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王女だけどこのパターンは予想してなかった。

作者: 北海

 ヒーローはまだ来ない。なのにあの異母弟(ぼんくら)にお嫁さんが来るらしい。

 横っ面を引っ叩かれたような衝撃だった。え、だってあの子まだ十五歳でしょ? ここにもっと心配すべき嫁き遅れがいるのにどうして? と目を白黒させる私を知ってか知らずか。その話を知らせてくれた近衛騎士は淡々と報告を続ける。

「表向きはサディラ公女の遊学ということになっていますが、王妃周辺に潜んでいる者によれば、実質的な婚約前の顔合わせだそうです」

「サディラの」

 それはまた、とんだ大物を引っ張り出してきたものだ。

 この大陸は大小様々な国がひしめき合っている。昔のドイツ辺りを想像してもらえばわかりやすいだろう。一応、皇帝という仮初の主をどこの国も戴いているけれど、百年以上前から「皇帝」なんて称号はただのお飾りに成り下がっている。この国みたいに「王国」を堂々と名乗っちゃうくらいには、「皇帝」に威信はない。

 そんな中で問題のサディラ公国という国は、未だに「皇帝」への忠誠を掲げているちょっと奇特な国だ。今じゃあ皇帝直轄領はそこらの伯爵領と同じかそれ以下の規模しかないというのに、その軽く十倍以上の国力を持っているサディラ公国が皇帝に頭をたれている、だなんて。

 まあ、そんな風に忠誠心の篤いお国柄だ。当然、唯一絶対の主であるはずの「皇帝」を軽んじて「王国」を名乗る諸国に対する当たりはキツい。この国だって民間レベルの交流こそ途絶えていないけれど――禁じても無駄だから、とも言う――どんなに重要な国事への招待状を送っても、素っ気ないお断りの返事が来るだけの間柄。もうずっと昔からそうだ。

 それがどうやってお姫様をお嫁にもらうなんて話が出るようになったのか。この疑問にも、近衛騎士がすかさず答えてくれる。

「公爵家が数年前に新たに領地とした土地を、婚姻の見返りにサディラ公に贈ると」

「あー」

 なるほど、それはサディラ側も取引に応じるわ。

 サディラ公国が現在あるのはこの国の南東。でも、サディラ公の血筋を辿れば、その本来の所領はこの国の北西、峻厳な山々が連なる山脈の麓。冬には雪で外界から隔絶される、けして豊かとは言えない土地なのだ。

 何代も前、まだ帝国に力があった頃、大きな功績を上げたサディラ公に皇帝がより豊かな現在の場所を新たな所領として与えたのが始まり。二つの離れた土地を抱えたサディラ公の目が離れている間に、配下であったはずの代官の一族が公に反旗を翻し、領民達もそれに賛同した。

 領民達がたまにしか姿を現さない公よりも、厳しい冬をともに乗り越えてきた代官の方を信頼したのは無理からぬことだろうと思う。実際はそんな単純な話じゃないんだろうけども。

 結果として、サディラ公は先祖代々の土地を追い出されることになった。元々厳しく貧しい土地で反乱を鎮圧することは容易かったはずだけど、同時期に帝国に異民族が侵入してきたり、皇帝家に後継者問題が浮上したり。様々な出来事が重なって身動きが取れない間に、その土地は完全にサディラ公の手を離れてしまったのだ。

