序章
そして彼女は、屋上の柵を乗り越えた。
足元のコンクリートは足のサイズよりも狭い。まだ太陽が昇りきっていないので薄暗いし、今朝は風も強い。吹き上げる突風に煽られ、気を抜けば踏み外してしまいそうだ。そう考えて、少女は自嘲するかのように息を漏らした。
馬鹿か、私は。飛び降りるためにここまで登ってきたというのに、今更踏み外して落ちる心配をするなんて。それならそれで、別にいいじゃないか。結果は、一緒だ。
金網につかまりながら見下ろす景色は、どこまでも静かだった。いつもの通学路に、いつものグラウンド。だというのに、生徒がいないだけで、学校とはここまで静寂に包まれるものなのか。まるでよくできた模型のように、嘘くさかった。だけど、嫌いじゃない。
しばらく、その吸い込まれそうな風景を眺めていた少女は、目を閉じてゆっくりと深呼吸をし、澄んだ空気で胸を膨らませた。金網に絡ませていた指を一本ずつ解いていき、両腕をまっすぐ伸ばす。
まぶた越しに光を感じて目を開けると、ちょうど陽が昇ってくるところだった。真正面から見える朝日は、自分を迎えてくれているかのように、眩しい。
最期を迎える前に、この景色を見ることができて良かった、と少女は素直に思った。
一瞬、吹き上げる風が強くなり、少女の髪とスカートを激しくはためかせる。その風に足を掛けるように、少女は片足を上げた。
さよなら。
誰に聞かせるわけでもなく、呟く。
そして少女は、朝焼けに飛び込むように、大きく、一歩を踏み出した。