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椿説弓張月 破魔の弦音

――翌朝

「ン゛あア゛アあ゛ぁァアああ……」


 あたまいたい。

 きもちわるい。

 ゲロはきそう。

 最悪の目覚めである。

 oh……こんなん生まれて初めてだぜ。

 そうか……これが二日酔いってヤツ?


「おオ゛おオおぉお……」


 頭を抱え、布団の上でゴロゴロ転げ回る。

 ン? 布団?

 誰かここまで運んでくれたんかな?

 周囲を見回すと、どうやらここは部屋の中らしい。

 床も壁も板張りで粗末なモンではあるが、南国だからコレでもいいのかもしれん。

 と、板戸が開いた。

 そして顔を出す少年……多分。

 整った容姿ではある。が、かなり顔は幼いな。十一、二ってトコ? ケド、身長がオレとほぼ同じだ……


「ああ、セナ様。おはようございます」

「お……おう。おはよう。えっと……」

「申し遅れました。私は舜天丸(すてまる)。為朝の息子です。朝食の用意がしてありますので、支度が整ったらおいでください」

「わかった」


 そして少年は顔を引っ込めた。

 って、捨丸(すてまる)? ずいぶんヒドい名前じゃね? いや……そうか! アレが舜天(しゅんてん)! 確か初代琉球国王……だったっけ? 本に入る前に予習した知識では、だが。

 と、とりあえず、グズグズしてるとマズそーだな。



――しばし後

 慌てて用意された服を着、廊下へ出る。

 と、待っていた若い男がオレを案内してくれた。

 そして廊下を抜け、大広間へ出る。

 う〜む、意外と広い建物だったか。

 と、そこには、為朝と楊孝、そして舜天丸と50歳ぐらいと思しき坊さんの姿があった。

 為朝と楊孝はとっくに飯を食べ終え、二人して朝から酒を飲んでやがる。飲兵衛どもめ。

 や、英雄豪傑にとってはコレが通常営業なのかもしれんケド。今まであったのもそんな感じだったしな。


「どうぞ。セナ様。こちらの席に」


 と、舜天丸。

 う〜む。将来の国王サマに案内させていいんかねェ?

 ……ま、まぁ、気にするコトじゃない。多分。


「セナドノ、デシタカ」


 坊さんがカタコトで話しかけてくる。ああ、この人が通訳か。

 う〜む。通じはするけど、コレじゃあの局面にゃ間に合わねェよな。


「ああ、お気遣いなく。だいじょうぶっスよ。そちらの言葉でも一応わかりますんで」

「そうですか……それは有難い。私は洪権(こう・けん)。しがない僧です」


 しがないつってもさ、こーいうトコロにいる人ってのは、間違いなく“何か”ある人だよね。


「……左様。私は百八星(ひゃくはちせい)を解き放ってしまった洪信の曽孫(ひまご)です」


 解き放って?

 ……ああ、そういや水滸伝の最初の方にそんなイベントがあったっけか。確か、どっかの寺か何かにやってきた役人が、百八星を封じたが扉を開いてしまって……ってヤツ。

 それが百八人の豪傑となって梁山泊に集うってストーリだった。

 そして、その手には数珠。沢山の小さな透明な玉がひとつなぎになっている。水晶か何かかもしれん。

 それにしても、それから何やら大きな“力”を感じるな。

 気にはなるんだが……


「ああ、これですか。これは、百八星の宿る霊玉(れいぎょく)をまとめた数珠。一清道人(いっせいどうじん)の昇天羽化により、全てが一つに収まりました。拙僧は御仏とこの数珠の導きにより、この地にやって参ったのです」

