里見八犬伝 「序章」 為朝昇天 そして次なる勇士の胎動
「またしても我が前に現れたか、為朝よ。やはり貴様は討たねばならぬ様だな」
と、九尾の狐。寒気を感じるほどの殺気だ。
「ほざくが良い。フン……三浦だの千葉だのに討たれたと聞いたが、案の定生きていたか。ふむ。やはり俺が討たねば駄目か」
しかしそれを前に、為朝はニヤリと笑った。
そういや九尾の狐って、陰陽師やら武将やらに討たれて殺生石になったんだっけ?
『うむ、その通りだ。だが、その怨念はまだ生きているらしいな。しぶとい輩だ』
と、崇徳院。怨霊だか妖怪だか分かんねーな、もう。
にしても、ナンでワザワザ沖縄に来たんだ?
「ははは……もはや私は誰にも討てぬ。新たな依り代となる“器”を手に入れたからな」
思案するオレをよそに、九尾の狐が騎乗する獣の様なモノが、ゆっくりと降りて来る。
獣は、どことなく猿っぽい顔をしており、口元には鋭い牙が見える。そして褐色の胴体とふさふさとした長い尾。そして鋭い爪の生えた四肢。
まさかアレは……鵺か! 少々アライグマなんかにも似てる気がするが。
にしても、デカい。まるでヒグマ……いや、ホッキョクグマ以上のサイズだな。
それに……所々腐ってるらしく骨が覗いてる。鵺ゾンビかよ。
いや……それよりも重要なのが、その上に立つ九尾の狐だ。
髪の間から覗く、とがった耳。そして尻のあたりから生えた、金色の九本の尾。
それはまさしく、九尾の狐の証。
しかし、その姿は……
まさか……いや、やはりか!
「……! あの時の女の姿ではない!? それに、何なのだ、あの妙な服は」
と、義兼。
多分、その女も依り代なんだろう。で、今は新しいのに乗り換えた、と。
それはともかく。
『うむ……セナよ。もしかして、兄もいたのか?』
と、崇徳院。
いや、その……
「九尾の狐と聞いて、どんな美女かと期待したけど……なんだ、男か」
そして、阮崇。
ああ、それだけは言っちゃイケナイ!
「ぬぅっ!?」
九尾の狐が戸惑いの声を上げる。そして、
『誰が男かッ!』
「ぐあぁーーっ!?」
何処からともなく降り注ぐ稲妻が、阮崇を直撃した。
黒焦げ&チリチリパーマになって倒れる阮崇。
南無ぅ〜。ムチャシヤガッテ……。あんたのコトは忘れない……多分。
あ……ピクピク動いてるから、まだ生きてるっぽい? 流石百八星の末裔。
にしても……九尾の狐に乗っ取られてるとはな、リナよ……。
つか、ビミョーに乗っ取りきれてねぇ?
『むぅ……余の結界をあっさり貫くとは、……この“力”、恐るべし』
あ……あのー、アンタがビビらんでクダサイ、おっさ……いや上皇サマ。
『う……うむ。覚えておくがいい。特に女性の“念”には気をつけるのだ。古今、それによって傾いた国は、枚挙にいとまがない。例えばあの玉藻前。あの女性の念が、九尾の狐を呼び込んでしまったのだ』
『そうなんスか?』
『我が子を帝にしようという情念。天子であった余ではあるが、それに敗れた結果、全てを失いこのざまだ。……セナよ。いずれ汝の身にも、かような災厄が振りかからぬとも限らぬ』
「肝に命じておきます。サー!」
恐ろしい。女って恐ろしい……。
『それに、だ。今は“怨霊”などと呼ばれる余ではあるが、所詮は死者に過ぎぬ。生きている者の“念”こそ、恐るべきなのだ。そうした化生のものの“糧”となるのが、生者の“想念”あるいは“欲望”。それを失っては、ただの亡者でしかないのだ。ゆめゆめこの事は、忘れてはならぬぞ』
ふ〜む。九尾の狐なんかも、それを恐れたり、崇めたりする人がいるから存在できるのか。
いや……もしかして、神様とかも。
あ……オレたちを本の世界に誘ったアレもそうなんだろうか?
もしかして、“糧”を得るために?
