ミドルフェイズ4-2
三対一という数的不利を返すために、ディアボロスは司令塔でもあり手負いのナツキをまず仕留めることに決めた。
獣のように地を這う低い姿勢でディアボロスは駆け出した。
鋭い鉤爪の手を凶器に、再びナツキへと襲いかかる。
炎剣で切り払おうとナツキも応戦する。が、ディアボロスは素早いステップでナツキを翻弄。そして隙をついた一撃が振るわれる。
「くたばれ!」
ディアボロスの腕が抉るようにナツキの腹部を貫いた。
ごぼり、という嫌な音と共にナツキの口から大量の血が溢れる。
「「支部長―!」」
八部江とジバシは悲鳴をあげる。その悲鳴を聞き、心地よさそうにディアボロスは笑みを浮かべた。まずは一人だ。
ナツキの目から意思の光が薄らぎ、両腕から力が失われ――真っ赤に血で染まった口元が微かに弧を描いた。
「!?」
直後、ナツキの傷口から勢いよく炎が吹き出しディアボロスの右腕を焼いた。思いがけない反撃にディアボロスは慌てて右腕を引き抜き、ナツキから距離を取る。
口の中に溜まった血を地面へ吐きだし口元を乱暴に拭うと、ディアボロスを睨みながらナツキは再び炎剣を構え直した。
彼の腹部に空いた穴は明らかに致命傷だ。事実、ナツキは今の攻撃で一度死んだ。
――リザレクト。
レネゲイドウイルスにより異能の力だけではなく驚異的な回復能力も持つオーヴァード達は、死すらも克服する。肉体が死を迎えたとき、レネゲイドウイルスがまるで宿主を守るように急速に活性化し強引に治癒を行うのだ。
もちろん急速なレネゲイドの活性は宿主のオーヴァードに多大な悪影響を及ぼす。レネゲイドの力の過剰行使は持ち主の理性を奪いかねない非常に危険な行為であり、暴走したレネゲイドは宿主を逆に食い殺すことすらある。
ナツキは歯を食いしばり、腹の奥底から際限なく憎悪を生み出す自らのレネゲイドを理性で押さえ込む。
まだ理性を食われる訳にはいかない、この衝動に飲み込まれるわけにはいかないのだ、と。
ナツキを睨み返しながら、ディアボロスは忌々しそうに焼けて使い物にならなくなってしまった右腕に自らのレネゲイドを集中させる。すると腕に付いたナツキの血液を吸い取るようにして右腕が回復を始めた。
しかしそんな回復の隙を見逃さず、八部江は攻撃を仕掛けた。
「今度こそひねり潰してやるぜ!」
八部江の周囲に浮遊するバロールの邪眼が再び妖しげな光を放ち、空間に作用する。ディアボロスの足を巻き込むように空間が歪曲し、あらぬ方向へとねじ曲げる。
骨の折れる妙に生々しい異音。
「ぐぁっ!?」
不意打ちのように足を折られ、悲鳴と共に体制を崩すディアボロス。
そして八部江はジバシへ向けて叫ぶ。
「トドメを!」
ジバシは心配するようにちらりとナツキを見た。
ナツキは血だらけのまま、目だけはしっかりとジバシを見つめ返し頷く。
心配は無用だ、と。
「決めにいく!」
その自らの声すら追い越しかねないほどの速度でジバシは駆けた。あまりの速度にジバシの肉体が悲鳴を上げるほどだ。
体の筋繊維が駆けた衝撃で切れるが、痛みが脳に伝達されるよりも早く、速く駆ける。壊れた箇所をジバシの体内に巣くうレネゲイドが回復し、駆ける。
僅か数メートルしか離れていない敵のもとへ刃を届かせるには過剰な速度はそのまま威力へと転換され、ディアボロスへと襲いかかった。
振るわれた袈裟斬りはディアボロスの体を切り裂き、鮮血が宙を舞った。痛烈な一撃にディアボロスはよろめく。だがまだ戦意は失っていない、まだ負けるわけにはいかないとばかりに敵を睨み返す。
そして彼は気付いた。
先ほど致命傷を負わせたはずの男が、いつの間にか自分目がけて剣を振りかぶっていることに。
「さぁ、俺がトドメを刺すとしよう!」
「「いけー、支部長ー!」」
部下二人を守るために、ナツキはボロボロの体を突き動かし剣を振るう。
「くたばれぇ!」
炎剣がディアボロスの体を大きく切り裂いた。そして傷口から火柱のように炎が吹き上げ、ディアボロスを内外から焼く。
ディアボロスはたまらず悲鳴をあげ、後ろへ数歩よろめいた。
「やったか!?」
ディアボロスへの警戒を解かずに、ジバシはそう声をあげる。
「クソッ!」
焼かれた傷口はレネゲイドの力で治癒されていくが、その回復速度が明らかに遅い。
ディアボロスは、これ以上の戦闘は危険だと判断した。
悪態をつき、八部江たち三人をにらみ付ける。
