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ミドルフェイズ4-1


 ナツキの作った昼食は絶品だった。さすがは人気喫茶店のマスターであり、料理の腕もかなりの物である。この店が繁盛する理由の一つに、マスターのつくる料理が美味しいことがあげられる。

 ナツキはそのまま食後のコーヒーの準備をしていた。

 ジバシはナツキの作るナポリタンが好きなのか、大盛りだったナポリタンをまだ食べている。


「やっぱり支部長のナポリタンは最高だ!」


 普段のどこか冷たい様子とは異なり、嬉しそうにナポリタンを頬張るジバシ。

 食後のどこかゆったりとした時間。まさしく日常の一コマ。しかしその時間は唐突に終わりを告げる。

 辺り一帯を突如として塗りつぶすように、肌を刺すほど濃密なレネゲイドの気配が満ちた。それは彼らオーヴァードにとっては馴染み深い感覚、すなわち『ワーディング』の気配だ。


「あらまぁ……」


 まだオーヴァードに覚醒して日の浅い八部江でもしっかりと感じ取れるほどの強いレネゲイドの気配に、彼の口から思わず声が漏れる。


「来たか……」

「ナポリタン食べてたのに……」


 静まりかえった店の外と闘争心を煽る強力なワーディングエフェクトが、非日常の始まりを告げる。


「ジバシくん、行くぞ!」

「はい!」


 支部長の号令に食事の手を止め、立ち上がるジバシ。


「行ってらっしゃーい」


 その二人の無事を祈り、見送る八部江。


「いや、お前も来るんだよ!」

「支部長、やっぱりコイツ足手まといですって!」


 結局、八部江も連れて行かれることとなった。



 三人はUGN支部から飛び出した。表の道路からは人通りが消え去り、一台の車すらなく不気味に静まりかえっている。

 だがそんな道路の真ん中に、一人の男が立っていた。

 三人は警戒を緩めることなく、その男に近づく。

 眼鏡をかけている、どこか神経質そうな目つきの不気味な男だ。八部江たち三人の方をじっと見ている。男は三人――正確には八部江を待っていたらしい。八部江の姿を確認すると、重々しく口を開いた。


「……キミが八部江君だね。私は春日恭二という。キミを迎えに来たんだ」


 名指しを受けた八部江は、男をにらみつけ叫ぶ。



「誰ですかあなたは!」

「私は春日恭二だって言っただろう!?」


 自己紹介をまさかの完全スルー。これには春日恭二も思わず声を荒げる。


「……まぁいい。八部江君。キミは素晴らしい力に目覚めたはずだ」

「あ、あざーっす」


 八部江の場にそぐわない軽い態度に思わず春日恭二も調子を崩す。これが今時の若者というものか……と春日恭二は戦慄した。

 しかし彼も『ディアボロス』の二つ名を持つファルスハーツのエージェントだ。この程度ではめげない。ずり落ちた眼鏡を元に戻し、気を取り直して勧誘を再開する。


「……我々が、力の使い方を教えよう。そんなUGNなんかに付いていてはいけない。我々FHは世界を変革し、人類を導く者たちだ。キミは選ばれたんだ。その資格がある、ついてきたまえ」


 春日恭二と名乗った男に射貫くような眼で見つめられ、八部江は少し思案する。

 いきなり現れた謎の男。そしてFHへの勧誘。胡散臭いにもほどがあるというものだ。

 しかし、八部江からすればUGNという組織も胡散臭いことには間違いない。いきなりこんな非日常的な事態に巻き込まれ、しかも今こうしてUGNとFHの戦いにも巻き込まれている。

 だが一つだけ、UGNとFHの違いを八部江は感じ取っていた。

 病院で目覚めたとき。ナツキとジバシの二人は決して八部江に危害を加えようとはしなかった。

 しかし目の前の男はどうだろう。今こうして八部江を説得している最中も、油断なく身構えている。

 そして何より――隠す気のない剥き出しの戦意。自身のレネゲイドに乗せ、周囲を埋め尽くす男の威圧感。同じオーヴァードになったからこそ感じ取れるその圧力には、有無を言わせず連れて行くという意思が見え隠れしている。

