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裏家業と女装 5

我が家にやって来た護衛役と言う女性、と言うより少女二人がお茶を飲む間に発した言葉は僅かに一言、お茶の感想と思われる「美味しい」のみ。

大人しく、楚々とした所作がよく似合う使用人と言うよりもご令嬢と言った風情だ。

リーア自身も自分のカップに茶を注ぐと、二人を交互に見比べ何やら小さく唸り始めた。

「見れば見る程そっくりで、見分けがつかないですねお嬢様」

確かに、二人が全く同じタイミングで目を瞑って茶を喫していると、同一人物が並んでいるようにしか見えない。

瞳の色以外で判別する方法が見当たらず、首を捻っていると件の二人が互いの顔を見合わせた。

「……よく、似ていますか?」

瞳の色が赤い、ルミアが口を開いた。

「そうね。このままだと仕事にも支障を来す恐れがあるし、判別しやすいよう工夫をしましょうか。……何のためか知らないけど、染めている髪を元に戻しましょう」

リーアがそう言うと、二人の肩がピクリと動いた。

染髪が珍しい風習とは言わないが、この世界ではある種特殊な場合を除いてはあまりそうする人間は居ない。

その特殊な場合とは、所謂ところの刑罰の一つを指す。

裏社会の人間が連れて来た人間なのだから、犯罪者であっても何ら不思議ではない。

であるにも拘らず、俺は少なからず動揺していた。

まだあどけなさを残す二人の少女が犯した罪が如何なるものか、その想像が付かなかった。

刑罰による染髪は、それなりに重い罪に該当しなければ執行されない。

「にしても、まるで今日染めたかのように根元まで真っ黒ね。魔法でも使ったみたい」

「「……」」

魔法という言葉に二人は表情を強張らせた。

魔法とは現代においては口外することも憚られる悪であり、魔法に携わる者は皆闇を生きている。

リーアが軽々しく口にしたことが、緊張感をもたらしていることになる。

「リーア……」

「お嬢様、どうかお任せを」

言うや否や、ゆっくり立ち上がったリーアはテーブルを挟んで着座する二人に歩み寄る。

逃げ出すか、抵抗するかの葛藤に苛まされている表情を見せながら、結局無抵抗に下唇を噛みながら視線をテーブルに向けてじっと佇んでいた。

「二人とも、ここに来るまでどんな苦難が有ったのかは計り知れないけれど、ここでは思うままに奉仕しなさい。お嬢様への敬意と感謝を忘れさえしなければ、不当な扱いを受けることはないのだから」

