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里見八犬伝 「序章」 為朝昇天 そして次なる勇士の胎動

「またしても我が前に現れたか、為朝よ。やはり貴様は討たねばならぬ様だな」


 と、九尾の狐。寒気を感じるほどの殺気だ。


「ほざくが良い。フン……三浦だの千葉だのに討たれたと聞いたが、案の定生きていたか。ふむ。やはり俺が討たねば駄目か」


 しかしそれを前に、為朝はニヤリと笑った。

 そういや九尾の狐って、陰陽師(おんみょうじ)やら武将やらに討たれて殺生石(せっしょういわ)になったんだっけ?


『うむ、その通りだ。だが、その怨念はまだ生きているらしいな。しぶとい輩だ』


 と、崇徳院。怨霊だか妖怪だか分かんねーな、もう。

 にしても、ナンでワザワザ沖縄に来たんだ?


「ははは……もはや私は誰にも討てぬ。新たな依り代となる“器”を手に入れたからな」


 思案するオレをよそに、九尾の狐が騎乗する獣の様なモノが、ゆっくりと降りて来る。



 獣は、どことなく猿っぽい顔をしており、口元には鋭い牙が見える。そして褐色の胴体とふさふさとした長い尾。そして鋭い爪の生えた四肢。

 まさかアレは……(ぬえ)か! 少々アライグマなんかにも似てる気がするが。

 にしても、デカい。まるでヒグマ……いや、ホッキョクグマ以上のサイズだな。

 それに……所々腐ってるらしく骨が覗いてる。鵺ゾンビかよ。



 いや……それよりも重要なのが、その上に立つ九尾の狐だ。

 髪の間から覗く、とがった耳。そして尻のあたりから生えた、金色の九本の尾。

 それはまさしく、九尾の狐の証。

 しかし、その姿は……

 まさか……いや、やはりか!


「……! あの時の女の姿ではない!? それに、何なのだ、あの妙な服は」


 と、義兼。

 多分、その女も依り代なんだろう。で、今は新しいのに乗り換えた、と。

 それはともかく。


『うむ……セナよ。もしかして、兄もいたのか?』


 と、崇徳院。

 いや、その……


「九尾の狐と聞いて、どんな美女かと期待したけど……なんだ、男か」


 そして、阮崇。

 ああ、それだけは言っちゃイケナイ!


「ぬぅっ!?」


 九尾の狐が戸惑いの声を上げる。そして、


『誰が男かッ!』

「ぐあぁーーっ!?」


 何処からともなく降り注ぐ稲妻が、阮崇を直撃した。

 黒焦げ&チリチリパーマになって倒れる阮崇。

 南無ぅ〜。ムチャシヤガッテ……。あんたのコトは忘れない……多分。

 あ……ピクピク動いてるから、まだ生きてるっぽい? 流石百八星の末裔。

 にしても……九尾の狐に乗っ取られてるとはな、リナよ……。

 つか、ビミョーに乗っ取りきれてねぇ?


『むぅ……余の結界をあっさり貫くとは、……この“力”、恐るべし』


 あ……あのー、アンタがビビらんでクダサイ、おっさ……いや上皇サマ。


『う……うむ。覚えておくがいい。特に女性(にょしょう)の“念”には気をつけるのだ。古今、それによって傾いた国は、枚挙にいとまがない。例えばあの玉藻前(たまものまえ)。あの女性(にょしょう)の念が、九尾の狐を呼び込んでしまったのだ』

『そうなんスか?』

『我が子を帝にしようという情念。天子であった余ではあるが、それに敗れた結果、全てを失いこのざまだ。……セナよ。いずれ汝の身にも、かような災厄が振りかからぬとも限らぬ』

「肝に命じておきます。サー!」


 恐ろしい。女って恐ろしい……。


『それに、だ。今は“怨霊”などと呼ばれる余ではあるが、所詮は死者に過ぎぬ。生きている者の“念”こそ、恐るべきなのだ。そうした化生のものの“(かて)”となるのが、生者の“想念”あるいは“欲望”。それを失っては、ただの亡者でしかないのだ。ゆめゆめこの事は、忘れてはならぬぞ』


 ふ〜む。九尾の狐なんかも、それを恐れたり、崇めたりする人がいるから存在できるのか。

 いや……もしかして、神様とかも。

 あ……オレたちを本の世界に誘ったアレもそうなんだろうか?

 もしかして、“糧”を得るために?