いや、まさか……
などと考えてる間に、鵺ゾンビと、それにまたがる九尾の狐化したリナは浜辺に降り立った。
その胸に揺れるのは、金の鎖に繋がれた翠色の石。
アレ? アイツ、あんなペンダントなんて持ってたっけ?
「ははは……丁度良い。手に入れ損ねたそこの“器”も頂こう」
そしてオレを指差す。
フン、そーカンタンに行くと思うなよ。
『ケッ、その身体ですら満足に乗っ取りきれてないクセに、その無い胸を張るんじゃねェ!』
試しに挑発してやる。
『胸のことはゆーなッ!』
「!」
リナは右手を上げ……そして左手がそれを抑える。
……ふぅ。助かった。
オレは内心胸をなでおろす。
『ふむ……彼奴の支配は不完全ということが。だが……心臓に悪い』
『確かに……』
とはいえ一応予想通りではある。
流石にオレにまで攻撃をかける訳にはいかんだろうしな。手に入れなきゃならん“器”だし。
あ……ついでに言えばオレの心臓なんスけどね。
『それはそうだな。だが、厄介だぞ。支配しきれておらぬとは言え、“器”の“力”は強大だ』
『そうッスね。どうしたら……』
「やらせん!」
と、そこに楊孝、舜天丸、更には義兼、里見らも割って入る。
「邪魔はさせぬ。行くがいい」
リナに宿る九尾の狐が、鵺ゾンビに命じた。
ヤツは咆哮を上げると、身体の周囲に稲妻を撒き散らしつつ、突進を開始。
それを迎撃する楊孝ら。
歴戦の勇者と伝説の怪物が激突した。
白刃と電光が煌めき、砂塵が舞い上がる。
おおっ、血湧き肉躍る戦い! ケド、あんな中に割って入ったら、オレなんぞあっちゅー間にコマ切れだな……。
おっと、それよりも、だ。
リナはオレの方へと歩み寄ってくる。
さて、どーすべ? あの手はあんまし使えんだろうしな。というか、使ってもあんまし意味がねェ。
「飛んで火に入る夏の虫だな。この手で貴様を討ち取る日を心待ちにしていた!」
為朝が剛弓を手に、オレの隣にやってくる。
そして、矢をつがえ……
って、アレ妹なんスけど!? そりゃこっちで死んでも向こうに戻れば死はナシになるケドさ。
でも、ねぇ……
『安心せい。あれは、御嶽の霊木より作られた、破魔矢。邪なるモノにしか、害は与えぬ』
『そうなんスか?』
なら、良いのかもしれんけど……
そして放たれる矢。
が、リナは無造作に手を突き出した。
そして、矢は唐突に砕け散る。
『!?』
見えない力で粉砕された!?
そして、こちらに視線を向けるリナ。
「ぬぅっ!」
「くっ……」
『のわあっ!?』
不可視の衝撃波。
為朝とオレは、まとめて吹き飛ばされる。
「臨・兵・鬥・者・皆・陣・列・前・行!」
洪権が呪いを唱えた。
オカルト系の漫画でよく見るヤツだ!
と、淡い光がリナを包む。
アレは……ヤツの“力”を封じるのか。
しかし、
「ぬるいわ!」
「ぬぅっ!?」
あっさりと光は弾け飛んだ。
「はははははは……なかなかの“力”だよ。だが、“器”を手に入れた我には効かぬ。そしてもう一つの“器”を手に入れれば、我は黄竜となる。そしていずれは天に昇り……」
チッ、いい気になりやがって……。
う〜む、どうすりゃいい? とにかく考えろ!
そうだ。多分、ヤツはオレ達がこの世界に来ることを知り、“器”を手に入れるためにこっちにやって来たんだろうな。
いや待て、そもそも……あの時本が落ちて来たのは偶然なんだろうか?
まさか、とは思うが……
それはともかくこの状況、どうにもならねェのかよ! そうだ。支配力が落ちれば……
ン? そうだ。
『ちょっと口を返してもらいますよ。オレにいい考えがある』
『うむ……分かった』
ナンかビミョーに不安げな口調なんスけど。まぁいいや。
「このヤローッ! “器”を手に入れたからってチョーシに乗ってんじゃねェ! そんなんだからあっちこっちで失敗してるんだよ! ダメなヤツは何度やってもダメなんだ! その辺のコト、その薄ーい胸に手を当てて、よーく考えてみやがれ!」
まずは挑発してみる。
……さて、どう来る? 後でブン殴られるのは覚悟の上だ!
