうにもその様子が可愛らしかったので、自然と笑みが零れる。

「その茶葉は輸入物で、個人の経営する茶葉園から直接買い付けてるのよ。値段も手頃で香りも良くて甘味があって美味しいの」

「そ、その……そんな高価なものとは知らず……」

「別に怒ってなんかないわよ。寧ろ一緒にどうかしら?カップの予備なんて幾つでもあるんだし」

 二人は顔を見合わせ、遠慮がちにゆっくりと頷いた。

 お茶が飲めることよりも、俺の表情から険が消えたことを喜んでいるようで、どのデザインのカップを使おうか二人で悩み始めた。

 カップも定期的に贈答品として我が屋敷にやって来るものもあれば、リーアが自分の趣味に合うものを選んで買い付けることもある。

 可愛らしい装飾の施された凡そ鑑賞用と思われる逸品から特定地域で工芸品として量産されている実用的な品まで幅広いコレクションは、やろうと思えばすぐに店を開けることだろう。

 その中でも、俺が一番のお気に入りとして使用しているのは絹のような滑らかな白色を基調として、暖色の多数の色遣いによって描かれた花々が鮮やかな逸品。

 その一個で庶民の家が三軒は建つと言われる値段なだけあって、同じ茶葉であっても別のカップより美味しく感じる……気がする。

 値段なんてものは人間が勝手に付けるものなので、魔法でも掛けられていない限りは味に違いなど生まれる道理はない。

「選べないなら、私が選んであげましょうか」

 百点を超える収納棚のカップに目移りし続ける彼女らにそう声を掛けると、二人は同時に頷いた。

 一つも手に取っていなかったことから、やはり値段を気にして触れることも躊躇っていたらしい。

「そう……だ、ねぇ」

 久し振りにじっくりと丁寧に置かれたカップの数々を見て行く。

 こうして見ると実に色彩豊かで、そうしているだけでも楽しい。

 しかしそうしているだけでは一生彼女たちとお茶を飲むことは出来ない。

 真面目に選び始めてみるも、余りに高価なものを与えると萎縮しかねないので、ある程度値段のことも考えなくてはならない。

「こう、好みとかない?」

「あ、ぅ…………その、与えていただけるのなら、どんなものでも……」

 ルミアの言葉に、サミアも同調した。

 慎ましく謙虚なことは美徳だが、それは常ではないことを実感した。

 所謂、母親が夕食の献立の希望を子や夫に聞くと善意であっても「何でも良い」と言われて閉口するのと同じだ。

 要らないと言われていることと同じだ、と取られかねない。

「せめて、好きな色でも言ってくれたら選びやすいんだけれど……」

「そ、それなら、私は緑が良いです」

 ルミアが、初めて少し強い語気で答えた。

「私は、赤を……」

 サミアも続けて答えた。

「緑、と赤ね」

 折角の二色なので、対になっているか、同じ産地のものが望ましいだろう。

 その条件で絞り込んでいけば、短時間で該当の品が見付かった。

「これなんてどうかしら」

 木製の箱に収められたそれは全て同じ形状だが、色が違うカップが三つ。

「キレイ……」

「ほんとだ……」

 覗き込んだ二人の感想は上々。

 赤、緑、そして青とそれぞれ着色されており、塗料の質感により瑞々しい印象を与え装飾も少なく、カップの中程から下部にかけて緩やかなくびれが入った少し歪な形をしている。

 これはテトラス商会に営業を持ち掛けてきた嗜好品を専門に取り扱う輸入業者が、手土産として持参したもので大陸南東部の小国で生産されたものだと聞いた。

 帝國周辺で主流の作りとは言い難く、まさに特産品だ。

「二人でこの赤と緑を使って、私が青を使おうかしら」

「は、はい!」

 興奮を抑えきれない様子のルミアは早速カップを三つ、ダイニングのテーブルに乗せると取り掛かっていたお茶の準備を再開した。

 先に淹れておいたお茶は、昔に再加熱することも考えたが貧乏くさいとリーアに一蹴された経験から泣く泣く廃棄。

 新たな茶葉を用意するよう指示をした。

 ストックのお茶菓子を皿に並べ、ティーポッドに茶葉を入れて蒸らす。

 書き起こしてしまえば単純な作業だが、全くこれまでと異なる環境下では余計な気疲れをしてしまうもので、サミアのお菓子を選んで取り出す動きは緩慢で、本当に間違っていないのかを自問自答しながら進めているようだ。

