表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捏造エッセイ  作者: 里見
8/10

8.さまよえる社長室について

※このエッセイは捏造です。

 実在の人物・団体・動物・行動・自然現象等には一切関係ありません。



 ハトの鳴きマネをしてみてくれと言われた場合、この国のたいていの人は、

  1.ふざけているのかと憤る

  2.優しく諭すように「ポッポー」だと答える

  3.温かく労わるように「クルックー」だと答える

  4.その他

のいずれかだと思われる。特に「1」では無料オプションで教育的指導が付いてくることもある。

 そのことを踏まえて、当エッセイの第1話ではハトの鳴き声を「ポッポー」と表記したのだが、実は私はハトの鳴き声をそうは捉えていない。

「ムームー」だ。

 離着陸時には「ムキュキャキャキャ」と鳴き、バタバタバタバタと必死な羽ばたきが聞こえる。そして飛び立つときも飛び下りるときも、足音がドスンバタンと激しい。

 なにか1つ動作をしようとするたびにタメが長いんだけど、とっても捕獲されやすそうなんだけど、それでどうやって自然界で淘汰されずにきたの?言葉が通じるものなら問い質してみたい。


 ここまで読んでくださった方へ。

 タイトルと内容が全然合っていないではないかと、あなたこそ私に問い質したいのではないだろうか。

 私もそう思う。

 いちおう今回の話にハトが絡んでくるので、ほんの少しだけ触れようと思ったのだが、気付いたら予定以上に書き込んでいた。どうやら自分で思っていた以上に、日々の農作業で疲れているようだ。

 私は日の出とともに起きる習慣が付いているのだが、このところ、まだ薄暗い未明から自宅周辺でハトの集団が騒いでいる。特に寝室の窓のひさしを離着陸の踏み台にしているので。

 もう、もう、君たち、うるさいわーーーーーーーーー!!



 さて。ここからが本編である。

 既にご存知の通り、私は米作りのかたわら企業戦士サラリーマンとして某会社に勤務している。あくまで米作りが主である。

 個人情報に関わるので社名は出せないが、隣町にある、自社ビル持ちの中小企業とだけ述べさせていただく。

 自社ビルは私が入社する数年前に新築された。鉄筋コンクリート3階建、エレベーター付き。地元の老舗建設会社による設計・施工で、屋根雪にも負けない頑丈な耐荷構造になっている。この地域の積雪は密度的には雪というよりむしろ氷だ。現実を知らない業者には任せられない。

 通勤手段は徒歩、バス、マイカーのいずれかのみである。バイク?確かに小回りは効くが、あれは冬に使えない。狭い道をすいすい走りたければ、ス○ート・フォー・ツーを買えばいい。財布に過剰な余裕があれば。私には余裕は皆無だ。


 中小企業なので役職職員が少なく、社長と一般職員の距離も近い。心理的な距離だけでなく物理的な距離においても。

 この会社は現社長が一代で起こしたものなのだが、決してワンマン経営ではない。これについて詳しくは後に述べさせていただく。

 創業者一族が役職を占めることもない。社長の親族は一切経営にタッチしておらず、むしろ忌避している感がなくもない。なぜそれほど嫌がるのだろう。「親の背を見て子は育つ」というのに。親である社長を見て、何か思うところでもあったのだろうか。

 社長は役職付きの誰かに跡を継いでもらいたいと思っているようだが、さてどうだろう。みな兼業農家だから難しいのではないだろうか。押し付け合い、最終的にアミダクジで決着を付けることになるのではないかと予想している。


 現時点において社長室があるのは、1階の総務部の更に奥だ。元はコピー用紙や蛍光灯等の備品倉庫だった場所だ。更に詳しく言うなら1階から2階にかけての階段下で、窓は無い。ものすごく好意的に思い込めば、屋根裏部屋のような雰囲気があるような・・・いや無理だ。

 備品倉庫だった頃は、総務部との間に普通の壁と扉があったのだが、今は柱は別として、壁も扉も、限りなく透明に近い半透明の強化アクリル板となっている。完全に透明でないのは、来客があったときに、お客様にあまり気を使わせたくないからだ。まあ半透明な時点で無駄な配慮だが。


 ところで。現在位置に社長室が落ち着くまでに、様々な変遷があった。

 社長室は4回引っ越している。

 総務部の部屋は新築当初から変わらず、1階の正面入口の真向かいにある。当時は社員が今より少なかったので空間に余裕があり、最初の社長室は総務部の隣に個室として存在していた。6畳くらいの広さで。



 1回目の引っ越し。

 私の入社した前後から社員が増え始め、各部署に会議用スペースを設ける余裕が無くなった。

 そのため、総務部のうちDIYを趣味とする人たち(以降、総務DIY部員とする)が、1階にあった広さ12畳の応接室を、会議室2部屋と社長室に改装した。応接セットは旧社長室へ移した。

 新社長室に収まりきらなかった社長室の備品、及び、応接室のソファー数脚は、リサイクル業者に売却された。このときの売却金で材料費の一部が補われた。



 2回目の引っ越し。

 数年後、ありがたいことに商談が増えた。チーム単位での仕事を円滑に進めるには会議が必須なのだが、肝心の会議室が足りない。

 よし、社長室をつぶして会議室にしよう!