「我を愚弄するか!」
『セナ! あんたはいつも!』
おっしゃ! 乗って来た!
……って、
「うおっ!?」
『ぬわーっ!』
目に見えない衝撃波っぽいものの直撃を受け、思いっきり吹き飛ばされた件。
アイテテテ……
地面に叩きつけられ、頭やら腰やらを打ったよ。
まぁ、大したダメージはないケドさ。
『相変わらず無茶をする』
『結果オーライっす。上手く行った様ですよ。ホラ……』
計画通り。
あの一瞬、リナの身体に九尾の狐がダブって見えたのだ。
「臨・兵・鬥・者・皆・陣・列・前・行! 百八星よ! その御力をかしたまえ」
それを逃さず、洪権が百八星が宿る数珠を投げた。
数珠は宙を飛び、一瞬大きく広がるとリナの身体にはまり込む。そして、胴のあたりを締め付けた。
「ぬぅ……しまった!」
九尾の狐は、苦悶の声を上げる。
効果アリか! 流石百八星の豪傑たち。恩にきるぜ!
にしても……どうする? ヤツはリナに取り憑いたまま……
「崇徳院。お力を借ります」
為朝がこっちにやって来る。
「うむ」
と、崇徳院も応じた。
へ? でもどーすんのさ? なにか良い手でもあるん?
と、思いきや……
いきなり胸倉を掴まれる。
『え? ちょっ……』
えええ? オレを一体どーするん?
と思う間に抱え上げられ……
「この一撃を受けよ、妖賊!」
『待っ、のわーッ!?』
オレを投げつけよった!
ナンっつー怪力。
そして矢の様に宙を飛ぶオレの身体。
まさにそれは、人間魚雷。
「臨兵闘者 皆陣烈在前!」
その状態で、崇徳院は九字を唱える。
さらに両手の指を組み合わせ、何やら“印”を結ぶ。
と、オレの身体は淡い光に包まれ……
そして、
「喰らえ!」
「ぬぅっ!?」
『きゃっ!?』
『あ痛ッ!』
オレはリナに激突した。
ヤツはナニやら結界っぽいのを作ろうとした様だが、それは上手いコト突破したらしい。
そして二人は折り重なって倒れこむ。
アイテテテ……ヒドい目にあった。
オレはリナの上から顔を上げる。
と、
『よくも……』
オレの目前。宙に浮かぶ半透明の女の姿があった。
キツネ色の髪を振り乱した、悪鬼の様な形相だ。
アレは……九尾の狐の本体!?
リナの身体から出てるってコトは……上手く行ったか!
“器”同士をブツけて中身を弾き出すとか、いくらナンでも脳筋すぎる解決策だけどさ〜。
「セナ……」
と、リナの声。正気に戻ったか?
「大丈b……ふごあっ!?」
顎に、拳の一撃。
思いっきり脳を揺さぶられる。
綺麗に顎先を打ち抜かれ、一瞬意識がトびかけた件。
助けといてこれはねェんじゃね?
……が、
「アンタね、いつまで胸触ってんのよ!」
んげっ! ガッツリ触ってたというね。
慌てて離れる。
おおう。全く気づかなんだ、すまなんだ。あんまし嬉しくないケドね。肉薄いもんなー。
や、ナンデモンナイヨ?
っと、気がつけば身体の自由が効くな。
『うむむ……女性というものはもっと、もっとこう……』
そして脳裏に響く崇徳院の“声”。
『つか上皇サマ、それ以上はヤメといた方がいいっす』
『ウ……ム、そうか。……それはそうと、少し口を借りるぞ』
『どうぞ』
『では……』
崇徳院の指示で、オレは顔を九尾の狐に向ける。
そして、
「もはや“器”に取り憑くことなど出来ぬぞ! 玉藻前よ、覚悟を決めるが良い!」
リナには百八星の数珠。
そしてオレの中には崇徳院。
さて、どうする?
ン? ヤツの尾が減ってる……つか、一本だけ?
