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捏造エッセイ  作者: 里見
5/10

5.防犯について

※このエッセイは捏造です。

 実在の人物・団体・動物・行動・自然現象等には一切関係ありません。


 田植えが無事に終わり、日光をキラキラと反射する水面からすっくと伸びる苗が成長し始める季節となった。

 その日の私は会社の週休日だったので、両親と妻とともに田畑の見回り等のこまごまとした作業を行った。兼業農家の大黒柱に休日は存在しないのだ。そして1日の労働を終え、2日後にくるであろう筋肉痛に思いをはせつつ、中学2年生の長女を除く家族全員と夕食をとりながら、

「今年はカラ梅雨だねえ」

「本当に。外で仕事するには都合がいいんだけど、降らなすぎるのもちょっと困るわ」

「このへんは水不足の心配ないけど、他のとこは大丈夫かしら」

「このまま雨不足が続くと、うどん県の人達たいへんじゃないか」

「うどんっておいしいよね」

という会話をしていた。

 そんな家族団らんの平和な時間を打ち破るかのように、妻が所持する衛星通信携帯電話が、家族用に設定した着信音、国民的アニメ『サ○エさん』のテーマ曲を響かせた。

 なぜ衛星通信携帯電話なのかと疑問に思う諸君もいるであろうから説明しよう。この地域のどこかにワームホールがあるらしく、廉価版の携帯電話やスマホでは圏外となってしまうのだ。大人のお財布的事情にとってはたいへん厳しい状況ではあるのだが止むをえない。他にも固定電話とインターネットという通信手段はある。地域内限定ならば無線(利用者は公的資格が必要)という便利なものある。

 とまれ、液晶画面に表示されたのは長女の名前であった。


 これが、我が地域を震撼させることになる『変質者が町にやってきた』事件の幕開けとなった。


 幸いなことに犯行は未遂であった。正しく言うなら未遂未満であった。長女は、

「変質者を現行犯逮捕、確保しているから迎えに来て。現在地は国道の、学校と家の中間地点」

と、至って簡潔な伝言のみで電話を切ってしまった。長女は口数の少ない物静かな乙女なのだ。

 とにかく長女のもとへ行かなければと、両親と小学5年生の長男に留守を頼み、妻と共に軽トラで出発した。私が運転する隣で、妻が衛星通信携帯電話を使って誰かへ連絡をいれていたようであったが、少々気が動転していた私には内容までは理解できていなかった。


 現場に到着した私達が見たものは、ワンボックスカーの運転席側に自転車を止めて、竹刀を片手に仁王立ちするジャージ姿の長女。

 そして彼女の足元でうつ伏せになり、両手は背中側でベルトで固定され、ベルトの無いズボンが膝下まで引きずりおろされ、更に両モモと両足首がテーピング用のテープでぐるぐる巻きにされた、メタボ体型の男性だった。男性は気絶しているようであったが、嘔吐したときに窒息しないようにとの配慮のためか、顔が横向きにされていた。

 なんとなく何があったか分かってしまった。

 でもホッと安心したのは事実である。


 事情を聞こうと長女に話しかけようとしたとき、妻から待ったがかかった。二度手間になるのは面倒だから、全員集合するまで説明しなくてもいいと言うのだ。はて、私と妻と長女で全員ではないのだろうか。それとも家で待機している留守番組のことだろうか。

 私が疑問に思っているうちに複数のエンジン音が聞こえてきた。そして私達の近くに次々と到着する何台もの車。原チャリ、軽自動車、軽トラ、なぜかユンボを積んだトラック。それらから降り立ったのは、地域の婦人会の幹部の皆様方であった。


「緊急連絡聞いたわよ!大丈夫なの!?」

「もうびっくりしたわ。天ぷら揚げてる途中だったから、火を消して慌てて飛び出してきたのよ!」

「怖いわねえ。こんな平和な町で凶悪犯だなんて」

「婦人会の他の皆さんも来ようとしたんだけど、それだと住宅街のほうが手薄になって危ないからって残ってもらったのよ」

「そうよね、犯罪者は1匹いたら30匹は隠れていると思えって聞いたことあるわ」

「ところでその1匹はどこ?」

 御婦人達の視線が一点に集まった。この男性の人生は終わった。私は空気になることに徹する。


「よくもまあ、こんなときに呑気に寝てられるものね」

「感受性が欠如してるんじゃないかしら」

「見てあの下品な寝顔」

「ほんと下品ねえ。きっと中身も下品なのよ」

「話をするために起こさないとね。誰がやる?」

 御婦人達が会話を続けているそばで、私の長女が、絶賛気絶中のメタボ体型の男性を横向きにして、そのレバーに向けて膝を叩き込んだ。体脂肪がクッションになっているにしても、あれは痛いであろう。