 ルミアがティーポッドに湯を注ぐその筋も細かく震えている。

 敢えて口や態度には出さずに、内心でその敢闘ぶりを応援する。

「……そ、それでは注いで行きます」

 今度はサミアがおずおずと立ち上がり、ゆったりとした動作で俺、ルミア、サミアの順にポットの中身をカップに注いでいく。

 茶葉が開き、辺りを染めんばかりの花の香りが三人を包む。

 ポットを置いたサミアと、ルミアは再び恍惚に似た表情を変えるが、俺はと言うと素直には褒められなかった。

 実に小姑めいていると自認するところだが、やや香りの広がりが足りない。

 蒸らしが足りないせいだ。

 当然目安の時間と言うか、時機の見極め方は知識としてリーアからも聞いていることだろう。

 しかしその最後の見極めは、その瞬間の環境によって左右され己の嗅覚に依るところが大きい。

 今の彼女たちにその水準までを求めるのは酷と言うもので、微笑みを湛えながら二口カップを傾けてお茶菓子を口に運んだ。

「二人とも、これからもお茶会の準備は任せようかしら」

俺からすれば、社交辞令に近い労いのつもりだったが、彼女たちは真に受けたようで、頻りに頷いた。

香りを楽しみつつ、生真面目な二人に多少心を許していることを改めて自認してしまうと、慌ただしく激変と言って差し支えない事態が続いたこの直近の中で久し振りに寛いでいる気がした。

