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視察でも女装 7

 見上げれば首が痛くなりかねない程の峻厳な山々が聳えている。

 ともすればその一つ一つが確立された芸術作品のようで、残雪と白色がちな山肌がその様相を加速させていた。

 しかし、一度視線を下げると茶色い土砂がその山を構成する正体なのだと思い知らされた。

 崩れたのはその一欠片に過ぎないと言うのに、施設を、街を飲み込むには十分過ぎる。

「爆発の本命はこちら、でしょうか」

「多分この先が鉱山、なのかな?」

 俺の疑問に、執事長が一つ頷いた。

「先ほどの場所は歓楽街でして、この先には多くの労働者が暮らす住宅が密集しています。その目と鼻の先に鉱山の入り口があります」

 眼前を埋め尽くす土砂を見る限り、奥の方が無事ということは考え難い。

 歓楽街以上の惨状が容易に想像出来るだけに誰もが口を閉ざした。

 生き残った人間は皆無、拠点としての機能も完全に沈黙してしまった。

「……取り敢えず、何か食べるものでも残っていれば良いのですが」

 リーアが歓楽街に足を向けようとした時、執事長が先に駆け出した。

 その先には街の瓦礫の一部が山積した、やはり廃墟しかなく一体何を見付けたのかと俺とリーアが呆気に取られていると、何やら争うような声。

 リーアを伴って瓦礫の裏側に周り込むと、執事長が黒ずくめの女を組み伏せていた。

 外套すら身に着けず、所々衣服が破れ、露出した肌が赤黒く変色していることから爆発に巻き込まれたことがよく分かった。

「執事長!」

「リーア、此奴を拘束する!何か縛るものを!」

 周囲に鈍器になりそうな煉瓦などは其処ら中に転がっているが、縄のようなものは見当たらない。

 それを瞬時に把握したリーアは両掌を合わせ、一気に開くと充分過ぎる程の長さの縄が生成された。

「私が縛ります、そのまま拘束を続けて下さい。お嬢様は少し下がっていて下さい」

 言われるままに一歩下がり、女の様子を窺うが執事長の剣幕とは裏腹に抵抗するような素振りを見せなかった。

 顔も目から下を布で覆っているため、詳しい表情までは見えないまでもどこか諦めたように目を伏せている。

「答えろ、そこに落としたナイフで一体どうするつもりだった?お嬢様の命を狙ったのか?」

 女に圧し掛かったまま詰問する執事長の傍らには一本のナイフ。

 何の変哲もないそれを、リーアが拾い上げて検めた。

「執事長、僅かながら魔術が施された形跡があります。今は、ただのナイフですが」

「そんなことまで分かるのか……。と言うことは、此奴も魔術が使えると言うことか」

「……」

 女は依然として押し黙り、目を瞑った。

「先ほどの男の仲間と考えるのが自然か……そうであったならこちらの手には負えないな。お嬢様の許可さえ頂ければ、速やかに始末しますが如何しましょうか」

「さ、流石に物騒過ぎるような……」

 真直ぐ殺すことを進言するその執事長の目は真剣そのもので、委ねている体でありながらその手は既に女の首に掛かろうとしている。

