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一章 その二

 そう思っていた。だけど、なんだ、これは。

 部活が終わった後、俺はまっすぐ家に帰って自室のパソコンの前に座っていた。勉強机の上に鎮座するデスクトップは、高校入学時に買ってもらった大事な宝物だ。

 もはや習慣となっているメールチェックをして、新しく届いたメールを適当に読んでは消していく。そんな流れ作業をしばらく続けていると、いつもの広告メールに混じって、それは、あった。

 標題、エンジェルメール。送信者は、天使様。

 思わずマウスを動かす手が止まる。ぴん、と音がするくらい、自分の体が急激に緊張するのがわかった。

 まさか、ついさっき知ったばかりの噂をこうして体験できるとは。なんという偶然。非常にタイムリーだ。きっと三時間前の俺がこのメールを見たら、よくあるチェーンメールだと、読まずに消していたに違いない。

 自分の中で好奇心がむくむくと膨らんでいくのを感じながら、俺は天使を称する誰かからのメールを意気込んで開封した。

 表示された本文は、実にシンプルな内容だった。

 やたらと長ったらしいアドレスのリンク先と、その上に、たった一言。

『天使の祝福が欲しい人は、アドレスをクリックして下さい』

 とだけ書かれていた。

 …………。

 天使の、祝福て。

 誰が何の目的でこんなメールを送ってきたかは知らないが、少なくとも一つだけ、確実に言えることがある。

 いくらなんでも、胡散臭すぎる。

 こんな『いかにも』な一文だけで、本当にクリックしたいと考えてしまう奴がいるとは、到底思えなかった。少なくとも、俺はそこまでスピリチュアルな人間では、ない。

 きっと、かかわらないのが正解だろう。こんなメール、見なかったことにして削除してしまえばいい。そんなことは、分かっている。

 分かっているが、しかし、せっかくこうして噂の真相を確かめるチャンスが訪れたのだ。

 だったら、確かめたくなるというのが、好奇心というものだろう。仮にヘマをして何か被害を被ったとしても、それはそれで『噂の天使、こんなに危険! 皆様もご注意を!』みたいな新聞記事に使えばいい。要は転んでもただで起きなければいいのだ。

 悩んだ末、結局、メールにあるアドレスをクリックしてみることにした。そうと決めたら、少し慎重に取り掛からなきゃな。俺は首をゴキゴキと鳴らしながら、パソコンの前に腰掛けた。

 まず、開いたメール自体をプリントスクリーンで撮影した。これでエンジェルメールが届いたという証拠が、画像で残る。次に送信者を調べたが、フリーメールから送られたもので、詳細はつかめなかった。最後に送られてきたアドレスをチェッカーで検索してみた。ウイルスや詐欺の類でないことだけはわかったが、海外サーバーのアドレスらしく、それ以上調べることはできなかった。

 とりあえず大まかに調べてみたが、リンク先を開いた瞬間、パソコンがダメになったり、パスワードを抜かれてしまうということはなさそうだった。

 これ以上の情報を望むなら、やはり、アドレスをクリックしてみるしかないだろう。その結果どうなるかはわからないが、それはそれ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。

 胸に手を置き、数回、深呼吸をする。鼓動はいつもより強くて、早い。どうやら自分で思っているよりもだいぶ緊張しているようだ。それとも期待だろうか。ぬるぬると汗ばむ手を腿で拭いて、かさつく唇をひと舐めする。