 以来、先祖伝来の土地の回復はサディラ公の悲願。それを知らない人間はいないって言っても過言ではない。

 そんなエサをぶら下げられたのだ。皇帝に従わないこの国を歯痒く思っているサディラ公国から譲歩を引き出すには十分だったんだろう。

 あのぼんくら、もとい、異母弟のお嫁さんになれば、公女様は私の義理の妹ということになる。私は重い腰を上げてみることにした。

「公女様の歓迎式典には、私も出ることにするわ」

「姫様、それは」

「流石に他国からの国賓もいる前で、あんまり強引なことはしてこないでしょう、あの公爵も」

 正直なところ、自信は半々だけどね。

 いつまでも引き籠ってはいられない。心配そうな視線をマグダからも、近衛騎士達からも貰ったけれど、このまま手をこまねいているつもりはないのだ。

 打って出る。半月後に迫った公女の来訪は、そのまま私と私を取り巻く色んな思惑が動き出す日だ。

 悪役そのものな貴族が幅を利かせる国に、政略結婚のために訪れる他国の姫。ところが結婚相手である王子はぼんくらで無能、プライドばかりが高いもやしっ子。将来の姑はそんな息子を叱責するどころか甘やかし、傀儡の王に仕立てあげようとしている外戚の存在。正直、現状はこれでもか! というくらい「らしい」と思っている。何にって? サディラ公女を主人公にした少女小説に、だ。

 セオリーに従うなら、公女様には祖国で片想いをしていた相手か、互いに想い合っていた相手がいてほしい。想いを振り切ってまで来た先で、さっきつらつらと並べたような悪条件の数々が待ちかまえているのだ。まさかそのまま泣き寝入りなんてことにはなるまい。

 そこで奮起して公女様自ら悪役――この場合はもちろん義母や公爵を筆頭とする一派のことだ――を追い落とすもよし、彼女の境遇を不憫に思った誰かが彼らを追い詰めるもよし。望みは限りなく薄いが、王太子が公女様に感化されてこのままじゃダメだと心を入れ替え……うん、これはないな。あの異母弟にそんな根性はない。

 なら、私の役目は何だろうか。結婚相手の異母姉、悪役に狙われる引き籠り。まあ、敵に回ることはないだろうけど、味方に引き入れて得するかといえばすっごく微妙と言わせてもらおう。ここは無難にあんまり頼りにならない密かな協力者とかだな。……自分で言ってて情けなくなってきた。

 気を取り直して、とりあえず。テーブルに投げ出された花の花弁を一枚、ぶちりと引き抜いた。そうと決まれば、急がなければ。

 それから、私の生活は少しだけ忙しくなった。

 他国の公女が訪れるのだ。当然、連日のように夜会や舞踏会が予定されている。全部に出席することはできないけれど、サディラの人達に私が公女様を歓迎していないように思われないように出来る限り公女様やサディラ国側の人達が出席する会には出席しなければ。

 そして当然、そのために必要なのはドレスと装飾品、ついでに忘れかけてたダンスの練習。サディラ語も復習して、貴族名鑑もチェックして。やることはたくさんある。その合い間に、父でもある国王と謁見する機会があった。

「サディラから客人が来る。その世話を頼みたい」

「私でよろしいのですか?」

「客人はまだ幼い少女だそうだ。年頃の近い王女の方が気安いだろう」

 同席する義母は沈黙を保っている。そういうことならばと私は国王の命令を大人しく受け入れることにした。

 国王は一瞬だけ、何とも言い難い表情をしたけれど、それだけだった。

 準備は着々と進んでいく。世話を頼まれたと言っても、私の仕事は公女様がこの国に来てからのことになる。お茶会を開いてそれに公女様を招待したりとか、そういうの。お茶会を主催したことがない私は、勉強することが多すぎて毎日てんてこ舞いだ。

 こんなに忙しければ公爵のことなんてすっかり忘れて――しまえたら、どれだけ楽だったか。

 相変わらず私はこの離宮から一歩も出ていない。女官たちだけじゃなく、役人たちとも打ち合わせをしなきゃいけない場合でも、だ。

 相変わらず毎日花は届くしカードも添えられている。公女様が来た時に私が久しぶりに表に出ることはとっくに知っているらしく、綴られたメッセージはより複雑怪奇でため息を誘う内容になっている。

 そうして迎えた、サディラ公女来訪の日。その日は朝から空がどんよりと曇っていて、遠雷に不安げな表情をする女官が多かった。

 私は朝から入念に身支度をして、何度も式典の段取りを確認した。実質は異母弟との見合いでも、名目は公女様の遊学。メインとなって迎えるのは、どういうわけか私ということになっていた。まさにいつの間にか、だ。

