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リメンバー・彩  作者: 若雛 ケイ
Episode1 メザメノイッポ / 序章 魔法の国からコンニチワ!
1/62

第1話 どこか色々間違っている転校生と俺

『本堂英輝……? 本堂英輝……?』


 どこかで誰かが俺の名前を呼んでいる。

 聞いた事のない声だ。


『君は……本堂英輝君だね?』


 中年の男の声。

 もう一度言うが、聞き覚えの無い声だ。

 こういう時は無視に限る。

 人と関わりあうのはめんどくさい。

 小学生の頃は知らないおじさんに声を掛けられても答えちゃダメだと教わったしな。

 よし、無視しよう。


『……そう、君は本堂英輝』


 ……知ってるんだったら聞かないで欲しい。


『僕はずっと君を探していた』


 探していた。

 今確かにそう聞こえた。

 誰だ?

 俺の知ってる人間なのか?

 俺の知り合いにオッサンなんか居たか?

 いや、居ない。

 俺の知り合い=母親。

 以上。

 ほら、いない。


「あんた誰なんだ?」


 何も見えない所へ向かって恐る恐る声を発してみる。


『おいおい、まずは人の名前を聞く前に自分の名前を名乗るのが礼儀ってもんだろ?』


 あんた、さっき俺の名前言ってただろーが。


『本堂英輝君でいいんだよね?』


 そうだ。で、お前は誰だ?


『僕? 僕はブリーフ・本堂』


 何がブリーフ・本堂だ。

 じゃあなんだ?

 俺はトランクス・本堂か?


『そう。僕も本堂、あなたも本堂。みんな本堂』


 気持ち悪いからやめろ。

 そして用がないならとっとと俺の前から消えてくれ。

 俺は人と絡むのが嫌いなんだ。


『おっと、そんなこと言っていいのかな?』


 何?


『これがどうなってもしらないぞ?』


 何のことだ?


『僕の髪の毛。君は僕の髪の毛がこれ以上薄くなってもいいのかな……?』


 別に構わん。


『君……冷たいんだね……』


 うるさい。

 用件だけを簡潔に述べた後、一目散に俺の目の前から居なくなれ。


『オホン。よし、恋愛しようぜ!』


 恋愛しようぜ! じゃねぇよ!

 何突然言い出したんだこいつ!!


『恋愛するかもしれない』


 しねぇ!! 恋愛しねぇ!!

 え、誰が恋愛するかもしれないの!? お前か!?


『いや、違う。でも、僕には分かるんだよ』


 もしも~し?

 お宅、頭の方は大丈夫ですか?

 馬鹿なんですか?


『これ以上薄くなったら自殺も考えてる』


 そこまで考えなくていい!

 ズラで我慢しろ!

 って違う!!

 そういうことを聞いてるんじゃない!

 俺はだな……。


『僕はね、君に幸せになって欲しいんだ』


 ほぅ。そりゃあどうも。で?


『どんな事にも耐え、自分でよく考え、後悔しない選択をして欲しい』


 はぁ……?


『僕は君を愛している』


 脈絡ねぇーーー!!!

 え、恋愛しようってお前と俺!?

 冗談じゃないんだけど!


『そして君も僕を愛してる』


 勝手に決めるな!!

 愛してない!

 俺は異性にも興味はないが、同性にも興味がないんでね。


『君にもそのうち分かる。頑張れ、本堂英輝』


 …………。


『僕は君にもう会えない……。不幸だ』


 あぁそうかい。じゃあ俺は幸せだ。

 じゃあな! とっとと消えてくれ!


『どうか君だけは幸せに……。どうか君だけは……』


 何だ? 何なんだお前……。


『僕は君の……』


 おい、待て!!

 何だ!!?

 お前は何が言いたいんだ!?


『さようなら……また……会おう……』


 さっきもう会えないって言ったぁーー!!

 何!? 何の為に俺に話しかけたの!?

 なぁ、返事しろ!! なんか気になるじゃねーか! おい! おいっ!!



 ――だからお前は誰なんだ?