「そうなんですか……」


 ふ〜む。そんな由来があるモノなのか。つまり……もう百八星はいないって事だよな。

 それはそれで寂しい話だが……

 とか思ってたら、腹が鳴りよった。

 ああ……恥ずかしい。早く食べよっと。



――浜辺

 微妙な吐き気と格闘しつつも朝食を腹に収めたオレは、浜辺をぶらついていた。

 そして、しばし先。

 そこには混江龍号が係留されているのが見えた。

 どうやらマストの修復中らしい。為朝にブチ折られちまったしね。

 それを梁山泊の面子と、為朝配下の連中が共同で作業に当たっている様だ。

 オレはその指揮をとっている阮崇さんに声をかけた。


「お疲れさんでーす」

「おう、セナか!」


 彼は白い歯を見せ、手を挙げた。


「おかげで助かったぜ! あの為朝とかいうおっさんと戦ってたら、この船がどうなってたか分からんからな」

「ハ……ハハ……」


 笑うしかない。

 正直言って、アレは同じ人類とは思えんしな……。

 でも水滸伝の百八星も、かなりアレな人も多かったんじゃねェかと思うんだけどな。

 まーいいや。とりあえずオレも手伝おうっと。



――昼

 ふぅ、疲れた。

 オレは資材を船に下ろすと、一息ついた。

 でも、こういう運動もたまにはいいよね。

 いっそ戻ったら、この手のバイトでもやってみるか?

 と、何やら下で声がする。

 ン? どうやら昼飯の様だ。

 やったぜ! ハラへってたんだ! 美味そうな匂いが漂ってやがる。

 そうだ。飯食いながら情報を集めておくか。

 朝、オレを案内してくれた、周防とかいう若い男あたりにでも話を聞こう。あの人も修理手伝ってるしね。



 ……で、うまいコト話を聞けたワケだが……。

 まずは現状。為朝は二ヶ月ほど前、王位を簒奪(さんだつ)した蒙雲とかいう怪僧を討ち果たという。その正体は、巨大な(みずち)――竜みたいなバケモノ――だったそうな。

 う〜む。そのシーンは見たかった。

 にしても、そんなんがいるんかよ……この世界に。

 そしてヤツがいまわの際に呪いを吐いたそうな。

 『海の果てから“禍”が現れる、と』

 そして数日前、前琉球王家に使えていた巫女が、禍々しい気配が琉球に近づいて来るのを感じたという。

 で、同様にその気配を感知してやって来たのが梁山泊勢。

 そして同じく警戒中の為朝勢と遭遇して……ってのが、昨日の一件。

 あ……待てよ。

 そんなタイミングでオレが転移して来たって事は……多分時間切れまでに“禍”とやらが現れるな、多分。

 オレがこっちに来たのが昨日の昼前あたり。で、明日の昼がリミットか。

 ふ〜む。

 今日か、明日。

 そろそろ来てもおかしくはないか。


「そういえば、その蒙雲とやらが呼び出したヤツって……何者なんスかね? 当の蒙雲自体がバケモノだったって話だし、とんでもないヤツが来るんじゃ?」

「そうですね……もしかしたら、かのヤマタノオロチみいたなのが来るんじゃないですかね?」


 おおう……ソレかよ。前にも遭遇したことあったっけ。

 もしそうなら、かなりヤバげだな。あんトキは間一髪だったしな……。もうそんなのと遭遇したくねーよ。

 ふ〜む。“禍”とやらが何者かワカランけど、それクラス想定しといたほうがいいんかねェ?


「……ン?」


 ナンだ、この気配?


「どうしました?」

「何か妙な感覚が……」

「妙な、ですか?……ん? あれは……」


 周防の視線の先。

 あの坊さんが走って来よった。やはり何があったな。


「禍々しい気配が現れました! おそらく“禍”でしょう!」


 おおう、やはりか。噂をすればナントヤラだよ。



――しばし後

 海上に沸き立つ暗雲。

 そしてその下には……船団。

 すぐさま為朝と梁山泊の連合軍は海岸に布陣し、それと対峙する。


「“禍”だけかと思ったら、色々引き連れて来やがったか」


 楊孝がニヤりと笑った。ナニやら嬉しそーである。


「どうやら朝廷がよこした軍勢の様ですな。あの旗印は……足利、そして里見か……」


 周防が顔をしかめた。

 この人は為朝に従って沖縄に落ち延びてきたらしい。だからある程度、朝廷の情報には詳しいか。

 うむむ、足利といえば、室町幕府の開祖。それに……里見って、あの里見?

 にしても……両方とも釜の蓋のよーな紋なんで、どっちがどっちだか分からんがね。


「おそらくは、足利義兼(あしかが・よしかね)と、里見義成(さとみ・よしなり)。殿の生存を知ってよこした軍勢が、蒙雲と“禍”によって取り込まれたのか? 厄介な……」


 眉根を寄せる周防。何やら連中に思うところがありそうな?