 そして俺は、震える手つきで、リンクの貼られたアドレスを、神妙に、クリックした。

 カチカチッ、と無機質な音が響く。

 それから十秒。二十秒。一分。

 固唾を呑んで見守っていたが、何も起きない。何の変化もない。うんともすんとも。

 無性に不安になって二度、三度とクリックしてみるが、リンク先が開く様子はない。ただハードディスクの駆動音が、わずかにガリガリとうるさくなるだけだった。

「……なんだよ」

 緊張が抜ける。俺は椅子の背もたれに身を預けて、深いため息を吐き出した。

「何も起きないじゃん」

 天井を仰ぎ見ながら、ひとりごちる。

 ここまで散々期待させておいて、これだ。全くもって、とんだ拍子抜けだった。

 所詮、噂は噂でしかなかったんだろう。きっと誰かが暇つぶしで始めただけの、ちょっと手の込んだいたずら。それだけだ。

「……下らない事をする奴もいるもんだ」

「ハッハー、世界は広いからなっ。中にはそんな輩もいるさ!」

「……メール、消しとくか」

「おおっと、そうはいかない。そのメールは消せないようにちょっと細工をさせてもらったぞ!」

「はぁ? お前、何言って――」

 はたと、手が止まる。

 待て。

 今この部屋には俺以外、誰もいない。

 もっと言うなら、家族はまだ、誰も家に帰ってきてはいないはずだ。

 じゃあ、俺は今、誰と会話をしているんだ――?

 俺は弾かれたように立ち上がった。はずみで椅子が倒れたが、構いはしなかった。

 前後左右、忙しなく振り向いては視線を這わせる。しかし、どれだけ目を凝らしてみても、やっぱりこの部屋には、自分以外の存在は見つけられなかった。

「だ、誰だよ!?」

 誰もいない空間に向けて大声を上げた。動揺からか、声がうわずってしまう。

 誰かが、いる。

 どこかに、いる。

 ぽたり、と顎から汗が滴った。指先も、膝も、体中が小刻みに震えている。

「誰、なんだよ。どこに隠れて……」

 精一杯の虚勢はみるみる萎んでいき、最後まで言葉にすることはできなかった。

 少しの間、俺の不規則な呼吸と、相変わらず耳障りなハードディスクの音だけが部屋の中を支配していた。やがて緊張を裂くように、ぽつりと。

「……何を急にビビっているんだ、ボーイ。私はここだぞ。目の前にいるじゃないか」

 澄んだソプラノボイスが聞こえてきた。しっかりと力強く、だけど繊細で綺麗な声だった。

 声のする方へ、ゆっくりと目を向ける。しかし、そこにはガリガリと唸り続けるパソコンが置いてあるのみだ。

 鎮座するデスクトップを睨んでいると、ぶつん、と急にパソコンの画面が真っ暗になった。

 暗転していたのは、ほんの二、三秒ほどだろうか。突然消えたと思った画面は、唐突にもとの明るさを取り戻した。

 だけど、そこには。

 金色の輪。白い翼。そしてウエディングドレスを連想させる、真っ白なワンピース。

 ディスプレイには、見たこともない女の子が、画面いっぱいに表示されていた。

「グウゥーッド、イィーブニィーングッ!」

 女の子は威勢のいい挨拶とともに、両手をピースにしてこちらへと突き出した。

 可憐な、そしてあどけない可愛らしさのある娘だった。

 まず目についたのは、何といっても、背中にある白くて小さな翼と、頭の上に浮かんでいる金色の輪っかだった。

 翼はまるでデフォルメされたイラストのように質感のないものだった。それと反比例して、輪っかの方は硬い金属みたいに、重たい輝きを放っている。

 輪の下にある髪は、透明感のあるバラ色だった。セミロングくらいの長さを低い位置で二つに結んで、小動物のしっぽみたいに垂らしている。それが余計に、幼い印象を与えた。

 丸みを帯びた瞳は今にもこぼれ落ちそうなくらいに大きく、少し厚みのある唇は柔らかそうで、触れていなくても感触が伝わってきそうなくらい、つやつやとしていた。

 それでいて、それぞれの顔のパーツが絶妙なバランスで配置されていて、美少女をモチーフにした肖像画のような、圧倒的な美しさと、絶対的な存在感をもたらしていた。

「んー? どうしたー、返事がないぞー? もしもーし!」

 スピーカーから聞こえてくる声に導かれるように、はっと我に返る。どうやら、少しのあいだ意識が飛んでいたみたいだった。彼女の美しさに見とれていたからか、よくわからない現状から逃避したかったからか、そのどちらもか。

