4.UPSについて
※このエッセイは捏造です。
実在の人物・団体・動物・行動・自然現象等には一切関係ありません。
大量データ等の入力作業中、もう少し区切りのいいところまでいったら保存しようと思ったまさにそのとき、停電や雷による瞬断によってパソコンの電源が落ちてしまい、今までの苦労が全て水の泡になってしまったという経験をしたことのある方は多いであろう。
霞目と戦いながら見つめていたスクリーンが真っ暗になったあの瞬間の衝撃は計り知れない。
パソコンに触れる機会の少ない方に分かりやすく説明すると、『ショッピングセンター内の売店で超ロングサイズのソフトクリームを購入しイザ食べようとしたとき、コーン内に収まっていないクリーム部分を全て落としてしまい、床に広がる白い残骸を見たときの何とも言えない気分』といったところだろうか。
前回のエッセイ執筆中に大規模停電が発生したあとの私が激しく狼狽し、復旧するまでのあいだ灰人状態になっていたのは仕方のないことである。あのときの私は超捏造地元風土記大長編(以下は捏造風土記とする)を捏造しようと意気込んでいた。
捏造風土記をひらめいたのは入浴中。
構想期間は、ボディーソープが空になっていたけれど詰替用がどこにあるのか分からないので妻を呼んだが、なかなか気付いてもらえず叫び続けた約4分間のうち最後の30秒。
執筆を決意したのは、私の声を聞きつけた今年中学2年の娘から「うるさい、近所迷惑だ」という言葉と共にボディーソープ詰替用を投げつけられたとき。
あのあと、目から出る汗をシャワーで洗い流す爽快感がたまらなった。
このやるせない気分を解消するには全てを創作熱に置き換えるしかないと決意した私は、風呂上り早々書斎(廊下突き当りにあった広さ1畳の物置を改造。窓なし。エアコンなし。照明は電気スタンドのみ)に引き込もり、パソコンを起動してワードパッドを開き入力作業に取り掛かった。
この書斎にはコンセントが無いため、廊下の電話機のそばにあるコンセントに差し込んだ延長コードを利用している。インターネット用ケーブルも同様である。
延長コードの差し込み口は3つあるため、電気スタンド、パソコン、プリンタが全てまかなえる。これ以上のタコ足配線は家族から禁じられている。
キーボードに両手指先を乗せた時点では、手書きのメモによると、捏造風土記の構成は以下のような構成であったようだ。詳細はきれいに忘れた。
『序章 両親のなれそめ』
『第1章 誕生 ~命名時に家庭内紛争勃発~』
『第2章 成長 ~幼馴染とともに高校まで一貫して地元の公立学校に通う~』
『第3章 国立大文学部へ進学 ~バスが30分に1本!?地元は2時間に1本~』
『第4章 Uターン ~オレ決めたんだ、兼業農家になるって~』
『第5章 働く喜び ~兼業農家の年間総労働日数は365日~』
『第6章 密命 ~魔王城にいる姫の奪還を命じられる。なぜオレ?~』
『第7章 旅立ち ~母からお土産にハトサブレを指定される~』
『第8章 苦難の道のり:1 ~時刻表が解読不能。乗り換えはどうすれば~』
『第9章 苦難の道のり:2 ~全部駅員さんが教えてくれた。駅員さんありがとう~』
『第10章 魔王城攻略 ~フロントで宿泊費滞納分を支払う~』
『第11章 最後の戦い ~姫にかけられた暗示魔法を解除~』
『第12章 城への帰還 ~褒美をください~』
『第13章 帰宅 ~母は語る。ヒヨコ饅頭も頼めばよかった~』
『終章 そして未来へ』
序章・終章を含めると全15章の大長編である。これだけで投稿15話分いけるわ~と考えていた。
しかしなんとなく最初の序章から書き始めるのがめんどうだったので、最後から3つめの『第12章』以降だけ書くことにした。このことが被害を最小限にとどめることになったのだから、世の中何が幸いするか分からないものである。
もやっとした気分を叩きつけるようにキーボードを打ち続けた私。
家族からうるさいと叱られ書斎(旧物置)の扉を閉められそうになり必死に謝った私。
延長コードに扇風機を使う余裕はない。扉を閉められたらパソコンの排気熱で軽く熱中症になれる。
そんなこんなで入力し続けること1時間。そろそろ佳境に入ろうかというころに、あの大規模停電が起きたのである。
地元の長老が電力会社に連絡すると、担当者がすぐさま高所作業車に乗ってやってきた。
巣を守ろうとするカラスと、電力会社作業員との間で繰り広げられた血で血を洗う戦いは壮絶であったらしい。撤去した巣は少し離れた木の上に強制引っ越しさせていただいたそうだ。
停電による被害はゼロだし、あれほどの大規模停電にも関わらず迅速に解決していただいたお礼として、長老が穀倉に隠し持っていた有機無農薬栽培ジャポニカ米30キロが作業員に贈られた。作業員は笑顔で「いつでも気軽に呼んでください」と言って去っていったと聞く。
被害ゼロは嘘である。少なくとも事実上の被害者は2名存在する。
1人は私。
もう1人は『タイマーセットし忘れた翌朝に炊飯器のふたを開けたときのダメージがハンパないから御飯は寝る前に炊いておく』派の、隣の木造2階建てアパート1階に住む独身男性Aさん(匿名希望)。
Aさん宅の電気炊飯器が御飯を炊き上げるため最後の追い込みに掛かろうとしたその瞬間、すべてが暗闇につつまれたとのこと。Aさんは「パエリヤにでもして食べます」と言っていたが本当にパエリヤにしたのだろうか。
私もパエリヤが食べたいと妻に言ったが無視された。
今回のように執筆原稿紛失が起きると私の創作意欲がそがれるので、もっと正直に言うと何を書こうと思っていたのか忘れてしまうので、停電時にそなえてUPS(【解説】参照)を購入してもよろしいでしょうか、と妻にお伺いをたてたところ、
「誰がどう見ても無駄な出費です。高いし、かさばるし、重いし、電気代かかるし。ただでさえガソリン高騰で出費が増えてるのに。これ以上ごねるならパソコン没収」
すげなく却下されてしまった。悲しい。
だが我が妻は只者ではなかった。
「ノートパソコンなんだから付属バッテリーで間に合うでしょ。まさか無くしたとか言わないでしょうね」
そうか!そう言えばそういうものがあった。妻は天才ではなかろうか。
ええとアレはどこに片づけただろう。待機電力がもったいないからと外してからの記憶が無い。
【解説】 UPSとは?
日本語で言うと『無停電電源装置』。昨今はなんでもかんでも名前を省略するので訳がわからないものが増えすぎて困る。でも日本語でも意味不明なものは多いので更に困る。
パソコン→UPS→コンセント、の順に接続して使用する。平時においてはUPSは延長コードと同じ扱いを受けるが、実はUPSは非常時にそなえて内臓バッテリーに充電がなされている。停電・瞬断などで外部からの電力供給がとぎれると、パソコンに供給する電力がUPS内のものに自動的に切り替わる。
但しUPSの電力容量は少なく(お値段に比例して容量は増える)、あくまでも一時しのぎにすぎないので、停電・瞬断の際は直ちにデータ保存してシャットダウンするべきである。
余談であるが、UPS使用初心者がUPSの電源スイッチをOFFにしたままパソコンを起動しようとして、「パソコンが起動しない」「UPSのせいでパソコンが壊れた」「このUPSは不良品じゃないのか」等の苦情を訴えることは多い。
仕方ないじゃないか!使い方よくわからないんだから!
※上記の文章は全て捏造です。