オープニングフェイズ2
銃刀法違犯、ダメ、ゼッタイ!
ここは夕暮れの商店街。駅からも近いここは多くの人が行き交い、どこからか威勢の良い声が聞こえてくる賑やかな場所だ。買い物に来た主婦や、下校途中に立ち寄る学生。その他大勢の人で溢れている。
誰もが日常を、平和を享受している。
だが彼――ジバシはその日常が今、危ういバランスの上に成り立っている物だと知っている。そして、だからこそ日常を守るためにジバシはここにいるのだ。
ジバシは一見して普通の高校生――だがその正体は『ユニバーサルガーディアンネットワーク』という組織のエージェントだ。
このUGNという組織は、とあることが原因となって世界のバランスが崩れようとしている今――その世界の平和を守るために活動している。
ジバシは幼い頃からこのUGNで訓練を積んできた、若くして実力のあるエージェントだ。
そんなジバシもまた、商店街の人混みの中を歩いている。しかし彼の注意は周囲の店には向けられておらず、ただ一人を追い続けていた。
ジバシが追いかけているのは一人の学生。どこにでもいるようなその学生を、相手に悟られないように尾行している。
ジバシが尾行をしているのは矢神秀人という学生。この近くの高校に通う、高校二年生だ。
ここ数日かけてジバシは矢神秀人のプロフィールを調べ上げた。
成績・運動共に普通。部活動は帰宅部で、特に目立った点はない。いわばどこのクラスにでもいるような目立たない生徒だ。
だが彼にはUGNが追っているテロリスト集団、『ファルスハーツ』のエージェントではないかという疑いがかけられている。
その真偽を確かめるためにジバシはここ数日、矢神の行動に怪しい点がないか尾行して調査しているのだ。
矢神は何か目的地があるようには見えず、ただ商店街の中を歩いている。後ろから尾行しているジバシに気づいている様子はみられない。
そのままジバシは矢神を追っていたのだが、突如、曲がり角から自転車が飛び出してきた。ジバシは慌てて避ける。
「す、すみません!」
自転車に乗っていた人物はジバシに頭を下げて、どこかへ去っていく。
幸い、ジバシが咄嗟に避けたため双方に怪我はない。だが自転車とぶつかりそうになったジバシは運転手に文句の一つも言いたくなった。もうどこかへ行ってしまったが。
ひとまずぶつからずに済んだことに安堵し、ジバシは改めて矢神の尾行を再開しようとする。
だがその一瞬に目を離した隙に、矢神は人混みの中に紛れてしまっていた。
「マジかー」
やってしまった、という様にジバシの口から情けない言葉が出てきた。
一度見失ってしまえば、この人混みの中から再び矢神を見つけ出すのは困難だろう。もしやと思い後ろを振り返ってみるも、当然そこに矢神の姿はない。
どうしたものか、とジバシが途方に暮れていたそのときだった。
ドーン! と近くの交差点で大きな音。その音でジバシの緩んだ意識が再び最大まで張り詰められる。
何事かとジバシが急いで現場に向かうと、その交差点で一台のバスが横転していた。さらに大きな音を立ててバスが爆発し、車体から火が出ている。このままガソリンに引火すれば大変なことになるだろう。
「……マジか」
だがそんな大きな事故が起きているというのに、辺りは時が止まったように静まりかえっている。
先ほどまで大勢いた人は気がつけばどこかへ行ってしまい、ジバシの周囲には人っ子一人いなくなっている。
それと同時に、ジバシは周囲を包む肌を刺すようなピリピリとした空気に気付く。危機感と闘争心を煽るような、自分の体の奥底に眠る何かを呼び覚ますようなこの独特な空気の変化を、ジバシはよく知っている。
ワーディングエフェクト。そう呼ばれるこの現象は、日常が超常へと切り替わる合図。
このワーディングが発生した場にいるものは誰もが、日常から切り離されてしまった者たちだ。
ジバシは周囲を見回す。そして怪しい人影はすぐに発見できた。
