第8話 ちょうぜつかわいい子
朝の乱闘事件も、何事もなかったかのように時は過ぎていった。
まぁ、あれを引きずってまたあの訳の分からん連中に絡まなんてことはなくて良かったということだ。
月河はあのリーダー村下に休み時間に何回か呼び出されていたみたいだったがな。
ご苦労なこった。
俺には何事も起こることがなく、平穏無事な時が過ぎていって昼休み。
「今日こそ一緒にお昼食べませんか?」
満面の笑みを浮かべて隣の席の月河が俺にそう言ってくる。
実は昨日もあったことだったんだが、女と一緒に飯を食うってこと事態俺にとっては許しがたいことだ。
何が楽しくて俺の静寂の一時を邪魔されなければいけないのか分からない。
何か知らんが、月河の隣でその友達であろうAさんがにまにましながらこっちを見ている。
クソうぜぇ。
俺はそんな月河の申し出を無視して購買へと向かおうと思ったのだが、そこで気がついてしまった。
俺の残金のことだ。
昨日夜体力を付けるためにマラソンをしている時、途中で人力飛行機製作用の工具……と言っても、接着剤なんだが、それを途中で買ったんだ。
それで残金が全然ないことに気がついたんだった。
財布の中身を確認してみる。
「…………」
俺は一旦購買へと向かう為の足を止めて、引き返した。
そして月河の目の前で立ち止まる。
「グッドアフタヌーン」
「え!? ぐ、グッドアフタヌーン」
「いい昼だな」
「そうですね! それなら、ぜひお昼を一緒に食べませんか!? ほら! 今日も二つ用意しているんですよ?」
月河の手には可愛いピンク色の弁当包。
一人で一人食べるには大きすぎる大きさだ。
「今宵は満月か?」
「いえ、違うと思いますよ! 本堂さん、お弁当……」
「そうか。満月の昼に、俺はお弁当が無性に食べたくなるからそのせいかもな……。今、何故だか知らんが、購買で売っている飯よりも、無性に弁当が食べたくなってきたんだ」
「今日は満月ではないですよぅ。でも、お昼ご一緒しましょ!」
「フハハハ! さぁ、弁当よ! 我に力を与え給え!! フルムーンランチ、エターナルパワー!!」
「やったー!! じゃあれんちゃんごめんね! 今日、本堂さんと食べてくる!」
「あははは。いってらっしゃーい。本堂君も、素直に琴子のお弁当が食べたいって言えばいいのに」
「……お弁当が食べたいです」
「あははは。いってらっしゃーい」
「…………」
一連の流れを全部無視された。
天気が良いから是非屋上に行きましょうと月河に言われたので、満月は見えないけれどもそれに付いていく。
こんな奴と一緒に飯を食っているところなんか他の奴には極力見られたくないと思っていたが、屋上なら人もそういないだろうし丁度いい。
楽しそうにスキップ混じりに歩く月河と一緒に屋上にやってくる。
幸い人は誰もいなかった。
俺は月河に連れられるがままに、屋上の日当たりの良さそうな場所に適当に座る。
月河は腰を下ろして、割りと豪勢な弁当を目の前に広げた。
「ほう……うまそうだな」
俺の昼飯はいつもコンビニか購買で買って食うか、学食で済ませている。
でも、こうしてたまには外で飯を食うっていうのもテンションが上がってくるな。
それに月河の作った料理はお世辞無しでも結構うまい。
食事の席でちらっと適当に言った俺の好きなもの『玉子焼き』と『唐揚げ』そして『ハンペン』もきっちり揃っている。
ハンペンなんてのは、おでんの具でお弁当にはあり得ないのだが、ちゃんとおでんの汁を染み込ませて弁当箱の隅に並べられていた。
俺はそのハンペンを早速箸で掴んで口の中へと放り込む。
「うまい!!」
「あ、本当ですかー!! 良かった~、結構苦労して作ったのですよ~。ハンペンだけ別にして!」
おでんの汁がしっかりと染みこんであって、温かくはないもののあの味を再現していた。
別にハンペンなんて特別好きという訳でもなく、ふざけて言ったのにも関わらずこうして用意してくるとは律儀な奴だ。
