<13>
――気が付けばいつも二人だった。
夕焼けにも似た柔らかなオレンジの明かりに包まれて、ただ静かに君との時間を想う。
目を閉じると全ての風景に君がいて、全ての出来事に君がいる。
隣に誰かがいることを認識したその日から、君がいつも隣にいた。
君と初めて交わした言葉は覚えていないが、記憶の底に沈む君の最も古い言葉を覚えている。
「悲しいの?」
そう幼い君が聞いたのは、一体何に対してだったのか覚えていない。だが覚えていないだけで、今ならその言葉の意味がはっきり分かる。
おそらく君はこう尋ねたのだろう。
「生きていることが悲しいのか」と。
それに自分は何と返したのだろう。
今となってはどうでもいいことなのだが、それが小さな棘になって、時々疼く。
生きているのが悲しいのかと今問われれば、悲しみという言葉で片づけられるほど簡単なものではない、と答えるだろう。
この足下から全てが消え去るような喪失感、目を閉じれば全てが闇に沈みそうになる絶望感、そして不安定な事実という名の現実を、簡単に言葉などでは片づけられない。
この心の表面を覆う理性という仮面は、君への想いだけで形を保っている。
この仮面を脱ぎ去ったときに残されるのは、狂気という安楽の世界であることを心はよく知っていて、今か今かと理性を手放すその時を待ち続けている。
思えば君は初めから見抜いていたのだろう。
この心の中にある微かな戸惑いと、君を失う事への恐怖感を。
君以外に対する時の見せかけの強さとはかけ離れた、どうしようもないほどの心の弱さを。
君を乞い、君を求め続けるだけにある、この卑屈なまでの脆さを。
それを知りつつ君が託したものは、あまりにも重く、あまりにも常気を逸していた。
それでも君は分かっていたのだろう、君を失うことの出来ない自分には、それを断ることなど決してできやしないということを。
そして君の願いを完璧なまでに叶えない限り、死ぬことが出来ないというこの狂気を。
重いからこそ、君の狂気を受け止められるのは自分だけであることもよく分かっている。
君の狂気を知りつつも、その狂気が君そのものである事を知り、それを止めることのできなかった事を、仲間達はどう思うのだろうか?
君のためなら全員を殺しても何の感慨もわかないと、そう思えてしまうこの自分のことを、おそらく皆はいうだろう「狂っている」と。
そうだ、自分はとっくに狂っている。
あの時、あの瞬間に彼女と共に正常な心は闇の中に消え去ったのだから。
――あの時、君は幸せそうに微笑んでいた。
蕾がゆっくりと綻びてゆくように、ただ密やかに穏やかな、あまりにも幸せな微笑みだった。
共に過ごした時間の中で、君にそんな顔をさせることなど自分には出来なかった。その笑みに完璧なまでの絶望を味わった。
彼女の狂気に、自分の愛情は全く叶うことがなかったのだと。
そして彼女が――狂気そのものであったこと。
夕焼けにも似た、オレンジの柔らかな光の中に、一糸纏わぬその白く美しい体で、何の迷いもなく君はそこに立っていた。
君を見つめて立ちつくしていると、歩み寄った君の冷たい掌が、静かに差しのばされて頬に触れた。華奢な君の瞳を見つめると、狂気に支配されているはずのその瞳は限りなく透き通っていて、一点の曇りも存在しなかった。
むしろ今は自分の方が、澱んだ目をしてるだろう。
頬に触れられた君の手を取り、ゆっくりと君の前に跪く。
「本当にもう、終わりなのか?」
言ってはいけない言葉が囁きのような微かな声で自然とこぼれ落ちた。案の定君は困ったような顔で、いつものように小さく首を傾げた。
「ごめんなさい」
「どうしても止められないのか?」
「……ええ」
静かに目を閉じた君の体を、跪いたまま強く抱きしめると絞り出すようにして君に告げた。
「愛しているんだ」
「分かっているわ」
「それならっ……!」
「でもこれが私のゆく道なの。例えあなたにだって止めることはできない」
君の言葉はいつものように迷いがなく、何よりも真っ直ぐに前だけを見つめていた。
最初から君を止めることが出来るものなどこの世に存在しないことなど分かっていた。
それでも奇跡的な確率でしかあり得ない状況でも、君を引き留めずにはいられなかった。
滑らかに曲線を描く君の腹に頬を寄せている頭を、君は優しくかき抱いて囁いた。