おっ、気がつけば数珠の玉が8つほど巨大化してんな。
あ……そうか! “力”をコレに吸い取られたのか。
尾が減ってるって事は、それだけ“力”が落ちてる訳だしな。
へへっ、そろそろツミか? さて、どうする?
……おっと!?
いきなりその姿がかき消えた。
ン? 逃げたか!?
いや……アレは!
翠色の石が宙を飛んで行く。そうか……
「為朝、あれが彼奴の本体だ!」
「ぬぅ!?」
オレ――の口を借りた崇徳院――の声に為朝が矢をつがえる。だが、それより一足先にその石は……
「ゴアアアアッ!」
凄まじい咆哮が上がった。
鵺ゾンビだ。
さっきの石をその身体に入り込んだのだ。
直後、その身体に変化が現れる。
肉が裂け、骨が軋む。
爪や牙はさらに巨大化し、体毛の間からはウロコやトゲが現れる。
そしても一つ。肩口から小さな角の生えた、龍っぽい頭がもう一つ生えた。
「あれは……矇雲の!」
と、舜天丸。
ってコトは、もしかしてリナをさらった矇雲の首が鵺に合体してるんかな。
それはともかく、変貌した姿はまさに……
「まるでキメラじゃねーか!」
オレは思わず叫んだ。
そう呼んでも差し支えのない怪物だ。いや、怪獣?
「チッ……あと一息という所で!」
楊孝が歯噛みする。
確かに先刻までのヤツは、アチコチ切り裂かれてかなり動きが鈍っていたが……
う〜む。ゲームでよくある、変身したらHP全快ってヤツ?
そういうのってラスボスの特権か。
まぁ変身したってコトは、追い詰めた証ではある訳だが……
『はははははは……最早こうなれば、貴様達をまとめて滅するのみ!』
ヲイ、道連れにするつもりかよ!
……って、
「うおっとぉ!」
慌ててバックジャンプ。
ヤツめ、火ィ吹きやがったぁ!? もう少し反応が遅れてたら黒焦げだったぜ。
さらに首を横に振り、寄せ手を焼きはらおうとする。
何人かの兵士が逃げ遅れ、火だるまに。仲間が引きずって離脱し、海に投げ込んだりしてるが……大丈夫だろうか?
『ぬぅ……また身体を借りるぞ!』
と、崇徳院。
おkっすー。やっちゃって下さい、上皇サマ!
「では……雷よ!」
そしてその念に応じたのか、天から飛来した稲妻が鵺ゾンビキメラを撃った。
と、その身体が硬直する。
怪物っつっても筋肉はあるか。
だが……
『クカカ……この程度!』
すぐに復活しよった。
そして、ヤツの肩に突き立つ矢。
為朝の強弓から放たれたモノだ。
たった一撃にも関わらず、肉を大きく抉り、ふき飛ばす。
……矢の着弾とは思えねェ。まるで大口径のライフルの着弾。
ケド、すぐにその傷口の肉が盛り上がり始めやがった。
バケモノめ!
楊孝の吹毛剣も、ウロコに阻まれてなかなか肉まで切り込めん。
舜天丸や義兼の怪力で振るう太刀もまた、なかなかダメージが通らんようだ。
里見の弓も、急所と思しき場所に命中してはいるものの、ウロコなどに阻まれ、奥まで貫き通せていない。
『むぅ……埒があかんな』
崇徳院が呻いた。
う〜む、どうするよ。とはいえおそらくはあと一歩。もうひと押しだろう。
しかし、それが遠いか。
「セナ。いい手があるわ。この数珠が教えてくれた」
と、リナ。
いつのまにか胴を締め付けていた数珠が、その手にあるな。
「……と、いうと?」
「私達は“太極の器”。この身体に宿る“力”を使えば……」
『なるほどな。黄竜は黄帝と同一視される事もある。そして、黄帝が弓矢を発明したという伝説も、耳にしたことがあるな』
と、崇徳院。
へぇ〜 へぇ〜 へぇ〜
……それはともかく。
リナはしゃがむと、足元の土を手にひとすくい。
そして、
「セナ、手を」
「お……おう」
リナが、土を握ったてを差し出す。オレは戸惑いつつもその上に手を重ねる。
そして、
「“力”を!」
「お……おう!」
崇徳院のおかげで、“力”を使うコツは何となく分かった。
そして、オレに宿る“器”の“力”を注ぎ込んだ。
と、同時にリナが持つ数珠も光を放つ。
おっ、百八星も力を貸してくれるのか!