 蒙雲とやらが討たれたのが、約二ヶ月前だそうだが……。

 う〜む。ヤツが言い遺した“禍”がアレなんか?


「ふん、何者か知らんが……蹴散らすだけさ!」


 一方、楽しそうな楊孝。

 チラと横を見ると、為朝が腕組みしたまま軍勢の方を無言で睨みつけていた。

 そして、その口元に浮かぶ奇妙な表情。

 さらにその隣に控える舜天丸も同様だ。

 う〜む。そういや足利って源氏の一族で、為朝の同族だっけ?

 ちなみに周防によれば、足利義兼は為朝の又従兄弟。里見義成は又従兄弟の子だそうな。

 ふ〜む。やっぱり何か思うところがあるんかねェ?

 とか言いつつも、オレも妙な気配を感じている。

 リナに似てはいるが、何か違う様な?

 これは、一体……



 思いを巡らしている間に、一隻の軍船がこちらに進み出る。

 船の舳先に立つのは、一人の鎧武者。

 遠くて顔の造作はよく分からないが、多分二十代? コイツもかなり背が高いな。


「我こそは陸奥判官足利義康(よしやす)が嫡男、足利三郎義兼なり! 関白藤原基房(ふじわら・もとふさ)公の命により、謀反人(むほんにん)為朝の追討(ついとう)に参った!」


 おおう。やっぱし朝廷のか。


「ふん……彼の方は関白とはいえ名ばかり。おそらく平清盛あたりの指示でしょう」


 と、周防。

 うむむ。有名どころが出て来よったか。

 そういや確か、「平氏でなければ〜」な時代だっけ。関白すら傀儡(かいらい)。源氏もその下働きに駆り出されちまう訳か〜。セチガライネ。

 とはいえ、こんなトコロまで来にゃいかんのかよ。宮使えはツラいねェ。

 と、思ったら、為朝が動いた。

 やおら弓を取り出すと矢をつがえ……


南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつ。願わくばこの矢、外させ給うな」


 と、念じてら。

 って、義兼とやらを撃つん? そんなん当たったら色々ブチ()けたりしてスプラッタだべ?

 と思ったら、弓を引き絞りつつ矢を上空に向ける。

 そして……放った!

 矢は目にも留まらぬ速さで飛ぶと、船団の上空にある暗雲の中へと消えた。

 ! ……どうなった!?

 と、雲が渦巻き始めた。

 間違いねェ。“何か”いやがる!


『為朝よ。やはりあれが“禍”だ』


 ん? 為朝の背後に、何か半透明の……平安時代の貴族っぽい格好をした、身分の高そうなオッサンが現れた。


『オッサンとは失礼であるな、少年。余はかつての(みかど)顕仁(あきひと)なり。今は“崇徳院(しゅうとくいん)”と呼ばれておる様だがな」

「あっ……申し訳ありません」


 心を読まれた!?

 つか、かつての帝って……上皇サマかよ!

 いや待て。そもそも“崇徳”……って、かなりヤバい人じゃん!? 怨霊として暴れ回ったとかナントカ。

 ……って、睨まれた件。

 Oh……これは、アカンかもね……。ちっとチビりそう。


『怨霊などと無礼な事を言うでない! 仮にも(みかど)であった者が、かような暴挙など行う事などあると思うか?』

「申し訳ありません! お許しください!」


 あ……死んだ? このヒトをキレさせたらヤバいよね? 手打ちは、手打ちはヤメテ。土下座でもしたほーがいい?

 青い顔をする俺。

 しかし崇徳院はニヤリと笑った。


『まぁ……少しばかり憂さ晴らしはしたがな』


 ヲイ、おっさ……いや、ナンデモナイデス。


『まぁよい。それにしても……余の姿が見えるとは、奇特な者だな。やはり……“(うつわ)”か』

「へ? “器”!?」

「“器”、ですと!?」


 と横からの声。あの坊さんだ。


「知っているのか!? 洪権さん!」

「聞いたことがあります。“太極(たいきょく)の器”の話を。その両者を手に入れた者が、“黄竜”の“力”を得ると」

「は? ……はぁ」


 よくワカランが、陽と陰の“力”を秘めた人間が時折この世に現れるらしい。その両者が内に秘める“力”を合一させることで、黄竜を顕現(けんげん)させることが出来るとかナントカ。

