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オープニングフェイズ3


 交差点で起きた、バス横転事故から少し後のこと。

ここは事故の起こった交差点から少し離れた場所にある、小さな喫茶店。まだ20代の若いマスターが切り盛りするこの店は、下校途中の学生や近所の人でいつも賑わっている。

そんな人気の店は、今は入り口に「closed」の立て札を掲げていた。

 ひっそりと静まりかえった店内には、明かりはあるものの店主の気配はない。

 この店の店主は今――店の地下にいた。


 喫茶店は世間の目を欺くための仮の姿。この建物の本当の役割、それはUGNのN市支部である。UGNは各地の都市に支部を置き、その街の安全を守るために活動しているのだ。

 喫茶店に隠された地下室。調度品で適度に飾り付けられたその部屋で、一人の男性がパソコンの画面に向き合っていた。

 彼はこの店のマスターであり、そして若くしてUGNのN市支部長を任される男、ナツキ。

 そしてパソコンのビデオ通話画面に映っている相手は、UGNの日本支部長――すなわちナツキの上司にあたる人物、霧谷雄吾。

 霧谷は真剣な表情で口を開く。


「先ほど、N市でバス横転事故が起こりました。ジバシくんが別件の調査で偶然その現場に居合わせており、ワーディングエフェクトを確認した、という報告がされています」


 それは数時間前に近くの交差点で起きた事故についてだった。

 ナツキの部下であるジバシからの報告はナツキも受けている。


「現場に急行したUGNの処理班が、八部江という学生を保護しました。爆発炎上したバスのなかでも無傷。つまり彼もオーヴァードです。現在はUGNの病院で治療を受けています。そこでナツキくん」

「はい」

「N市支部長であるあなたの管轄となりますので、八部江くんのケアとそれからUGNについて彼に説明してあげてください」


「えっ?」


 まさか仕事を全て押しつけられるとは思っていなかったのだろう。ナツキは場に似合わない素っ頓狂な声を上げた。

 霧谷は苦笑いを浮かべながら、もう一度繰り返す。


「八部江くんのケアと、それからUGNについて彼に説明してあげてください」

「ああ、なるほど了解です」


 ナツキは今度こそきちんと返事をした。


「それからあなたの市では“ディアボロス”春日恭二というFHエージェント、それから“シューラヴァラ”という新手のエージェントが何か企んでいるようです。彼らに注意してください」

「了解」

「“シューラヴァラ”についてなのですが、申し訳ありません。分かっているのは彼のコードネームだけです。本名は分かっていません。“シューラヴァラ”という名前を少し調べたところ、古代インド叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する英雄ラーマが使った武器で、意味は『鋭き投槍』という意味だそうですよ。そのコードネームが何を意味するのかは私たちにはまだ分かりませんが」


 ディアボロスにシューラヴァラ。久々にきな臭い話になってきたとナツキは思案する。

 シューラヴァラは新手のエージェントということもあり詳しい情報はないが、ディアボロス春日恭二は名高いFHエージェントだ。かなり積極的に表だって活動するFHエージェントであり、日本各地で彼の行動が確認されている。

 部下のジバシは春日恭二と過去に何度か交戦経験があり、ある種腐れ縁ともいえるほどだ。それだけにジバシやナツキは“ディアボロス”春日恭二の実力が高いことも知っている。


「ナツキくん。あなたには彼ら二人の調査、および八部江くんの保護を命じます」


 霧谷からの命令を受け、ビデオ通話が終了する。

 パソコンの電源を落とし、ナツキは椅子の背もたれに体重を預けた。

 このN市も、しばらくは平和な日々が続いていたというのに。困ったものだとナツキは頭をかく。

 そのとき、彼の手元で携帯電話が鳴った。


「はい、もしもし」

「支部長――目が覚めました」


 それは部下であるジバシからの短い報告。ジバシには意識を失った男子高校生、八部江の病院まで付き添い、彼が意識を取り戻し次第報告するように命じていた。


「了解」


 ナツキも短く返事をして、通話を終了する。

 やれやれ、とでもいうように首を回すと、席から立ち上がる。

 日常から超常への仲間入りを果たしてしまった少年、八部江の元へ向かうため、ナツキは地下室を後にした。


・春日恭二

 ダブルクロス界のアイドル、みんな大好きディアボロスさん。

 FHのエリートエージェントで、あちこちのセッションに登場する。


・霧谷雄吾

UGNの日本支部長。偉い人。あちこちのセッションに登場し主に後始末を任せられる苦労人。

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