リーアが、二人の頭にそっと手を置いた。

そして、ゆっくりと優しく撫でた。

「リーアの言う通り、私はあなた方を歓迎しています。如何なる境遇であっても負い目を感じず、この出会いを楽しんで務めていただけるかしら?」

二人は、数度頷くと緊張の糸が緩んだのか、堪え切れずに小さな嗚咽を漏らし始めた。

「さ、ここで働いてもらうのは明日からにするから、この部屋を共同の寝所として使いなさい。後で制服や必要な物を持ってくるわね。さ、お嬢様も行きましょう」

「そうね……」

二人を置いて、部屋を出た瞬間即座にリーアが俺の手を掴み、そのままリーアの部屋に連れ込まれた。

リーアが後ろ手にドアを閉めると、深刻な面持ちで深く溜息を吐いた。

「……頭を撫でた時、魔法使ったな?」

「はい。通常ならば名前を頼りに刑罰執行の記録などを当たりますが、偽名と思いましたので」

数秒の間に、二人の記憶を読み取ったらしい。

咎める気にはならないが、相変わらず手が早い。

「それで、何者なんだあの二人」

「……没落貴族の家系です。ただ、何というか……中々に深い業が彼女たちにぶつけられていたようで……」

「また今度聞かせてもらう。今は彼女たちとの暮らし方を決めよう」

「二人には、庭番をしてもらおうと思います。屋敷の警備を担当してもらえば、私はお嬢様のお世話により集中出来ますから」

 当然、初めから俺に近付ける気は無いのだろう。

 問題の無い配置と言える。

「分かった。彼女たちの教育やケアは任せる」

「畏まりました。早速、着替えや道具を用意しますのでお嬢様はお部屋の方へ」

 そう言うと、彼女は身を翻して部屋を出た。

俺は部屋に戻ると、リーアが戻るまで読書で時間を潰すことにした。

書物の名は「テトラス商会海運事業部裏帳簿まとめ」、著者はリーアだ。

キーア広域産業ギルドの金が流れているという話の真偽を確かめる意味があり、今後の身の振り方を考える為でもある。

詳細な経理簿の見方など分かりはしない。

だからこそ、リーアによる抜き出しや解説の入った作品でないと理解と、事の重さを感じられないと思っての命令だった。

上質な白紙にざっと二百頁。

朱書きにて持ち出し厳禁と記されたそれを、一枚捲り我が家の闇を紐解き始めた。

表に出ている帳簿と裏帳簿の対比や、裏帳簿にのみ記載のある人物、企業の名前。

使途不明の項目には、莫大な額が毎年計上されていることも分かった。

「この企業や人物も、ところどころ架空って……しかもそれをタネ銭にしてウチが稼ぎまくって、また還元している。……マネーロンダリングの一種か?」

一年や二年の事ではない。

父親が事業を始めた最初の帳簿からして、既に少なくない額が流れ込んでいた。

更に、リーアの筆跡による注釈によると、キーアからの入金と思われる収入の内訳の割合が他の企業よりも多く見られるとのこと。

 一つ一つの事実が躊躇いもなく書き出されており、克明にテトラス商会の闇が手に取るように理解出来た。

 驚くことに、種々の会席の記録も付則され、キーアの関係者と接触していたであろう回数や頻度も独自に数えられている。

 あくまで推測でしかないが、今でも定期的に当主である父親は黒い交際関係を続けており、このアーカスの館でも会食や密談が行われていた筈だ。

 と言うことは、国の要請による物資の輸送だけではなく良からぬ物品の遣り取りにも関与していた可能性すら見える。

「積載物資については……そこまでは流石に調査時間が足りないか」

 例えば、違法とされる薬物の輸送を行っていた場合、輸送先での売り上げ金がキーアの収入となりその後テトラス商会へプールされ、出資金への配当等の形で再分配されれば綺麗な金となる。