「執事長、私もお嬢様に同意です。出来る限り情報を引き出すのが肝要かと」

「……お嬢様がそう仰せなら」

 体勢は変えないものの、幾分か執事長の表情の硬さが消えたことを確認すると、リーアが女の顔の近くにしゃがみ込み、目線を送った。

 女は視線を合わせまいと顔を地面に着け、押し黙ってしまう。

 さて、どうしたものかと思っていると洟を啜る音が全員に聞こえた。

 俺は勿論、リーアも執事長も互いの顔を見合わせ犯人捜しを始めるが、すぐにそれは見つかった。

 顔を伏せた女が、泣いていた。

 捕まってしまったが故なのか、それ以外に理由があるのか一切推し量ることも出来ず困惑する俺たちを他所に、お構いなく泣き続けた。

 演技である可能性も捨てきれないため、執事長が圧し掛かったままで、だ。

 すっかり陽も昇り、朝日が一帯を降り注ぐとその現実は視界を通して入り込んで来る。

 何百、何千と言う人間が暮らす街が一晩の内に消滅した。

 言葉で認識することは出来ても、実感までは湧かない。

 そこに在るのは、生ける者もそれを迎え入れてくれる家も何もかもが過去になった廃墟。

 街が生きていた頃を知らない俺は、本来この時間にどんな人間がどうやって活動していたかを知らない。

 例えば、労働者向けの食堂が煮炊きを始めた炊煙が上がっていたのだろうか。

 全ては想像でしかない。

 だが、そこには確かに沢山の人間が複雑に絡み合った社会という世界が在った筈なのだ。

 それが誰かの勝手な意志で破壊されたことを、黙って受け入れられる程俺も冷血ではない。

 これが偽善なのかどうかは置いておいて、あの男のしたであろう事の大きさが徐々に呑み込めてきたのもまた事実。

 足元で泣き伏せる女が関わっていたのなら、それを暴かなくてはならない。

 そんな衝動的な正義感が俺に宿った。

「おい」

 粗野な呼びかけに、慌てたのは執事長で、止めたのはリーアだった。

「お嬢様。その可憐なお口が汚れます。私がしっかり吐かせますので、どうかお任せを」

 恭しく一礼した従者の目は、義憤に駆られていた。

 きっと、俺と同じかそれによく似た気持ちなのだろう。

「……分かったわ」

 視界を少し逸らし、改めて街を一瞥する。

 背後で滔々と語り掛けるリーアの声も、目前の光景の前では掻き消えんばかりだ。

 静寂であるのに、万余の鬨の声にも勝る声なき声が聞こえるようで、見入る。

 時折目に入る人間の死体らしいものは、皆無念を抱えて果ててしまったと思わざるを得ない。

 一際視界を奪われたのは、幼子を抱き締めたまま召されたと思われる母親の亡骸だった。

 きっと街に住まう労働者の妻で、爆発の際に咄嗟に我が子を庇ったのだろう。

 しかし、その行為も虚しく子供も守れなかった。

「……昨晩は、月に一度の祭であったと聞いています」

 何時の間にか背後までやって来ていた執事長がポツリと零した。

「祭?それに執事長、あの女のことは……」

「リーアに任せました。……それと祭ですが、この鉱山開発は労働者一人一人に対して非常に大きな負担を要するものであるから、歓楽街が月に一度全ての店が無料で利用出来るよう皇帝陛下が定めたのです」