「姫様」

「大丈夫」

 目の前にあるのは、内宮と後宮の境目。近衛騎士が両脇に立つ、一見そこらの部屋と変わらない扉。

 嫌な汗が背中を伝う。鼓動を押さえるように右手を胸に引き寄せ、細く細く息を吐いた。

 ここを越えなければ、遠路遥々やってくるサディラ公女のお出迎えは出来ない。王都の街門からは、もう公女様が門を抜けたと連絡が入っている。こんなところで躊躇っている時間はない。

 そう、わかってはいる。だけど私の足を鈍らせるのは、扉の向こうで待ち構える公爵の姿だった。

 式典用の正装だろうか。いつも最高位の貴族に相応しい格好しているが、今日はその比じゃない。下手な宝石よりも高価な生地と、寸分の狂いもない仕立て。堂々とした姿は、彼がこの国の王だと言っても疑われることはないだろう。年齢もそれくらいだしね。っけ!

「姫、さあ」

 当然のように、公爵は手を差し出している。おかしい。私は、彼にエスコート役なんて頼んだ覚えは一切ないのに。

 ぐっと奥歯を噛みしめて、一歩。ええい、ままよと、ほとんど床を蹴飛ばすようにして扉をくぐりぬける。

 その勢いのまま公爵の前を素通りしようとした私を見逃してくれるほど、公爵も甘い人間じゃない。

「変わりないようで、安心しました」

「…………」

 この、堂々とした嫌味。睨みつけたい気持ちを抑えて、無理矢理前だけを向く。

 これで公爵が年齢相応に衰えて風采の上がらない男ならば良かったのに、神様というのはどこまでも皮肉が好きらしい。距離を広げようと足を速める私から、公爵は付かず離れずの距離を保ったまま。自然、体は緊張で強張る。

 あまり描写したくはないのだが、公爵の外見をひと言で述べるならば偉丈夫という言葉に尽きると思う。流石、先代王妃が軍部から離れてから即座に軍部を掌握し実権を握っただけはある。王宮で政争に明け暮れているというよりは、戦場で数多の敵を屠っていると言った方がしっくりくる体躯。間違っても腹部に緩みや弛みなんてものは見られない。

 きっと、この男がその気になれば私程度簡単に抑え込めてしまう。護衛として付き従ってくれている近衛騎士の人達だって、まったく歯が立たないだろう。空手で猛獣の前に放り出されたような気分になると、以前近衛騎士のひとりがそうこぼしていた。その気持ちはよくわかる。

 彫りの深い顔立ちは好き嫌いは分かれるだろうが整っている方だろう。鋭い眼差しはいつだって油断なく光っている。悪の魅力とでも言うのだろうか。四十を超えた今でも、彼の悪魔的な魅力に惹かれるご婦人は後を絶たないのだとか。私にはまったく理解できない感覚である。

(髭が不潔に見えないのは、宇宙の神秘かもね)

 若さはない。渋みだとかダンディだとか、齢を重ねた人間独特の色気はある。私は今さらながら自分が冷静に公爵の外見的魅力を分析していることが奇妙に思えてきた。

 玉座のある謁見の間に着いたのはどうやら私が最後のようだった。

 居並ぶ貴族たちの間を通り抜けると、動揺に満ちた囁きがあちこちで交わされる。

 姫様が、ご健勝だったのか、公爵も、ではとうとう。好き勝手な憶測と、情勢を見極めようとする視線。彼らは私が公爵の存在を完全に無視していることにも目ざとく気づき、互いに意味深な目配せをし合っている。

 公爵は流石に玉座の置かれた段上にまでは着いて来なかった。当然だ。現王の伴侶か直系の子でもない限り、階下からこちらへ一歩踏み入れただけで反逆者と見做されるのだから。

