オープニングフェイズ1
昨日と同じ今日。今日と同じ明日。繰り返される代わり映えのない毎日。
だからといって退屈なわけでも世の中を悲観しているわけでもなく、人はその日々の中で楽しいことや悲しいことと出会い、それなりに満足して生きている。
彼、八部江もそうだ。
今日もいつものように制服を着て高校へ通い、いつものように授業を受けて帰宅する。
ただいつもと少し違うのは、今日は日直だったために帰るのが普段より遅いことだ。帰宅部である八部江は、普段ならもう少し早い時間に下校する。
夕日に染まった街を、普段より少し早歩きで駅へ向かう。
だが、そんな日に限って電車が遅れているらしい。駅の電光掲示板には、彼が利用する電車の遅延情報が表示されていた。
駅員が、振り替えで臨時のバスが出ていると教えてくれる。
電車で帰るより時間はかかるだろうが、その電車が遅れているのなら仕方がない。
「残念」
小さく呟いて、時間を潰して電車で帰るか迷う。しかし結局、八部江は臨時バスが出ているというバス停に向かった。
臨時バスというだけあって人が多い。社会人や学生が、バス停に集まっている。
やってきたバスに乗り込み、どうにか八部江は座席を確保することができた。席に座って、窓から夕日に染まった街を見る。無数の人が行き交う、どこにでもある風景だ。
その時だった。
「あ、八部江くんも今帰りなんだ」
声をかけられ八部江は振り返る。そこには一人の女子生徒が立っていた。
八部江と同じ学校の制服を着た彼女を、彼は知っている。
彼女の名前は綾瀬真花。八部江と同じクラスの女の子だ。人付き合いがよく可愛らしい彼女はクラスでも男女問わず人気がある。
「今日は、タイミングが悪いみたいでさ。部活とか先生の用事とか色々重なっちゃって、気がついたらちょっと遅くなっちゃった。八部江くんもそうなの?」
「ああ。俺、今日の日直だったから」
「そっか。お互いついてないね」
綾瀬はそう言って微笑む。
「……あ、隣座っていい? ほら、混んでるみたいだし」
「いいよー」
八部江は快諾し、彼の隣に綾瀬が座った。
すぐにバスは動きだし、二人を乗せたバスは夕暮れの街の中を進んでいく。
バスが出発しても、二人は互いを意識してか黙り込んでしまう。
だがその空気に耐えられなくなった八部江が口を開き、
「おぉ、今日は――」「――あのっ!」
大変だったな、と八部江が続けるより先に綾瀬と声が重なった。
二人の間にまた気まずい空気が流れる。気恥ずかしいのか、お互いの頬が心なしか赤らんでいる。
「えっと、その、先に何かある?」
照れる綾瀬が先に話し始めた八部江に続きを促す。が、八部江も大した話があるわけではない。
「え、や、あの、ど、先に、いいよ?」
照れて言葉に詰まりながらも、綾瀬に先を譲る八部江。
「あ、じゃああのね、聞いてもいいかな?」
「何?」
「噂なんだけど……八部江くんの好きな女の子がクラスのなかにいるって、ホント?」
急な綾瀬の発言に、八部江の思考が止まってしまった。
質問した綾瀬の頬が夕日のせいか照れているのか、いつもよりも赤らんでいるがそれにも気づかない。
八部江の好きな女の子――好きと言うより、気になっているという程度だが――それはクラスでも人気の高い、目の前の彼女に他ならない。
どう答えるか短い時間で迷った後、八部江は誤魔化すことにした。
「き、気のせいじゃ――」
しかし、その言葉が最後まで続けられることはなかった。
突如、バスに急ブレーキがかかり、乗客から悲鳴があがる。
それだけではない。大きな衝撃とともに天地がひっくり返り――八部江は意識を失った。
意識を失う直前、隣にいた彼女が無事であることを祈って。
こうしてこの日この瞬間、八部江の日常は終わりを告げた。
小説としてまとめると、随分短くなってしまった……