 だからこそ、八部江の応えは決まった。


「……人違いじゃないですか?」

「人違い? 調べはついている。ここでとぼけたって無駄だよ」


 微かな望みもなくなった。八部江も覚悟を決めるしかないようだ。

 せめてもの意思表示にと、八部江はナツキの後ろに隠れる。

 その場にいた全員が八部江の返答を理解した。


「まぁでも、渡すわけにはいかないよな」

「……やっちゃいましょうか」

「……そうか、仕方がないな。では無理矢理にでも連れて行くとしよう」


 ディアボロスが絞めていたネクタイを軽く緩める。

 ジバシがいつでも抜刀できるよう刀に手をかける。

 ナツキの周囲を覆うように、炎が揺らめく。

 そして八部江も自らの能力を発揮するため、自らのレネゲイドウイルスを広げつつ、バロールの邪眼である球体を周囲に出現させた。

 


 地面を蹴る衝撃音。まず真っ先に仕掛けたのは、ディアボロスだった。

 素早い動きでディアボロスは距離を詰め、瞬時にナツキの懐へ潜り込む。そのままナツキ目がけて右腕を振るった。

 咄嗟に身を引き回避しようとするナツキ。しかし突如ディアボロスの腕が伸び、獣のような鉤爪に変質したディアボロスの右手がナツキを貫かんと襲いかかる。


「支部長、危ない!」


 だが、その攻撃を阻んだのは八部江だった。

 八部江の持つレネゲイドの力。【オルクス】と名付けられたその力は、未だに解明されていないことが多い。彼らは周囲に自らのレネゲイドウイルスを『因子』として満たすことで、その限定的な領域内の物体を自由に操ることが出来るのだ。

 解明の進んでいない能力だが、その効果はわかりやすい。物体を動かす、瞬時に移動させる――すなわちサイコキネシスやテレポートといった超能力「らしい」現象を行使できるのだ。

 八部江は反射的に、ディアボロスとナツキの間の地面を大きく隆起させる。持ち上げられたコンクリートは擬似的な盾となり、ディアボロスの攻撃の手を阻んだ。


「チッ!」


 短く舌打ちをするディアボロス。だが所詮はレネゲイドに目覚めたばかりの者による防御。幾ばくかの威力を失いながらもディアボロスの右腕はコンクリートの壁を砕き、そのままナツキの腕を切り裂いた。


「ぐわっ!」

「「支部長-!」」


 鮮血が飛び散る。切り裂かれた直後からナツキの腕はレネゲイドの力によって再生を始めた。

 八部江もただ見ているだけではダメだと自分を奮い立たせる。

 数歩下がってディアボロスから距離を取りながら、再びエフェクトを行使する。

 彼の周囲に浮いていた小型の黒い球体――「邪眼」と呼称されるそれが妖しく光を放つ。


「ねじ曲がれぇ!」


 ディアボロスが立つ空間がわずかに揺らぐ。その揺らぎに気付いたディアボロスは小さくステップを踏んだ。

 次の瞬間、その揺らぎは空間ごとねじ曲げるように大きく歪曲した。しかしまだ制御が甘かったのだろう。戦闘経験も豊富なディアボロスはその空間からすでに離脱していた。


「次は俺だ!」


 そこに続けざまに斬り込むジバシ。愛刀を抜き、ディアボロス目がけて神速の一撃を浴びせる。


「くっ!」


 ディアボロスは咄嗟に腕を交差し防御。さらに腕を鱗のように硬質化させ、ジバシの斬撃を弾いた。


「浅いか!」

「“ディアボロス”春日恭二を舐めて貰っては困る!」


 しかし彼らの攻撃はまだ終わっていない。ナツキは自らの右手に炎を集め、それを剣にかたどる。灼熱に燃えるその剣で、お返しとばかりにディアボロスを切りつけた。

 ディアボロスも硬質化した腕で何とか炎剣を防ぐが、連撃にたまらず距離をとる。


「くっ……なかなかやるじゃないか」


 ディアボロスは好戦的な笑みを浮かべる。


「だが、まだだ!」


 ディアボロスは地面を蹴り、再び三人へと襲いかかった――。


・バロールの邪眼

 バロールシンドロームの人たちが使うファンネル的な何か。重力を操るために必要だったりそうでもなかったりする。見た目や大きさは演出により様々。


・オルクス

 領域を操るシンドローム。とても格好良い。


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