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あの男を追え

 2088年、宗一郎は、兼成と半蔵の物語の舞台となった路地裏を急ぎ足で駆け抜けていく。今しがた、宗一郎の前方に、宗一郎が追っている男の人影が一瞬だけ垣間見えたように思えたが、入り組んだ路地裏の小道へとその男は隠れ、宗一郎は見失ってしまった。宗一郎は残念そうに首を横に振ると、私達と向かい合う。

「さすが相手も人一人の命を狙う手練れ。簡単に、おいそれとは捕まってくれないようです。だがしかし、彼は私達に大きな隙を与えた、というよりヒントを授けてくれたようですよ」

 そう言うと宗一郎は、膝を落すと、路面が剥げた路地裏から何かを拾い上げる。それは「9090」と刻印された鍵だった。宗一郎は興味をそそるように、感慨深げに口にする。

「未来社会で『鍵』だなんて随分アナログだとお考えでしょう。だけど人間の考えることなんて大して変わらないものでしてね。このアナログキーには、幾千ものプログラムが組み込まれ、使う人間によってはセキュリティを解除出来る仕組みになっているのです。そして……」

 しばらく間を置いて、事件の全容を掴んだように、宗一郎は、鍵をスッと目元に掲げて「9090」の文字を指し示す。

「この男。私の予想通り、西暦9090年の人物のようです。狙う相手はただ一人。私とあなた方が初めてお会いした2014年、東京の人物であるのは間違いないでしょう」

 その狙われている男が、誰なのか、私達には皆目見当がつかなかったが、宗一郎は自分の推理が当たったのに満足しているようだ。鍵をポケットに仕舞うと路地裏を抜け出して、エアカーが飛び交う2088年、東京の未来都市へと足を踏み入れる。そして路傍に停めてあるタイムマシンに跨る。

「私はあなた方と出逢って以来、様々な『愛の形』をお見せして来ましたが、その旅路も終わりに近づいてきているようです。半蔵の亡き弟への愛。存亡の危機にある祖国への愛。そして虐げられた弱者への愛を胸に秘めて、最後の旅に足を進めてみましょう」

 そして宗一郎はタイムマシンのハンドルを握る。見るとタイムマシンは改良されている。あれだけ音を立てていたエンジン音はもう鳴らない。ひょっとしたら、宗一郎は、私達が、語り部「オズマ」の口から語られる「愛の物語」に耳を傾ける間に、もっとずっと長い時間を過ごしていたのかもしれない。そうそれも一重に、2014年の何者かを狙う「あの男」を捕えるために。

 私達がそう思いを巡らせていると、宗一郎のタイムマシンは光を瞬かせて、颯爽と消えていく。宗一郎の言葉が木霊のように私達の耳には残った。

「それではかなり時間を飛びますよ。次は9090年、地球が壊滅するか否かの分かれ目の時代に、あなた方を案内しましょう。それでは!」


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