第7話 馬鹿でなくとも高い所が好きなんだ!
正義感を全開にして人を助けに行った月河を無視して一人で家に帰ると、俺は早速工具とオカリナを持って裏山へと向かった。
昨日は月河に邪魔をされてしまったからな。
ここで一人人力飛行機に夢を載せて製作にとりかかり、一息つく時にオカリナを吹いてその音色に癒やされる……というのが俺の唯一の楽しみなんだ。
これは誰にも邪魔はされたくない。
普段は夕飯の買い出しに行ったり適当に飯を作ったりしなければいけないのだが、それも全部月河の任務だ。
そのお陰で俺はこうしてより多く人力飛行機の製作に時間を掛けることができるという訳だ。う~ん、月河最高!
人力飛行機はいい具合に出来上がってきている。
機体は滅茶苦茶軽いロード用の自転車をベースに、羽をつけたり、プロペラをつけたり、プロペラを回す用のペダルを自転車をこぐペダルとは別につけたり、座席を改造してそのペダルを漕ぎやすくしたり、プロペラを回す用の補助エンジンをつけたりと、最早自転車とは程遠い形になっている。
前回は補助エンジンの出力が弱かったせいもあったから、今度は補助エンジンをより強力な出力が出るものと交換した。
でも、機体の重さを考えると積めるエンジンにも限りがあるんだよな。
その辺はどうしよもないので、後は俺の脚力に全てを懸ける他ない。
夜は日課の腹筋とランニングだ。
それまではちょこちょこと製作を進めていきたい。
「ふぅ……。大分形になってきたな。俺が空を自由に舞う時が来るのも近い……」
飛行機が設計通りに出来上がっていくに連れ、俺のテンションは上がっていく。
その機体と共に俺は空を舞うことができるんだ!
きっと凄い気持ちいいんだろうな。
建物が豆粒のように見え、人間どもがゴミのように見える景色を想像するだけでわくわくしてくる。
「頼むぞ、相棒」
そう言って、製作途中の機体に触れる。
こいつは俺と一緒に空を駆ける相棒だ。出来れば名前の一つでも付けてやりたいな。
何がいいだろうか……。
「ジョン!!」
突然謎の単語を閃いた。
俺はこの機体をジョンと名付け、相棒として親しみを込めてそう呼ぶことにする。
「よろしくな、ジョン! お前だけは俺の友達だ!」
「ジョン!!」
「…………」
そんなことを言っていたら後ろから声が聞こえてきた。
月河の声だ。
それを聞いて俺は大きくため息をついてしまった。
「お前……そんなに俺とジョンの仲を邪魔したいのか……?」
「ジョン……? あ、それ、何ですか? 自転車……?」
月河は空気も読まずにずかずかと俺とジョンに近づいてくる。
そういえばこいつ、あの喧嘩の場に割って入った割にはケロッとしてやがる。
怪我もしていないようだし、制服に汚れもついていない。
こいつが仲裁に入った瞬間、いじめていた奴らも逃げ出したのか? 根性なしめ。
「凄い派手な自転車ですね~」
「ただの自転車じゃない」
「え!? どういうことですか!?」
月河はジョンを色々な角度から観察し始める。
これを見て人力飛行機だと思えないのはどうなんだ。
魔法の国にはそういうのがないのか?
「よく見てみろ。翼がある。カッコイイだろ? 正直に言っていいぞ」
「正直に……カッコ悪いです」
「何正直に言ってんのお前!! ぶっ飛ばすぞ!!」
「あわわわわわわ」
さすがに今の一言はムカついたので、月河をこの場から退場させるように、その小さな体を俺とジョンから離すように引っ張ってやる。
これが純粋で正直者の薄緑って奴か?