これ、俺が食べなかったら一人でこの弁当箱を開けていたということになるんだろうか。
この謎のハンペンというレパートリーに、それを見た奴もさぞ驚くことだろう。
他のものにも手を付けてみるが、どれもこれも全部美味い。
本当にこいつ、料理だけは得意なんだよな。
魔法の国から来ただとかで、最初出てくる料理は不安だったのだが、どれもこれも日本で馴染みのものばかりだ。
本人はここに来る直前に色々勉強してきたと言っていたが、その賜物なのだろう。
どの食卓でも文句のつけようのない出来の料理を出してくるし、そのどれもが美味い。
どういう訳でこいつが俺の所に転がり込んできたのか未だによく分からないが、使えない奴だとは言え料理というこいつの特技があるだけでかなりラッキーだったと言えよう。
「そういえば、長絶川さんにご挨拶をしてきましたよ~。ちょっと変わった人でした」
「え……」
月河は料理を食べながら、合間にそんな話題をふってくる。
長絶川……あの黒いお相撲さんに会ってきたというのか!
「四股名は何だったって?」
「四股名……?」
「あ、いや……どんな奴なんだあいつ……?」
「またまた~、本堂さんが一番良くわかっているくせにぃ~」
「…………」
月河は怪しい笑いを浮かべながら、肘で俺をツンツンしてくる。
こいつ、本気で俺が長絶川のことが好きっていうことを信じているっぽいぞ。
それがこいつの薄緑色なんだろうけれども、こう人の言う下らないジョークまでいちいち信じられてしまうと、こっちが滑ったみたいになってしまうのでやめて欲しい。
「あのなあ、お前本当に俺があの地球外生命体に惚れているとでも思ったのか?」
「え?はい……」
月河は何にもためらうことなく即答する。
「嘘に決まってんだろ! 村下の誘いを断る時に使わせてもらっただけだ。第一俺は女に興味がわかないって言っただろ?」
「えぇー!? ほ、ほも……」
「ちげぇよ!! 何恥ずかしそうに呟いてんだ馬鹿!! そういう付き合うだの恋人だのは今全然考えていないってことだ!!」
「またまた……恥ずかしがらなくてもいいのですよ~私は、ちゃんと応援していますから!」
「…………」
もう面倒くさいので、こいつにはそう思わせたままでいいや。
「……本当に長絶川さんのことが好きなのですか……?」
「だからちげぇっつってんだろ!! 何人の話聞いてたんだてめぇは!!」
不意に月河がそんなことを聞いてくるものだから、思い切り否定してしまった。
だったら「恥ずかしがらなくても~」なんて言ってんじゃねぇよ。
「長絶川さんは、本堂さんのことよく知らないって言ってましたよ……?」
「そりゃ奇遇だな。俺も奴のことはよく知らないどころか、一切何も知らないからな」
「えぇーー!!? じゃあ、長絶川さんの何処が好きになったのですか!?」
「だから好きになった訳じゃねぇって何回言ったら理解してくれるんだよ!!」
「え……じゃ、じゃあ、本堂さんが好きな人って誰なんですか……?」
「もしも~し、お宅、俺の話を聞いてましたか~? 女には興味ないって言いませんでしたっけか~?」
「えぇー!!? ほ、ほも……」
「同じやりとりを何回やらせんだてめー!! いい加減にしねぇと怒るぞ!!」
そんなふざけたやりとりを月河としていると、入り口ら変に見てはいけない物体が3つ現れてしまった。
俺はその物体3つが視界に入らないように、向きを後ろ側に変える。
月河にも目の毒だからと言って俺と同じ方向を向けた。
「え、何々!? どうしたんですか?」
「見てはいけない物体XYZがいるんだ」
「物体XYZ!? 何ですかそれは!?」
「気にしないほうがいいんだ」
「おい」
後ろから声を掛けられた。
「今のは物体Xの声だ」
「えぇ!? でも、物体って……」
「最近の物体はよく喋るんだ」
「おいてめぇ本堂!!」
「ごはぁ!!」
桜華紅蓮隊の米谷に後ろから制服をがっしり掴まれてしまった。
もう、本当に何なんだよこいついら。
どうして俺に付きまとってくるんだ。
俺が何かしたか!?