 ジリリリリというけたたましいマイ目覚ましの音と同時に、俺は目を覚ました。


「……変な夢を見た」


 目覚ましを止めて体を起こし、今見た夢を振り返ってみる。起きる直前に見た夢は覚えていられるというのはどうやら本当らしく、割と鮮明に覚えていた。

 ただし、映像は何も浮かんでこなかったが。

 確か、中年のおっさんが俺に向けて『頑張れ』だの、『愛してる』だの言ってきたな。


「なんか思い返すだけですげぇ気持ち悪くなってきた……」


 朝っぱらから最悪の気分だ。仕方ないので今の夢の事を綺麗サッパリ忘れられるよう、物凄い勢いで顔を荒い、物凄い勢いで朝食を済ませた。


「……腹が痛くなってきた」


 もういい。全部ブリーフ・本堂のせいである。




 いつものように一人で朝食を済ませ、トイレも雷が鳴ることもなく無事に終わり、俺はようやく自分のアパートを出て学校へ向かう。

 いつもより若干遅いが、大丈夫。

 遅刻はしないで済みそうだ。

 そしていつもの田舎道をダラダラと歩いていく。

 別にたいして面白いことはない、いつもの登校である。

 だらしなく制服を着て、何も入ってないぺしゃんこのカバンを持ち、一人でかったるそうに学校へと歩いていく。


 毎朝俺を起こしに来てくれる幼馴染なんか居ないし、食パンくわえながらダッシュで登校していたら女子と正面衝突なんていうイベントもない。

 何も面白いことはない。

 これが俺の日課である。


 付け加えれば、学校が近くなっても「おはよ~」とか俺に声を掛ける奴もいなければ、学校に着いてからも俺に声を掛ける奴もいない。

 そのまま俺は人と交える事無く学校から帰ってきて、グータラと家で一人過ごして次の朝を迎える。


 家では母親が早朝6時頃に出て、夜の9時頃に帰ってくるから、一日のうちの大半は俺一人で過ごしている。

 俺の家には父親も、他の兄弟もない。

 別に学校でいじめられているとか、そういうことは全く無い。

 単に俺が人を避けているだけだ。

 理由は『人と関わるのは面倒くさいから』とか『他の人間に興味がないから』とか、色々ある。


 昔、一人で人間関係について色々考えた結果、俺は一人で居るのが一番いいという結論を導き出した。

 元々一人で居るのが好きだったし、他の人間とからんでいても生産性は無い。

 友達とつるんでも俺の利益になるようなことはないし、逆に俺の自由が制限される。

 そんな感じの思考過程だったと思う。


 とにかく、一度そんな結論を出してからは深く考えずに自然と一人になっていった。

 お陰で今はおかしな人間関係に巻き込まれることもなく、自由気ままに生きている。

 うん。自由って素晴らしい。


 俺は基本的に自己チューなんだ。

 他の人間がどうなろうと知ったこっちゃない。

 俺に得があればやるし、やらなければやらない。

 ほれ見ろ。たった今目の前の河原で子供がおぼれている。

 誰もそれに気付いていない。

 こういう場面に遭遇したら助けに行くのが当たり前だ!なんて言われてるような気はするが、そんな当たり前を勝手に作らないで頂きたい。

 助けるのにはリスクが伴う。

 俺の制服はビショビショになるし、大きく体力も使う。

 おまけに下手すれば助けたほうが流されて死ぬかもしれん。


 それに対しての恩恵は何だ?

 ガキの「ありがとう」の一言か? そんなもんいらん。

 子供が「助けてくれたら100万円あげます」なんて言ってたら俺は助けてやる。

 俺の先を越して助け出そうとしている奴をぶん殴ってまでして俺は助けてやる。

 俺はそういう男なんだ。


 俺は一瞬川でおぼれている子供に目をやるが、無視してその場を通り過ぎた。


「かったる……」


 制服の学ランの前を全開にして視線を戻し、だらしなく学校へ向かう。

 それはいつもと何の変わりもない風景だった。




 なんとか遅刻をすることも無く学校に着いた。

 俺はいつも思う。

 何しに学校へ来ているのだろうかと。

 こんな所来たってなんにも生まれない。

 俺の学校生活がそれを忠実に証明している。


 なんせ学校に来ても授業は毎回寝てる。

 クラブ活動も何もやってない。

 友達と社会性を学んでることもない。

 ただいつも指定された時間に学校に来て、授業が終わったら帰る。

 その間学んでいることは何一つ無い。


 学力も何も付いちゃいない。

 校内の学力テスト総合一位とかには程遠い俺だが、『学校に来ても価値の無い男』としてはぶっちぎりで学内1位だろう。


「さて、今日もゆっくり寝かせてもらいますよ~……っと」


 そんな独り言を言いながら靴を脱ぎ、自分の下駄箱を開けると何やら手紙が入っていた。


「またか……」


 可愛らしい便箋に、可愛らしい文字で『本堂さんへ』と書いてあった。

 その便箋の中から手紙を取り出して中身をちょっと読み上げてみる。


『先輩のサッカーしてる姿、とっても素敵です』


 そこまで読んで手紙をくしゃくしゃにして地面に捨てた。

 たまにあることであった。

 どういう訳か俺は女にはよくもてる。

 本当にコレは良く分からない。

 ずっと黙ったままクールで"だんでぃ"な男にでも見えるのだろうか?