馬鹿にすんな。死ね。
「すまないな……ジョン。あいつは馬鹿なんだ、どうか今の一言は気にしないで欲しい」
そう言ってジョンに手を置いて語りかける。
「名前があるのですね! ジョンか~。よろしくね、ジョン!」
そう言って月河は再びジョンの所に近づいてくる。
悪いが、俺のジョンに気安く触らないで欲しい。
「ジョンが気安く触るな死ねと言ってる」
「ジョン!! 言葉遣いが悪いですよ!! ジョン!!」
月河がペタペタとジョンに触る。
クソうっとおしい。
それにはさすがのジョンも困っているだろう。
こいつのせいで俺の作業も捗らないので、さっさと要件だけ聞いて追い払うことにする。
俺はそう思って作業を進めながら月河に視線を送らずに、言葉を続けた。
「何しに来たんだお前。夕飯の準備とかやること色々あるだろ!」
「あ、本堂さんと少しお話したいな~って思って……」
「俺はしたくない。ジョンもしたくないと言ってるぞ。なぁ、ジョン」
『したくない! ツキカワ嫌い! 死ね!』
声色を変えてジョンの心情を代わりに代弁してやった。
「ジョン!! 言葉遣いが悪いですよ!!」
「要件は何だ!? 俺は忙しいんだ。さっさと話せ」
「要件!! 要件はこれと言ってないんですけれども……」
「じゃあさっさと夕飯の支度でもしてこい」
「そんな~……あ、ありますよ、要件!」
「さっさと話せ」
「本堂さんのお友達とか、恋人関係のお話を聞きたいな~なんて……」
「いない。よし、帰れ」
「凄い簡潔!! もっと会話を楽しみましょうよぅ。ほら、今日告白された~って」
「告白はされたが、友達も恋人もいない。さあ、帰れ」
「えぇー!? でも、本堂さんいつも一人でいるな~って……」
「俺はいつも一人でいて、告白はされたが、友達も恋人もいない。すぐ、帰れ」
「……寂しいんですね」
「さっさと帰れ!!」
「あわわわわわ」
何だコイツ! 俺をからかいにきたのかおちょくりに来たのか。
俺がそう言うと月河はまたあわあわした感じになった。
その様子を見るとおちょくった訳ではなく、こいつの天然さを披露しただけといった感じなのだが……。
「今の一言で俺は深く傷ついた。しばらくジョンと二人にさせてくれ」
「ふぁ~い……」
まぁ、嘘だが。
でも、今の一言で月河も諦めてくれたようで、すごすごとこの場から去っていく。
これでようやく俺の作業が進んでいくというものだ。
でも、本当にあいつは一体何がしたかったのだろうか。
女っていう生き物は本当に良くわからない。
こんな無駄なことをわざわざここまで話に来たというのだから、本当に無駄だ。
そういえば、あの桜華紅蓮隊の連中も漏れ無く女だったよな。
あいつらも月河以上に意味がわからなかった。麻紀はそんなことなかったんだがな……。
「くだんね」
考えるのをやめ、作業に没頭し始めた。
人力飛行機の完成も近い!
もう少しで俺はあの空に羽ばたくことができるんだ!
それが叶うまではあんな無駄な会話をしている暇なんかないんだ!
待ってろジョン。今直ぐ完成させてやるからな!
それから俺は製作を続け、一休みしてはオカリナを吹き……というサイクルを、夕飯に呼ばれるまで繰り返すのだった。
次の日、いつものように一人で学校へ行くと自分の学年の階がちょっと騒がしいことに気がついた。
「オイ! 紅蓮隊の奴らがなんだか暴れてるらしいぞ!!」
「まじでか!? 行ってみようぜ!!」
そんな楽しそうな野次馬の声が聞こえてくる。
もうその『紅蓮隊』という単語だけでうんざりだ。
昨日はその紅蓮隊に散々殴られた訳だからな。
(ロクな目に合わん。シカトすっか)
今まで無縁だと思っていたあのヤンキー共に最近よく関わる。
もうこれ以上関わりを持ちたくはなかった。
俺はいつものように自分の教室へ行って自分の席で寝そべることにする。
(しかし、人が少ねえな……)
異様なほど教室は人が少なかった。
皆野次馬根性を丸出しにして桜華紅蓮隊が暴れているのを見に行ったのだろうか?