 万が一の懸念がひとまず払しょくされたことで、内心安堵の息をこぼす。でもそれを表に出さないように堪え、玉座の脇に設えられた自分の席についた。

 程なくして国王と義母がやって来る。事前の打ち合わせ通りなら、異母弟は先にサディラ公女を出迎え、彼女をエスコートしてこの謁見の間に現れるはずだ。

 私とは国王を挟んで反対側に座した義母を横目で見る。化粧で誤魔化しているようだが、顔色が悪い。体調が悪いという話は聞いていない。少し、気にかかる。

 その時、先触れの役人が声を張り上げた。王太子殿下、並びにサディラ公女の御入室。さっと広間に静寂と緊張を孕んだ空気が落ちた。

 扉が開く。まず見えたのはここからでもわかるくらい薄い体をした異母弟の不機嫌顔。間違っても国賓で将来の自分の妃に対して見せる表情ではない。

 では、あの異母弟に手を取られているのがサディラ公女。しずしずと近づいてくる少女を、私はじっと見つめた。

 綺麗な子だった。豊かに波打つブルネットに形の良い鼻。はっきりした目鼻立ちは、年齢以上の落ち着きを彼女に与えている。首元まで詰まったドレスはサディラ風なのだろうか。どんなに貞淑なレディでも鎖骨が見えるドレスを着るのが当たり前のこの国では珍しいが、それが不思議と似合っている。長い睫毛で瞳の色はよくわからないが、眼差しは意思の強さを示すように真っ直ぐだ。

 だからこそ、危うい。型どおりの口上を国王とサディラ公女が交わすのを眺めながら、さてどうしたものかと思案する。

「長旅でお疲れだろう。今日はゆるりと休まれると良い。明晩には公女を歓迎する夜会を開く。是非出席してほしい」

「お心遣い、恐れ入ります。是非参加させていただきますわ」

 サディラ公女の受け答えは淀みなく、そつがない。彼女の隣に立つ異母弟が早くもこの謁見に飽き始めて心ここに在らずなのと対照的過ぎて、身内の恥を目の前に晒された気分で居た堪れない。

「滞在中は何かと困ることもあるだろう。公女の世話は我が国の王女に一任してある。遠慮なく頼ってほしい」

 国王の言葉に合わせて会釈する。公女様は謝辞の言葉と会釈を返してくれた。

 そこから幾らか言葉を交わした後、国王が謁見の終わりを告げた。

 まずサディラ公女が退室する。付き添うのは異母弟ではなく私。他国の、この国に滞在している間、彼女の部屋は私がいる離宮になる。あそこなら、男子禁制の後宮の一角にあって、なおかつ国王の妾妃が住まうための場所でもない。他国の、それも未婚の公女を迎えるにはこれ以上ないというわけ。

「こちらに」

「はい」

 こうして並ぶと、やっぱり際立つのはサディラ公女の小ささだ。幼さと言い換えてもいい。

 それであの堂々とした受け答えなのだ。自然、視界の端であくびをする異母弟と引き比べてしまい、ため息を堪える。

(この国、次代で滅ぶんじゃないかな)

 いっそ、この婚姻をきっかけにサディラに併呑された方がマシかもしれない。ちょっと本気でそう思った。

 やっぱり、「ヒーロー求む」の新聞広告を出すしかないのかもしれない。

 ……流石に、八歳の公女様じゃ、公爵一派を追い落とすのも、それを代わりにやってくれる崇拝者を捕まえるのも、無理ゲー過ぎだよね?


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[一言] 続き、待ってました! やっぱり気になるのは伯父さま…そうなんです、結構おじ様にグッときてしまうんです// しかも悪役サイドとか、見た目の精悍さとか、物腰とか、考え方とか、ドストライクすぎて……
[一言] これはまずいw 続きが気になりますね。 なるべくハッピーエンドになって欲しいのですが。
[一言] 王国終了→公爵が権力完全掌握→ヤられる。 あかん。
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