 ちょっとマッスルポーズをとってみる。


「むん」

「!!」


 目の前を通り過ぎた女子生徒とバッチリ目が合った。

 彼女は俺のマッスルポーズを見るや否や、一目散に逃げてしまった。

 普通に考えれば逃げたいのはこっちの方なのだが、見事にそれが逆転。

 それが俺の凄い所だ。

 まぁ、とにかく不思議と女にはモテる俺だった。


 他の人からすれば羨ましがられること間違いなしの俺のそんな特殊能力なんだが、俺はそれで嬉しいと思ったことはない。

 何度も言うが、面倒くさいんだ。

 俺に関わってくる人間が女だろうが男だろうが面倒くさい。

 出来ることならこの特殊能力を誰かに分け与えてやりたいくらいだ。

 だから、せっかくこういう形で手紙を送られてきても、俺にとしては気分のいい物でもなかった。


「……よし」


 目の前に並ぶ下駄箱からたまたま『本田』という苗字が目に入ったので、捨てた手紙を拾い上げ、カバンから筆箱を取り出した。


「…………」


 そして30秒後、内容の変わったラブレターが本田の下駄箱へ放り込まれるのだった。


『本堂さんへ。先輩のサッカーしてる姿、とっても素敵です』

『本田さんへ。先輩のロッカー着てる姿、とっても素敵です』


 最高。

 こういう無駄な事が俺の唯一の楽しみでもあるのかもしれない。

 何だよロッカー着てる姿って。

 そんな馬鹿丸出しの人間なら少し友達になってみたいという気にはなるが、そんな奇異稀な人間は、残念ながら今まで見たことない。


「くだらん」


 自分で勝手に書き換えたラブレターに5秒で飽き、何事もなかったかのようにさっさと自分の上履きを取ろうとする。

 すると上履きの中にもう一つ手紙が入っていた。


「あれ?」


 本日2枚目の手紙である。

 今日の俺の下駄箱は結構賑わう。

 俺は構わずそれを開けて読み出した。


『先輩へ。俺の彼女のハートを奪ってくれてありがとうございます。これはほんのお礼です』


「…………」

 俺はそこまで読むと、またしても手紙をくしゃくしゃにして地面に捨て、何事もなかったように右手で上履きを取る。

 何か続きが書かれていたが全く気にならなかった。


 上履きを取っているとまた下駄箱の奥からさらに新たなる手紙が出てきた。

 本日3枚目の手紙である。

 俺はそれを左手で取った。そしていったん上履きを地面に落としてだらしなくカカトをつぶして履き、教室にむかいながらその手紙を開けてみた。


『これはうんこの手紙です。3日以内にこれと全く同じ内容の文を10人に送らないとあなたはうんこになります』


「なるか!!」


 本日3回目、もらった手紙をくしゃくしゃにして床に叩きつけ、上履きで踏みにじってやった。そして何事も無かったように教室へと向かっていった。



(今日は手紙が多かったな……。今までは単品ばかりだったが、今日はラブレターから挑戦状、さらにはうんこの手紙まで。これは手紙マスターとしてコレクター魂をくすぐられるぞ!! 明日は年賀状とかくるか!?)


 そんなどうでもいいことを考えながら教室の中へ入ると、いきなりクラスの男子に興奮しきった様子で声を掛けられた。


「よう本堂! 今日は転校生が来るんだってよ! しかも女の子らしいぜ!! 俺、可愛い子希望~!!」


 俺に向けてご機嫌そうに話すと、またそいつはどっか行ってしまった。

 別に友達でもなんでもない、ただのクラスメートだ。

 相手は俺の名前を知っているようだったが、残念ながら俺は今の奴の名前は知らない。


(転校生……)


 そんな奴、うちのクラスに来ようが来まいが俺には何の関係もない。

 奴が可愛い転校生を希望するのであれば、この手紙マスター本堂はこの時期に来る年賀状を希望する。

 俺の中ではそっちの方がレアアイテムだ。


 自分の席に座って腰を落ち着かせるが、今日はクラス内がやけにハイテンションだ。

 これだから女の転校生は迷惑だ。

 ここで地上の者とは思えないほど不細工な転校生が入ってきた時の男子生徒の反応は凄く興味ある。


(しかしホントうるせぇ……)


 いつも通り自分の席に座ったら机にうつ伏せて寝ることになっているのだが、あんまりにも周りがうるさいので心地よく寝れない。

 ふと隣の席を見てみると、俺の隣の席は以前からずっと空きだったのを思い出した。


(転校生……。友達を思わない男NO.1の俺の隣の席か……。ご愁傷様)