 う〜む……。

 オレがってコトは、もしかしてリナも“器”っつーコト? それが今回得た能力なんかねェ? そういやここに入る前にダイスを振った時、リナがナニヤラ言ってたケドさ。あんましよく聞いてなかったんだよな……。あー、そういや、『霊体を憑依させ、その“力”を行使できる』ってのだっけか。

 んで、さっき感じた気配。あれは、まさか……


『ふむ。少年の妹か。そういえば、昨日の事であったが……我らの居館のすぐ側に、大きな二つの“力”が現れたのだ。しかしその直後、蒙雲の首を葬った塚から禍々しい“何か”が現れ、それがその“力”へと向かって飛んで行ったと思われる。その両者が接触した直後、“力”の一つは東の海へ。もう一つは禍々しい“何か”とともに北東へと飛び去ったのだ』

「え? それは、まさか……」


 確か、本に入った直後に妙な衝撃を感じたな。まさか、アレは“禍”あるいは矇雲とやらの仕業ってコト?

 つか、オレが溺れかけたのは、その禍々しい“何か”のせいかよ!

 あぁ……カミサマとやら、疑ってスンマセン。とりあえずフンパツして賽銭50円ばかし投げときます。……ドコに投げりゃーいいんかワケランけど。

 ……や、違うと決まった訳じゃねぇか。


『ところで、セナとやらよ。少しばかりその身体を借りるぞ』

「え? ちょっ、ナニを!? そんなっ、御無体な〜〜っ!」


 音もなく近づいて来ると、有無を言わさずおっさ……崇徳院がオレの中に入り込んだ。


『え? ああっ!?』


 何か強大な“力”がオレの中に渦巻くのを感じた。

 そして、


「おお……素晴らしい。この若く、瑞々しい肉体。実に馴染む! フハハ……力が(たぎ)るぞ!」


 オレのものではない声がオレの口から漏れる。どうやら崇徳院はオレの肉体を完全に支配した様だ。

 ど……どうなっちまったんだよ、オレ。


『大丈夫だ。悪いようにはせぬ。汝は“何か”を求めてこの地にやって来たのであろう? ここで倒れては、それも果たせまい?』

『そりゃそーだけどさ』


 うむむ。仕方ないか。

 つか、あんまし心を読むのはヤメテネ?


『そうか。ではしばし、よろしく頼むぞ!』


 そしてオレの身体を支配した崇徳院は暗雲に向き直った。


「吹けよ、風……」


 崇徳院が念じる。

 と、にわかに風がそよいだ。


『え? マジ?』


 などと思う間にも風は強くなる。

 船団の連中は、操船に苦労している様だ。


「呼べよ……嵐! 見よ、我が“力”を! 暗雲よ、退(しりぞ)くがいい!」


 と、見る間に雲が吹き散らされていく。


『おおっ、スゲェ!』

『ふはははは! 伊達に怨霊などと呼ばれてはおらぬわ!』


 へ? あの〜、さっき……まぁいいや。

 オレは……いや、オレの身体を支配する崇徳院は、空をにらんだ。

 雲が吹き散らかされた後、その中心だった場所に“何か”がいる。

 それは、金に光り輝く球体。

 そして、その中に“何か”がいる。

 はっきりとは見えないが、獣の様なものにまたがった、人型のモノ。しかしその腰の後ろからは何か多数の房状のものが見える。あれは……尾?


『あれは……』

「うむ、間違いない。あれこそが、“禍”の正体。フン……やはり健在であったか、玉藻前(たまものまえ)め。ちょうど良い、我らの恨み……晴らす機会ぞ!」

『え? 玉藻前って、確か九尾の狐っスよね!?』

『そうだ。あれこそが我が父を惑わし、数多(あまた)の乱を起こさせた張本人!』


 垣間見せられた崇徳院の記憶。

 どうやら玉藻前は崇徳天皇の父である鳥羽上皇を惑わし、宮中を混乱に陥れたそうな。また、その時期に暴れまわった妖獣“(ぬえ)”もその配下であったらしい。


『恐らくはあの曚雲とやらも、ヤツの下僕であろうな』

『え? そうなんっスか?』


 こんなトコまで手を伸ばしてんの、アレ……。そういや中国から渡ってきたんだっけ?


