表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

真織さん、初仕事です

それから真織と緒凛は二人で食事をした。

食事と言っても、たいしたものではなく、この家に似つかわしくないレトルトや冷凍食品を軽く調理して食べた。

これほどのマンションに住んでいるのだから、てっきりお抱えのシェフがいるのかと思ったのだが、緒凛はどうやらそういったものを嫌う傾向があるらしい。

自分の出来ることは自分ですることがモットーらしいが、食事がレトルトだなんて……と、真織は明日から自分が朝食を用意しようと心の中で決めていた。

お金を払ってもらうのだから、それなりに役立たなければ意味がない。

家ではおさんどんだったし、家事に関して苦に思うことはない。

食事をしながら、緒凛は明日の自分の予定を真織に聞かせた。

どうやら早朝から重要な会議があるらしく、早々に出て行かなければならないとのことだった。

真織は学校のことを脳裏に浮かべたが、緒凛の命令は絶対だという言葉を思い出し、あえて口にはしなかった。

真織は明日、この広い空間で一人で過ごさなければいけなくなるらしい。

掃除や洗濯をしていれば時間は経つだろうかと思ってみるものの、掃除するには広すぎ、かといって掃除しなければいけないほど汚れているようにも見えない。

明日は何をしようかと悩みながら、緒凛が入れてくれた食後のお茶をすすって時計を見ると、時刻はいつの間にか夜中の一時を指していた。


「さぁ、そろそろ寝るぞ」

「え?」


食器を片付け終えた緒凛が、手を拭きながらキッチンから出てきてそう言った。

真織は意味がわからず、首を傾げると、緒凛は巧みな笑みを浮かべて真織に言う。


「何をしている。一緒に寝るんだ」

「えぇぇっ!?」


緒凛の突然の言葉に、真織は手に持っていたカップを落としそうになった。

驚く真織の反応を楽しそうに眺めながら、緒凛は真織の手からカップを取り上げると、キッチンの流し台へもって行き、すぐに戻ってくる。

それから呆然としている真織の二の腕をつかみ、無理矢理立ちあがらせると、無言のまま真織をつれて、二階へとあがっていった。

階段を上って一番初めにあった部屋のドアを、緒凛は何の迷いもなくあけ、真織を引き連れて入っていった。

パチッとスイッチの入れる音がして、暗闇だった部屋に明かりが灯る。

そこにはキングサイズのベッドがひとつあるだけで、何もない、本当に寝るだけのための部屋の雰囲気に、真織は素直に戸惑った。

真織から手を離し、緒凛はベッドに歩み寄り、乱れた掛け布団を直すと、真織に振り返る。


「ほら、来い」

「こ、来いって――本当に一緒に?」

「当然だろう。ベッドはひとつしかないんだから」

「わ、私、ソファで――」

「駄目だ」


力強い緒凛の否定の言葉に、真織はぐっと息を呑んだ。

これはまさしく命令で、真織はそれに逆らうことを許されない。

ネグリジェの裾を掴み、躊躇している真織に、緒凛はため息をついて歩み寄ると、次の瞬間、いきなり真織を横抱きにした。


「っや!」

「嫌? 今俺と寝るのを拒んだ言葉か?」

「ち、ちがっ……そうじゃなくてっ、そのっ」


真織は顔を赤くしながら緒凛のTシャツをぎゅっと掴んだ。

素直に怖いと思ったのだ。

緒凛の言いなりになる――つまりそれは性的行為を求められても否定できないといったことをさす。

真織は緒凛と交わした契約があまりにも安直に考えすぎたと後悔していると、緒凛はそれを理解したのか、真織を抱きかかえたままベッドに座り、そのまま真織を抱きしめた。


「何もしないさ。ただ添い寝をしてもらうだけだ」

「ほ、本当に?」

「……少し触るかもしれないな」


どこを――とは口が裂けても聞けなかった。

真織が顔を赤くして緒凛を睨むと、緒凛は愉快そうに笑みを漏らして真織の額に唇を落とした。


「あんまりそんな顔をするな。何もしないと言ったばかりなのに、君は俺の理性を崩すつもりか?」


そんなつもりはない、と言いたかったが真織は何も言えず、緒凛の顔をみることも出来ずに顔を下に向けた。

裾の短いネグリジェから伸びる真織の白い足を、緒凛は撫でるように触る。

その感覚に、びくっと体を震わせば、緒凛はクスクスと笑みを漏らして真織に言った。


「真織、顔を上げて」


