4 王城へ
コツ、コツ、コツと石段の上を歩く音だけが、薄暗い空間に響く。誰も声を出そうとせず、ただ緊張した面持ちで、黙々と石段をあがって行く。
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突如現れた男たちと女の子に動揺を隠せずにいると、女の子が
「召喚は無事に成功したようですね。古代の術式だったので不安でしたが・・・けれど、昔の事例より人数が多いような?やはり何か違っていたのでしょうか・・・?」
と少し嬉しそうに、けれど不思議そうに独り言を呟いている。そうして不意にこちらへ向き直り、歩み寄ってきて
「ようこそおいでなさいました、勇者のみなさま。召喚に答えていただき感謝します。ささ、なにかとお話しなければならない事がありますので、まずは上へーーーー」
「ちょっと待て!」
「はい?何でしょう?」
流石にまずいと思ったのか洸輝が声を上げる。
「さっきからお前が言っている召喚とはなんだ?それに、勇者?もしかして、本当に・・・・・・ここは地球じゃないのか?」
「チキュウ・・・?ああ、勇者様達がいらっしゃった世界の名前ですか?そうであるなら、ここはチキュウではありません」
一気に周りがザワつく。それはそうだろう、何せここは自分が元々いた世界ではなく全く知らぬ世界なのだから。
まさかとは思っていたが、本当に的中するとは・・・
「それともうひとつ、召喚に答えたとはどういうことだ?何かを聞かれたような覚えはないが」
「・・・・・それは本当ですか?伝承によると転移が起こる前に神から選択肢を与えられ、拒否を選べば召喚は起こらないと伝えられていたのですが」
「・・・・・・・・・そうか。だが、俺たちは選択肢を与えられていないし、同意もしていない。だから、俺たちを元の世界に戻してくれ。できるだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そこで女の子が沈黙する。・・・嫌な予感しかしないな。
そしてーーー
「それは、出来ません」
そう女の子は告げる。元々ザワついていた皆が更に騒がしくなり、中には怒号を飛ばしているものもいて、今にも掴みかかりそうなめで女の子を睨みつけている。
「・・・どういうことなのか、説明してくれ」
洸輝もかなり頭に来ているようで、自分を落ち着かせるように一呼吸置いて、ゆっくりと尋ねる。
「伝承にあるのは召喚の魔法陣のことのみで、送還の魔法陣のことはどこにもありませんでした。その事は我が国でも最初は問題になり、様々な議論が行われましたが、その後『召喚時に該当者に選択肢が与えられる』という文献が発見されたので、ならばと行うこととなったのですがーー」
「結果選択肢が与えられることはなく、召喚が行われた、と」
「・・・・・・・・・そうなりますね」
怪しいとは思わなかったのだろうか?国で議論が行われていて、決めかねている時に出てきた都合のいい証拠。これ程怪しいものはないだろうと思うが・・・いや、この国にとっては召喚が出来る口実があればなんでも良かったのかもしれないな。
なんて考えていると、男子生徒の1人ーー荒川凌斗ーーが女の子の前までやって来て
「ふざけんじゃねぇ!それじゃあ俺たちはこの国の身勝手な都合で連れて来られて、その上帰ることも出来ねぇってのか!!」
と思いっきり怒鳴りつけた。すると女の子は辛そうに下を俯き、今にも消えてしまいそうな声で「ごめんなさい・・・」と謝っていた。
しかし、その声は聞こえていなかったようで荒川は
「黙ってんじゃねぇよ!!謝罪のひとつもねぇのかてめぇ!!」
と言って拳を振り上げる。流石にまずいと洸輝が止めに入ろうとした時だった。
「おやめなさい」
不意にその拳が掴まれる。見ると先程の男たちの1人のようだ。
・・・って嘘だろう?女の子との距離は5メートルはあるのに、そこを洸輝より早くたどり着くって。 ・・・どうなっているんだ?
すると、その男ーー恐らく騎士だろうーーが荒川に向かって
「いくら勇者様達とは言えど、聖女様に危害を加えようものなら我々もそれ相応の対応をさせていただきます」
そう言い、いつの間にか手に持っていたロングソードを荒川へと突きつける。クラスメイトからは悲鳴が上がり、荒川も腰が抜けて立てなくなっている。
ん?何故かズボンが濡れて居るような。・・・触れないでおこう。
「やめなさい、アレックス!勇者様達はいま突然のことで不安定なっておられるのです。ですからその剣をしまいなさい!」
「しかし聖女様、彼らはーーー」
「いいからしまいなさい!」
「・・・・・・わかりました、聖女様」
そういって騎士ーーアレックスという名前らしいーーは渋々といった様子で剣を収めた。まだ警戒はしているようだが。
そうした後、女の子はこちらに向き直り頭を下げた。
「すみませんでした、勇者の皆様。しかし、ここではしっかりとした話し合いも出来ませんので、今は私たちを信じてどうか付いてきて頂けませんか?お願いします。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
皆押し黙っていた。それもそうだ、いきなり剣を突きつける様な相手についていけるほど豪胆な性格はしていない。
「・・・わかった、取り敢えずは同行しよう」
「八神!?何を言ってるんだ!?」
そこで、洸輝が同行しようと声を上げるが、そこに荒川が食いつく。
まあ、剣を向けられた本人であるから分からなくもないが。
「ついて行けるわけねぇだろ!いきなり人を殺そうとする奴らだぞ?信用できるわけねぇじゃねえか!」
「かと言ってここにずっといる訳にもいかないだろ」
「そうは言っても危ないかもしれねぇじゃねえか!!」