「九尾の狐といえば、妲己(だっき)の正体。また印度(インド)南越ベトナムでも跋扈(ばっこ)しておったそうですな」


 と、洪権。

 ナルホド。だとすりゃココもナワバリかよ。


「……むぅっ!?」


 と、崇徳院が呻く。

 あ……風が止まった!?


「流石は九尾の狐。我が“力”で起こした風を封じるとはな」

「とはいえ、人の手で討てるのも、また事実」


 為朝がニヤリと笑った。そして、また矢を取りだす。

 つか、そもそもアンタもヒトなん?

 ……まぁいいや。

 為朝は矢をつがえると半眼になり、


「南無八幡大菩薩……」


 などと、先刻と同様に口中で唱えている。

 一方、浜辺では……


「来る!」


 舜天丸の声。

 朝廷の船団が押し寄せてきよった。


「さぁ……かかって来な! 手前ェら、行くぜ!」


 楊孝率いる梁山泊勢が抜剣。

 為朝勢もまた、迎撃すべく、陣容を整える。

 そして、浜辺に乗り上げた船から朝廷勢が降り立つと、たちまち剣戟が其処彼処で起こった。

 吹毛剣を振るう楊孝。

 アレは、毛のような軽いものを吹きかけただけも、刃に触れればたちまち切り裂かれてしまうとかいう、恐ろしい切れ味の剣だそうな。

 そして舜天丸もまた、大太刀振るって戦ってら。

 うむむ。為朝譲りの怪力か。

 そしてそのすぐそばには爺さんがいて、礫を投げて舜天丸を援護。

 一方、為朝のそばには少年二人が護衛として控える。なんでも琉球国の重臣の息子だとか。

 オレ……いや崇徳院は、洪権とともに念を込め、九尾の狐の霊力と対峙していた。



 そして……為朝がカッと目を見開いた。

 念を込め、矢を放つ。

 放たれた矢は過たず球体に命中し、それを破壊した。

 球体は金色の燐光(りんこう)となり、海上に散っていく。


「フン……本体までは射貫けぬか」


 さして悔しそうなそぶりもなく、弓を収めた。そして、寄せ手の朝廷軍に向き直る。

 ン? どうするんだ?


「いい加減目を覚まさぬか! 小僧ども!」


 いきなりデカい声で怒鳴りやがる。

 つか、少し離れてても耳が痛ェよ。

 物理的な圧力(プレッシャー)すら感じさせるその“声”は、はるか遠方にまで響き渡り……


「なっ!? ここは何処だ!?」

「俺達は一体!?」


 朝廷軍の兵士たちの動きが止まった。

 それは、指揮官二人も同様だ。


「た……為朝様!? やはり生きておられたのですか?」

「まさか、父上!? ……あっ」


 ……ン?

 “父上”?

 そう言った義兼は、慌てて口を押さえた。

 あ……もしかして、先生を『お母さん』って呼んじゃったってアレみたいな? ハズかしいよね。

 いや違うか……


「正気に戻られたのですか、兄上!」


 と、舜天丸が駆け寄る。

 あ〜、そうだったん? 養子に行ってたんか。道理でコイツもデカい訳だと。整った容姿も舜天丸に似てるしな。

 まぁ、謀反人の息子だってのは色々マズいよね。

 とはいえ義兼配下の連中や副将格の里見は特に驚いた様子がない。

 ああ、公然の秘密なのか。


「いや……その……何が何だか」


 少々バツが悪そうな義兼。

 洗脳されてたとはいえ、実の父と弟を討とうとしたワケだしね。


「細かいことは良い! 今は彼奴を討つのが先決だ!」

「は……ハイ! ……あれは!」


 為朝のデカい声に、指揮官二人及び朝廷軍は空を見上げる。


「あれは……やはり妖のモノ! 我らが御所に召集された際、現れたのは怪しげな女であった。我らはその目を見た途端に正体を失い……」


 と、里見。

 う〜む。まとめて洗脳されたのか。

 で、先刻の為朝の一撃で、その効力の大半を失ったと。


『いや……その程度の“力”、彼奴にとっては些細な事であろう。……見よ!』


 崇徳院の指差す先。

 矢の直撃を受けたはずの九尾の狐は、未だ(そら)にある。


「はははははは」


 ヤツの哄笑(こうしょう)が響き渡った。


『…………!』


 やはりこっちもかなりのプレッシャーを感じる。

 トンでもねェ化け物ってコトか。

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