 俺の隣の席は、以前から誰も座ってない一番後ろで一番窓側の席だ。

 転校生が来るとしたらその席に座る確率は濃厚である。

 しかしまぁついてないね、転校生も。


(よし、そんな俺が今回は特別に少しだけ転校生を歓迎してやろう)


 そう思ってノートを一枚やぶってマジックで歓迎の文字を書いていった。


(何て書いて歓迎してやろうか……)


 腕を組んで考える。


(…………よし、決めたぞ)


 そして持ってるマジックを走らせる。


(ここはうんこの席です。3日以内にこれと全く同じ内容のうんこを10人に送らないと、あなたはうんこがとまらなくなりますっと……)


 そう書いて中が見えなくなるように紙を綺麗に折りたたみ、隣の空いてる机の中へ入れてやった。


(っしゃーー!! 完璧だ!!)


 何が完璧かは全く分からんが、思わずこぶしを握り締めてガッツポーズまでしてしまった。


「くだんね。寝よ」


 自分のやってることがどれだけくだらなかったか今頃分かり、机にうつぶせ、寝る態勢に入った。

 何もすることがない時は寝るに限る。

 学校は俺の寝場所だ。

 寝る体勢に入りはしたが、教室内は依然として騒がしく、落ち着く様子はない。


(フッ……。ここで寝ないと『スリープマン・本堂』の名が廃るぜ……)



 しばらくして担任の声がふと耳に入ったと同時に、辺りは少し静かになった。

 それを察知して俺は仕方なく体を起こす。

 せっかくいい気持ちで寝ていたのでこのまま寝ていたがったが、『注意されて無視して教師がキレて……』なんていうゴタゴタを起こすとやっかいだということを以前学んだので、同じ過ちを繰り返すようなことはしない。

 そう、実を言えば俺は正真正銘、『同じ過ちを繰り返すような事はしない男、本堂』なのだ。


(語呂が悪い……)



「あー、静かにしろ。今日は転入生が来ている。みんな仲良くしてくれ。おい、月河、入ってきていいぞ!!」


 うちの担任がそう言うと、クラス内は異様な緊張感に包まれた。

 クラスのみんなの視線は教室の入り口のドアに釘付けだ。

 そしてガラッと共に入り口のドアが開く。

 そこからウチの学校のセーラー服を着た転入生が申し訳なさそうに入って来た。

 転校生は申し訳なさそうにゆっくりとドアを閉め、ゆっくりと教壇に向かって歩いて行く。


「…………」

 俺もなんとなくその転校生を見ていたが、結構可愛かった。

 髪は肩下くらいまで垂らし、典型的なボブカット、顔はすごくおとなしそうな感じの子だった。

 その転校生が恥ずかしそうに教壇に立って顔を正面から見せると、クラスの反応は徐々に勢いが出てきた。

 場を全く考えずに「かわいーー!!」とか叫ぶ奴もいた。

 俺は当然興味が沸かなかったのでちょっと見てすぐに机にぐで~っと体を倒す。


「こらこら騒ぐな。今日からお前達のクラスメートになる月河琴子つきかわ ことこだ」


 その月河琴子と紹介された転校生はゆっくりと俺達に向かってお辞儀する。


「あの……まだ色々慣れてない所とかもありますが……えっと……よろしくお願いします」


 その女の声は凄くか細くてよく聞こえなかったが、女が再びキチンとお辞儀をするとクラス内は一気にうるさくなった。

 いちいち声を聞き分けるのもだるいが、一番多いのは『めちゃ可愛い』という男女共にある声だった。


(…………色だけでも見とくか)

 