お前らにサンドバックにされただけで、恨まれるようなことは何もしていないはずだぞ!
むしろ恨んでいるのは俺の方だ。
「あぁ! 米谷さんに三好さんに高田さん! こんにちわ~」
「おう、月河も一緒か」
(何か仲良くなってやがる……)
月河は、こいつらを見るなり笑顔で挨拶を始めた。
ついさっき殴られたような奴だぞ!?
どうしてそう簡単に許せてしまうんだこいつは!!
そして、明らかに敵だろ敵!!
そんな無警戒な笑顔で対応していいのか!?
「おい本堂……ちょっとツラ貸せよ……」
「嫌に決まってんだろ!! 今度は何だ!? 茶でも誘い来たのか!?」
「ち、ちげぇよ!! てめぇに言いたいことがあんだよ!! いいからツラ貸せコラァ!!」
米谷は腕で俺の首を締めながら、開いてる方の手で竹刀を地面にぶつけて威嚇しいてくる。
俺もこの桜華紅蓮隊絡みの変態イベントはもう散々なので、一刻もはやくここから脱出したかったのだが、両腕を三好と高田に掴まれて全く身動きが取れない。
そのまま米谷は顔を俺に近づけてくる。
「おい……本堂悪かったな……今日の朝は」
米谷はそれだけ言って腕を急に離した。
同時に三好も高田も腕を離すので、俺はガツンと床に体を打ちつけてしまう。
「いてっ! そして気持ち悪っ!! 何だ急に!!」
そう言うと、今度は三好が米谷と同じように俺の首を締めるような体勢を取り、顔を近づけてくる。
その腕がかなりキツく、息苦しい。
「おい本堂……悪かったな……今日の朝は」
「わかった……分かったから腕を離せ……苦しい……」
三好は米谷と全く同じことを言って、また急に腕を離した。
俺が息苦しさでぜいぜいしていると、次は高田が俺の首を締にかかってくる。
「おい本堂……今日の朝は……悪かったな」
「結局三人共同じ事言ったー!! ちょっとは違うこといってくるのかと期待した俺が馬鹿だったわ!! 何、語順入れ替えて満足してやがるんだ! だったら一回で済ませろよ!! そしてお前らなんだ!? 相手の首を締めねぇと話せない病気にでもかかってやがるのか!? げほっげほっ……」
「んだとコラァ!! てめぇ本堂!! みじん切りにすんぞコラァ!!」
首を締める体勢から、今度は胸ぐらを掴む体勢に変わり、高田は物凄い怖い顔して俺にそう言ってくる。
月河は何やってんだ月河は!