『では、余も』
と、崇徳院。ありがたい。
とてつもない“力”が手の中に集中するのを感じる。
まるで灼熱の火球を握っているようだ。
そして現れたのは、金色に輝く一本の矢。
「おお……これは見事な。黄竜が象徴するのは五行の“土”。その“力”を秘めた矢ですな」
と、洪権。
うむむ。だから土を使ったのか。
そしてリナは金の矢を手に、為朝の元へ向かう。
「為朝様! “黄竜の矢”です。これをお使い下さい」
「おう、リナとやら。そなたも無事で何よりだ! では、ありがたく使わせていただく!」
為朝は矢を受け取ると、それを弓につがえる。
そしてそれを見つめるリナ。
ヲイ、リナよ……ナンか目にハートマークが見えるんスけど。
そういや、あーいう背の高いイケメンが好みなんだっけ、アイツ。
でも、アレは子持ちのオッサンだぜ?
……ケッ!
そして為朝は、ひとしきり祈りの言葉を口にした。
と。その身体もまた神々しい金色の輝きをまとう。そして熱気を感じるほどの“力”。
そして……引き絞った矢が放たれた。
矢は金色の光の軌跡を残して流星のごとく飛び、そして鵺の胸を射抜く。
『ガアアアアアアアアッ!』
そして、絶叫。
胸には巨大な風穴が空いた。
もう……その傷がふさがる事はない。
「今だ!」
その機を逃さず、舜天丸以下の勇士達が白刃を煌めかせ、斬りかかった。
そして、閃く幾多の白刃。
『おのれ……オ・ノー・レー!』
元九尾の狐の苦悶の声。
そして為朝が歩み寄ると、腰の太刀を抜き、天に掲げる。
「今こそ天下の妖賊を討ち果たす時! 鎮西八郎為朝の刃を受けよ!」
氷のごとき白刃が、白い軌跡を残して疾った。
その刃から舞い散る清冽な水飛沫。
おお……あれが村雨か。
『バ……カ……な……ッ!』
そして、その一太刀を受けた鵺ゾンビキメラの二つの首がゆっくり落ちた。
やがてその身体は煙を上げつつ崩れ落ち、後には小さな骨の山が残る。
もはや、動くものはない。
これで、終わりか。
……ん?
その骨の中に、翠色に光る“何か”があった。
歩み寄り、拾い上げてみる。
それは、10面ダイスの様な形をした、透明な石。
確か、九尾の狐に乗っ取られたリナの胸にそんな石があったな。多分、これがその石なんだろう。
『ふむ。おそらくはそれが“殺生石”の欠片。九尾の狐の依代であろう』
「なるほど……」
『そして、それがセナ達の求める“あいてむ”ではないか?』
と、崇徳院。
ああ、そうかもしれない。ってコトは、目的を果たした訳だ。
つか、記憶読まれてる!?
や、気にしない、キニシナイ。
「っしゃ!」
「やったね!」
開き直ることにしたオレは、リナとハイタッチを交わす。
つか、手を思いっきり上に挙げるんじゃねェ!
『うむ。めでたしめでたし、だ』
そして崇徳院はオレの身体を離れた。
『では為朝よ。そろそろ行こうではないか』
「御意」
ん? どこへ?