ご苦労なこった。
こういうのはあれだ、触らぬ神に祟りなしって奴だ。
俺はその出来事を無視して静かな教室で一人眠りに入った。
しばらくしてすると凄い勢いでこの教室に入ってくる足音が聞こえてきた。
「本堂さん!! 本堂さん!! 起きて!!」
声を掛けられ、体を揺らされた。
俺は仕方なく体を起こしてみる。
するとそこには転入生かつ俺様の召使いである月河がいた。
「ん……? 月河じゃねーか、何やってんだお前?」
「大変なんです!! 昨日の人達が4組の教室で大暴れしてます!!」
「なんだ? お前も野次馬しに行くのか?」
「いえ!! もう見に行ったんですけれども、どうも本堂さんの名前が出てたんで……」
そう言われて背筋に嫌な予感がビリビリと走った。
が、俺はもちろんシラをきる。
「俺は関係ねーよ。放っておけ」
「ダメです!! 本堂さんが原因で長絶川さんという方がひどい目に合ってます!! 助けにいかないと……」
その長絶川というワードにピンときた。
うむ、間違いない。
原因はこの俺だ。
「別に紅蓮隊が暴れようが赤報隊が暴れようが俺には関係ねえ。4組の教室でも鳥羽でも伏見でも、自分一人で行って来い」
「もー!! こうしちゃいられない! 早く止めにいかないと~!!」
俺を連れ出すことを諦めたのか、月河はそんなことを言ってピューっとこの教室から出ていってしまった。相変わらずの正義感だ。
「…………」
別に長絶川がやられようが、月河がやられようが俺には関係ない。
関係ないんだが、その長絶川という奴を少し見てみたくなった。
何せ、超絶可愛い子なんだろうからな。
俺がデマカセで言った名前ということで縁もある。
巻き込まれるのは御免だったが、他の野次馬に混じって長絶川を見に行ってみるのもいいだろう。
そう思い立って俺は体を起こし、ゆっくりと現場となっている4組の教室へと足を運んでいった。
4組の教室は、入り口に既に凄い人だかりができていた。
この状態では中を覗くこともできない。
「てめぇいますぐ別れろっつってんだろーが!」
「しらばっくれてんじゃねーぞコラァ!!」
教室の中からそんな怒鳴り声が聞こえて来た。
「…………」
物凄い嫌な予感を覚える。
時折ものすごい打撃音も聞こえてくる。
さぞかし悲惨なことになっているんだろうなぁと思いながらも、長絶川を見てみたいというそれだけの理由で人混みの中を割って入って行った。
人をかき分けて取ったポジションで、ようやく中の様子が伺えた。
中では長絶川と桜華紅蓮隊の手下三人が対峙しており、その間を月河が体を張って割り込んでいた。
少し見にくい位置だったので、顔を動かしながらよく長絶川を見てみる。
(……かわいそうなくらい不細工だぞ)
その長絶川という女、相撲取りでも目指しているのかってくらいふくよかな体型をしている上に、肌の色はドス黒く、髪の毛は金髪。と言っても桜華紅蓮隊のような綺麗な金髪ではなく、ムラのある髪の色で、手入れしてるのかいないのか、モジャモジャ。
ギャルでも気取ってるのかどうなのか、とても不潔そうだった。
顔はお世辞にも可愛いとは言えない。
残念だが『色』とか見る価値すらなかった。
(ここまでくると彼女の名前が偉く気の毒だな……)
最近流行りの『キラキラネーム』もびっくりである。
これじゃあ、本人がグレてああなっても仕方ない。
顎に手を当てながらそんな事を真剣に考えていると、紅蓮隊の飴女、三好と目が合ってしまった。
「あぁ! てめぇ本堂!!」
ヤバイと思いつつ逃げようとするも、人混みが邪魔で逃げようにも逃げられない。
ゲームでボス戦やっている時のような感覚だ。
人混みを肘で押しのけて退路を作ろうとするも、あっという間に三好に腕を掴まれてしまった。
そして、そのままずるずると月河長絶川、残る米谷と高田の前に引きずり出されてしまう。
「よう、昨日ぶりだな」
「本堂さん!!」
「てめぇ本堂!!
「おい本堂!! こいつに惚れてるんだったよなぁ!? ぶっ殺すぞ!?」
早速米谷が俺の胸ぐらを掴んできてそう脅してくる。
『こいつ』と言われた人間……いや、人間なのか? 人間らしからぬお相撲さんを見てみるも、一瞬で目を背けてしまった。
「え、あれ? 本堂さん……あれ? 恋人はいないって……」
「…………」
勇ましく長絶川の盾になって、キリリとしていた月河も困惑顔だ。
俺だって困惑している。
「あ、なるほど。そういうことなんですね……でも、私、応援していますから……」
「…………」
そして、勝手に納得する魔法使い月河。
「頑張ってくださいね!」
「…………」
終いには応援されてしまった。
「で、でも、だからと言って何であなた達がこんなひどいことするんですか!?」
「あぁ!!? そりゃ……その……」
月河が紅蓮隊三人にそう言うと、三人共少し気まずそうにし始めた。
まぁ、何となく分かるよ。
声も聞こえてきたし。
お前らの敬愛しているリーダーが俺のことが好きで、俺がそのリーダーと付き合うことができるように工作している訳なんだろ。
なんか最初からこいつら、そういうことに関しては言いづらそうだったし、今もこうして言いにくそうにしていやがる。
でもこれは良いチャンスだ。
このまま何となく押し切って彼女達には退場してもらおう。
「そうだ! 何でお前達がこんなひどいことするんだー! 帰れ帰れー!」
とふざけながら月河の真似をして追い払おうとする。
「うるせぇ本堂!! てめぇが悪いぶっ殺すぞ!!」
「そうだ! 本堂が悪い!! トーコもたまには良いこと言うじゃねぇか!」
「本堂貴様ーーー!!」
「何でだー!?」
無理やり引っ張りだされて来ただけなのに、いつの間にか俺が悪いことになってしまっていた。
そして不意にいきなり米谷からグーパンチを頬にくらった。
だが、俺は怯まない。
次にやってきた三好からの竹刀の一振りを左手で受けとめ竹刀を掴み、さらに高田から来た一振りを右手で受け止めた。
この三好と高田は、力だけで言えば昨日のリーダー村下よりもかなり劣っている。
両手ともかなり強い力を込めて竹刀を掴んでいるのだが、簡単に解かれてしまうという感じではなかった。
これで二人の動きは完全に封じたということになる。
「ふっ。悪いが貴様らの攻撃は全て見切った。昨日の戦いでな!!」
カッ!! と目を見開いて、得意気にそう言う。
「うるせぇぶっ殺すぞ!!」
バキィ!!