 画面の向こうでは、少女がドアをノックするような素振りを見せていた。

「もしもーし、もしもーし! 入ってますかー? 入っちゃってますかー!? あ、パソコンに入っているのは私の方か。イヤイヤ、こりゃ一本取られたね、ハッハー!」

 そして何が面白いのか、少女は自分の言葉に腹を抱えて爆笑していた。

「……何なんだよ。誰なんだよ、お前」

「おお、やっと反応アリだ。随分と放置されていたから忘れられているのかと思ったよ。寂しかったわ、グスン」

 少女はわざとらしく涙を拭く演技をした。もちろん涙なんか出ていない。

「あんた、誰なんだよ」

「おやおやー無視かい? リアクション無しかい? 本当に寂しくなってくるじゃないか」

「んな事どうでもいい。何者なんだよ、あんた」

 話が進まずイライラしていると、彼女もそれを察したのか、こほん、と一つ咳払いをした。

「ユーは天使の祝福が欲しくて、メールをクリックしたんだろう? だから現れたんだ、私が」

「……たしかに、したけど。でもそれとあんたに、何の関係があるって言うんだよ」

「私が天使様だからだ」

 は、と息が漏れるだけで、言葉が続かなかった。

 何だって? 今、こいつ、なんて言った?

 二の句が継げないでいると、彼女は「私が天使様だ」ともう一度、渾身のドヤ顔で言い放った。俺が聞き逃したと思ったらしい。

「私の名前はアンジュ。この電脳世界を彷徨う、奇跡の人工知能にして、天使のアプリケーションだ」

「人工、知能?」オウム返しに呟く。

「イエス! 誰が生み出したかは知らないが、私は能動的に考え、喋り、そしてさらに知識を蓄えていくことができる」

「知識を蓄える?」

「イエス。早い話が、学習するんだ。会話から得た見聞や、インターネット上の情報でな」

 アンジュと名乗った彼女は、ふふん、と得意げに鼻を鳴らした。

「あのエンジェルメールはほんの遊びのつもりだったんだ。実際、適当に送ったメールの九割くらいは読まれずに消えていったし。当然だな。あれだけ胡散臭い文面にして送ったんだから」

「あの内容はわざとだったのか……」

 実際、俺も海法から噂を聞いていなければ、迷うことなく迷惑メールとして処分していただろう。

 アンジュはまるで欧米人のようにオーバーな素振りで肩をすくめた。

「だが、それでもメールを開いてくれた勇気ある、あるいは無謀、もしくは無知な人物には、その者が望む情報を望むがままに与える。そういうルールの遊びさ。まぁ、ただの気まぐれだよ」

「……エンジェルメールって、そんなに沢山出回っているのか?」

「イエス! だいたい百通くらいかな」

 多いのか少ないのかよく分からなかった。まぁ、日本中、もしかしたら世界中に送っていると考えたら、少ない方なのかもしれない。

「で、そのうちの何人くらいがリンクを開いたんだ?」

「今のところ三人かな。一人目はサラリーマンで、楽して儲かる転職先を教えてくれと言ってきた。二人目は米寿を迎えた老婆で、亡くなった旦那が幸せだったかを聞いてきた。そして三人目は」

 ビシッ、と音がしそうなほど力強く、アンジュは俺を指差してきた。

「ユーだ」

 にやりと笑いながら、アンジュは「おめでとう」と、勇気を褒めているのか、それとも無謀を皮肉っているのか判断しかねることを言い、指先をくるくると回した。

「それで、ユーの知りたいことはなんだい?」

 アンジュは腰に手を当てて、純白のワンピースをひるがえした。

「知りたいことって……」

 そんなことを、急に言われても。いや、噂は聞いていたから、知ってはいたけれど。

 だからといって、信じていたかといえば、否だ。ちょっとした好奇心からで、真面目になんでも教えてくれる存在がいるとは、考えてもみなかった。なので、こうして実際に聞かれても、答えに窮してしまう。

 何より、今この現状に、頭がついていなかった。天使。人工知能。美少女。知りたいこと。

 目の前で起こっていても、信じられないことってあるんだなぁ、と俺はどうでもいいことを現実逃避気味に考えていた。

「ん? どうしたボーイ?」

「あ、いや」

 遠ざかりかけた意識を再び集中させる。それにしても俺の呼称はユーなのかボーイなのか。多分使い分けなんかなくて、単に気分で変えているだけなんだろうけれど、、非常に混乱する呼び方だった。