「それが、昨日だったと」

「はい。ですので、その労働者の妻子たちも参加して街全体が大いに盛り上がるのだそうです。……それを、警備隊員を名乗るあの男から聞きました」

 態々その日を照準にしていたと言うのなら、悪趣味極まりない犯行だ。

 その下劣さに吐き気さえ覚えそうだった。

「一体、奴が何者なのかも含めて私たちがまずは総督府まで生きて帰らないと……」

「その通りです」

「リーア……」

 何時の間にか尋問を終えたらしいリーアが立っていた。

「大まかな概略は聞けました。やはり、あの女と例の男は仲間で、この街を魔法で破壊したことも認めています」

「そうか……」

 溜息が漏れた。

「ただ……」

「ん?」

「その、実行犯と言うよりは一協力者に過ぎないようです……。彼女は魔法が使えませんから」

 そのどこか拍子抜けしたような、残念がる様子からあまり有力な情報を引き出せなかったことが窺えた。

「それどころか、一部ではありますが明らかに不自然に記憶が欠落しています。何者か……と言ってもあの男かその仲間でしょうが、魔法で記憶を破壊されたのでしょう」

「魔法と言うのは、本当に自由自在なのだな……」

 執事長の感想は、俺も同感だった。

 鎧を操ったり、爆発を起こすものもあれば、記憶を破壊するという全く別方向と思われる芸当も熟せてしまうのだから。

「かつて、魔法は人間の無限の可能性の具現であり、堕落の象徴とも言われましたから」

「古典か何かの言葉か?魔法に疎い私は初耳だな」

「うん、私も初めて聞いた。でも、よく分かる」

 やりたいことが出来るから、何でも実現出来る傍らで、魔法に頼り切りになれば過去のような出来事に繋がっていくのだろう。

「すみません、話が逸れましたね。結局彼女から聞けたことは、あの男と帯同していたこと、昨晩は気付いたら部屋ではなく街外れに居たことぐらいです。そして、帯同中はずっと魔法でお嬢様の顔だったこと、以上です」

「例の車列の件は、やはりあの男だったのか」

「万が一に備えてお嬢様の替え玉として用意していたのでしょう。……こうなれば、用済みと言ったところですが、生き残った……」

 俺の言葉に執事長の眉根には皺が寄り、訝しんだ。

「なら、一緒に始末しても良かった筈だ。何故、態々街の外れに?」

「それは、彼女の記憶かあの男しか分からないことでしょう。それより執事長、これからどうしましょうか?」

「……あの警備隊員たちが戻って来るか、或いは彼らがアーカスまで戻って救助隊なり偵察隊が来るまで下手には動けまい」

 どれだけ急いでも、後者なら数日は掛かるだろう。

 それまで糊口を凌ぐ手段は、すぐには思いつかなかった。

「お、お嬢様の糧だけは何としてでも確保しますので!」

「いいよ、リーアが辛そうにしているのも嫌だし、執事長も含めて皆で乗り越えるようにしよう」

「「お、お嬢様……」」

 二人がジーンという効果音が聞こえそうな程心酔した面持ちになったところで、街の入り口の方に何かが侵入してきたのが見えた。

 どうやら騎乗した人間であるようで、すぐさま此方に気付くと三騎が走り寄って来る。

 それに対しリーアと執事長が俺の前に立ちはだかり、身構えた。

「貴様ら、何奴」

 厚手の上品な外套に身を包んだ先頭の男が低い声で誰何した。

 派手さはないが、腹の底を捲られるような恐怖が走った。

「名乗るなら、そちらからどうぞ」

 リーアの好戦的な返しにも、眉一つ動かさず品定めするような視線だけを寄越す。

「名乗れぬなら、お嬢様に害を為す賊としてこちらも対応させてもらう」

「お嬢様?」

 切れ長の目から放たれる怜悧な視線が、ゆっくりと俺を射抜いた。

 数秒後、呆気なくその対峙は終わりを告げる。

 先頭の男が、あっさりと馬を降り両膝に手を着いてゆっくりと頭を垂れる独特な礼をして敵意がないらしいことを示したからだ。

「お前らもさっさと降りねえか」

「へ、へい!」

 後続の二人も上司らしいその男の指示に従い、あっさりと馬を降りて同じ礼をした。

「名のある貴族様のご令嬢とお見受けいたしました。私はキーア広域産業ギルドのギルド長補佐をしています、レアスと申します。後ろに控えるのは私の部下、キンジとモモヤスです。先ほどは馬上より失礼しました」