 明確な証拠は確認出来ないが、これは紛れもないマネーロンダリングだ。

 つまり、我が家の事業は海運業に加えて闇社会の資金管理の一端を担っていることになる。

 それも膨大な金額を請け負っていることが分かれば、胸の奥に収まりの悪い澱みのようなものが痞えた。

 清廉だと思っていた我が家の家業はあくまで隠れ蓑で、本当の役割を知ったことで改めて気が重くなり、溜息が漏れた。

 何十頁も進まぬ内に、書物を閉じてしまおうとした瞬間ふと気になる記述が目に入った。

 魔術により頁を切り貼りしたと思われる帳簿資料の一文、支出の項目の中にこの敷地内で暮らす人間の人件費と思われるものがあった。

 しかしその内訳の中には執事長を含む従者のものとは別に、「子女養育係」と簡潔ながら別段に記された費用は桁が違っていた。

 子女養育、とはつまるところの俺の養育係という意味になる。

 なら、それは誰を指すのか。

 勿論リーアだ。

 だが、それを何故表の帳簿には書けずに裏帳簿にのみ記載があるのか。

「…………リーアも、キーア側の……」

 軽い眩暈に襲われた。

 誰が、一体何の目的で動いているのかが見えなかった。

 俺という存在も、何か大きな目的の達成に必要な駒の一つなのではないか。

 そしてその駒として育つために与えられた指針を、リーアという人間が体現しているのなら合点もいく。

さらに鉱山爆破事件に直接関わってしまったことも、偶然ではないとしたら。

あれやこれやと考えを巡らせたところで、答えを出せる筈も無かった。

何故なら、俺はテトラス家の箱入り娘でしかないからだ。

与えられる情報は全てリーアが管理し、外界からの情報なんて触れたこともない。

それを疑うことなく良しとして来たツケなのか、俺が勝手に世界が俺に優しいと勘違いしてきた末路がもう目前に迫っているような気すらする。

 額に浮かんだ粘つくような汗を手の甲で拭う。

 世の中には知らなくてはならないことと、知ってしまうと不都合の生じることがある。

 この事実に関して言えば、後者であると考えるのが自然だ。

 裏帳簿、テトラス家の根幹に関わる重要事実なのだから。

「それじゃあ、そもそも……」

 俺は確かにリーアに命じてこの情報を集めさせた。

 つまり。

「…………迂闊だった、のか?」

 虚空に対して自問自答するが、答えが出る訳も無く。

 しかしリーアが俺のことを案じているのであれば、それとなく止めるよう進言してくれた筈だ。

 それを特に抵抗なく受け入れ、実際にこの報告書を上げているのだから、特に足も付かず俺の為に仕事をしてくれたのだと信じて疑っていなかった。

「ご主人様」

 ドアをいつものように三度ノックした後、こちらの返事を待たずにドアノブが捻られた。

 リーアが室内に踏み入れる瞬間、俺は咄嗟に途中まで読み進めた報告書を閉じた。

「?……お邪魔でしたか?」

 机に向かって視線を落としたままの俺を見た彼女は、心配そうにこちらを覗き込んで来る。

「いや、あの二人とこれからどう接していこうか、考え込んでた」

「思慮深いことは良いことですが、彼女たちはあくまで居候の身分です。慈悲を与えるのも程々に、主君としての威厳を保って使い潰してしまえば良いのです」

「使い潰すって……」

 建て前だろうが、彼女たちの派遣元であるギルドマスターも同じように好きに使えとは言っていた。

 特別に普段のリーアの業務量が過多であるようには見えないところを加味しても、二人の仕事はそう過酷なものになるとは思えないが、何かと言い付けをするつもりなのだろうか。

「せっかく二人も後輩が増えたのですから、今まで手が回り切らなかった部分までご主人様を支えられます」

「今のままで充分なんだけどな……」

 にこやかな笑顔でそう語るリーアの目は本気だった。

 普段なら、それを純粋な好意として受け止めるのだが、生憎と今日は違った。

 彼女が俺に尽くす理由、その根源に何があるのかを測りかねたため曖昧な返事以上の言葉と態度が出せない。

 そして、それを見咎める程にリーアと俺の間には信頼関係が築かれていることも災いした。

「……やはり、お疲れのようですね。私に何か出来ることがあれば仰って下さい」

「いや、大丈夫だ。他に優先することが多いからな。リーアも多少の無理は出来ても倒れたら元も子もないんだし、ゆっくりする時間も必要だと思うよ」

「つい今朝まで掛けて密命の報告書を仕上げていたのですが、これからあの二人のことが一段落しましたら夕食まで休ませて頂いても良いですか?」

「分かった。午後のティータイムは早速二人に任せてみようかな」

「準備はしておきます。それでは」

「あれ、用事は?」

「………………いえ、今は止めておきます」

 口元の笑みとは裏腹に、その声音が何処か冷たく硬いもののように感じられる。

 それが俺の今の感情によるバイアスに起因するものなのか、気のせいなのかは分からない。

 これまでもリーアは俺の体調や気分を観察してその場では敢えて伝えず然るべき時に、実は……と言った具合で俺の耳に入れることがある。

 今も俺の顔色を鑑みての措置だろうが、それ以外のものを感じ取っていたと仮定すると少しマズイ。

 部屋を後にしたリーアを呼び止めることはせず、俺はその背中を見送る。

 妙な緊張感に包まれた遣り取りに疲れを感じた俺は目頭を押えて天を仰いだ。

 誰が味方で、誰が敵なのか。

 その線引きすらまだ設けられていないと言うのに、気だけが逸って仕方がない。

 幸い、リーアはこれから夕食まで自室で休むだろうから考える時間はある。

「ティータイムもまだだろうしな、と」

 報告書を机の引き出しの中に仕舞い込むと、ベッドに腰掛けて窓の外の景色に視線を移す。

 昼下がりの青天の中にぽつりと浮かぶ白雲に己を重ねる。

 風の赴くままに流され、何の頼りも無く行き着く先は運次第、風の吹くまま。

 今、俺がこの風に身を任せることは、危険だと考えて差支えはないだろう。

 そして、あからさまにその風に抗えば即座に身の危険に晒されることもある。

「だが、最終的な目的はどうすれば良い……」

 実現可能性を度外視した理想は、キーア広域産業ギルドの影響力を我が家から消し去ることだ。

 これまでの我が家との関わりを見るに、それは余りに壮大で無謀な道のりを征くことになる。

 しかし俺の立場上、少なくとも個人的な関わりは断っておきたい。

 その過程で全体的な影響力も減らすことが出来れば幸いだが、それは副産物と捉えるべきだろう。

「つまり……」

 これから様々な思惑の人間と接していくことになることも考えれば、俺に必要なのは俺を守ってくれる人間を集めることで、それが急務だ。

 そこで一つの基準を定めることとする。

 単純に、俺が俺の意思で仲間にした人間を信用し傍に置くことだ。

 リーア、ルミアとサミアの三人はその定義には当てはまらない。

「……」

 胸にチクリとした痛みを覚えた。

 本当にリーアを疑わなくてはならないと認識すると、罪悪感に似た鉛のような重みも伴って息苦しくなる。

 いや、俺の本心はもっと自分勝手だ。

 この敷地内どころか、家中に真に信の置ける人間が居ない可能性に恐れたのだ。

 情こそあれ、リーアのことも所詮他人としか思っていなかったと思えば虚しさもある。

 そうは言えども、思い出では命を守ることなんて出来はしない。

 命は、人生は自分だけのものでしかないのだ。

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