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双子の姉は王子様

 気が付くと俺は大量の散らばる本にまみれて横たわっていた。

 さっきまでいなかったはずの教員や、メッセージを送って助けを求めていたはずの人物が見える。


 そしてすぐそばにはリナがいて、泣きそうな顔でオレの顔を覗き込んでいる。ものすごい人見知りで、知らない人がいると『クールなリナ』という鎧を脱がないはずのリナが全然クールじゃない。ウケる。


 起き上がろうと上体を起こすと後頭部がズキズキと痛む。ああ、頭をぶつけて失神してたのか。オレめっちゃだせぇ。


「頭を打ってるんだ。動かないで安静にしておいた方がいい」


 教員がそう声をかけてくる。でもリナが泣きそうじゃん。オレは大丈夫だって教えてやらなきゃ。


「セナ、大丈夫? 吐き気とかない?」


「大丈夫、大丈夫。デカいたんこぶが出来るぐらいでしょ。リナは大丈夫だった? あいつは?」


「あの子は事情を聞くって言って他の先生が連れ出してたよ。私はなんともなってない。・・・ごめん。私がちゃんとしてれば」


「ほんと大丈夫だって。オレがガッチリしてればあんなすっ飛ばなかったのになぁ。あーまじオレ、超ダセー」

 リナの言葉を遮ってケラケラ笑って見せる。


 ああでも本当に俺だせぇ。女に吹っ飛ばされて気絶しちゃうなんて男として恥ずかしすぎる。


 穴があったら入りたいってこういう事だわ。穴があったらぶち込みたいとか、そんな下ネタ言ってられないくらいに恥ずかしい。


 きっと今リナにそう冗談を言っても「これだから童貞は」なんて返してくれそうにないし。


「あーあ。本がえらいことになってる。これ絶対片付けがめんどくせえやつだわ」


「何言ってるのセナ。セナは頭打ったんだからこれから病院だよ。先生、今日はもう図書室を開放するのは難しいですよね?病院に付き添いたいので私達もういいですか?」


 クールモードに戻りつつあるリナが先生を見つめる。


「ああ、そう言おうとしてたところだ。今日はもう帰っていい。もうだいたい分かっているが、この件については後日一応話を聞くからな。関係者全てから話を聞くのは決まりだ」


「ええ、分かっています。それじゃセナゆっくり立ち上がれる?」


 立ち上がると背中もじんじん痛む。さっきまで痛くなかったのに、あとから痛くなってくるもんだな。


 リナが肩を貸そうとしてくれたが、背の高いリナとは高さが合わなくて上手くいかなかった。


「歩けるから平気」


「ふらついたりしない?」


 大丈夫だから、とリナから離れたすきに後頭部を触る。押すと鈍い痛みがあるので、優しく撫でるようにして大きさを確認する。たんこぶはとても大きくて「こんなに大きなたんこぶって出来るんだな」って何故か感動した。


 触った手を見ると真っ赤になっている。頭を撫でた時にぬるっとしたのは汗をかいているからだと思ったのは間違いで、実際は頭打った時に切れて出血していたからだと気がついた。


「セナ、血が出てるじゃん。とりあえず保健室行こう?では先生、失礼します」


「おう。激しく動いたりしないようにゆっくり行けよ。お大事にな」


 図書室を出ると、放課後だというのに多くの生徒が野次馬しに来ていた。ルールを守っているのか、図書室の中には入ってこれなかったようだ。


「怪我人が通るから道を開けて」とリナが一言声をかけると、人垣が分かれて真ん中に道が表れる。野次馬ロードの出来上がりだ。


 ざわつく野次馬から「セナたん! 大丈夫かー!」「ああ、お姫様抱っこしてあげたい」なんて気持ち悪いセリフが聞こえてくる。


「君たち、セナは頭を打ってるんだ。安静にさせたいからそっとしておいてくれない?」


 俺が女顔についてからかわれてる時、いつもならニヤニヤ笑うのを隠すために真顔をキープするのに必死なリナが、体の芯まで凍りついてしまいそうな冷たい声を出した。


 俺はその底冷えする声に、怒鳴ってやろうと喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。リナがこんなことを言うなんて思ってなかったから、怒鳴るために吸い込んだ酸素が迷子になって胸が苦しい。