「ぐはっ……」
空いている米谷に殴られました。
そこからは昨日と全く同じ展開だ。
止めに入った月河も流れ弾に当たるような感じで吹っ飛ばされつつ、俺は三人から手ひどい暴行を受け続けることになった。
が、案外その暴行はすぐに収まった。
「お前ら!!」
ここにきてリーダー村下楓の登場だ。
そいつがこの場にやってきて声を挙げると、俺への暴行はピタリと止まる。
「指導だ」
村下はゆっくりとこっちに向かってくる。
その時のこいつら三人の顔は不味いことしたか? というような顔をしていた。
村下はそのまま俺達の前にくるとそこでピタリと足を止めて、急に物凄い音を立てて米谷の頬をビンタした。
「あぐっ……」
「か、楓さん!!」
それを抑止しようとした高田にも強烈なビンタ。
さらには傍でおろおろしていた三好にも思い切りビンタを食らわす。
これを見に来ている野次馬共は大盛り上がりだったが、俺、月河、長絶川はぽかーんだ。
村下は三人に強烈なビンタをお見舞いした後は、俺と月河、そして長絶川に手を差し出してくる。
「すまなかったな。迷惑を掛けた」
「…………」
意外や意外。
こいつ、結構まともな所あるじゃねぇか。
リーダー村下楓、少しは見なおしたぞ。
俺は村下の手を取って体を起こす。
すると。
「せい!」
どがらがしゃーん!!
そのまま背負投げをもらいました。
体をそこら中にある机にぶつけて痛いのなんの。
「前言撤回するぞてめぇ!! そして今のも面白くも何ともなかったからな!! 眉毛が上がっただ!? 知るかそんなもん!!」
村下はそんな俺の声を無視して、月河と長絶川に手を差し出し、あいつらは普通に体を引き起こしていた。
「この扱いの違いはなんだ!! そいつらにも面白い所見せてやれ!!」
俺がそう言うも村下は無視。二人の体を起こすと、ギャラリーの方を向いて背中からにゅっと木刀を取り出し、それをバシンと床に叩きつけた。
「散れ」
その村下の怖い一言で、野次馬共は逃げるように散っていく。
賑わっていたこの教室も一気に閑散としてしまった。
村下はギャラリーが散ったのを確認すると、月河と長絶川に向けて深々と頭を下げる。
「この通りだ。許してくれ」
「楓さん!!」
バシッ!!
そのリーダーの頭を下げる行為を見かねてか、倒れていた米谷が村下の傍に駆け寄るも、村下の肘打ちをモロにくらって再び地面に倒れ込んだ。
村下はしばらく頭を下げる体勢を維持した後、倒れている高田の胸ぐらを掴みあげ、更には左手に持っていた木刀をうまくコントロールさせて倒れている三好の制服の胸辺りを竹刀で掴み、そのままひょいっと三好を竹刀で持ち上げた。
そして、村下は山で得物でも捕らえたかのような形になって出口に向かって歩いて行く。
「トーコ、話がある。来い」
「は、はいっ!!」
米谷も村下の後を追っていくようにこの教室からいなくなってしまった。
残された俺も月河も長絶川もぽかーんだ。
村下は俺にだけ謝らなかったという形なので何だか納得行かない感じだったが、とりあえず、この変な騒動はこれで終わったから良しとする。
俺は、月河も興味を失った長絶川も無視して一人で教室に帰っていった。