……などと思っていたら、どこからともなく紫雲が現れた。
そして、海上には蜃気楼の様な“何か”。
「あれは……まさかニライカナイ!?」
為朝に付き従っていた少年の一人がつぶやく。
聞いた所、沖縄神話での理想郷みたいなものである様だ。あるいは、竜宮城か。
ってコトは、まさか……
為朝は、崇徳院の霊とともに雲へと歩み寄る。
「父上!」
「どこへ行かれるのです、父上!」
舜天丸と義兼が駆け寄った。
思わずリナも駆け寄ろうとするが、それは止めた。
親子の別れを邪魔するわけにはいかんだろう。
「舜天丸よ。お前はもう立派な男だ。この地の者たちと共に生きるがよい。そして朝稚……いや、今は義兼か。立派になったな。養父となってくれた義康殿には感謝せねばな。そうだ。これをやろう」
と、為朝は腰の太刀を外し、義兼に手渡す。
「これは村雨。源氏重代の宝剣だ」
「はい。この刀に恥じぬ様、精進いたします」
村雨を受け取り、義兼は深々と頭を下げる。
「うむ。そして舜天丸よ。この弓を」
「はい。父上……」
舜天丸は弓を受け取ると、涙を拭う。
身体は大人並みではあるが、やはりまだ少年か。
「では、さらばだ。皆のもの。またいつか、あの世で会おうぞ!」
そして為朝と崇徳院は雲に乗ると、海の彼方へと去っていった。
それと同時に蜃気楼は消え、何もなかったかの様な平穏な海に戻っていた。
オレたちはその光景を眺めていた。
飽きもせず、いつまでも。
――翌日
海に浮かぶ多数の船。
その中に、ひときわ大きな船があった。
それは梁山泊勢が乗ってきた船、混江龍号。
とりあえずの修復を終えて航行可能になったため、“禍”が討たれたことの報告をするべく一度台湾へと戻るそうだ。
その甲板上で、チリチリパーマのままの阮崇が出航準備の指揮を取っている。
「またこちらに遊びに来て下さい」
「ああ。次はきちんとした使節として来ることになるかもな」
浜辺では楊孝と舜天丸が声を交わしていた。
おそらくはこの後に新たな王をいただく琉球王国、そして新梁山泊。
両者は良好な関係を築くだろう。
そういえばあの洪権は、朝廷軍とともに日本へ向かうそうな。
『百八星の数珠と御仏の導き』だとか。
「舜天丸。では、我々も行く」
その朝廷軍の指揮官、義兼と里見が歩み寄って来る。
「兄上。どうかお身体に気をつけて」
「ああ。舜天丸もな」
言葉を交わす兄弟。
おそらくはこれが今生の別れとなるか。確か、すぐこのあとは戦乱の時代のはずだ。平家が滅び、鎌倉幕府が成立するはず。はたして義兼達はどうなるのか……
「どっちも捨てがたいよね……」
ヲイ、リナよ……
まぁ、両者ともにイケメンかつ高身長。リナが惚れるのも仕方ないか……。
フン。
「それよりも、そろそろ時間じゃない?」
「ああ、そうか」
そういえば、そろそろタイムリミットか。
気がつけば、オレたちの身体が次第に透けて行く。
異変に気付いたその場の人々が、オレたちに駆け寄る。
「そろそろオレたちは帰ります! 名残惜しいけど、皆さんお元気で〜!」
とりあえず彼らに別れの挨拶。
そして彼らが見守る中、オレたちは元の世界へと帰還した。
――のち
帰還したオレは、リナとともに出会った人々の足跡について調べてみる事にした。
まずは舜天丸。彼ははやがて22歳で琉球王舜天となり、善政をひいて長く世を治めたという。
一方、楊孝たちについては、何も分からない。が、そうカンタンには滅びないだろう。何せあの百八星の子孫である。もしかしたら後世の倭寇たちの中にも、彼らの子孫の姿があったかもしれない。
足利義兼は、里見義成とともに源頼朝の挙兵に馳せ参じ、その幕臣となった。
そして義兼の子孫である尊氏が、室町幕府を開くことになるわけだ。
その尊氏の子の一人足利基氏が、関東に下向して関東公方となるわけだが……その子孫足利持氏が所有する宝剣としてあの村雨があった。
そう。里見八犬伝に出て来る、村雨だ。
里見といえば、里見義成の子孫である里見義実が安房に入る訳だが、その元に集まるのが八剣士。その中に、村雨を手にした犬塚信乃の姿があった。
八剣士の持つ霊玉は、伏姫が持っていた数珠の中の大玉な訳だが……もしかしたら、それは百八星が宿ったあの数珠であったのかもしれない。
……ふ〜む。
また、彼らにあってみたい気もする。
さて、次の本はどうしたモンかねェ……。
――取得アイテム
・殺生石のかけら
目的のアイテム。ヒスイあるいはカンラン石に似た、翠色の石。ねじれ双角錐の10面体。九尾の狐が宿っていた。ヒトの強い思惟あるいは情念を物理的な力に変換する性質を持つ。