「ねぇ、こう考えてみて。この世界に満ちる私の子供達は、みな私の一部を持っているのよ。だから私が死ぬわけじゃない。私はこの世界に満ちるの」
「でも君は君でしかあり得ない」
思いの外、自分のその声は弱々しかった。もう分かっている、諦めている……それでも縋らずにはいられない。
「私は私の体を単体として持つことが苦痛なの。この体はただの作り物だもの。自由なのは心だけ。あなたなら分かるでしょう?」
あまりに真っ直ぐな君の瞳は、澱んだ心に真っ直ぐ突き刺さる。
「それは……君と同じだから」
この言葉が逃げだということくらい、君には分かっているのだろう。優しげな微笑みでこの言葉を流して、君は君の言葉を綴る。
「あなたは強いわ。それを受け止められるくらい。でも私は駄目ね。この体に憎悪しか覚えない。だから私を分解してしまいたいの。汚れた手で作り上げられた肉体を完全に分解し、自分自身の力で再構築することで、私は初めて自分の存在を愛せるようになるわ」
違う。強いのは君だ。俺は君を失うことが怖くて、だから君を止めることも自ら死を選ぶことも出来ない。だが君の瞳は最早こちらを見てはいなかった。夢見心地に君は言葉を紡ぐ。
「子を持つことが出来ない不完全な私の遺伝子を分け与えた子供たちが生まれることになって初めて、自分を許せると思うの。だって私自身が許した汚れなき遺伝子が生命としてこの世界に満ちるのよ? こんな素敵な事ってあるかしら」
その声は決して揺るがない。
君に触れているのに、君の心はすでに、遙か高みへと登っていてこの手が届くことはないのか。この手にまだぬくもりを感じることが出来るというのに、君はもうここにはいないのか。
じっと触れていると、君は優しく髪を撫でてくれながら、ポツリと呟いた。
「……でもね、少し惜しいかな? あなたがこんなに愛してくれた体だものね」
「それなら……」
「それでも駄目。お願い、もう終わりにして」
そっと君の体を離すと、君は優しくこちらを見ていた。慈愛に満ちたその姿は、滅び行くこの世界の中ではおとぎ話にしか存在しない、聖母を思わせた。
静かに立ち上がり、自分よりも遙かに小さいその体を、最後にもう一度抱きしめる。
おそらく君は気遣ってくれていたのだろう。ずっと君の恋人で、君の片割れとして生きてきた、それ以外の生き方を知らない、この哀れな一人の男を。
「さあ、始めましょう。終わらないと、始まれないから」
柔らかな微笑みを浮かべる彼女の頬に手を触れ、静かに唇を重ねた。これが最後になることをお互いに分かっていたから、長く深いキスだった。
静かに唇が放されると、君は今まで見たことの無いような、幸せな微笑みを浮かべていた。そこには透き通ってしまうほどに澄んだ、綺麗な瞳があった。もう二度と見ることが出来ない、美しい瞳が。
「さよならアサギ。愛してるわ」
「俺も愛してるよ、エネノア……」
頬に触れていた手を、ゆっくりと細い首にかける。
両手で白く細い、愛おしい恋人の首をゆっくりと絞め上げていく。
目を閉じた彼女の顔は、苦しさをみじんも感じることもないくらい、幸福そうだった。
何故、こんな顔をしていられる……。
何故、こうまでして自らの狂気を完結させねばならないんだ。
君の持つ狂気に、怒りとも嫉妬とも着かぬ感情を覚えた。自分はもう狂っているのかもしれない。そうでなければ、愛する人の首など、絞められるわけがない。
例えそれが彼女の切なる願いだったとしても……。
やがて苦しげに体全体を喘ぐように振るわせてから、ゆっくりとその愛おしい人であった体は力を失った。ゆっくりゆっくりと華奢な身体から暖かな命の名残が消えてゆく。
もう二度と動かぬ体を、そっと腕に抱き、崩れるように座り込んだ。喉の奥から嗚咽がこみ上げてくる。
昔この世界を作り上げたのは、大いなる神という存在だった。
神は人々を愛と慈悲によって導き、人々を約束の地へ導くのだという。
神という名の幻想を信じ伝えてきた人類よ、見てみろ。
世界は滅びつつあり、人々に救いの手を差し伸べる存在などいない。
残された人類の希望を託されたこの船は、神の作らせ錫た『箱舟』ではない。
これは柩だ。
神の手によらず産まれてきた、唯一無二の狂気が産んだ、人類を葬り去るための柩なのだ。
これは復讐だ。俺たちを生み出した世界に対する、復讐だ。
神よ、そこにいるのか?