「なら凌斗はここにずっと居ればいいだろ。俺はこんな見知らぬ場所で右も左も分からず野垂れ死にするより、あいつらに同行したほうがまだ希望はあると思ったから同意したんだ。そうじゃねぇか凌斗?」
「確かにそうだけどよぉ・・・」
荒川が怒鳴る様に訴えて来るが、洸輝は淡々と返している。どちらも正論だとは思うが、僕は洸輝の方が今は正しいと思う。
「皆の意見も聞きたい。着いていくか、別の方法をここで探すか。
どちらか選んでくれねぇか」
と洸輝が尋ねて来る。皆周りの人となにやら話しているみたいだが、僕はもちろん答えが決まっているので
「僕は洸輝に賛成」
「私も洸輝に賛成だよ」
と答える。すると七海もほぼ同時答えた。他の人も概ね洸輝に賛成なようで、「俺も」「私も」と声が上がる。不満そうなのは荒川と他数人だけだ。流石のリーダーシップだと思う。
「という事で、お前達について行かせて貰うぜ。信用は出来ねぇけどな」
「それで十分です。ありがとうございます洸輝様。それと私の事は、
リーゼとお呼びください」
そう言ってリーゼと騎士達は歩き出す。僕達もそれについて行った。
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という事があり、ただ今石で出来た階段を登っている最中である。
今は誰も話し始める気配もなく、洸輝もリーゼ達を警戒しているのかずっとリーゼ達を見続けていた。
そんな中、あそこ光がないと思ったら地下にあったんだなぁ。・・・・・・なんで地下に作ったんだろう?普通地上に作らないか?教会って。
なんて割とどうでもいい事を考えているとチョイチョイと服の袖が引かれる。なんだと思い、そちらを見ると七海が何やらこちらを見つめていた。
(どうしたんだ?七海。いつもの元気が無くないか?腹でも痛くなってきたのか?)
(そうじゃないよ。普通に不安なの!ていうか暁はよくそんな平然としていられるね!?いつも通り無気力そうな顔してるし)
(うるさい。無気力そうなのは関係ないだろ。それに僕だって不安だし、緊張もしてるよ。・・・顔には出てないだけで)
(そりゃそうだよね。これからどこに連れていかれるかもわかんないんだし・・・本当、どこに連れていかれるんだろ?この先が処刑場で、いきなり殺されちゃったりするの?!)
(物騒ずぎるだろそれ!?いきなり殺されるなんて事は絶対ない。・・・多分。)
七海はかなり不安なようで、思考が少しぶっ飛んでいる。
まあさっきの光景を見ればそう思っても仕方ないかもしれないが。
(でもさ、いきなり人に剣を向けるような奴らが連れてくとこよ!?もしかしたら安全そうな所へ連れて行って、安心した所を後ろから・・・なんてことがあるかもしれないじゃん!)
(怖いわ!想像しちゃったじゃないか!それにあいつらなら、そんなまどろっこしい事しなくてもさっきの場所で出来たじゃないか)
(そ、そっか。そうだよね、うん。確かにそうだよね。なら大丈夫なの・・・かな?)
(大丈夫だって。それに行き先なら僕が聞いてくるよ。僕も気になるし)
(えぇっ!?ちょっ、暁それは流石にーーーー)
「すみません、リーゼさん。少し良いですか?」
突然話しかけられ、リーゼが驚いた顔をしてこちらに振り返った。
まさかこちらから話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
他のクラスメイトも「あいつ馬鹿か?」とか「死に急ぎ野郎だな」などとコソコソと話し始める。・・・聞こえてるんだがな。
七海にいたってはお経らしきものを読み始めた。・・・なんだかんだ余裕あるよな、七海。
リーゼは最初こそ驚いたものの直ぐに柔和な笑みを浮かべ
「どうかなさいましたか?えっと・・・・・」
「暁です」
「サトル様ですね。えっと、それで何か御用でしょうか?」
「今僕達はどこに向かっているのか知りたくて。地上に向かっているのは分かっているんですが・・・・・・」
「ああ、そういえばその辺の説明をまだしてませんでしたね。いま私たちが向かっているのは聖国シュバルディアの王城です。そこで皆様に詳しい話しをしようかと思っております」
「お、王城、ですか。わかりました、ありがとうございます」
「いえいえ、また分からないことがあったら気軽に聞きに来てくださいね、サトル様」
そうしてリーゼが軽く会釈をし、また前を向き歩き始める。
そんなに悪い人には見えないんだよなぁ、この人。
(暁・・・無事でよかった・・・もう死んじゃうかと・・・)
(・・・七海ってさ、何気にこの状況を楽しんでない?余裕あるよね?)
七海が本当に怖がっているのか先程から甚だ疑問だ。
そうしているうちに僕達の目の前に大きな扉が現れ、リーゼがこちらへ語りかける。
「さあ皆様、王城に到着致しましたので客室へとご案内します。はぐれてしまわないよう、しっかりとついてきてください」
リーゼが大声でこちらに呼びかけると、目の前の扉が開き始めた。
そして僕達は王城へと足を踏み入れるーー
そこはまさに別世界だった。
扉を出て直ぐの広間にはいかにも高級そうな絨毯が敷き詰められていて、その上にはシャンデリアが煌々と明かりを灯している。
さらに廊下には大きな窓が何枚も取り付けてあり、陽の光が優しく廊下を照らしていた。
あまりの現実感のなさに唖然としていると、不意にリーゼ達が足をとめる。どうやら目的地に到着したようだ。
「それでは皆様、ここで我が国の王より詳しい説明をさせていただきますので、中へとお入りください。」
その言葉に皆がさらに緊張した面持ちになる。
僕もいきなり王に会うと言われると、かなり不安になってくる。
「それでは開けてください。アレックス、よろしくお願いします」
そうして扉が開かれ、僕達はその部屋に入っていった。