「あははは。桜華さん達の挨拶ですよ~挨拶~」
「すげぇ呑気に笑ってるー!!! 助けろよお前!! 俺が今何されてんのか分かってんのか!?」
「挨拶ですよぅ。村下さん……楓がそう言ってました。ちょっと荒っぽいことがあるけれども、挨拶みたいなものだ~って!」
「すっかり騙されてるーー!!! 挨拶な訳ないからねコレ!! 完全に脅迫だから!!」
「うるせぇ!! このまま殺されてぇか……?」
高田が凄いドスを効かせた声でそう言ってくる。
「お前らもおかしいだろ!! 俺に謝りにきたんじゃねぇのかよ!?」
「謝っただろうがよ! てめぇこら!! すまなかったけどぶっ殺すぞコラァ!!」
「謝ってねぇよソレ!!」
用が済んだのか、こいつらはそれだけ言うと俺から手を離し、すたすたと屋上の出口に向かって歩き始める。
「おい、月河。またな!」
「あ、はーい! またですよ~」
「クソッ……まじぶっ殺すからな……」
「ちっ……ぶっ殺してやる……」
「…………」
高田は月河にそう挨拶し、月河はそれに笑顔で答える。
他の二人はぶつぶつなんか話しながら高田と一緒にこの屋上から消えていった。
その姿を唖然としながら俺は見送る。
「良い人達でしたね~」
「…………」
そんな感想を述べる月河に向かって無言で近寄り……
スパーン!!
と、頭をはたいてやった。
「い、痛い……」
「今のが奴らにやられた俺の痛みだ!!」
「でも、本堂さんも楽しそうでした!」
「今まで何見てたんだてめぇは!! どこをどう見たら俺が楽しそうにしてるんだよ!!」
「え、でも、楓は『いつも本堂も楽しんでいる』って……」
「どこのドMだ!! ……ったく」
静かになったこの屋上の中、月河の傍に再び腰を下ろした。
しかし俺も段々と奴らに対する耐性がついてきたのか、今のでは全く痛みは感じなかった。
物足りないくらいだ。
「ドMじゃねぇか!!」
「え、えぇ!?」
「いや、何でもない……それより何だ? お前、いつの間に随分とあいつらに懐柔されたみたいじゃねぇか……」
あのリーダーの村下楓のことを、『楓』と呼び捨てにしていたよな。
この少しの間でそこまで仲良くなったなんてあまり信じられたものではない。
「村下さん……いえ、楓、とっても良い人でした! 米谷さんも三好さんも高田さんも、しっかり謝ってくれて、これからは仲良くしていこうな~って言ってきてくれたんですよー! 一緒にたくさんお喋りもしましたけれども、とっても良い人達でした!」
「良い人達は首絞めたり背負投げしたりしないから!! 騙されてるぞお前!!」
「でも、それが愛情表現なんだ~って楓が言ってましたよ? 本堂さんは愛されているんですね~」
と、奴らの言い分を完全に信じこんで屈託のない笑顔でそう話す月河。
こいつとうまく付き合っていく為には、まず常識を叩き込んでやらないといけないようだな。
「何だか妬けちゃうなぁ……」
「そのまま地獄の業火に焼かれて死んでしまえ」
料理の出来る月河だが、本当に面倒くさい。これからもこんな奴と一緒に生活していかなくてはいけないと思うと本当に先が思いやられる。
「……うめぇ」
でも、この料理のうまさに釣られてしまうんだよな……クソッ。
そんなイベントが起こながらも、以降は落ち着いて弁当を綺麗さっぱり食い尽くした。
あれ以降意味不明な変態イベントに巻き込まれることもなく、無事に放課後を迎えた。
さっさと帰って人力飛行機製作に勤しもうと思って下駄箱へ行き、ローファーに履き替えようとすると、自分の下駄箱の中に手紙が入っているのを見つけてしまった。
(なんだ? 今日こそは喪中報告か……?)
この前もあった下駄箱でのイベントだ。これは桜華紅蓮隊が絡んでないはずなので一安心だ。
無視してさっさと帰っても良かったのだが、何か面白いことがあるかもしれないと思って手紙を手にとってみる。
表紙にはピンクのマジックで『LIVE レター』と下手糞な字で書いてあった。
おそらくLOVE LETTERと書きたかったのだろうが、残念ながら間違えまくってる。
仕方なく俺は鞄から赤ペンを取り出し、訂正してやることにした。
『0点。残念ながら一文字もあっていません。もうちょっと勉強しましょう』
(これでよし……と。それにしてもきたねえ字だ)
そう思いながら中を開けてみる。
「…………」
『ちょっとこい』
ただそれだけが汚い字で書いてあった。
「何処にだ!!」
全く意味が分からないこの手紙をくしゃくしゃにして地面に落とし、それを踏んづけてやる。
何かこの意味不明さからは嫌な予感がプンプンしてくる。
「何がだコラ!!」
「…………」
すぐ後ろから威圧的な声が聞こえてきた。
俺は振り返らない。
絶対に振り返ったりしない。
そう、俺はもう過去も振り返らない男・本堂なのだから……。
「本堂てめぇ……これからどこに行こうってんだコラァ!!」
バシィン!!