何故俺たちがこの世に産まれることを黙って見過ごしたのだ。
何故、産まれたその時に息の根を止めてはくれなかったのだ。
何故、完全に壊れた俺たちに、その救いの手を差し伸べてくれなかったのだ。
愛しい人をこの手にかけ、人類の多くを消滅させるこの狂気を……
何故止めてはくれなかったのだ!
どうして、どうして彼女を救ってくれなかったんだ!
自分の呼吸音だけが妙に響く静まりかえった受精卵培養プラントで、封印された受精卵を前にアサギの遺書を手にしたままアーティスは座り込んでいた。
アサギらしく事務処理、以後の計画、引継業務から始まっていたその遺書は、途中から真実への告白へと代わり、最後にはアサギの血の滲むような感情の吐露へと変わっていった。そこには冷静にして完璧主義者たるアサギ・トモナガの姿はどこにもなく、ただ愛するが故に恋人を殺さざるを得なかった一人の男の苦悩と苦痛、そして喪失感と狂気が溢れていた。それは全てエネノアへの愛に他ならなかった。
完璧主義で、たまに人を食ったような物言いをするアサギ。他人に厳しいがそれ以上に自分に厳しかったアサギ。子供の頃からずっとずっと憧れ続けてきた、師とも兄とも言える存在であったアサギ。彼の中にこれほどまでの苦悩が隠されていたなんて考えても見なかった。そのアサギが隠してきた自らの感情を何故アーティスに託したのか、それも遺書を見て理解した。そこには赤裸々なまでの彼の感情と同時に、彼らしく全ての真実が事細かに印されていたのだ。
……自分の死後、アンジェラと共に生きて行くであろうアーティスに宛てて。
一度エネノアを手にかけてしまったアサギははアンジェラを殺すことが出来なかった。だから彼女の記憶を消して彼女が幸せになることを信じて死のうとしていたのだ。それを初めてアーティスはこの遺書を見て知った。彼は本気でアンジェラをアーティスに託そうとしていたのだ。そしてそのために劇的に自分は事件の幕を引こうと考えた。みんなの恨みを自分に引きつけ、アンジェラを優しく仲間として受け入れて貰うように画策して。
「水くさいよアサギ」
一人呟く。
「そんなことしなくてもみんな仲間としてアンジェラを受け入れたよ。もっと信じてよ」
殺されたフォリッジは、エネノアの遺伝子から作られた一族の第一世代だった。女神として彼らを生活できるまでに指導したエネノアを信奉し、自ら望んで『箱船』に残ったのだという。彼女が箱船に残る条件は、『約束の日』に起きてくる仲間の目に触れないようその日までに命を絶つ事だったのだ。
フォリッジはその条件を呑み、命のタイマーを自ら約束の日にセットして、主人格エネノアと副人格アンジェラの狭間で時折混乱の起きる、不安定な彼女の世話をしていたのだという。
つまり彼女の死は殺人ではなく、エネノアに殉じた殉死だった。アサギが手を下していたわけではなかったが、医務室から全てのデータを消したのも、彼女を細胞レベルまで分解したのもアサギだった。遺伝子データを解析すれば、エネノアと受精卵を合成して作った人類だと言うことはすぐに分かってしまうからだ。
そして一人になったアンジェラは、迷いなくアーティスの元に向かった。彼女がアーティスの部屋にいられたのは、全てアサギの誘導による物だったのだ。エネノアはアサギを愛していたが、アンジェラは彼女自身を知る数少ない人物の一人としてアーティスを信用していた。それはきっとその瞬間のアンジェラにとっては本当の愛情だったのだ。