交差点に面したビルの屋上。血のように真っ赤な夕日を背にするようにして黒い人影が立っていた。
ワーディングが発生しているこの場に、一般人は存在しない。そしてジバシの他に、近くにUGNの他のエージェントがいるという情報はない。
で、あるならば敵だ。
ジバシの判断は迅速だった。黒い人影のいる屋上まですぐさま駆け出す。
だがそのジバシを遮るように、どこからともなく三人の男達が現れた。
三人とも黒いマントの様なものに身を包んでおり、さらにはマスクで顔が見えない。だがその姿は、どうみてもジバシに対して友好的とは言えなかった。
そして三人の男達が右手をかざした瞬間。
――その手に、炎で出来た剣が現れた。
これこそが、常識ではありえない超常の力。
世界の平和を壊しかねない、日常の裏側の真実。
レネゲイドウイルスという未知のウイルスによって引き出される、ただの人間には不可能な現象を起こす力。それら超常の力を操るものたち――オーヴァード。
世界の平和を守るためにUGNが隠蔽し、テロリスト集団FHが悪用する力だ。
ジバシも戦闘に備え自らの獲物を構える。背中に背負っていた細長い袋から取り出したのは一振りの日本刀。もちろん模擬刀ではなく真剣だ。
銃刀法など、この異能が蔓延る空間では些細な問題。
ジバシは油断せず、刀を構えた。
先に動いたのは三人の男達。その手に持った炎の剣で、ジバシへと斬りかかる。
炎の刃がジバシの体を三方向から切り刻み――そのあまりの手応えのなさに男達に動揺が走る。
だが、気付いたときにはもう遅い。
この空間にいるジバシも、オーヴァードでないはずがないのだから。
「――それは残像だ」
男達の耳にジバシの声が届くと同時に、彼らはジバシの持つ日本刀で斬られていた。
人間の限界を超えた速度で振るわれた目にも止まらぬ早業に、男達は崩れ落ちる。
ハヌマーンシンドローム。ジバシが持つ異能はそう名付けられている。
レネゲイドウイルスによる異能の力にはいくつかの種類があり、そのなかから一つ、あるいは数種類が複合する形で発症する。
ハヌマーンが司るのは振動と速度。ジバシは目にも止まらぬ速さで動き、音より速く敵を切り裂く。
そうして彼に付けられたコードネームは『振動する疾風』
傷を負った男達はよろめきながらも立ち上がり、すぐに逃走した。オーヴァードに共通する力として、人間にはありえない回復能力がある。命を落としかねない怪我でも、たちまちにふさがってしまうのだ。
ジバシはビルの屋上へと視線を向ける。だが、そこには先ほどまでの黒い人影はなかった。
後に残されたのはジバシと、その背後で炎上するバス。
バスからは助けを求める悲鳴が聞こえる。
気がつけばワーディングは消えていた。しばらくすれば、ワーディングの影響で無意識にこの場所を離れていた人たちも戻ってくるだろう。それまでに後始末を済ませなければ。
ジバシは日本刀をしまうと、すぐにUGNの支部へ連絡。救援を要請する。
バスへ駆け寄ったジバシは救援が来るまでの間に少しでも人を助けようと、バスの残骸をどけながら中の人へと呼びかけた。
大きな事故だ。奇跡的に軽傷で済んだものから意識を失うほどの重傷を負っているものまで、数多くの怪我人がいる。
だが――ジバシがバスの残骸をどうにか撤去していると、一人の人物に気がつく。学生服を着た、男子高校生だ。
この事故で誰もが多かれ少なかれ怪我をしているのにも関わらず、彼だけは無傷。
そしてその無傷の彼は、一人の少女をかばうようにして意識を失っていた――。
・UGN
ちょっときな臭い噂もあるけど、おおむね世界の平和を守る正義の組織。
・FH
たまにいい人もいるけど、おおむね悪いことをする悪の組織。
・レネゲイドウイルス
超能力を引き起こす危ないウイルス。人以外にも動物とか無機物とか概念にも感染するという、とても不思議なウイルス。
・ワーディング
超能力者たちがバトルしても一般人に被害がでないご都合主義フィールドを形成する超能力。とても便利。