 色。

 そう、俺には他の人にはない不思議な能力がある。

 人の色を見ることができるんだ。

 普通の状態だと別に何も見えはしないのだが、少し目を凝らせばその人の体の周りから発しているオーラ、色を見ることができる。


 最初は他の誰でもこういう風に見ることが出来るかと思っていたが、普通の人間には出来ないらしい。

 誰に言っても信じてくれなかった。

 俺は生まれつきこんな特殊能力が身についていたのだ。


 個人個人によって持つ『色』は異なるのだが、最初はそれが何を表しているのか全然分からなかった。

 でもそれは人の性格を現しているってことがだんだん分かってきたのだ。

 白っぽい『色』をかもしだしている奴は大抵純真な奴らだ。

 赤ちゃんなんかはみんな白だった。

 赤っぽい『色』を持っている奴は大抵熱血野郎だ。

 俺のこの性格診断能力はどの性格診断占いよりもよく当たった。

 でも誰も信じちゃくれないのでもう誰にもこの能力のことは話していないが。


 しかし、どうして俺にこんな能力があるのは全くの謎だ。

 そして何でこんなどうにもならないような能力だったのかも謎だ。

 どうせなら敵に180ポイントくらいダメージを与えられる魔法が使えるとかの方が良かった。


 ちなみに俺の色は真っ黒だ。

 興味があったんで他にどんな奴が黒なのか見てたらテレビに出てる犯罪者共が大抵黒だった。

 ハッハッハッハ! ザマーミロ、俺。



 俺は少し目を凝らして転校生の『色』を見てみる。


(……薄いエメラルドがかかった白。その外側に桃色?? なんだコレ? 初めてみた色だ……)


 なんか妙だ。

 普通人の色はその人の体の表面……もちろん手や足、胴体からも色を発していて、そのどの部分をとっても必ず一色のハズなんだが、この月河琴子という転校生は普通の色(この女は薄いエメラルドだが)その一つ外側に桃色があった。

 一人で二色も見えたのはこれが初めてだったし、桃色なんて見たのもこの女が初めてだった。


(薄いエメラルドはなんとなくだが分かる。緑っぽいのは平和主義者的な奴が多いし、色が薄いという事は純真な奴なんだ。つまり、奴は純朴な平和主義者というこの上ない人畜無害な人間だという訳だ。ここまではいい。問題はその外側にある桃色だ。桃色なんて初めて見たぞ。なんかエロい女なのか? いや、エロそうには見えないよな……)


 純真だけど超エロいっていうのはなんか違う気がする。

 純真である奴はエロくないだろうし、エロい奴は純真じゃない気がする。


(分かった!! エロに純真なんだ!! もしくは純真にエロだ!)


 前者も後者もただエロいだけだった。

 絶対に違う。

 教壇の前に立っている転校生からはそんな『エロ』なんていうキーワードは見えてこない。

 人は見かけによらないとは言うが……。

 全く興味を示さなかった転入生にも、色が二つ見えたと言う事で少しだけ興味が沸く。


(なんでこいつ二色も色があるんだろ……。エメラルドとピンクねぇ……)


 見た感じ『薄いエメラルド』はなんとなく合ってるっぽい。

 転入生をみる限り、本当に人畜無害そうな感じではある。

 この年齢になってくると薄い白に近い色してる奴は珍しい。

 かなり表裏が無い良い子ちゃんなんだろう。


(ま、別にどうだっていいか。悪い奴じゃあなさそうだ。俺の黒がうつりますよーに)


 見てる限りだと傍に居るもの同士、友達同士とかだと色は互いに影響されやすい。

 子供と同じような色をしている子供連れの親なんてのも良く見かける。

 俺の色が隣に座った転校生にうつりすぎて、次の日真っ黒とかだったら大爆笑なんだけどな。

 そんなことを思いながら俺は再び机にうつぶせた。


「じゃあ月河の席は……えっと……本堂の隣が空いてるな。よし、月河の席はあの窓側の一番後ろの席だ」

「はい」


 机にうつぶせながら先生と転校生のやりとりを聞いてた。

 やはり転校生は俺の隣に来てしまうらしい。

 うざったい。

 気軽に声を掛けてこようもんなら発狂して頭のおかしい奴を演じ、俺から遠ざけてやる。


 周りはというと相変わらずうるさい。

 『本堂がうらやましいぜ!』なんて声も聞こえてくる。

 可愛い転校生の隣の席で羨ましいってことなんだろう。

 俺にとって見れば羨ましいどころか迷惑極まりない。

 隣の空いている席は鞄置けたり、机をくっつけて幅を広くとって寝かせてもらったりと、俺の中では大活躍だったのに……。



 しばらくすると俺の隣で椅子を引く音が聞こえた。

 転校生が着席したのであろう。

 机にうつぶせている俺にはその音だけしか聞こえてこない。


「あ、あの、よろしくお願いします」


 転校生の声がした。位置的に俺に話しかけてるに決まってる。そんな転校生の挨拶に俺は……。


A.軽く、適当に挨拶をした

B.完全無視を決め込んだ

C.発狂して返事をし、『こいつは色々ヤバイ奴だ』と俺の事を印象付けさせた

D.威圧→喧嘩→ライバル認定→約束の地で再戦→男(女)の友情


(Cだ)