そして彼女はアーティスがアンジェラに語った理想の惑星エデンの未来図を守るために、ほんの百人分の受精卵を守り主人格を裏切ってしまった。消え去りつつあった主人格のエネノアはそれを知らなかったが、当然ながらアサギは知っていた。そしてロックされた受精卵の封印を、アサギはアンジェラの中にいるエネノアに伝えず守った。
アーティスにアンジェラを幸せにさせるひとつの礎とするために。
遺書にはこう書かれていた。
『二人で封印を解くといい。幸せになれ。心からそう願っている』
でももうアンジェラはいない。誰よりも強く結びついたアサギとエネノアは、例え何があろうと離れることなど決してなかった。最後の瞬間、アンジェラは記憶の混乱の中で確かにアーティスではなくアサギを選んだ。エネノアに戻っていなかったというのに、アーティスの言葉に耳を貸さずただアサギを見つめていたのだ。そして見つけたアサギの遺言。
「ずるいよ、アサギ。敵うわけないじゃないか……」
何よりも深い絆と狂気と愛情で幾重にも結ばれた二人の想いに、ただただ二人を憧れて見つめるだけだったアーティスが敵うわけがない。太刀打ちなんて出来るはずもない。なのにそんな簡単なことを分からずアンジェラをアーティスに渡そうなんて、計算違いも甚だしい。
「らしくないよ、完璧主義のアサギ。二人の絆は絶対なのに、どうして他人が結び直せると思ったの? エネノアを幸せに出来るのは僕じゃない、アサギだけだろ?」
でもそのアサギもエネノアを幸せに出来なかった。エネノアを幸せに出来たのは死という暗い誘惑だけだったのだ。その時ふとアサギの迷いがかいま見えたような気がした。何故彼がエネノアの記憶を消し、不必要となった彼女を生かしたのか。それはきっと何も知らないアンジェラをエネノアとして愛し、本当に幸せにすることが出来るのではないかと迷ったからではないのか。クローンは記憶が移せなければ他人だ、だからこそ悲惨な幕切れを迎えた二人の関係をもう一度やり直せると思ったのではないだろうか。
アーティスは弱いからそう思ってしまうが、アサギが本当はどう思っていたかなんて今更もう聞きようがない。もう誰にもアサギの気持ちは分からない。
もし自分だったらどうするだろう。そんなことを考えてぼんやりと天井を眺めた。アーティスの元には同じ部屋で生活していたアンジェラの髪が数本残されていた。何気なくその綺麗な髪を軽く結んでしおり代わりに自分の本に挟んだのだ。だから髪から遺伝情報を取り出して彼女を作ることは出来るが、そうして作り上げた彼女をどうするのかと考えると寒気がしてしまう。
自分の理想の石像を作り上げて、その石像に恋したピグマリオンにでもなれというのか。赤子から作り上げた理想の女性を、自らの手で自らを愛するように仕向けて、そして欲望を果たすのか。だがそれは甘美な誘惑でありつつも、恐怖だった。人が人を自らの欲望のために作り上げてはならないという倫理観は、アーティスの中にしっかり根付いている。
それだけではない。記憶を持たないアンジェラがアサギを選んだあの一瞬を思い出すと、そんなことは出来ない自分の気持ちを理解している。エネノアは結局エネノアであり、アーティスとは結ばれない。そんなことは嫌というほど分かっていた。
だとしたらと自分はどうしたいのか、どうすればこの空虚さを埋められるのだ。
