水滸伝「後伝」 セナ、琉球国にて梁山泊の好漢たちと出会う
蒼く澄み渡った南国の空。白い雲。
そして紺碧の海。砕ける白波。
その狭間に、オレはいた。
……正確に言えば、海面に。
というか、溺れかけてる件。
何でこんなところに放り出されたんだよ!
本来オレたちは、その本の“主人公”のそばにでるハズなんだけどさ。
が、どういう訳か今回は転移した直後に妙な衝撃があり、そして気がついらた海面を漂ってたというね。
一体何が起こったのやら。
そういやリナも一緒に転移したはずなんだが、どこにいるんだ? 果たして無事なんだろうか?
そもそも、一体何が起きてるんだ?
や、それよりも……もう体力が限界だ。
だ、誰か助けてくれ〜〜!
とはいえここは、大海原のド真ん中。運良く船が通りかかるとかいう幸運でもなければ、オレはこのまま……
転移直後にゲームオーバーってか? 冴えん話だze……。
……とか考えてる間に、もう体力がヤバい。
ア……アカン。沈む。もう溺れそうだ。さ、サヨナラ、サヨナラ……。
……と、思った直後。
視界の隅に、“何か”の姿が見えた。
……ン? アレは一体⁉︎
って、船っぽい? おおっ、もしかして助かったのか?
ヤ、待てよ。そんな甘い話はねーべ。
あ〜、アレだ。死の間際に見る幻影ってヤツ? そうかもな……
ま、まーどっちでもいーや。
ああ……もう気力が……
そこでオレの意識は暗転した。
――おそらく数時間前
オレは学校の図書室で、いつもの様にリナと本の整理をしていた。
にしても……ずぶん古臭いヤツが多いな、この一角。埃かぶってるし……
貴重な資料もあるって話だけど、こんなんでいいんかよ。
とりあえず埃をはらっとくか。ついでに、乱雑に入れてあるところを整理して……
……う〜む。だいたい埃は払い終えた。
後は、本の整理だな。とりあえず、変に出っ張ってるヤツを引っ込めてやらんと。
手を伸ばし……届かん。
いや、後少し。
って……落ちる!
「イテッ!」
指先をかすめて滑り落ちた一冊が、オレの脳天を直撃する。
「おお゛お……」
その痛みに、頭を押さえて呻く。
つか、角が当たりやがったか!
「何やってんのさ」
そこにやってくるリナ。
「本が落ちてきてさ……」
「何やってんのよ」
「うるせーな。……コレか」
「ずいぶん古い本みたいだけど……何よ、ソレ」
拾い上げ、タイトルを見る。
『椿説弓張月』?
「えっと……『つばきせつゆみばりつき』ってヤツ?」
「ふ〜ん? 『椿説弓張月』じゃない。滝沢馬琴のね」
「へ? 滝沢馬琴……」
聞いたことあるな。
「って……『里見八犬伝』のだっけ?」
「そう。それ。えっと……この話は、源為朝が生き延びて沖縄に逃れ、王国を再建するって話だったっけ?」
「へぇ……沖縄かぁ。南の島だぜ! それに、そういう英雄譚っていいよな〜。なぁ、次はソレにしねぇ?」
「う〜ん……別にいいけど」
「おっしゃ! なら、決まりだな!」
……そーやって安直に決めちまったのがマズかったか。
――しばし後
「おい、ボウズ。生きてるか?」
頬を叩かれ、目が醒める。
「ン……あっ」
目が覚めた。
オレの目に飛び込んできたのは……日に焼けた男どもの顔。
「!!?? なっ!? ここは、何処?」
慌てて飛び起きる。
と、そこは……
青い空。そして水平線と、紺碧の海。
そして、そこに浮かぶ船の上にオレはいる様だ。
「この船は……」
周囲を見回す。
当時としちゃ多分、割とデカめの船だな。
と、日焼けした、ガタイのいい連中の姿が目に入った。
「よう。目が覚めたか、ボウズ」
オレの顔を覗き込み、声をかけてくる男。
二十代前半か。オレよりも10cmばかりデカい、引き締まった体躯のちっとばかしDQNっぽいヤツだ。おそらく現代日本にいたら、髪染めてローダウン&メッキマシマシのミニバン乗り回してそーな感じのニィちゃんだ。
「お……おう。何とか生きてます」
とりあえず、まずはそう答える。
おっと、そーいやこの状況。助けてもらったってコトだよな。
「助かりました。ありがとうございます」
礼を言っとかなきゃね。恩知らずと思われちゃいかんし。
「おう。近頃じゃ珍しい、礼儀をわきまえたヤツだな。気に入った! 助けた縁だ。いっそ俺たちの仲間にならねェか?」
「へ? 仲間?」
とは言われても、この人らが何者か分からねェよ。もしかして海賊か何か!?