 いや、まさか……



 などと考えてる間に、鵺ゾンビと、それにまたがる九尾の狐化したリナは浜辺に降り立った。

 その胸に揺れるのは、金の鎖に繋がれた翠色の石。

 アレ? アイツ、あんなペンダントなんて持ってたっけ?


「ははは……丁度良い。手に入れ損ねたそこの“器”も頂こう」


 そしてオレを指差す。

 フン、そーカンタンに行くと思うなよ。


『ケッ、その身体ですら満足に乗っ取りきれてないクセに、その無い胸を張るんじゃねェ!』


 試しに挑発してやる。


『胸のことはゆーなッ!』

「!」


 リナは右手を上げ……そして左手がそれを抑える。

 ……ふぅ。助かった。

 オレは内心胸をなでおろす。


『ふむ……彼奴の支配は不完全ということが。だが……心臓に悪い』

『確かに……』


 とはいえ一応予想通りではある。

 流石にオレにまで攻撃をかける訳にはいかんだろうしな。手に入れなきゃならん“器”だし。

 あ……ついでに言えばオレの心臓なんスけどね。


『それはそうだな。だが、厄介だぞ。支配しきれておらぬとは言え、“器”の“力”は強大だ』

『そうッスね。どうしたら……』

「やらせん!」


 と、そこに楊孝、舜天丸、更には義兼、里見らも割って入る。


「邪魔はさせぬ。行くがいい」


 リナに宿る九尾の狐が、鵺ゾンビに命じた。

 ヤツは咆哮を上げると、身体の周囲に稲妻を撒き散らしつつ、突進を開始。

 それを迎撃する楊孝ら。

 歴戦の勇者と伝説の怪物が激突した。

 白刃と電光が煌めき、砂塵が舞い上がる。

 おおっ、血湧き肉躍る戦い! ケド、あんな中に割って入ったら、オレなんぞあっちゅー間にコマ切れだな……。



 おっと、それよりも、だ。

 リナはオレの方へと歩み寄ってくる。

 さて、どーすべ? あの手はあんまし使えんだろうしな。というか、使ってもあんまし意味がねェ。


「飛んで火に入る夏の虫だな。この手で貴様を討ち取る日を心待ちにしていた!」


 為朝が剛弓を手に、オレの隣にやってくる。

 そして、矢をつがえ……

 って、アレ妹なんスけど!? そりゃこっちで死んでも向こうに戻れば死はナシになるケドさ。

 でも、ねぇ……


『安心せい。あれは、御嶽(ウタキ)の霊木より作られた、破魔矢。邪なるモノにしか、害は与えぬ』

『そうなんスか?』


 なら、良いのかもしれんけど……

 そして放たれる矢。



 が、リナは無造作に手を突き出した。

 そして、矢は唐突に砕け散る。


『!?』


 見えない力で粉砕された!?

 そして、こちらに視線を向けるリナ。


「ぬぅっ!」

「くっ……」

『のわあっ!?』


 不可視の衝撃波。

 為朝とオレは、まとめて吹き飛ばされる。


(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ぜん)(ぎょう)!」


 洪権が(まじな)いを唱えた。

 オカルト系の漫画でよく見るヤツだ!

 と、淡い光がリナを包む。

 アレは……ヤツの“力”を封じるのか。

 しかし、


「ぬるいわ!」

「ぬぅっ!?」


 あっさりと光は弾け飛んだ。


「はははははは……なかなかの“力”だよ。だが、“器”を手に入れた我には効かぬ。そしてもう一つの“器”を手に入れれば、我は黄竜となる。そしていずれは天に昇り……」


 チッ、いい気になりやがって……。

 う〜む、どうすりゃいい? とにかく考えろ!

 そうだ。多分、ヤツはオレ達がこの世界に来ることを知り、“器”を手に入れるためにこっちにやって来たんだろうな。

 いや待て、そもそも……あの時本が落ちて来たのは偶然なんだろうか?

 まさか、とは思うが……

 それはともかくこの状況、どうにもならねェのかよ! そうだ。支配力が落ちれば……

 ン? そうだ。


『ちょっと口を返してもらいますよ。オレにいい考えがある』

『うむ……分かった』


 ナンかビミョーに不安げな口調なんスけど。まぁいいや。


「このヤローッ! “器”を手に入れたからってチョーシに乗ってんじゃねェ! そんなんだからあっちこっちで失敗してるんだよ! ダメなヤツは何度やってもダメなんだ! その辺のコト、その薄ーい胸に手を当てて、よーく考えてみやがれ!」


 まずは挑発してみる。

 ……さて、どう来る? 後でブン殴られるのは覚悟の上だ!


