和花の悩み事
最初の物語は、鉄砲職人の和花。
明るく、誰からも好かれる和花の、誰も知らぬ心の闇とは?
真田敦の元から織田信長の元に行き、再び真田敦の元に戻り、更にはある場所に向かい、帰ってくるまでを更新予定しております。
真田公記外伝の始まりです。
和花は、悩んでいた。
真田敦の元から離れて、岐阜にいる織田信長様の元で、鉄砲職人の育成を命じられてからである。
別に、職人育成が嫌だからではない。
自分の学んできた技術が、本当に日の国の統一に役に立つのかである。
鉄砲とは、言うまでもなく人を殺す道具である。
言わば、人殺しの道具を製造しているのである。
日の国から、戦乱の世を終わらせる為に、鉄砲が必要である事は、和花自身も分かっていた。
だが、必要悪と言える鉄砲を、私が製造しなくてはならないのかと、悩んでいたのである。
自問自答の毎日・・答えのでない毎日に、和花の心は疲れ果てていた。
姉である梨那に、相談をしようかとも考えたのであるが、相談をする事を和花は止めた。
自分自身で答えを出さなければ、意味のない事だと分かっていたからである。
(鉄砲職人を辞めて、殿方に嫁ごうかな。)
何度か、和花はそう考えたのであるが、そうなるとまた、別の問題が出てくる。
簡単に鉄砲職人を、辞められるかと言う、現実問題である。
(天下一の、鉄砲職人になりたい。)
和花の、子供の頃からの夢である。
(その夢を、簡単に捨てられるのか?)
簡単にその夢を捨てられたら、ここまで悩む事はない。
(このような時に、真田敦様がいれば、この問題を早々に解決をしたのか?)
答えは、はい・・であろう。
(きっと、私の考えている事よりも、数段高い答えを導き出すのではないか。)
和花はそう考えるも、やはり真田敦様に相談をする事を止めた。
(いつまでも、他人に頼っていたら、成長が出来ないのではないか?)
和花は、そう考える。
(そして、前向きに物事を考えてみよう。
後ろ向きな考え方が、成長を止めているのではないのか?)
色々と考えた和花の、答えであった。
和花の毎日の仕事は、鉄砲職人育成である。
一人前にするには年月が掛かるが、ここの職人達は、刀鍛冶の経験を有している者達である。
もちろん、刀鍛冶と鉄砲職人を同じに扱える訳ではないが、砂鉄から鉄を作り出すのはどちらの職人も同じである。
日本では、鉄鉱石が取れない為に、砂鉄を集めて鉄を作り出すのである。
薪炭を使ったり、他にも色々と面等な作業はもちろんある。
だが、慣れてしまえば簡単な作業である。
それに、鉄砲職人育成にも、和花の心の中でどこかしら魅力を感じ始めていた。
他人に教える事も大切であるが、他人から学ぶ事もあるからだ。
もしも、あのまま堺にいて、外の世界を知る事が無ければ、平凡な職人として人生を終えたのかも・・と、和花は考えた。
真田敦様との出会いは、新しい可能性を見いだしたのかも知れなかった。
和花の頭の中では、今後の自分の姿を考えていた。
多くの職人を従え、素敵な殿方と子供達に恵まれ、もしかしたら天下一の鉄砲職人になっている。
和花の妄想は、尽きる事を知らぬ。
「今日は、火薬の製造方法です。」
和花は、見習いの職人を相手に、火薬の調合を見せていた。
火薬と言う物は、取り扱いを間違えると、危険な品物であるからだ。
わずかな調合ミスが、思わぬ被害をもたらす事もある。
それだけに、火薬の調合の最中は、真剣にやらなくてはならない。
見習いの職人達は、真剣な眼差しで和花の手元を見ている。
火薬が、ほんの1グラム違うだけで、爆発の威力や衝撃などにも、違う物に繋がる。
それがゆえに、時々であるが、和花の罵声が飛び交う事もある。
その時の和花の顔は、般若のようであると、ある者は口にしていた。
真田敦の元から離れて、約半年余りが過ぎた頃、岐阜城に滞在していた織田信長公より、突如呼び出しを受けた。
和花は、髪を整え、衣類を改めてから、織田信長公の前に姿を出した。
「御館様にお呼びでしょうか?」
和花は、頭を下げたまま、織田信長公に挨拶をした。
「そう、かしこまる必要はない。
そこでは遠いが故に、もう少し近くに来るがよい。」
信長からの言葉を聞いた和花は、すっと立ち上がり信長の近くに座り直す。
ここでぐずぐずとしていたら、即座に信長から雷が落とされるからである。
「今日、そなたを呼んだのは他でもない。
今までの、そちの働きを見て、褒美を与える事に決めたからである。
好きな褒美を申してみよ。」
織田信長公よりの言葉に、座っていた和花は、心の奥底からびっくりをした。
織田信長と言う人物は、怠け者には厳しい罰を与えるが、よく働く者には惜しみ無く褒美を与える人物であるからだ。
その事を、真田敦より教えられていた和花は、織田信長と言えども考え付かない程の、以外な褒美を願い出た。
「御恐れながら申し上げます。
私ごときに褒美を頂けるのでありましたら、その褒美は私達が育成をしている職人達にお与え頂け願えませぬか?
私は、鉄砲職人の育成を仕事だと思っております。
それに、私は2年後には真田敦様の元に戻りますが、育成を終えた職人達は、今後も信長様にお仕え致す者達にございます。
これより去り行く私よりも、信長様の手元に残る職人達を大切になされて頂きたいと思います。」
和花からの以外な返答に、織田信長と言えども言葉を失った。
去り行く和花ではなく、自分に仕える家臣達に褒美を与えて欲しいと言われたからである。
織田信長は、微かな笑いをして、和花に言葉をかける。
「自分の事よりも、他人の事を気にかけるとはな。
どうせ・・あ奴の言葉であろう。
まぁ、その方の望み通り、職人達にも褒美を与えよう。
しかし、それとは別に、そなたにも褒美を与えよう。
改めて聞くが、どのような褒美を望む?」
和花と織田信長の考え方を見ても、やはり、織田信長の方が1枚どころか、数枚上手である。
和花は、織田信長公より頂ける褒美の事を考えた。
(やはり・・敦様の言う通りですわね。
私が、職人達に褒美を与えて欲しいと言い出しても、必ず私にも褒美を与えると、言っていましたからね。)
「御恐れながら、申し上げます。
職人達の育成が早めに終わりましたら、真田敦様の元に、早めに帰して頂きたいと思います。」
和花は、しっかりとした声で、織田信長公に返事をする。
和花からの思わぬ褒美に、織田信長はしばし考えさせられた。
しかし、そこまで真田敦に心酔しているのであれば、その願いを聞き入れる度量も必要であるかと、織田信長は思い直し、その願いを聞き入れる。
「ふむ・・・・良かろう、その方の望みを聞き入れよう。
しかし、その望みを叶えるためにも、これまで以上に育成に励むように。」
織田信長公からの言葉を頂き、和花は頭を下げてから、織田信長公の前から姿を消したのである。
和花は、自分自身にある事を、言い聞かせる。
「私の生涯を掛けて、あのお方に仕える事をここに誓う!」
和花は、右手を硬く握り締めると、天に向かってその腕を高々と上げる。
後に、天下随一の女鍛治として名を轟かすのは、もう少し先の話である。