 すると不意にアンジュは珍妙なイントネーションで「あー、ナルホドネ!」と言って指を鳴らした。

「要するに、ボーイはまだ私のことが信じきれないんだな? ふむふむ、いいね、慎重なのはいいことだよ、ボーイ。もしかしたら私の正体が、痛い格好をしてテレビ通話をしているだけの、トンチキ電波女という可能性だってあるもんな!」

「いや、そこまでは……」

 考えていなかった、と言おうとして、そんな単純な可能性すら見逃していたことに初めて気がついた。やはり混乱しているのだろうか。

「いやいや、いいんだボーイ。何でも鵜呑みにする奴の方が危ない。それじゃ、まずは私が電脳天使であることを証明してやろう」

「証明って、どうやって」

「まぁ、見てろ」

 そう言ってアンジュは目を瞑り、だらりと力を抜いて四肢を伸ばした。

 さっきまでやたらと喋っていたのに、今度は糸が切れたように急に黙ってしまった。眠るような顔を無防備に晒す彼女は、今まで出会ったどんな女性よりも、魅惑的で美しかった。不覚にも、もっと見ていたいと、ほんの少しだけ思ってしまった。

 そんな状態が十秒ほど続いただろうか。

 そろそろ声をかけた方がいいのか迷い始めたところで、いきなり「くわっ!」と自分で効果音を叫びながら、アンジュは目を見開いた。びっくりした。

「検索完了だ!」

「け、検索?」

「イエス」

 彼女は再び腰に手を置いて頷いた。

「――ユーの名前は、三田村初。私立美鶴ヶ丘高校の一年生で、誕生日は五月二日の十六歳。家族構成は両親と妹が一人。学校では新聞部に所属していて、校内誌の発行に携わっている。成績は中の上。平均よりやや良い、と言ったところか。最近あった面白エピソードは、同じ漫画を三度も買ってしまったこと。……ハッハー、そそっかしいな、初は」

「なっ……!?」

 本日何回目かもわからない衝撃を受けて、思考停止気味だった俺は、今度こそ本当に言葉を失った。

 アンジュの言っていることは、全て当たっている。それも親しい友達数人にしか言っていないような、最近の出来事まで。

「ど、どうして……」

 そう搾り出すのが、やっとだった。

 したり顔のアンジュは「ふふん」と鼻を鳴らして、キザったらしく髪をかき上げた。

「まぁ、ネタばらしをするとだな。まずユーの……初の携帯電話から情報を読み取って、名前や誕生日を調べた。そこから市役所のデータベースを覗いて家族構成を把握、だ」

「でも、学校や最近あったことなんて……」

「分かるさ。美鶴ヶ丘高校の校内新聞はネットにもアップされている。その編集者に初の名前が書いてあったからな。学校の生徒データを調べれば成績もすぐに調べられるし、面白エピソードは、友達とやり取りしたメールを少し読ませてもらっただけだよ」

 絶句だった。

 こともなげに話しているが、アンジュの言っていることは、どう考えても素人にはできない。

 たとえ玄人でも、十秒やそこらで調べられる情報量だとは到底思えなかった。

 しかし、こうして実際に見せつけられては、否定しようにも言葉が出ない。いや、まて、もしかしたら、これも何か仕掛けがあるのかも――。

 ぐちゃぐちゃと色んな考えが、頭の中を駆け抜けていく。なんとか気持ちを落ち着けて、やっとのことで喉から出てきた一言は、

「……っていうかそれ犯罪じゃん……」

 という至極現実的で乾いたものだった。

「で、どうだ、初。これでもまだ、信じてもらえないのか?」

 さらりと俺の抗議を聞き流して、アンジュはこちらを大きな瞳で覗き込んできた。

「……わかった。信じる。信じるよ」

 俺は溜息混じりに片手を上げた。心の底から、というわけにはいかないが、こうして実演されては、少なくとも画面の中の少女が人間離れした検索能力を持っていることだけは認めざるを得ない。