 よく分からないが、自分の中で選択肢を作って自分で回答する。

 そう決め込んだ瞬間、俺はガバッと机から体を起こして声が聞こえてきた方を見て発狂しだした。


「ふぉわちゃーーーーー!!! 俺はヤバイぜーーー!!」

「……あ、あの……」


 転校生のみならず、他の連中も固まってた。

 構うものか。

 俺は続けて相手の秘孔を付くかのように


「ふぁたふぁたふぁたぁ!!!」


 転入生に対して人差し指で突きを三連打。

 それが終わると5秒間くらい無言で停止し、何事もなかったかのように再び机にうつぶせた。

 これで転校生は俺に二度と話を掛けてくることはあるまい。

 奴の中でこの俺は『今まで会った中で危険な人物』のトップ3には間違いなく入っているだろう。


「本堂。嬉しすぎてテンションが上がるのは分かったから、それはホームルームが終わってからにしろ」


 クックックック……。

 今はホームルーム中だってことをすっかり忘れていた。

 今の俺の行為は皆がワイワイ騒いでるどさくさの中でやった物ではないのだな。

 理解した。

 クックックック、仕方ない。後で怒られよう。

 でもまぁ、これで話しかけられることもなく安心して寝れると思い気を抜いた瞬間……。


「面白い……。あの……よ、よろしくお願いします」


 彼女は面白いと言っていたが、声はクスリとも笑ってはいなかった。

 それでも奴は俺を警戒することもせずに再びそう声を掛けてきてしまった。

 どうやら今のでは足りなかったらしい。


「よろしくしない」


 机にうつ伏せた体勢のままそう冷たく言ってやる。

 もう一度発狂してやりたかったが、今は普通に教師がホームルームをしているし、今度こそさすがにマジで怒られかねないので、ちゃんと相手に通じるコミュミケーションをとってやった。

 俺の中ではさっきの行動も、今の言動もどちらも『よろしくしない』の意だ。


「え……えぇ……」


 すると彼女のすごい困ったような声が聞こえてきた。

 人を困らせることに関しては俺の右に出る奴はいない。

 だからそれ以上俺は何を言われても無視を決め込んだ。



 そのまま転入生を放っておいてしばらく机にうつせていると、しばらくしてホームルームも終わり、短い休み時間に入った。

 もちろん隣の席はたくさんの人たちで賑わいだす。

 転校生がこう可愛い奴だと自然に興味を持って人は集まってくる。

 男子も女子も。

 それが俺にとっては邪魔で仕方なかった。



 しばらくすると1時間目の授業が始まった。

 俺は相変わらず机にうつぶせたまんま寝ようと頑張っている所だったが、隣がうるさくてどうも眠りにつけないでいた。

 教師が教室に現れても教室内は男を中心にハイテンションを引きずっている。

 これだから転校生は迷惑なんだ。


「あの~……」


 隣から声が聞こえて来た。

 もちろん転校生の月河琴子だ。

 アレだけ牽制したのになおも話しかけてくるとは、なかなかの根性の持ち主だ。

 普通あんなことされたら二度と話しかけないと思う。

 さすがにその根性だけは認めてやるが、反応するのもダルいので無視しておくことにする。


「あの……私、教科書まだ持ってないので見せてもらえますか?」


 どうやら教科書を貸して欲しいらしい。

 それなら前の奴に借りればいいものの、わざわざ俺に言ってきているようだ。

 まぁ、前の席の奴よりも横の席にいる奴の方が授業中は話しかけやすいポジションにいるのは分からなくもないが、事前に話しかけるなと牽制しておいて、なお今もうつぶせて話しかけるなオーラを出しているのにも関わらず前の席にいる奴より俺を選んだのはどういうことなんだ。


(……仕方ない)


 そこまで根性があるのなら、このままシカトし続けても声は掛けられ続けるだろうし、教科書貸してイベントが終了するならばそれでいいと考えた。

 俺は机にうつぶせたまま右手だけ動かして鞄の中に手をやり、英語の教科書を手で探し始める。


「あ……すごい。寝ながら手が動いてる……」


 そんな彼女の独り言が聞こえてくる。

 寝てるのが分かってんなら声かけてこないで欲しい。

 俺は仕方なく英語の教科書をかばんから取り出して、左手に持ち替え、左の席の方に差し出した。


「1時間200円、延滞料金は10分毎に50円だ。めんどくさくてもちゃんと期限を守って借りた方がいいぞ。そのままパクるなんてもっての他だ」


 うつぶせながらそう言い加えて。


「え……あ、あの、これじゃ、あなたが……」


 左手の教科書に彼女の手の感触がない。

 借りることをためらっているらしい。

 貸して欲しいと言ったくせに受け取らないとは、どこまでもめんどくさい奴だ。

 俺はそういう奴が大嫌いだ。


「俺は貴様に教科書を渡すため生まれてきた教科書星人なんだ。俺は教科書を人に渡す事によってポイントが溜まっていく。ポイントが30を超えれば1000円引き、60を超えればなんと3000円引きだ」