どこかで聞いたことあるような声と、竹刀を叩く音。
「てめぇ……ぶっ殺されてぇのか?」
どこかでうんざりする程聞かされた定型句。
「てめぇコラァ!! あたしら桜華紅蓮隊をシカトするとはいい度胸してんじゃねぇかコラァ!!」
「答え知りたくないのに言っちゃったー!!」
ダァァァァーッシュ!!
とりあえず何も見ないようにして下駄箱から出口に向かって猛然とダッシュ!!
一目散に出口めがけて突っ込んだが、何者かによってそれを抑止されてしまった。
何も見ていないので、何者だか分からない。
両手を掴まれている所辺りを考えると、相手は二人いるかもしれない。
「てめぇコラぶっ殺すぞ!!」
目の前にも人がいるな。
三人いるくさいぞ……くそっ一体誰なんだ!!
俺の進路を阻むものは一体誰なんだーー!!
「よう、本堂、お前呼び出されてんじゃねぇのかよ?」
「…………」
目を開けると、当たり前だがそこに金髪カールの米谷がいらっしゃった。
観念して逃げる足を止める。
それでもなお、両脇を高田と三好がガッチリ掴んで俺を離してくれない。
「いや、俺は何も見ていない。呼び出しももらってない」
「嘘ついてんじゃねぇぞコラ!! てめぇ、ラブレターもらってたろ!!?」
「いや、違うな。俺がもらったのはライブレターだった。臨場感あふれるそれは素晴らしい手紙だったぞ」
「なんだと!? いや、それではなくて、ほら、ユキの字でピンクで書かれていた……」
「ユキの字だったのかあれ!! ユキって誰だ! てめぇか!!」
俺の腕を掴んでいる紫坊主の高田が確か由希子とか、そんな名前だった気がする。
「てめぇは習字でも習っておけ!! それと英語を1年からやり直せ!」
「んだとてめぇこの野郎!! ウチとやる気か? あぁ?」
そう言ったら高田に胸ぐらを掴まれた。
やっぱこいつだけはマジで怖い。
「いや、その……」
「まぁユキ許してやれ。これからこいつは楽しいことするんだ」
珍しくそれを米谷が抑止する。
「嘘ついてんじゃねぇぞ!! 楽しいのはお前らだけじゃねぇか!!」
「あたいらは関係ねぇんだよ!! 本堂、貴様はいいよなぁ。最高に楽しそうでよ……まじで殺すからな」
「前半と後半で言葉の角度に凄いギャップがあるんだけど!! 俺はお前らとも楓さんとも関わるのは御免だからな!! さぁ、早く離せ!」
「てめぇは屋上へ行く事になってんだろうが!!」
「いででででで……」
今度は三好に思い切り腕を捻られた。
「屋上って何だ屋上って!!」
「そう手紙に書いてあっただろうがよ!!」
「書いてねぇよ!! 何にも書いてねぇ!! 書いてあったのはへったくそな文字で書かれた『ちょっとこい』だけだ!!」
「てめぇ!! それで屋上だと何で分からねぇんだよ!!」
「わかるか!!」
何とかもがいてこいつらの拘束から脱出しようとする。
が、さすがのヤンキーの力だ。俺を捕まえる手に相当な力が入っていてほとんど動けない。
どうやってこの状況を脱出すればいいのだろうか。
「よ~し分かった。みんな落ち着こう、深呼吸だ深呼吸。一旦解の公式でも唱えてみようじゃねぇか。な? いくぞ? エックスイコールニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビージジョウマイナスヨンエーシーだ。さんはい!」