 社長の机は、総務部の奥の窓際の端、衝立で仕切った2畳ほどのスペースに引っ越した。机以外の備品はやはり、リサイクル業者送りとなった。

 この時点で個室ではなくなった。だが総務部の皆様としては都合が良かった。


 ここで前述した「ワンマン経営ではない」の話になるのだが、詳しく書くと社長いらないんじゃないかという結論になりそうなので、大まかにまとめる。

 会社の経営方針は役員会議で決めるが、このとき社長は「~というのはどうだろう」というネタ振りをするだけで、具体的な討論とまとめは、社長を除く他の参加者で行われる。最終的な判断は社長に委ねられるが、決議案が社長の妄そ、いや意向と激しくかけ離れていない限りは拒否されることはない。そして今まで一度も拒否したことがないらしい。

 他の参加者とは、取締役、各部長、そして総務部の経理主任と人事主任である。

 特に経理主任と人事主任の意見は重用される。この2人によって実質的に会社が統制されていると言っても過言ではない。

 彼女たち(そう、女性である。私の町の影の長老の遠い親戚)は、秘書か建築士か会計士か税理士か司法書士かは忘れたが、もしかしたらその全てかもしれないが、事務系の資格を持っており、そら恐ろしいほど有能である。太い情報網も持っているらしく、裏の根回し的なものが会社を支えているとかいないとか。

 彼女たちは社長の監視役でもある。社長は大らかというか、小さいことに拘らないというか、とにかく雑で思い付きだけで行動することがあるので、ある意味とても危険だ。この危険人物を適切に管理するには、同じ部屋に置いておくのが最も良かったようだ。



 3回目の引っ越し。

 更に数年後、PCが1人1台となり、プリンターやロッカー等も増えてきた。いよいよ総務部にも余分なスペースが無くなった。

 残るは、あと、屋上へ出るための階段の通路というか、エレベーター制御室の横のデッドスペースというか、社用車の冬用タイヤを保管していた場所、だけだった。この空間には採光のためか、開閉可能な窓があった。

 職員用入口前の空きスペースに簡易物置が設置され、そこでタイヤを保管することになった。タイヤ移動後に出来た空間が、社長室として活用されることになった。総務DIY部員は、仕事の空き時間を利用して壁と扉を造り、どこかからタダで貰ってきた中古のエアコンを設置した。


 社長は「ペントハウスだ」と喜んだ。いやそれ、違うから。

 1階の総務部と屋上の社長室。間には2階層分の距離がある。

 これでは総務部職員による監視の目が行き届きにくい。それまでは同じ1階ということもあり、社長本人に意識させることなく厳重な監視下におくことが出来ていたのに。監視カメラを設置する予算は無い。

 社長は徐々に自由な行動を始めた。ジュース、お菓子、週刊誌はまだいい。漫画、ラジオ、ワンセグテレビ、ゲーム機、攻略本・・・社長決裁用の書類を届けに行くたびに、フリーダムなレベルがアップしていく。


 或る晴れた日の朝礼の時間、3階にある私の所属部署の窓から、数羽のハト、細長い板のようなもの、何かの粉末、日光をキラキラと反射するガラス窓、が垂直落下していくのが見えた。

 数瞬後、慌てふためいて羽ばたいていくハトが目に入るのと同時に、地面に固いものがぶつかる激しい音が辺りに響き渡った。

 社内にいた全員が窓際に殺到して下を確認した。それどころか、隣近所および通行人の皆様までもが注目した。落ちた場所は社用車駐車場。社用車は全て出払った後で、そこには誰もいなかった。よかった・・・新聞沙汰にならなくて。

 落下物の始点はどこかというと、それは3階より上というわけで。

 3階より上というと、屋上しかないわけで。

 この時間にそこにいる人というと、社長しかいないわけで。

 その日、経理主任と人事主任が蜂起した。



 4回目の引っ越し。

 あの落下事件の直後、経理主任と人事主任がとても静かに凪いだ顔をして社長室に向かったが、そこで何があったのかを知るのは当事者だけである。今後も詳しく語られることはないであろう。

 ちょっとでも目を離すと危ないということで、社長はその日のうちに、総務部の備品倉庫に軟き、いや、強制引っ越しさせられた。その週末に総務DIY部員によって壁の突貫改造工事が行われ、現在の社長室になった、と、こういうわけである。

 備品倉庫の中にあったものは屋上の旧社長室に移された。備品補充のたびに1階と屋上を往復しなければならない。大変な手間である。

 社長のその年の夏のボーナスは全額カットされることになった。十分反省してほしい。

 それにしても、3回目と4回目の引っ越しの間隔は短かったな。


 落下事件の翌日、社内放送で社長から説明と謝罪があった。

 社長は私と同じく小鳥が大好きで。特にスズメが大好きで。そばでじっくり見たかったので、細長い板で造った餌台もどきを、総務部に無断で社長室の窓の外に設置した。しかし固定の仕方が甘かったらしい(両面テープを使っていたというのだから当然だ)。

 餌台に群がる大量のスズメ。後からやって来たハト数羽。そして始まるスズメとハトによる仁義なき餌の争奪戦。それをなんとかしたいけど、何もできずウロウロする社長。

 ついには重さに耐えかねてハトごと落ちる餌台。スズメは全羽すばやく逃げた。

 社長はハトを助けようと力一杯窓を開け、勢い余って窓が外れて落ちた。

 これらの結果がアレである。

「たいへん申し訳ありませんでした。もうしません」と言っていたが、殊勝な態度がいつまで続くか怪しいものだと皆が思っている。


 今は、半透明なアクリル板を挟んで、社長の机と向かい合う形で、人事主任の机が設置されている。人事主任が席を外すときは、他の総務部職員が必ず席に着くことになっている。

 もし再び不審な兆候が見られた場合は、5回目の引っ越しが行われる。

 5回目の引っ越しの構想、それは・・・総務部の地下にトイレ付の社長室を造って社長を監き、いや仕事に従事させ、その様子を定点カメラで常時撮影し、総務部専用社内ホームページで閲覧できるようにすることだとか。

 総務部の金庫には既に設計図が仕舞われている、と風の噂に聞いた。


※上記の文章は全て捏造です。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