 自分で言ってて意味はサッパリ分からない。


「え? え……? でも……」


 左手の教科書にはまだ彼女の手が触れる感触がない。

 仕方ないので、俺はようやく体を起こして左を向いた。


「お前ねぇ、そんなことしてるとさすがの教科書星人もキレるぞ!? 教科書星人は温厚なことで有名なんだ。わざわざ怒らせるようなことはしないでね! そして、教科書星人は教科書使わないからいいの! 教科書を貸すために生まれてきたんだから自分は使わないの! 分かる? はい。もう話しかけないでね」


 適当なことをその場でほいほい言い放ち、机の上に教科書を落として再び机にうつぶせになった。


「あ……ありがとうございます」


 どうやら今のでようやく納得してくれた様子だ。

 相手の顔も声もかなりひきつった感じではあったが。

 でもこれでようやく俺もいつものように睡眠学習に専念できると思って安心した所……。


 ガガガガ


(ガガガガ?)


 何か机が引きずるような音が聞こえた。

 何かと思って俺は体を起こす。

 するとなんと隣の転校生、机を俺とくっつけてるではあーりませんか。

 恐らく二人で一緒に教科書見ようってことなのであろう。


「だが断る」


 それだけ言って俺は力で無理やり転校生の机を離し、再び机にうつぶせた。

 二人で仲良く教科書みようって、どこの小学生だ。


 ガガガガ


「…………」


 再び隣の机が動く音がした。

 間違いない、転校生が引き離された机を再びくっつけてきたのだ。

 なかなか手ごわい相手である。

 ここまでくると、どうにかして俺を寝かせないように頑張っているのかとすら思えてきた。

 仕方ない、ここは一発黙らせてやらねばならん。


「何やってんだお前は!? お前もしかしてガガガガ星人か!? ガガガガ星人は教科書星人の立派な敵対勢力だぞ!? ガガガガ星人だったらさすがの俺もブチキレるからな!! ……温厚だけど。温厚にブチキレるぞ!!」

「い、意味が良く……」

「うるさい! 俺も分からん! そんなんならもう貸さねえぞ!」

「あの、ガガガガ星人ではないのです。本当なんです。すみません、もうしないですから……」


 ドギツイ目で睨みながらそう言うと、彼女は机を自ら引き離した。


(ふう……。これで俺はいつものように平和に眠れるといった訳だ。奴がもう俺の眠りを妨害するネタはないだろう)


 そう思って再び机にうつぶせて寝ようとすると。


「あの……ありがとうございます。えっと、お名前は……?」

(てめぇ……)