思わずキョドっちまう。
「阮崇、あまり無茶を言うもんじゃない」
苦笑を浮かべつつ、さっきの男――阮崇つったっけ?――の隣に並んだ人物が苦笑を浮かべる。
二十代半ばか。割と整った容姿の男だ。が、顔に青いアザがあるな。いや……刺青か?
コイツ、阮崇とやらよりも5cmほどデカいでやんの。阮崇は170cmぐらい? つまりヤツは175cmほどあるってこった。ケッ!
「分かったぜ、楊孝。まっ、それはともかく……お前さんはどっから来たんだ? 琉球人にしちゃ生っ白いしな」
「それは、その……」
どう答えりゃいーんだ? う〜む。とりあえずは……
「日本っすよ」
「ン? ニホン?」
アレ? マズった?
「ああ、倭の国か。東の果てにある島国だったか」
そして阮崇とやらは意味ありげに唇を歪めた。
え? ナンだよ、一体……
などと思ってたら、ヤツが口を開く。
「ところでお前さん……男だよな? 波間にお姫さんみたいのが浮かんでたんで拾い上げたんだが……」
「ふへ? え゛!? ちょっ、まっ!?」
コレはアカン!
今まで何度か告白されたコトはあるが……全て同性だった件。
しかもこの連中、もしかしたら海賊だべ? こんなガタイのいい連中に囲まれたら、オレの貞操もヤバくね?
思わず後ずさり。そして、
「ンがっ!」
頭を船べりにぶつけたという……。イテテ。
し、進退窮まった!?
「オイオイ、そんな怯えることもなかろうに。いくらお前さんが女っぽい顔をしてたとしても、襲うヤツなんていないぜ?」
考えすぎだったか。これは失礼なコトを……
頭を抱えつつ、そんなコトを思う。
しかし、
「……いないと思うぜ? 多分、いないんじゃないかな?」
「え?」
まままマズくね?
血の気がものすごい勢いで引いていくのが分かる。
「冗談だぜ。俺達はもう山賊や海賊じゃねェ。ちゃんとした軍だからな」
「は……はい」
よく見りゃ船員連中も、それなりにちゃんとした格好してんな。海賊っつーより海軍?
あ……でもさ。こいつら、名前からして中国人だろ? 軍ってコトはよくある領海侵犯?
……や、この時代は領海なんて概念はねーか。
「オレはセナです。ところで、あなたがたは何者ですか?」
「俺達? 俺達はな……ほら」
楊孝は船に翻る旗を示した。
そこに書かれた文字。それは……
「……梁山泊!?」
梁山泊といえば、『水滸伝』。
北宋末期、汚職やら不正がはびこる世の中に、はみ出しものの百八星の豪傑が梁山泊に集うという物語。
どうやらオレは、とんでもない連中に拾われちまった様だ。
つか……入る本間違えた!?
――数時間後
「んげ〜〜〜」
オレは船べりでぐったりしていた。
船酔いだ。うーむ。もう吐くもんなんかねーぜ。さっき、ちょっとばかし昼飯食わせてもらったのに。
「あまり船に乗った事は無いのか」
隣で楊孝が苦笑している。
「ええ。そんなには……」
せいぜい遊覧船くらいか。あと、遊園地の池のボート?
「ところで、楊孝さん達って、なんでこちらに?」
梁山泊は中国の話だ。入る本を間違えたかと思ってたけど、どうやらこの辺りは沖縄の近海らしいんだよな。どゆコト?
「ああ。一清道人がな。数年前羽化昇天される間際に、近いうちに『東の島に禍が現れる』と言われてな。そしてしばらく前、このあたりで何やら禍々しい“何か”が現れたらしいんだ。で、その確認の為に船を出したのさ」
「『禍』ですか……」
何やらヤバげなモノっぽい?
オレの事と思われちゃいないよな? よりにもよってなタイミングで拾われた訳だし。
「それ……一体何なんですか?」
「よく分からん。何やら災厄をもたらすモノではあるらしいがな」
おおう。まぁ、オレが疑われてるって訳じゃないよーなんで、少し安心。
にしても……ナンでそんなよくワカランもの追ってこんなトコにまで来たんかねェ?