「てめえ何言ってやがる……?」
こうなったら俺も訳の分からないことで対抗してやる。
こいつらがこんだけ訳わからねぇんだ。俺だってそれ以上に訳分からねぇことして、俺の味わった混乱をお前らにも味あわせてやる。
そんでもって、混乱している所を隙突いてダッシュで逃げてやる。
俺の言葉に油断したのか、高田と三好は一旦俺から腕を離した。
俺もいきなりここで逃げたのでは前にいる米谷に掴まれてしまうので、今は一旦大人しくしておく。
「さんはいって言ったら先生の後に続いて復唱するんだろ? お前らそんなんだから学年最下位なんだ」
全く人のこと言えないがな。
「分かったな? もう一度言うぞ。エックスイコールニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビージジョウマイナスヨンエーシー。さんはい!」
『さんはい!』のところでリズムよく手拍子を二回入れる。
すると三人は揃って解の公式を唱え始めた。
『エックスイコールニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビージジョウマイナスヨンエーシー』
さすがの桜華紅蓮隊だ。
ピッタリと息が合っていた。
「よし、よく言えた。じゃあな、今回のテストは頑張れよ!」
俺は何事もなかったかのように、三人組をのけてゆっくりと歩き始める。
「おい待て、今からどこ行く?」
まずい、はぐらかしきれない。
「楽しかった運動会。さんはい!」
「お前何訳わかんねーこと言ってんだよ! どこ行く気だって聞いてんだよ!」
高田に腕を捕まれた。
何が悲しくて俺はこんな連中にからまれなくちゃいけないんだ全く……。
「いいかよく聞けこのクソ馬鹿ども。さんはいっつったら俺の後に続いて復唱するんだろ? もう一度行くぞ!! 楽しかった運動会! さんはい!」
再び『さんはい』の所で手拍子を二回打った。
『楽しかった運動会……』
またしても三人の声が全く乱れることなく揃う。
「元気がない! ここは『楽しかった』なんだから楽しそうに言え! 分かったな? もう一度! 楽しかった運動会!!」
『楽しかった運動会……』
馬鹿な高田も油断したのか、この言葉で俺を捕まえていた腕も離しやがった。
俺は適当に話を振りながら今度こそ出口目指してゆっくりと歩き始める。
「思い出に残った修学旅行」
『思い出に残った修学旅行』
「学年ビリだった学年テスト」
『学年ビリだった学年テスト』
「パン食い競争なら誰にも負けませんでした」
『パン食い競争なら誰にも負けませんでした』
「でも、楓さんだけは何を間違えたか一人でパンツ食ってました」
ダッァァァァシュ!!!
『でも、楓さんだけは……』
「ってオイ!! 貴様何処へ行く!!」
まずい!! 米谷が追いかけてくる!!
ごまかし切れなかった!!
だがダッシュのタイミングと位置は完璧だった!
このまま行けば、普段鍛えている俺の足なら十分に撒くことが出来るはずだ!!