 普通とは言えない組織から派遣された二人に、何か含んだところがあるようにも思えないのが原因だ。

「あ、あの……私、何とお呼びしたら良いでしょうか……?」

 その問いは突然だった。

 質問の意図を掴み切れず、まじまじと二人を交互に見詰めやがて思い当たる。

「私のことなら、好きに呼んでもらって構わない……と言いたいけれどリーアに倣った方が無難かしら」

「お嬢様、とお呼びすれば良いですか?」

「ええ。……そう、ね。これから二人とは仲良く暮らして行きたいのだけれど、そのためにも二人のことは良く知っておきたいの」

 俺の言葉の意味を察したらしい二人は互いに顔を見合わせ、十秒近い沈黙が場を支配した。

 しかし逆に言えば十秒以上の躊躇いは無かった。

 キーア広域産業ギルドから派遣されるにあたって、その辺りも織り込み済みだったのだろう。

 姉であるルミアがゆっくりと、重苦しく口を開いた。

「……一つだけ、その、話を聞いても決して可哀想とは思わないで下さい」

「約束する」

 我ながら安い口約束だと思ったが、これも必要な前置きと考えれば然して罪悪感もない。




 二人の少女は、異なる母親の腹から生まれた。

 父親がある地方では有力な資産家であり、領主とも関係の深い家柄であったこともあったことから金回りには相当な余裕があった。

 何一つ不自由もなく暮らしていた二人が初めて互いに知り合ったのは五歳頃だったと言う。

 父親からの援助を受け、母親と暮らしていたところ急に迎えがやって来て、父親の下で暮らすことになりそこで出会った。

 姉妹であることは説明されていたので、特に障害もなく仲良くなっていくことは自然な流れだった。

 暮らす家が変わっても生活に困るようなことはなく、寧ろより豪奢な境遇に変わっていった。

 不自然な程に持ち上げられ、ともすれば崇められるかのような扱いの理由はそれほど時間が掛からずに分かった。

 二人の他にも、父親には子供が居た。

 特に、長女であり二人にとっては姉と言える存在を殊に可愛がり、あらゆる手を尽くして教育を父親は施していたと言う。

 しかし、二人が生まれて間もない頃に彼女は呆気なく流行り病で命を落とした。

 それが父親の、そしてその子供たちの運命を狂わせていく大きな切欠となる。

 悲嘆に暮れる父親は、当初は金だけを渡して遠ざけていた娘を次々と引き取り始めた。

 自らの手元に置き、亡き娘の後を追わせるように同じ習い事をさせ、同じ水準の成績や出来栄えを求めそれを達せられなかった者は容赦なく切り捨てられた。

 と、言っても文字通り命を取るようなことまではしないが、元居た母親の下へ送り返し援助も断つというある意味より残酷な措置を取った。

 二人はその新たな実験体として招かれたのだ。

 彼女たちが来た時は、少し年の離れた姉が居たが程なく屋敷から姿を消した。

 その意味を理解した二人は必死に課される目前の事物に没頭し、助け合いながら何とか期待に応え続けた。

 そうしている間にも時折、妹と思われる少女がやって来た。

 自分たちよりもずっと出来が良く、父親にとても可愛がられる一人の妹がその中に居た。

 どれほど二人が頑張っても、もう父親の目が向けられることはなく家中の者の目も厳しく冷たいものに変わりつつあった。

 このままでは二人とも見切られ、母親の下へ返される。

 その事態をただただ恐怖していた。

 父親はとんでもない金持ちであるにも関わらず、手を出すのは決まって下女と呼ばれるような身分の低い者に限られていた。

 母親側がまともな収入を得られず、父親の援助が無ければとても生きてはいけない境遇であることを子供であっても物心つく頃には嫌でも理解させられる。

 何故かと言えば、援助として賜る金は何もせずとも得られるものではなく、それを持ってくる使い番への接待の評価で決まるものであり、その接待の中身はと言えば男女の交わりに他ならないからだ。

 広くもない家に定期的に響く己の母親の嬌声と顔も碌に知らない男の悦びの声を聞かされ、まともに育てと言う方が無茶だ。

 多少忙しくても、生々しい大人の交尾の音を聞かされない方がずっと過ごし易いのは言うまでもない。

 今度は援助が無くなる分耳を塞ぐことは無くなっても、時々身体を売って不自由しないだけの金を得られる味を知った母親がまともに子供を育てられるとは思えない。

 それは金銭面だけではなく、精神面においても不安だった。

 鬱々とした日々の果て、遂に二人の退去の日取りが告げられた。

 絶望に包まれ、与えられていた習い事も全て取り上げられてしまった二人は退去の前日に見納めと言わんばかりに屋敷内を探索していた。

 そこで、通りかかった父親の執務室から何やら深刻そうな声音の会話が聞こえて来た。

 内容を要約すると、可愛がっていたあの妹を急遽送り返す算段だった。

 何が原因なのかは分かりかねたが、何やら大きなしくじりを犯したようで、二人は引き続き面倒を見る方向に動き出していると。

 その夜、正式に退去が取り消しとなったことを知り安堵した二人だったが、一体何故そのようなことになったのか釈然とはしなかった。

 更に数日後、その妹が退去する場面に出くわした。

 妹は担架に乗せられ、顔を包帯で覆っていた。

 最初は死んでいるのかと思うほど静かで身動ぎもしていなかったが、やがて移送の馬車へ載せ替えられることを悟った彼女は絶望に満ちた絶叫を上げた。

 その金切り声は単純な心情の発露だけではなく、顔を両手の平で押えのたうち回る様子から痛覚に耐えかねて発せられているようにも見えた。

 周囲の使用人は、それを一切意に介せず暴れる彼女を乱暴に馬車に押し込むと外側から錠前を掛け、屋敷へと戻って行った。

 顔に怪我を負ったから見切られる、というケースは前代未聞。

 彼女たちの胸の奥にはそのことが引っ掛かり、しこりのように残り続けた。

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