そう思った時、初めて出会った時のエネノアとアサギの顔が浮かんできた。初めて出会った時、温室の木々の下で顔を寄せ合い、二人は幸せそうに身を寄せ合って笑っていた。その姿に子供ながらアーティスはみとれて立ちつくした。そこだけ空気が違っているかのように柔らかく暖かかった。もしもう一度その姿を見られたのならば、この心の空虚さを埋められるのではないだろうか。
クローンのエネノアを作り上げ、何も知らないアサギのクローンと出会わせたなら、二人は今度こそ仲間の手によって美しい星へと成長したエデンで幸せになれないだろうか。不幸と苦悩の記憶がなければ、二人は普通の幸せを手に出来るのではないだろうか。
それこそ聖書の中に登場するアダムとイブのように。何よりも憧れ続けた二人が憧れ続けたその姿で微笑んでくれるなら、もう不幸は起きないだろう。アンジェラのように悲しい存在は生まれないのだから。
だがそれはアーティスの抱く妄想に過ぎない。アーティスがそう考えることを見越してか、アサギは自分の遺伝子データはおろか細胞の一欠片すら残していかなかった。共に死んだはずのアンジェラの細胞も残らなかったのだ。
お手上げだ。アンジェラを再生してピグマリオンになれない上、アサギを再生して楽園の神になることも出来ないのだから、自分は一人の人間として苦悩と共に生きるしかないのだ。全ての気力を失いつつも、アーティスは小さくかけ声をかけて立ち上がった。
そろそろ受精卵の封印を解いて仲間を起こさねばならない。それはアーティスの使命だ。
アンジェラが施した封印が何か分からない以上、仲間には知られたくなかったから誰も起こすことなく、ただ一人アーティスはここへやって来た。アサギの言ったとおり仲間たちは全て自室のベットで眠りについている。
彼らに何と報告するべきかとぼんやり考えつつも、受精卵のコントロールパネルを開くと、死滅した中にほんの僅かに光る部分があった。たった百人の受精卵。それがアンジェラがアーティスに残したもの。
「『箱船』封印を解除」
『パスワードをどうぞ』
「管理者権限でパスワード解除」
そう、パスは管理者権限で解ける。だからアサギはパスを知っていた。そしてそれをそのまま残した。アンジェラとアーティスの未来のために。
『了解。パスワード解除』
言葉と共に、パネルに一文字づつ文字が現れた。『箱船』が自らパスを入力しているのだ。
「うっ……」
声が漏れた。
「うっ、くっ……」
堪えようとしても嗚咽がこみ上げてくる。
もうアンジェラはいないのに……もう触れることも話すことも出来ないのに……。
コントロールパネルの上に、無機質な緑の文字が浮かび上がっていた。
『アーティー、大好き』
「ううっ……」
二人の不幸の狭間に自ら望むことなく生まれ、一つの身体に二つの心を持ってしまった可哀相なアンジェラ。彼女に幸せになって欲しかった。幸せにしてあげたかった。
だけど例え記憶を消しても、全てをやり直しても、決して彼女は幸せにはなれない。
彼女が命をかけてでも本当に愛するのは……アサギなのだ。
でも、それでも、彼女がアーティスを見つめて愛を告げてくれたあの一瞬だけは、彼女は間違いなくアーティスの恋人だった。それだけは自信を持って言える真実。
ほんの一瞬、だが永遠にも似た時間が、二人の若い恋人たちに与えられたたった一度の愛情の交歓だった。
「あぁぁぁぁぁ!」
体中から溢れる喪失感で床に突っ伏して、声の限りにアーティスは絶叫した。