そう思って一気に学校の校門まで駆け抜けようとするが……。
「おい本堂何処へ行く? 貴様は屋上で用があったはずだが?」
「…………」
追いかけてくる米谷達に気を配りすぎて前を見ていなかったのが災いした。
前を見てみると、リーダーの村下が俺の進路を完全に遮っていた。
そしてかなりの力で俺を食い止めてくる。
もう、どうやってもこいつらからは逃げられないんだと思って、俺もついに観念した。
「あー分かりましたよ!! 行けばいいんでしょ行けば! ド畜生が!! 屋上!? 上等だ!! 屋上でも天井でも好きな所好きなだけ行ってやるぞテメェコノヤロウ!!」
逆ギレっぽくそう村下に言ったらビンタされました。
観念して村下楓と一緒に屋上へ行くこととなった。
それなのに何故か村下は屋上へ続く扉の前で立ち止まり、後はお前一人で行けと言ってくる。
「お前が連れてきたんだろ!! 何でお前は行かないんだよ!!」
「慌てるな。行けば分かる」
もう行ってもどうせロクでもないことが起こるんだろうなとは思うが、本当にこいつらがやっていることは意味が分からない。
嫌な予感しかしないが、こんな面倒くさいイベントはさっさと終わらせて帰りたいという一心で、俺は理由も分からず扉を開けて一人で屋上へと出た。
すると、そこには例の黒いお相撲さんが一人悠然と佇んでいるのだった。
「本当にとんでもなくロクでもなかったーー!! え、何このシチュエーション!! 俺、どうすれば許されるんだ!?」
黒いお相撲さんを前に一人でテンパっていると、ようやく屋上の入り口から村下が出てきた。
村下は俺の傍に近寄ってこう言う。
「さぁ、行け。告白してこい」
「えぇーー!?」
まさかこいつ、月河よろしく、本当に俺があいつのことが好きだと思って、わざわざこんなシチェエーションを作ったのか!?
なんかやることなすことぶっ飛びすぎていて理解が追いつかないんだけど!!
「私はお前の……こ、恋を応援してやろうと決めたのだ……月河にもアドバイスを貰った」
「…………」
元凶はあのスペシャル馬鹿だった訳ね。
なんかあいつも桜華紅蓮隊の一員として入っていても、そんなに違和感がないような気がしてきた。
「さぁ行け!! 男を見せてこい!!」
村下は俺の背中をバンと叩いて、長絶川のいる方向を指差した。
「…………」
村下の方を白けた顔して見てみる。
こいつは再び俺の背中をバンと叩いて、右手で拳を握りしめていた。
頑張ってこいと励ましてくれているんだろうが、こんな時俺はどうすればいいんだ!?
馬鹿に馬鹿なことされていて本当に頭が痛いんだけど!!
どうする!? どうするよ俺!?
A.村下に嘘だったと全てばらす
B.冗談じゃない。無理やりにでも屋上から逃げてさっさと家に帰る
C.ノリに任せて告白しに行く
D.本当は村下が好きだったと言い、この場をごまかす
(Cだ)
自分の中で適当に選択肢を作ってそれを実行する。
「よし任せろ。男を見せてやる」
「うむ」
村下は力強く頷いた。
そして俺はのっしのっしと長絶川の前まで悠然と歩いて行く。
長絶川の前でその足を止め、彼女の顔を見て見てるのだが、なんか凄いふてぶてしい感じで俺を待ち受けていた。
今にも「はやくしてくんない?」くらい言ってきそうな雰囲気だ。
さて、意を決して俺もこいつに告白を……。
「本堂だっけ……? 私……あんたみたいなのダメなのよね。なんつか~……スマートじゃないっていうか?」
「…………」
告白をしようと思った所で、告白する前にフラれた。
何という屈辱。他の女にいくらフラレようが、ここまでの屈辱感を味わうことはなかっただろうな。
カチンときたので、告白するという選択肢を消し去って反撃に出てやる。
「何? すもーと……り?」
「はぁ? スマート! 馬鹿じゃないの? あんた、何か暗そう。裏で何かエグいことやってそうな感じするのよね」
「何? デブいこと……?」
「……ちょっと、あんた、さっきから何なのよ? 私に何か言いたいことでもあるの?」
長絶川はふくよかな腹をスパーンと叩いてそう聞いてくる。
今の動作はなんだ!! お前それ、完全に相撲取りを意識してるんじゃねぇのか!?