「我を愚弄するか!」

『セナ! あんたはいつも!』


 おっしゃ! 乗って来た!

 ……って、


「うおっ!?」

『ぬわーっ!』


 目に見えない衝撃波っぽいものの直撃を受け、思いっきり吹き飛ばされた件。

 アイテテテ……

 地面に叩きつけられ、頭やら腰やらを打ったよ。

 まぁ、大したダメージはないケドさ。


『相変わらず無茶をする』

『結果オーライっす。上手く行った様ですよ。ホラ……』


 計画通り。

 あの一瞬、リナの身体に九尾の狐がダブって見えたのだ。


「臨・兵・鬥・者・皆・陣・列・前・行! 百八星よ! その御力をかしたまえ」


 それを逃さず、洪権が百八星が宿る数珠を投げた。

 数珠は宙を飛び、一瞬大きく広がるとリナの身体にはまり込む。そして、胴のあたりを締め付けた。


「ぬぅ……しまった!」


 九尾の狐は、苦悶の声を上げる。

 効果アリか! 流石百八星の豪傑たち。恩にきるぜ!

 にしても……どうする? ヤツはリナに取り()いたまま……


「崇徳院。お力を借ります」


 為朝がこっちにやって来る。


「うむ」


 と、崇徳院も応じた。

 へ? でもどーすんのさ? なにか良い手でもあるん?

 と、思いきや……

 いきなり胸倉を掴まれる。


『え? ちょっ……』


 えええ? オレを一体どーするん?

 と思う間に抱え上げられ……


「この一撃を受けよ、妖賊!」

『待っ、のわーッ!?』


 オレを投げつけよった!

 ナンっつー怪力。

 そして矢の様に宙を飛ぶオレの身体。

 まさにそれは、人間魚雷。


臨兵闘者りん・びょう・とう・じゃ 皆陣烈在前かい・じん・れつ・ざい・ぜん!」


 その状態で、崇徳院は九字を唱える。

 さらに両手の指を組み合わせ、何やら“印”を結ぶ。

 と、オレの身体は淡い光に包まれ……

 そして、


「喰らえ!」

「ぬぅっ!?」

『きゃっ!?』

『あ痛ッ!』


 オレはリナに激突した。

 ヤツはナニやら結界っぽいのを作ろうとした様だが、それは上手いコト突破したらしい。

 そして二人は折り重なって倒れこむ。

 アイテテテ……ヒドい目にあった。

 オレはリナの上から顔を上げる。

 と、


『よくも……』


 オレの目前。宙に浮かぶ半透明の女の姿があった。

 キツネ色の髪を振り乱した、悪鬼の様な形相だ。

 アレは……九尾の狐の本体!?

 リナの身体から出てるってコトは……上手く行ったか!

 “器”同士をブツけて中身を弾き出すとか、いくらナンでも脳筋すぎる解決策だけどさ〜。


「セナ……」


 と、リナの声。正気に戻ったか?


「大丈b……ふごあっ!?」


 顎に、拳の一撃。

 思いっきり脳を揺さぶられる。

 綺麗に顎先を打ち抜かれ、一瞬意識がトびかけた件。

 助けといてこれはねェんじゃね?

 ……が、


「アンタね、いつまで胸触ってんのよ!」


 んげっ! ガッツリ触ってたというね。

 慌てて離れる。

 おおう。全く気づかなんだ、すまなんだ。あんまし嬉しくないケドね。肉薄いもんなー。

 や、ナンデモンナイヨ?

 っと、気がつけば身体の自由が効くな。


『うむむ……女性(にょしょう)というものはもっと、もっとこう……』


 そして脳裏に響く崇徳院の“声”。


『つか上皇サマ、それ以上はヤメといた方がいいっす』

『ウ……ム、そうか。……それはそうと、少し口を借りるぞ』

『どうぞ』

『では……』


 崇徳院の指示で、オレは顔を九尾の狐に向ける。

 そして、


「もはや“器”に取り憑くことなど出来ぬぞ! 玉藻前よ、覚悟を決めるが良い!」


 リナには百八星の数珠。

 そしてオレの中には崇徳院。

 さて、どうする?

 ン? ヤツの尾が減ってる……つか、一本だけ?