優しい緒凛の声に、真織がおずおずと顔をあげると、緒凛は愛しそうに真織の足から手を離し、そのまま真織の頬を撫でる。

柔らかな指先が真織の唇に触れ、真織は再びブルッと身を震わせた。


「大丈夫。本当に何もしないから」


泣いた子供をあやす様な、そんな優しい声に、真織は信じようと小さくコクリと頷いた。

真織の反応に、緒凛は静かに真織を開放すると、真織を先にベッドの中へ入るように促した。

真織は素直にそれを聞き入れ、ネグリジェが乱れないよう細心の注意を払いながら布団の中にもぐりこむ。

それを見た緒凛は、電気を消して自分も布団の中にもぐりこむと、真織に言った。


「真織、腕枕」

「え?」

「腕枕をさせてくれ。寝づらい」


自分の頭のほうに腕を差し出されたようで、暗闇の中、真織は少しだけ頭を浮かせる。

そうすると、自分の髪が少しだけ揺れるのを感じ、頭をもう一度沈めれば、人の腕の感覚が頭の位置に感じられた。


「真織……」


小さな真織を呼ぶ声が聞こえたかと思えば、緒凛の空いている腕が真織の腰を引き寄せる。

向かい合った形でベッドの上に存在する緒凛のぬくもりに、真織は無意識に胸を高鳴らせた。


「真織は柔らかいな……」


緒凛の言葉に、真織は少しだけ顔を上げた。

けれど暗闇の中で緒凛がどんな表情をしているかはわからない。

きっと、嫌味っぽく笑っているのだろうと解釈した真織は、何も言わないまま緒凛の胸元に額を寄せて、静かに目を閉じた。


 ◇◆◇


真織が目を覚ました時には、隣に寝ていたはずの緒凛の姿は見あたらなかった。

慌てて飛び起き、沢山ある部屋をひとつひとつ確認していくも、やはり彼はどこにも居ない。

最後に一階のリビングを覗くも、やはり見つけることができず、時計を見ればまだ朝の七時を過ぎたばかりだった。

早朝から会議があるとは聞かされていたが、こんなに早く出て行ってしまうだなんて、思っていなかったのだ。

昨晩、心の中で決めた朝食作りをし損ねてしまったと、真織は落胆していた。

突然連れてこられたこの場所で、突然一人きりにされ、真織は戸惑った。

自分の家だから自由に使って構わないと言われたが、やはり抵抗は隠しきれない。

とりあえず、すっきりしない頭を覚ますために、キッチンへ行き近くにあったグラスに水を注いだ。

一口それを飲み、深くため息をつくと、対面キッチンのカウンターに紙が一枚置いてあるのを見つけた。


[おはよう。昨日も言った通り、今日一日は家で過ごすこと。家の中のものは自由に使って構いません。仕事関係のものは触らないこと。夕方には帰ります 緒凛]


なんとも淡泊で用件だけを述べた置き手紙だった。

真織はそれを手にとり眺めながら、もう一口……とグラスの水をすべて飲み干した。

グラスを軽く洗って片付けると、真織はうーんと背伸びしてリビングを見渡した。

いつもなら新聞配達を終え、父の朝食と自分の弁当を作っている時間だ。

バイトも学校も無断で休んでしまった。

学校は今行けば間に合うけれど、肝心の制服がない。

真織は自分のネグリジェ姿を見て、思わず「うわっ」と声を上げた。

思い出すだけでも恥ずかしい自分の姿を、もろに直視してしまった。

お洒落に疎い真織は、制服でさえ模範生徒のように、スカートは膝より下で着ていたのに――。

今の自分は太股をあらわにし、派手な下着がチラリズムに見え隠れしている。

それを昨日会ったばかりの強引男に見られているのだ。

自然と頬が赤くなるのもおかしいことではない。

真織はとりあえず、今の服装をどうにかしようと頭を抱えた。

そういえば――と、ふと頭をよぎったことを思い返し、反対側にある大きなクローゼットの扉を開いた。

中には同じ仕立てのスーツとワイシャツがずらりと並んでおり、端の方に遠慮がちに普段着が少しだけかかっている。

反対側の端を見れば、女物の衣類がかけられており、それを見た瞬間、真織は大きく落胆した。

昨日、さりげなくではあったが、緒凛がクローゼットの中に衣類が入っているとこぼしたのを思い出したのだ。

こんなことを今更思い出した自分の記憶力のなさに腹立たしさを覚える。

すぐに気づいていたら、ネグリジェなど着用せずに済んだのに……。

真織は深くため息をついてその中でも一番質素な青色のワンピースを手に取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