 ウッとうめいて意識を取り戻す男性。激しく咳き込んでいたが、自分の体の自由がきかないこと、複数の人間に取り囲まれていることに気付いたらしく、苦痛に顔を歪めつつもカタカタと震えだした。至極まともな反応である。


「あら、やっと目を覚ましたみたいよ」

「お寝坊さんねえ」

 うふふと微笑む皆様の目が全く笑っていない。怖い。

「では事情聴取といきましょうか。私の可愛すぎる娘に何をしようとしたのか、について」

 妻が一歩踏み出した。

「変質者に黙秘権なんて上等なものは無いのよ。包み隠さず全て話してくれるわよね。そうそう、まだ警察には通報してないから時間はたっぷりあるわ。今後のあなたの人生はあなたの態度次第。もし嘘をつこうものなら」

 そこまで言って、前方に停めてあるトラックの荷台のユンボを見てから、視線を休耕地に移す。男性もつられてユンボと休耕地を見る。そして再度視線を合わせる2人。

「わかりましたか?」

 静かに問いかける妻。君はいったい何者なんだい?

 男性は土気色の顔に涙と鼻水と脂汗を垂れ流し、全身をブルブルと震わせながら、ガックンガックンと壊れた人形のように首をタテに振り続けた。

「こっちの準備はいいわよ」

 御婦人の1人が旧式のラジカセ(カセットテープの録音機能あり)を手にしていた。

「わあ、ありがとう。やっぱり録音はアナログに限るわよね。デジタルだと改ざんを疑われるから証拠にならないものね。ほんと助かるわ~」

 ねえ、君たち、その知識どこから仕入れるの?


 その後の録音しながらの話し合いをまとめると以下のようになる。

 男性のことは以降は容疑者とする。


・容疑者は生来の方向音痴を発揮し、迷子をこじらせてここに来た。

・剣道部主将の長女(下馬評では全国優勝最有力候補)は来月の県大会に向けて学校で鍛錬していたが、熱が入りすぎて帰宅が遅くなった。

・容疑者は道を教えてもらうため、自転車で激走中の長女を呼び止めた。

・心優しい長女(袋に入れた竹刀を背負っていた。防具は部室)は道案内しようとした。

・だが可愛すぎる長女の魅力にやられてしまった容疑者は、つい出来心で手を出そうとした。

・婦人会が公民館で開催した護身術講義へ参加経験のあった長女は、即座にその護身術で正当防衛した。剣道部の仲間に迷惑がかからないよう、剣道の技は使っていない。


 なお、録音はしなかったが長女による正当防衛の手順は以下の通り。


1.容疑者はその右手で長女の左手を掴み、車に引き込もうとした。

2.長女は引っ張られる力を利用して相手に近付き、右手で目つぶしをする、とみせかけて相手が手を放したところで、その喉に喉輪(のどわ)をかました。(※喉輪(のどわ)とは、手の親指と人差し指の間のみずかきの部分を使って相手の喉に打撃を加えること)

3.喉元を押さえて膝をついた容疑者の横に回り込んだ長女は、両手を組み、全体重をかけて容疑者の後頭部へ叩きつけた。

4.容疑者が失神したので、うつ伏せにして拘束した。

5.この後の対応について指示を受けるため母に連絡した。


 以上である。

 ねえ、うちの婦人会ってなんなの?護身術って、喉輪(のどわ)って、君たち何を目指してるの?その驚異の体術はもしかして旦那様に対しても発揮しちゃうつもりでいるの?


 自白の録音を終えた後も、御婦人達は一切の暴力をふるわずに言葉のみで容疑者を暫くいたぶってから、その目の前で警察に通報した。駐在さんが来るころには容疑者は廃人同然になっていた。

 これが事件の全容である。

 実に恐ろしい事件であった。

 地域のどこが震撼させられたか分からないだと?そんなの、私たち男性陣の繊細なガラスのハートに決まっているではないか!

 翌日に急きょ設けられた青年会の会議において、私の証言をもとに、『地域の御婦人を決して怒らせてはならない』という法案が満場一致で可決された。


 数日後、長女と婦人会に対し、警察から感謝状が届けられたことを追記しておく。


※上記の文章は全て捏造です。


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