 おっ、気がつけば数珠の玉が8つほど巨大化してんな。

 あ……そうか! “力”をコレに吸い取られたのか。

 尾が減ってるって事は、それだけ“力”が落ちてる訳だしな。

 へへっ、そろそろツミか? さて、どうする?

 ……おっと!?

 いきなりその姿がかき消えた。

 ン? 逃げたか!?

 いや……アレは!


 翠色の石が宙を飛んで行く。そうか……


「為朝、あれが彼奴の本体だ!」

「ぬぅ!?」


 オレ――の口を借りた崇徳院――の声に為朝が矢をつがえる。だが、それより一足先にその石は……


「ゴアアアアッ!」


 凄まじい咆哮が上がった。

 鵺ゾンビだ。

 さっきの石をその身体に入り込んだのだ。

 直後、その身体に変化が現れる。

 肉が裂け、骨が軋む。

 爪や牙はさらに巨大化し、体毛の間からはウロコやトゲが現れる。

 そしても一つ。肩口から小さな角の生えた、龍っぽい頭がもう一つ生えた。


「あれは……矇雲の!」


 と、舜天丸。

 ってコトは、もしかしてリナをさらった矇雲の首が鵺に合体してるんかな。

 それはともかく、変貌した姿はまさに……


「まるでキメラじゃねーか!」


 オレは思わず叫んだ。

 そう呼んでも差し支えのない怪物だ。いや、怪獣?


「チッ……あと一息という所で!」


 楊孝が歯噛みする。

 確かに先刻までのヤツは、アチコチ切り裂かれてかなり動きが鈍っていたが……

 う〜む。ゲームでよくある、変身したらHP全快ってヤツ?

 そういうのってラスボスの特権か。

 まぁ変身したってコトは、追い詰めた証ではある訳だが……


『はははははは……最早こうなれば、貴様達をまとめて滅するのみ!』


 ヲイ、道連れにするつもりかよ!

 ……って、


「うおっとぉ!」


 慌ててバックジャンプ。

 ヤツめ、火ィ吹きやがったぁ!? もう少し反応が遅れてたら黒焦げだったぜ。

 さらに首を横に振り、寄せ手を焼きはらおうとする。

 何人かの兵士が逃げ遅れ、火だるまに。仲間が引きずって離脱し、海に投げ込んだりしてるが……大丈夫だろうか?


『ぬぅ……また身体を借りるぞ!』


 と、崇徳院。

 おkっすー。やっちゃって下さい、上皇サマ!


「では……雷よ!」


 そしてその念に応じたのか、天から飛来した稲妻が鵺ゾンビキメラを撃った。

 と、その身体が硬直する。

 怪物っつっても筋肉はあるか。

 だが……


『クカカ……この程度!』


 すぐに復活しよった。

 そして、ヤツの肩に突き立つ矢。

 為朝の強弓から放たれたモノだ。

 たった一撃にも関わらず、肉を大きく抉り、ふき飛ばす。

 ……矢の着弾とは思えねェ。まるで大口径のライフルの着弾。

 ケド、すぐにその傷口の肉が盛り上がり始めやがった。

 バケモノめ!

 楊孝の吹毛剣も、ウロコに阻まれてなかなか肉まで切り込めん。

 舜天丸や義兼の怪力で振るう太刀もまた、なかなかダメージが通らんようだ。

 里見の弓も、急所と思しき場所に命中してはいるものの、ウロコなどに阻まれ、奥まで貫き通せていない。


『むぅ……(らち)があかんな』


 崇徳院が呻いた。

 う〜む、どうするよ。とはいえおそらくはあと一歩。もうひと押しだろう。

 しかし、それが遠いか。


「セナ。いい手があるわ。この数珠が教えてくれた」


 と、リナ。

 いつのまにか胴を締め付けていた数珠が、その手にあるな。


「……と、いうと?」

「私達は“太極の器”。この身体に宿る“力”を使えば……」

『なるほどな。黄竜は黄帝と同一視される事もある。そして、黄帝が弓矢を発明したという伝説も、耳にしたことがあるな』


 と、崇徳院。

 へぇ〜 へぇ〜 へぇ〜

 ……それはともかく。


 リナはしゃがむと、足元の土を手にひとすくい。

 そして、


「セナ、手を」

「お……おう」


 リナが、土を握ったてを差し出す。オレは戸惑いつつもその上に手を重ねる。

 そして、


「“力”を!」

「お……おう!」


 崇徳院のおかげで、“力”を使うコツは何となく分かった。

 そして、オレに宿る“器”の“力”を注ぎ込んだ。

 と、同時にリナが持つ数珠も光を放つ。

 おっ、百八星も力を貸してくれるのか!