「でも……えーっと、確か梁山泊ってもっと北の方ですよね。そこから来られたんですか?」
「いや、かつての水塞はもう無いんだ。官軍に奪われてな。俺達は、台湾から来た」
「えっ? ダイワン……って?」
そんなんあったっけ?
……聞いて見たところ、どうやら沖縄の西にある大きな島……台湾の事らしい。
昔はそういってたのか。
にしても……ナンでそっから? ケドよく見りゃ船員達の中には中国人っぽくないのもいるしな。
この二人も少し東南アジア系っぽくも見える。
そーいやちっとばかし『水滸伝』読んだコトあるけど、確か楊孝だの阮崇だのなんていなかったよーな。同じ名字のはいたけどさ。どゆコト?
「ああ、そうか。その辺の事情はな……」
楊孝によれば、梁山泊は宋に帰順後、方臘の反乱などの鎮圧に駆り出された挙句に壊滅状態に陥ったらしい。その生き残りの一人、混江龍李俊が仲間と共に南の島に渡り、その地の王となったそうな。
それが何十年か前の話。
楊孝は青面獣楊志の孫。阮崇は活閻羅阮小七の孫だそーな。ちなみに現国王は、李俊の息子李登だとか。
あの無頼漢たちの子孫もちゃんといるんだねェ。
そういや楊孝の顔の刺青は爺さんリスペクトかな?
ん? さっき話に出た一清道人って、当時のメンバーだよな?
「ああ……あの人は仙人になられたからな」
だ、そうな。羽化昇天ってのは肉体を捨てて仙人に転生するってコトらしい。
おっと、それよりも重要なコトがある。
「そういえば、溺れてたのってオレ一人でした?」
「ああ。他に誰かいたのか?」
「ええ。リナってのが。オレの双子の妹です」
「ふーむ。見当たらなかったな……。もし見落としていたら、すまなかった」
「いえ……それにヤツは、そうカンタンに死ぬよーなタマじゃありませんから」
「そうか」
まぁ、何となく無事だってのは分かる。どういう理屈だかワカランがな。
と、船員達がざわめいた。
「島が見えたぞ!」
見張りの声。
顔を上げると、波間に島影がかすかに見えた。
割とデカいな。沖縄本島?
「おっしゃ! 手前ェら、接岸の準備だ!」
と、阮崇。
ちなみにヤツがこの船の船長らしい。で、楊孝が調査隊のリーダーだそうな。
阮崇の指示で船員達はテキパキと動き、準備を整えている。
一方、楊孝は次第に大きくなる島影をじっと見つめていた。
何か気になる事でもあるんかな?
そう思った直後、
「船だ!」
見張りが叫んだ。
見ると、数隻の小舟がこちらに向かって来るのが見える。
「思いのほか早かったな……」
苦笑する楊孝。
「とりあえず、敵対する意思のない事を伝えねばな」
その指示で、船員の一人が小舟の連中に何やら呼びかける。
しかし、
「!」
鋭い風切り音を立て、オレの頬を“何か”が掠めた。
そして、背後にあるマストに突き立ったのは……
矢、だ。多分鏑矢ってヤツ。
ケド……ナンかやたらと太くて長い上、深々と突き立ってるんスけど。つか、もうちょいで貫通しね?
そして頰に滴る血。あああ危なかった!
うげっ! こんなヤツの直撃喰らったら、アタマ貫通どころか半分吹っ飛びゃせんか? 万一この世界で“死”んだとしても、本から出りゃあ無事なんだろうが……そんな感覚死んでも味わいたくねェ。
今更ながらに脚が震えてきたぜ。
つか、危うくチビる……いやいや、ナンデモナイヨ?
などと思ってる間に、接近してくる小舟群。
その先頭には、これまたデカいおっさん。歳は40そこらか? 顔は割といい。が、少々キケンな眼光。つか、むかしヤンチャしてたのが老成したって感じか。
にしても……ありゃ2m超えてね? この時代にあの身長とか……バケモンかyo!
などと思ってたらあのおっさん、デカい声でがなりやがる。
「我こそは六条判官為義が一子、鎮西八郎為朝! 腕に覚えがる者は、かかってくるがいい!」
……って、ココでまさかの主人公登場である。
って、現状どう見ても敵対勢力じゃねーかよ〜。
『主人公の側に現れる』とかゆーの、真っ赤な嘘じゃねーか! あの自称神! いや、邪神ッ! というか、神モドキ! ……いや、そもそも“神”すらもったいねェから生物でいいや。
もしココでオレが死んだら後であの本火にくべてぬっ殺してくれるわッ! そんでもダメなら、イスラム過激派ンとこにでもノシつけて送りつけてやらぁ!