「行こうセナ。止血しなきゃ」


「あ、ああ」


 野次馬ロードを通る時に横目で様子を伺うと、ばつの悪そうな顔をした男子生徒に混ざってうっとりとした表情の女子生徒がちらほらと見えた。ファンサかよって言葉も呑み込んだ。



 保健室につくと養護教諭が準備して待っていた。オレ達が来ることを、内線であらかじめ知らされていたらしい。救急車を呼ぶかどうか聞かれたが、めまいも吐き気も記憶障害や手足のしびれも無いので断った。


 図書室あそこから保健室ここに着くまでのあいだ、頭から血を流して歩くオレはわりと目立っていた。これ以上悪目立ちしたくない。


 傷口の消毒をした後ガーゼを当てて包帯を巻いてもらい、その上からたんこぶのところをを冷やしてもらった。頭に包帯を巻いてるのも目立つが、救急車よりはましだろう。


 養護教諭が頭を打ったあと時間が経ってから注意すべき点を説いているのを、リナは神妙な顔をして聞いている。オレも、また頭をぶつけることが無いよう絶対に安静することを約束させられ、そのあいだリナはスマホでタクシーを呼んでいた。正門ではなく生徒の利用が少ない裏門を指定しているあたりしっかりしている。


 頭をよく冷やしたり、手についた血を洗い流したりしているうちにタクシーが到着したので裏門に行き、タクシーでそのまま病院へと向かった。


「セナ……ごめん。あの時もっとしっかりしていれば、セナが怪我することなんて無かったのに」


「さっきも言ったけど本当に大丈夫だって。ちょっと切った程度だしみんな大袈裟なんだよ。むしろオレの方が悪かった。オレが興奮させなければ……あー、いや。オレがもっと重かったら吹っ飛ばなかったかも。結構筋トレ頑張ってたつもりなんだけどなぁーやっぱりチビだと厳しいわ!」


 しんみりとした空気が嫌で、明るく笑い飛ばす。


「でも……私、もうあんな目にあいたくない。もっとしっかりしてればって思う。私変わりたい」


「あ、ああ。変わるのは悪いことじゃないと思うよ」


「ねぇセナ、私の足りないところってどこかな?」


「あーそうだなぁ。そこかな」そう言ってオレはリナの胸を指差す。


「心かぁ……やっぱり、うん。そうだよね」


「いや、心じゃなくて胸だよ胸」


「は!? ちょっと何、またノックアウトされたいの?」


「ごめんって冗談だよ。冗談だからその握りこぶしヤメテ!」


「ふん、今あんたが怪我人じゃなかったらとっくに性転換完了させてたわ」


「やべーよ。こぶしを握り締めて性転換って、かっこ物理が付くやつじゃねーか……やべーよ。確実にちんこ潰す気満々じゃねーか……気分変えようとしただけなのに……空気変えることが、ちんことお別れするリスクを孕んでるだなんて知らねぇよ……」


「あんたが変なこと言わなければいいのよ」


「でもさ、ちょっとマジな話、胸があったら王子様扱いされないんじゃない?」


「……無い袖は振れないわよ」


「え? 無い乳は揺れない? あっ!ごめんって!まじでごめんってもう言わないから!」


 リナが怒る。ちょっと怖いけど、さっきの重苦しい空気よりは遥かにマシだ。いつもの感じに戻って良かった。タクシーの運転手さんの肩が震えているのはリナには黙っておこう。


 病院へ着き、医者に見てもらったが脳に異常は無かった。頭の傷は三針ほど縫うことになったが、表面が切れただけなので特に問題は無い。シャワーや日常での注意点を言われておしまいだ。


 安静にしなくてはならないが、医者に見てもらったことで安心出来る。そのおかげで帰りのタクシーでは重い空気に戻ることなく家に着いた。


 怪我に気をつけなければいけない以外は概ね普段通りの過ごし方でいい。 ハードではない筋トレをしながら今日の反省をして、その日は終わった。


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