『では、余も』


 と、崇徳院。ありがたい。



 とてつもない“力”が手の中に集中するのを感じる。

 まるで灼熱の火球を握っているようだ。

 そして現れたのは、金色に輝く一本の矢。


「おお……これは見事な。黄竜が象徴するのは五行の“土”。その“力”を秘めた矢ですな」


 と、洪権。

 うむむ。だから土を使ったのか。

 そしてリナは金の矢を手に、為朝の元へ向かう。


「為朝様! “黄竜の矢”です。これをお使い下さい」

「おう、リナとやら。そなたも無事で何よりだ! では、ありがたく使わせていただく!」


 為朝は矢を受け取ると、それを弓につがえる。

 そしてそれを見つめるリナ。

 ヲイ、リナよ……ナンか目にハートマークが見えるんスけど。

 そういや、あーいう背の高いイケメンが好みなんだっけ、アイツ。

 でも、アレは子持ちのオッサンだぜ?

 ……ケッ!



 そして為朝は、ひとしきり祈りの言葉を口にした。

 と。その身体もまた神々しい金色の輝きをまとう。そして熱気を感じるほどの“力”。

 そして……引き絞った矢が放たれた。

 矢は金色の光の軌跡を残して流星のごとく飛び、そして鵺の胸を射抜く。


『ガアアアアアアアアッ!』


 そして、絶叫。

 胸には巨大な風穴が空いた。

 もう……その傷がふさがる事はない。


「今だ!」


 その機を逃さず、舜天丸以下の勇士達が白刃を煌めかせ、斬りかかった。

 そして、閃く幾多の白刃。


『おのれ……オ・ノー・レー!』


 元九尾の狐の苦悶(くもん)の声。

 そして為朝が歩み寄ると、腰の太刀を抜き、天に掲げる。


「今こそ天下の妖賊を討ち果たす時! 鎮西八郎為朝の刃を受けよ!」


 氷のごとき白刃が、白い軌跡を残して疾った。

 その刃から舞い散る清冽な水飛沫。

 おお……あれが村雨か。


『バ……カ……な……ッ!』


 そして、その一太刀を受けた鵺ゾンビキメラの二つの首がゆっくり落ちた。

 やがてその身体は煙を上げつつ崩れ落ち、後には小さな骨の山が残る。

 もはや、動くものはない。

 これで、終わりか。



 ……ん?

 その骨の中に、翠色に光る“何か”があった。

 歩み寄り、拾い上げてみる。

 それは、10面ダイスの様な形をした、透明な石。

 確か、九尾の狐に乗っ取られたリナの胸にそんな石があったな。多分、これがその石なんだろう。


『ふむ。おそらくはそれが“殺生石”の欠片。九尾の狐の依代であろう』

「なるほど……」

『そして、それがセナ達の求める“あいてむ”ではないか?』


 と、崇徳院。

 ああ、そうかもしれない。ってコトは、目的を果たした訳だ。

 つか、記憶読まれてる!?

 や、気にしない、キニシナイ。


「っしゃ!」

「やったね!」


 開き直ることにしたオレは、リナとハイタッチを交わす。

 つか、手を思いっきり上に挙げるんじゃねェ!


『うむ。めでたしめでたし、だ』


 そして崇徳院はオレの身体を離れた。


『では為朝よ。そろそろ行こうではないか』

「御意」


 ん? どこへ?

 ……などと思っていたら、どこからともなく紫雲が現れた。

 そして、海上には蜃気楼の様な“何か”。


「あれは……まさかニライカナイ!?」


 為朝に付き従っていた少年の一人がつぶやく。

 聞いた所、沖縄神話での理想郷みたいなものである様だ。あるいは、竜宮城か。

 ってコトは、まさか……

 為朝は、崇徳院の霊とともに雲へと歩み寄る。


「父上!」

「どこへ行かれるのです、父上!」


 舜天丸と義兼が駆け寄った。

 思わずリナも駆け寄ろうとするが、それは止めた。

 親子の別れを邪魔するわけにはいかんだろう。


「舜天丸よ。お前はもう立派な男だ。この地の者たちと共に生きるがよい。そして朝稚ともわか……いや、今は義兼か。立派になったな。養父となってくれた義康殿には感謝せねばな。そうだ。これをやろう」