 相手にしてみれば、この学校にで生活するのは当然初めてな訳で、不安がたくさんあるんだろう。

 そういう中で不安を解消させるには一刻も早く頼れる友達を作ることが一番いいのは分かる。

 それは分かるが、転校生月河琴子、残念ながら貴様は著しく人選を誤っている。

 隣に座っている人間は社交性、社会性共に1億5千万人中最下位の男だ。

 それ程ズバ抜けている男だということくらい、オーラで読み取れ。


「あの……お名前は……?」

「オーラで読み取れ」


 平気で無茶言ってみる。


「オ、オーラ……」

「……本堂英輝! 次聞いたらぶっ殺すからな!」


 もうさすがにうざったいので、白目をむきながらの自己紹介。

 授業中なので静かにしゃべっているけど、白目に加えて相当威圧的な態度を取ってた。

 これでまだ話しかけてきたら相当な寂しがりやか相当な変わり者だろう。

 でも。


「ふふふ……面白い人、いえ、面白い教科書星人さんなんですね」


 なんか笑顔が返ってきてしまいました。

 無理して笑ってるんじゃない、素の笑顔が。これは間違いなく変わり者の方だ。

 そう思って唖然としながら転校生月河の顔を見る。

 成る程、確かにこの純粋な笑顔は可愛らしいと言えば可愛らしいのかもしれない。


「あの……うんちは止まってますか?」


 彼女は俺の顔をしばらくみると、少し顔を赤らめてそう言ってきた。

 いきなりのお下品ワードにさすがの俺もびっくりである。


「はぁ?」


 俺がそう聞き返すと彼女は俺の机の上を指差していた。

 彼女の指差す方をみるとさっきマジックで書いた『うんこの席』の後がくっきり俺の机の上に残っていた。

 まさかこんな形で墓穴を掘るとは思ってもみなかった。


 それにしてもこの女、どこか変だ。

 その辺にいる年頃の女子高生とは少し違う。

 いや、女子高生として変なのではなく、なんか人として変だ。

 ここまで敬遠してもくらいついてくる奴は始めて見た。

 色が二色見える、あるいは桃色の色を出している奴は変人なのかもしれない。

 単に転校初日だから向こうも変になってるだけって可能性もあるが。


 俺も完全に目が覚めてしまったので仕方なく彼女の話し相手になってやる。

 こういうくだらない話は嫌いじゃない。


「俺のうんこは未だに止まってない。今もなお少しずつで続けているのだ」


 真面目な顔して彼女にそう言った。


「あの……大丈夫ですか? 私、治してあげましょうか……?」


 彼女は心配そうな顔して俺を見つめた。

 こいつにはジョークというものが通じないのだろうか?

 それともジョークと分かっていてあえてこう言ってるのだろうか?

 その真意は分からなかったがとりあえずノリを相手に合わせてやる。


「あぁ、治せるものならなおしてくれ。ちょっとパンツが汚れて困っていた所なんだ」

「あ、はい!」


 彼女は何を納得したのか、目を閉じてまるで両手を構え、魔法でも唱えるかのように両てのひらを俺の腹の方に差し出してポーズをとった。

 すると……。


(なんだこの感覚……?)


 突然俺のお腹のあたりに優しい感覚が走った。


「な、治りましたか……?」


 彼女は心配そうな顔して俺を見る。


(今のはいったい何だったんだ……?)


 魔法でも唱えるかのようなポーズを奴がした後、俺のお腹には何か優しいものがスッと通った感触がした。

 それは、俺がもし本当に腹痛してたら治っていたのかもしれないと思えるような感触だった。


(くだらん。思い過ごしだな。っつーかコイツはアホか? この年にもなって魔法のポーズとは恥ずかしい)


 教科書星人とかほざいていた俺が言う台詞じゃないがな。

 漫画とかに影響されたような彼女のポーズを見て噴出しそうになる。

 それでも彼女は本気で頑張っているような感じだったので少しからかってやりたくなった。


「あぁ、お腹は治ったみたいだ。でも実は今お金欲しい欲しい病にかかっててだな、体中が痛くてしょうがないんだ」

「え……ど、どうすれば治りますか?」


 完全に冗談で言ってる俺だが、普段から無表情である俺の表情は変わらない。

 そのせいでジョークだと気が付かないのか、それとも単に相手が馬鹿なだけなのか、彼女の顔はマジだ。


「お金が……お金がないと死ぬ……うがぁ……」


 俺も迫真の演技で痛がって、あり得もしないことを言ってみた。

 これ、本気にしたら学校に転校するよりも前に病院に入院する必要があると思う。


「あ、ちょ、ちょっと待っててくださいね……」

「…………」


 なんか待たされるらしい。

 奴が何を始めるのかと思って見てみると、彼女は自分の鞄を机の上にだし、中から財布を取り出した。


(まさか……)


 そのまさかだった。彼女は財布の中から1万円札を取り出してこっちに渡した。


「こ、これで治りますか?」


 彼女の顔はマジだ。

 ここまでくると、逆に俺がからかわれているみたいだった。

 まさかさっきの教科書星人のノリに合わせてきてくれたのか?


(どこまで本気でやってるんだこいつは……?)


 俺はその1万円を構わず受け取ってみた。


「あの……治りませんか……?」

「あ?あぁ……。いや、たぶん大丈夫だ……」

「あぁ……、よかった」


 彼女は少し安心したような顔でそう言った。

 俺は渡された1万円と彼女を不思議そうに交互に見る。

 よく分からないけど「ジョークでした~」って彼女が言い出すような雰囲気じゃない。

 彼女は本気で俺を心配して1万円札を渡したのだ。


(っつーか俺は何やってんだ!? 初対面の女から1万円巻き上げてどーする!?)


 1万円札を彼女に返す。


「え……?」


 彼女は不思議そうな顔で俺をみる。


「見ず知らずの女から1万円巻き上げる程俺は落ちぶれてはいない」

「??? あの、体の方は大丈夫なんですか……?」


 今のが俺のジョークだと、まだ気が付いてないらしい。


「あぁ、平気だ」

「よ、よかった……」


 彼女は1万円を受け取って再び財布にしまいこむ。


(なんなんだコイツ? 純粋の白? 純粋とかじゃなくて馬鹿だぞこいつは。きっと色が二色ある奴は馬鹿なんだ)


 俺の何でもない平和な日常生活に迷惑極まりない謎の転校生が突如乱入してきた。

 こんな奴に俺の日常を壊されてたまるものかと思いつつ、俺は机にうつぶせて寝に入った。

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