「あぁ、あるな」
「あるならハッキリいいなさいよ。そういう所がキモいのよ」
「いいだろう教えてやる。お前も自分をよく顧みて考えてみるがいい。二文字の言葉だ」
「何よ!! さっさと言いなさいよ!!」
「言っておくがデブではないぞ」
「当たり前じゃないのよ!! そんなこと言ったらひっぱたいてやるんだから!!」
「ブタだ」
スパーン!!
ひっぱたかれた。
「くっくっく……残念だったな。今の俺は桜華紅蓮隊の連中に殴られ慣れているんだ。その程度の攻撃、痛くも痒くもない。むしろ物足りないくらいだ」
ただのドMだった。
「…………」
「…………」
スパパーーン!!
今度は張り手……じゃなくて往復ビンタだった。
ビンタを食らうも、俺と長絶川は再び間合いをとって睨み合う。
「…………」
「…………」
「……ブタだ」
「ソイ!!」
ドガーン!!
俺がそう言った瞬間、今度は相手は突進してきて俺の腰をぐわっと掴みあげ、そのままスープレックスをしてきた。
俺の体は宙を舞い、受け身を取ることも出来ずにひどい形で着地した。
もう完全に頭に来た。
いくら桜華紅蓮隊に殴られていようが、今のは痛かった。
ここまでくればもう徹底的に仕返ししてやらないと気が済まなない。
俺は腰を低く下ろして相撲取りが取るポーズを取って構えた。
「……はっけよ~い」
「…………」
「どすこい! どすこい! どすこい! どすこい! どすこい! どすこい! どすこい!」
そして一気に腕を交互に前に突き出しながら突進していった。
相手は反撃する暇もなく、俺の勢いに圧倒されている。
どうだ! ザマーミロ!!
「どすこい! どすこい! どすこい! ……なに!!?」
俺が凄まじい勢いで張り手を繰り出していると、途中でその手を相手に止められた。
くそ!!
こいつ意外に力が強いぞ!!
掴まれた手がなかなか振りほどけない!!
しかも相手の手がネッチョリ汗で濡れていて気持ち悪い!!
そんな感じで怯んでいると、相手はにやっと笑って、今度は一気に相手が俺と同じような体勢で張り手を繰り出してきた。
「ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ!」
「ぎゃーーー!!!」
勢いと重量感がハンパない!!
相手の張り手でドンドン押されていって、後ろに転がってしまう。
それでも何とか隙を見て、同じように相手の手を掴んでやって反撃に出なくては!!
「どすこい! どすこい! どすこい! どすこい! どすこい! どすこい! どすこい!」
「ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ!」
……
…………
………………
しばらく長絶川との張り手合戦が続いた後、遂に俺の方が先に力尽きてしまった。
力尽きて地面にへばっている俺に対し、相手は全体重を俺に乗せてトドメの一撃をかけてきて、それで俺は完全に動けなくなってしまった。
長絶川は「もう私に付きまとうな」というクソ腹立つ捨て台詞を残して屋上から消えていってしまった。
普段からトレーニングをしているのに、こんな程度でやられてしまうなんて本当に情けない限りだ。
あいつ本当に滅茶苦茶やりやがった。
俺が「たんまたんま」と言っても張り手をやめてこないし、倒れている俺にも容赦なく張り手を炸裂させてきやがった。
腹立つ捨て台詞も言われたし、心身ともにボロボロだ。
俺は暫くこの屋上に大の字になって休みを取ることにする。
「それにしても最近こんなんばっかじゃねぇか……俺が何したっていうんだよ……」
「お前も大変なんだな……」
ふと目を開くと、そこには村下の顔があった。
「おめぇのせえだおめぇの!! 自覚あんの!?」
村下はクスッと女らしく笑い、寝ている俺の頭を持ち上げて膝枕を始める。
そうなった瞬間、それだけは勘弁だと思って立ち上がろうとしたのだが、思うように体が動かなかった。
最高に嫌だったが、俺はしばらくそのまま村下の膝の上で休ませてもらうことにする。
もう二度とこいつらとは関わらないようにしようと、心に決めながら。