 と、為朝は腰の太刀を外し、義兼に手渡す。


「これは村雨。源氏重代の宝剣だ」

「はい。この刀に恥じぬ様、精進いたします」


 村雨を受け取り、義兼は深々と頭を下げる。


「うむ。そして舜天丸よ。この弓を」

「はい。父上……」


 舜天丸は弓を受け取ると、涙を拭う。

 身体は大人並みではあるが、やはりまだ少年か。


「では、さらばだ。皆のもの。またいつか、あの世で会おうぞ!」


 そして為朝と崇徳院は雲に乗ると、海の彼方へと去っていった。

 それと同時に蜃気楼は消え、何もなかったかの様な平穏な海に戻っていた。

 オレたちはその光景を眺めていた。

 飽きもせず、いつまでも。



――翌日

 海に浮かぶ多数の船。

 その中に、ひときわ大きな船があった。

 それは梁山泊勢が乗ってきた船、混江龍号。

 とりあえずの修復を終えて航行可能になったため、“禍”が討たれたことの報告をするべく一度台湾へと戻るそうだ。

 その甲板上で、チリチリパーマのままの阮崇が出航準備の指揮を取っている。



「またこちらに遊びに来て下さい」

「ああ。次はきちんとした使節として来ることになるかもな」


 浜辺では楊孝と舜天丸が声を交わしていた。

 おそらくはこの後に新たな王をいただく琉球王国、そして新梁山泊。

 両者は良好な関係を築くだろう。

 そういえばあの洪権は、朝廷軍とともに日本へ向かうそうな。

 『百八星の数珠と御仏の導き』だとか。


「舜天丸。では、我々も行く」


 その朝廷軍の指揮官、義兼と里見が歩み寄って来る。


「兄上。どうかお身体に気をつけて」

「ああ。舜天丸もな」


 言葉を交わす兄弟。

 おそらくはこれが今生の別れとなるか。確か、すぐこのあとは戦乱の時代のはずだ。平家が滅び、鎌倉幕府が成立するはず。はたして義兼達はどうなるのか……


「どっちも捨てがたいよね……」


 ヲイ、リナよ……

 まぁ、両者ともにイケメンかつ高身長。リナが惚れるのも仕方ないか……。

 フン。


「それよりも、そろそろ時間じゃない?」

「ああ、そうか」


 そういえば、そろそろタイムリミットか。

 気がつけば、オレたちの身体が次第に透けて行く。

 異変に気付いたその場の人々が、オレたちに駆け寄る。


「そろそろオレたちは帰ります! 名残惜しいけど、皆さんお元気で〜!」


 とりあえず彼らに別れの挨拶。

 そして彼らが見守る中、オレたちは元の世界へと帰還した。



――のち

 帰還したオレは、リナとともに出会った人々の足跡について調べてみる事にした。

 まずは舜天丸。彼ははやがて22歳で琉球王舜天(しゅんてん)となり、善政をひいて長く世を治めたという。



 一方、楊孝たちについては、何も分からない。が、そうカンタンには滅びないだろう。何せあの百八星の子孫である。もしかしたら後世の倭寇たちの中にも、彼らの子孫の姿があったかもしれない。



 足利義兼は、里見義成とともに源頼朝の挙兵に馳せ参じ、その幕臣となった。

 そして義兼の子孫である尊氏が、室町幕府を開くことになるわけだ。

 その尊氏の子の一人足利基氏が、関東に下向して関東公方となるわけだが……その子孫足利持氏が所有する宝剣としてあの村雨があった。

 そう。里見八犬伝に出て来る、村雨だ。

 里見といえば、里見義成の子孫である里見義実が安房に入る訳だが、その元に集まるのが八剣士。その中に、村雨を手にした犬塚信乃の姿があった。

 八剣士の持つ霊玉(れいぎょく)は、伏姫が持っていた数珠の中の大玉な訳だが……もしかしたら、それは百八星が宿ったあの数珠であったのかもしれない。



 ……ふ〜む。

 また、彼らにあってみたい気もする。

 さて、次の本はどうしたモンかねェ……。



――取得アイテム

・殺生石のかけら

 目的のアイテム。ヒスイあるいはカンラン石に似た、翠色の石。ねじれ双角錐(トラペゾヘドロン)の10面体。九尾の狐が宿っていた。ヒトの強い思惟あるいは情念を物理的な力に変換する性質を持つ。

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