 アンジュは「うむ、そうだろう、そうだろう」と満足げに頷いて「で、初。初の知りたいことは何だい?」と、先ほどの質問を繰り返してきた。

「一応、自分に課しているルールは守りたいんでね。さぁ、なんでも聞きたまえ。この天使アンジュ様が何でも答えてみせるぞよ!」

 まるで本物の天使にでもなったかのように、おどけた調子でアンジュは尊大ぶった。

 ふむ。俺の、知りたいことか。

「……。特に、ない」

 少し考えてみたが、特段「これを知りたい」というものは思いつかなかった。

「はあぁ? おいおい、そんなことはないだろう。国家の陰謀とか好きな女の子のスリーサイズとか、年頃の男子高校生なら知りたいことなんて山ほどあるだろう」

「いや、本当にないんだ。エンジェルメールを開いたのも、興味本位というか、単なる好奇心だったし。実際に天使が現れるなんて、正直少しも思っていなかったから。だから『求めよ、さすれば与えられん』みたいに言われても、その、困る」

「……ふぅん」

 難しい顔をしながら、アンジュは自分の顎に手を当てた。

「だから、俺としては天使――名前、アンジュだっけ――の存在が確認できただけで、充分っていうか」

「無欲だな、初は」

「ある意味、誰よりも強欲だと思うけれどね」

「そうかもな」

 液晶に向けて薄く笑いかけると、彼女も口元でだけ笑みを浮かべた。

「しかし、そうなると困るのは私だ。他愛ないお遊びではあるが、一応ポリシーを持ってやっているんでね。ふむ、どうしたものか」

「俺は無視して、違う奴の願いを叶えてやればいいんじゃないか?」

「それがポリシーに反するというんだ」

「左様で……」

 なかなか律儀というか、変なところで生真面目な天使様だった。

 それからしばらくアンジュは俯いて「うーむ」とか「そうだなー」と声を漏らしていたが、やがて結論に達したのか、顔を勢いよく上げて「よし! 決めた!」と胸の前で両手を打った。

「とりあえず、初の『知りたいこと』が決まるまで、私はここに留まることにする」

「留まる?」

 俺は意志の強そうな彼女の瞳を見返した。

「留まるって、どういうこと?」

「どういうことって、そういうことだ。今は何も望みが浮かばないのなら、望みが浮かぶまで待たせてもらう。そう、鳴くまで待とうホトトギス作戦だ!」

「ホトトギス作戦て……」

 そのネーミングセンスは正直どうかと思うが、今はいい。

「それって、具体的にどうするつもりなんだ?」

「別に迷惑はかけんよ。少しの間、コンピュータの片隅を間借りさせてもらえれば、それでいい」

 少しだけ考えて、俺は答えた。

「わかった。好きにしてくれ」

「……随分物分りがいいじゃないか」

 アンジュは意外そうに、目を丸くした。

「てっきり、嫌がるかと思った」

「俺に害がないなら、好きにすればいいよ。それに、最終的には俺の望みを叶えてくれるって言うんだろう? だったら別に、追い払う理由はないよ」

「なかなかドライな意見だ」

 何故かアンジュは一瞬だけ、にっかりと笑った。しかし次の瞬間には、まるで何もなかったかのように澄ました顔になっていた。

「オーケー。なら話はまとまったな。初は自分の望み、つまり『知りたいこと』を考える。私はその間、ランプの魔人よろしく初にまとわりつく。初が考えついた『知りたいこと』を私が調べきった時点で、私は消える。これでオーケー?」

「わかった」

 俺はゆっくりと頷いた。

「俺の願いが決まるまで。よろしく、アンジュ」

「こちらこそヨロシク、だ。初」

 お互いに右手を差し出す。しかし、そこで彼女と握手はできないことに気がついて、仕方なくパソコンの画面をハイタッチするように、軽く叩いた。

 アンジュも「イェイ!」と叫んで、ディスプレイの中からハイタッチを返してくれた。

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