「……まぁ良い。ここは一旦引かせて貰う!」
そう捨て台詞を残し、ディアボロスは逃げ出した。大きく跳躍し、建物を飛び移るように視界の外へと消えていく。
八部江たちも司令官であるナツキが重傷を負っていることから彼を追いかけることはしなかった。
やがてディアボロスの展開していたワーディングエフェクトが消え、周囲に満ちていたレネゲイドの気配が薄れはじめる。
後に残ったのは砕かれたコンクリート片と血の跡、そして肌を焼く熱風の余波だった。
ディアボロスの脅威が去ると、八部江とジバシは血だらけのナツキへ駆け寄った。
「支部長、一回死んでましたね」
貫かれた腹部はすでにオーヴァードの治癒能力によりふさがっているが、それでも一度死んだことに変わりはない。ジバシと八部江はナツキの無事を確かめる。
「言わないでくれ……」
部下達の前で危うく敵に倒されるところだったナツキは苦笑いだ。
「で、でもその後の反撃、格好良かったっす!」
八部江は初めての戦闘の興奮も冷めやらぬまま、ナツキの見事なとどめの一撃を褒める。少し前まではただの一般人だった八部江と比べることがそもそもおかしな話ではあるが、八部江の目には超常の力を使いこなし戦うナツキの姿が非常に格好良く映った。
そんな八部江の様子を見ながら、どうにか体を張ってでも部下達を守り切れたのだとナツキは胸をなで下ろした。
「……まぁ、こういうのが上司ってものさ」
すぐに駆けつけたUGNの処理班に戦闘現場の後始末を任せ、八部江たち三人は一度、支部であるナツキの喫茶店まで戻ってきた。
特にナツキは服が血でべっとりと染まってしまったこともあり、三人はシャワーと着替えを手早く済ませる。
その後、三人は喫茶店の地下にある大きな倉庫へやってきた。
「喫茶店の地下にこんな空間が……」
支部として利用しているため普通の喫茶店ではないことは分かっていたが、それでも八部江はこのように地下にまで施設が広がっているとは思っていなかったようだ。
「表向きは普通の喫茶店としているからな。こういった施設が表に出ないようにするには、地下に作るのが一番なのさ」
この倉庫には非常時の食料や怪我の治療に使われる医療品、戦闘に使用される武器などが貯蔵されている。
三人はさっそく、手分けして倉庫の中から目当ての物を探し始めた。
三人が探しているのはUGNの研究チームが開発した、治療用のクッキーである。
当然ただのクッキーではない。
非常にカロリー量が高く、また特殊な薬品が使用されており、摂取すると体内のレネゲイドを緩やかに刺激し自然治癒力を高め、素早く吸収したカロリーが体力回復に使用されるというもの。
言うまでもなくオーヴァード以外は口にしてはいけない。正直に言って、オーヴァードであっても口にするのは躊躇った方がいい。
戦闘用着ぐるみや戦闘用メイド服などを大まじめに作るUGN研究チームは頭のネジが少しばかり足りていないのだろうと思われる。
しかし研究チームが作るアイテムはどれも優れた代物ばかり。以前に試作され、保存が利くことを理由に倉庫にしまいっぱなしだった治療用クッキーも、きっと効果があるに違いない。
先ほどのディアボロスとの戦闘で受けたダメージの回復を早めるために、三人はそれを探しているのだった。
奥にしまい込んだからなのか、なかなか見つけられずにジバシが苦戦していると。
「これじゃないっすかねー」
八部江がどうやら見つけたようだ。袋を持ってナツキとジバシのもとへやってくる。
八部江の持ってきた袋にはびっしりと注意事項が書いてあり、三人の不安を煽る。なまじ袋の中のクッキーが普通の見た目をしているのが余計に怖い。
「…………」
八部江は無言で二人を見た。もともと戦闘でダメージを受けていない八部江には、このクッキーは不要なものだ。
必要なのは致命傷を負ったナツキと、自分の攻撃の余波で体に負荷をかけたジバシの二人である。
「…………」
「…………」
二人は無言でクッキーを手に取り、口に入れる。
無味。
だが確かに、二人は体内のレネゲイドが僅かに活性化したことを感じ取った。
どこか空恐ろしいものを感じ、三人の背筋に嫌な汗が流れる。
「……二人とも、今日は一度帰るといい。明日からまた、情報収集の続きをしようか」
ナツキの声が、静かな倉庫でやけに響いた。
・戦闘用着ぐるみ&メイド服
実際に装備品としてある。そして強い。
治療用クッキーはありません。