「キーア……」

 執事長が、警戒しながらも絶句していた。

「この者たちはお嬢様が関わるべきではありません。話なら、別の場所で承りますが」

「……どういうこと?」

 俺の問いに、リーアはどう説明したものかを考えている様子だったが、先に口を開いたのはレアスだった。

「我々が、卑しい出自であるからですよ、お嬢様。凡そ普通の帝國民では関わり合うことは殆どない日陰で暮らすのが、我々です」

「……そういう事です。簡潔に言えば、裏家業の人間ということになりますね」

 そう言われてからもう一度彼らを見遣る。

 上品な仕立ての服装をしているが、それを纏う本人たちからは貴族のような柔和さや、商人のような懐の深さは感じられない。

 特にレアスは際立っていた。

 物言わぬ不気味な迫力と言うか、凄みのような圧が見え隠れしている。

 さらに、見た目は三十前後とそれなりに若い風貌だと言うのに、驚くほど落ち着いて全く動じたところがない。

 どう控えめに見ても常人では無い。

「一つだけ、確かめさせてもらいたいのですが……この有様に皆様方は何か関わりはありませんか」

 一瞬見遣った先には廃墟となった街。

「私たちも、事情が呑み込めない内に巻き込まれたようです。元々、私たちはこの鉱山の視察に来たのですが、何やら陰謀があったようで」

 リーアの言葉の一つ一つを聞き逃さないよう、ゆっくり頷くとレアスはさっと頭を上げて目を細めた。

「陰謀、ですか。事故という可能性も捨てきれないでしょうに」

「私たちが発行を受けた通行許可証を偽造して、先行した一団が居たそうなので」

「なるほど……遅かったか」

「それで、帝國の闇を取り仕切る貴方達は一体何故此処に?いくら自由を黙認されていても、そう簡単に踏み入って良い土地ではないでしょう」

 見たところ、帝都から悠長に許可証の発行を待って渡ってきたような様子でもない。

 余程急な要件があって此処までやって来たのだろう。

 逗留するにしても荷物すら碌に持って居ない。

「この鉱山は……少なからず我々も資金等を提供していますので」

 レアスは俺を慮ったのだろうか、言葉を濁した。

「そうですか。残念ながら、その甲斐も無くなってしまったようですが……」

「全くです。何から何まで、無駄になってしまった。それはさておき、我々と会ったことや話したことは、くれぐれも内密にお願いいたします」

 目の色が変わったことを、全員が認識した。

 有無を言わせないお願いの体をした、脅迫であることも併せて。

「ところで、そこの女性は?見たところ拘束しているようですが」

 こちらの意志等決まっているかのように話を切り上げると、すぐさま次の話に移る強引さが俺に苦手意識を生じさせた。

「……私の従者です。錯乱を起こしたので、少し頭を冷やさせているところでして」

 偶々目が合った俺が咄嗟に思い付いた言い訳を話すと、確かめるように一度視線を往復させる。

「まあ、いいでしょう。程なく我々の仲間も駆け付けるでしょうから、後ろ二人の馬を持って行って下さい。元々はアーカスの総督府の持ち物ですので」

「分かりました。執事長、彼女をお願いします」

「あ、ああ」

 必要以上には探り合うこともなく、俺たちはその場を離れることになった。

 頭を下げたまま見送ってくれるレアスたちの姿が見えなくなったところで、同じ馬に乗るリーアが口を開いた。

「……お嬢様、お気付きですか?」

「え?」

「彼ら、魔法が使えるようです。実は簡易な結界を張っていたのですが、打ち消されてしまいまして……」

「それは、彼らに?」

 言葉にはしなかったが、リーアが肯定していることは雰囲気から察することは出来た。

 裏家業の人間と言う以上、一般人とは一味も二味も違うことは想像の範疇だ。

 しかし禁忌ともされる魔法が使えると言うのなら、それは大きな脅威であることはこの一連の騒動を見ていれば容易に理解出来る。

「……何か、良くないことに巻き込まれてしまったかもしれません」

 淡々としているが、既に彼女の頭の中では様々な算段が積み上がりつつあるだろう。

「無理はするなよ」

「お嬢様に火の粉が降りかからないよう、全力でお守りしますので」

 無視とも受託ともつかない意志表明の後、俺たちは押し黙った。

 張り詰めていた気が弛緩したのだろうか、不自然な程の重みとなった眠気に襲われたせいだ。

 抗う暇もなく、俺は気絶するかのように眠りに落ちた。

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