にしても……どーすんべ、コレ。
「何者だ!? 琉球王家の手のものか? 我々には敵対する意思はない!」
一方、為朝に向かって叫ぶ楊孝。
これで一安しn……
「やはり貴様ら、曚雲が呼び寄せた“禍”とやらか!?」
と、為朝。
って確か、“矇雲”とやらは物語中だとラスボス格だったよーな?
というか……話が噛み合ってねェ!?
いやまさか、言葉が通じてないのかyo⁉︎
そう思った直後、為朝が矢をつがえ……そして放った。
その矢は凄まじい風切り音とともに、またマストに突立ち……
「!?」
ゲェーッ! たった二発でブッといマストをブチ折りよったァ!?
どんなチートキャラだよ! いくら何でもやりすぎだろー。ネトゲなら一発垢BANモンだぜ?
や、ネトゲじゃないケドさ。
「あああ〜っ! 俺の船がっ! 俺の船が〜〜っ!」
あ……阮さん頭を抱えてら。船長だし、そうもなるか。
ケド……ンなコトよりも、ヤバくね? 為朝の船が猛スピードで突っ込んできやがるんだが。
マストが折れたってコトは、この船の動力が無くなったってワケだしな〜。
「射て! 射て〜ッ!」
楊孝の命に応じ、船員隊が矢を射かけ……
……ン?
アレ? 為朝がいねェ!?
さっきまで船の上にいたのに……ドコ行った!?
……って、
背後でデカい音。
まさか、あそこからジャンプして? ンなバカな。八艘飛びするよーな身軽なヤツじゃあるまいに。ケドさ……
恐る恐る振り向く。
と、そこには……
「げぇーっ、為朝!」
身長2m超。これまたデカい弓を抱えた、人間の姿をした“何か”がそこにいた。
そして為朝は弓を捨て、腰の刀を抜き放つ。
や、普通サイズの刀なんだろーが、ナンか小さく見えるな。
そしてその前に進み出る楊孝。その手には、煌めく白刃。
ケド、アレの前には楊孝すらも小さく見える。大人と子供だな、ありゃ。
「……おのれ“禍”め! 我が吹毛剣を受けよ!」
「フン、“禍”よ! 我が村雨の露となるがいい!」
両者は白刃を煌めかせ、いまにも斬り合わんとしている。
あ、もしかしてコレ……
「待った! その勝負、待ってくれ!」
「!」
「何を!?」
思わず割って入るオレ。
そこに振り下ろされる二振りの剣。
あ……オワタ?
が、
「何だ、この小童は!」
「セナ、何を!?」
間一髪剣が止まり、ギリギリ助かった件。
あぁ……死ぬかとオモタ。
もーこういうコトはやんねェ。
――浜辺
梁山泊の船――混江龍号というらしい――は、為朝配下の小舟に曳航され、浜に接岸していた。
そして、海岸に築かれた館の庭で催される宴。
「わはははは、すまなんだな! てっきり“禍”の類かと思ったわ!」
「いやこちらこそ。あんな剛弓、人間業とは思えぬ」
……既にこのアリサマである。
酒を酌み交わしつつ、為朝と楊孝が語らっている。
オレはその横で彼らの言葉を通訳していた。
話を聞いたところ、どうやら為朝も“禍”の出現を感じ取り、警戒を続けていたらしい。
で、そこに現れたのが梁山泊一行だったってワケだ。
しかし言葉が通じなかったため、誤解により一触即発、と。
そういやオレ、梁山泊の面々とフツーに会話してたケドさ、どうやら自動で翻訳されてるらしいんだよね。あんまり自然に会話してたんで、中国語だってのを意識してなんだ。
それで気づくのが遅れたという……。
話が通じてないってのをな。
なんで、とりあえずオレが二人の話を通訳することで誤解が解けた訳だが……
あ……二人とも、あんましオレに酒注ぐのはヤメテ。潰れちゃう。
泡盛だっけ? ケッコー強い酒だよね、コレ……
もうアカン……飲みすぎて、アタマが……
ま、まぁ……筆談で何とかなりそーだし、ここで潰れてもイイヨネ?
それに、どうやら楊孝さんの方には、カタコトの琉球語喋れる坊さんもいるみたいだしね。
では……おやすみなさーい。