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姫君の奪還

真織は走った。

ヒラヒラと鬱陶しく足元を邪魔するスカートをたくし上げて。

進行を阻むSP達は次々に十五と真由羅になぎ倒されていく。

真由羅なんて片手で例の箱を抱えて、片手だけで相手を次々に地面に跪かせているのだから驚きだ。

二人が切り開いていく道を走り続ければ、二人が足を止めたのを感じ、真織も足を止めて前を見た。


「どこへ、お出かけになるのですか?」


穏やかに微笑む善一が、複数のSPを従えて立っていた。

善一が不在だと思っていたが、予想より早い帰宅に、十五はチッと舌打ちをする。

真由羅も自分を陥れた男を目の前に、苛立ちをその顔に浮かべている。


「外出を許可した覚えはありませんよ。早く戻ってください、真織さん」


この脱出劇が、たいしたものでもないと言いたげな善一の態度に、十五は無表情で通してきた表情を崩し、善一を睨む。

けれど善一は蚊に刺された程度のようにしか感じていないらしく、手をすっと上げて後ろに付き添うSP達に命令を下した。

ふと、前に出た十五を真由羅が止めた。


「箱と、そのお嬢さんをお願い。私も憂さ晴らしぐらいさせて貰わなきゃ気がすまないのよ」


淡々とそう述べると、真由羅は十五の返答を待たずに箱を渡して、床を蹴った。

その動きに、真織や十五だけでなく、善一でさえ驚いた。

さすが自分を役に立つと言っただけはある。

SP達が懐から何かを出そうとしている間もなく、彼女は次々にSPを倒していく。

蹴りがSPの顎を突き上げ、異物を撒き散らす。

喧嘩というにはあまりにも綺麗な技で、柔道や合気道とはかけ離れた複雑な動き。

こんなときにではあるが、こういう人も居るのかと、真織はただ唖然とした。


「はい、終了。案外どころか全然弱いわね。武器に頼ろうとするからよ」


あっという間にすべてのSPを倒した真由羅は、手を払う仕草をしながら、さも当然のように言った。

形勢逆転とはこういうことを言うのだろう。

十五も思った以上に真由羅が使えて、ご満悦の様子だ。

一人だけとなってしまった善一は、今までの余裕がすべて失われ、ギリッと歯を食いしばりながら真織を睨んだ。


「真織……君はここに居るべき人間だ……。このような下種の傍に居るべきではない」


余裕の感じられない笑みを浮かべ、善一が真織に一歩一歩と近づいてくる。

真織の目の前に、十五が居るにもかかわらず、それがまるで視界に入っていないように、善一は真織だけを見つめていた。

それは震え上がるほどの執念に満ちた瞳。

真織はビクッと体を震わせながら距離を置くように、一歩だけ後退する。

これほどまでに自分を追い求める善一の気持ちがまるで分からない。

なぜここまでして自分を必要としているのか、ただ母親に似ているという理由からでは到底考えられないのだ。



「そいつをあまり怯えさせないでやってくれ。芯は強いが情は脆いんだ」



ふと聞こえた声に、真織は目を見開いた。

声が聞こえたと同時に、体を後ろに引き寄せられ、懐かしいぬくもりが全身を包んでいく。

振り返らなくても分かった。

途端、今まで抑えていた感情が一気に涙となってあふれ出す。

振り返り、顔も見れないまま抱きつけば、その人は静かに真織を抱きしめた。


「ごめんな真織……遅くなって……」


優しい声が耳元で聞こえる。

声を出し、その名を呼びたくとも声が思うように出てはくれない。

ただ大丈夫だと、それだけを伝えたくて、真織は腕の中で必死に首を振った。


「――っ! 貴様! 真織を離せ! 穢れる!」


突如としてその感動の再会は中断した。

真織が顔をあげて、声を張り上げた人物を見ようとするも、抱きしめている本人がそれを許さない。

静かに真織を抱き上げ、子供をあやすように頭をなでれば、彼は静かに善一を見つめて言った。


「もう懲りてください」

「黙れっ!」

「あなたは終わりですよ」

「黙れっ! 黙れ黙れ黙れっ!」


子供のように言い返すことしかできない善一に、真織は少しだけ同情した。

同情というものではないかもしれない、哀れみといったほうが正しいだろう。

ただ今はどうでもよかった。

彼から受けた精神的な恐怖は、並大抵ならぬものだったからだ。

顔もみたくないと心の片隅で思っていたこともあって、自分を抱き上げてくれた彼の行為に感謝した。

何を言っても聞く耳を持たない善一に、緒凛は呆れたようにため息を漏らして、これ以上は無駄だと悟ったらしく、視線で十五を促して、出口の方へ歩いて行った。


「ま、待てっ!」


最後の最後まで諦めが悪いらしい。

緒凛は再びため息を漏らすと、足を止めて静かに振り返る。

待てといっている割には、その場からまったく動いていなかった善一を哀れむように見つめ、緒凛は静かに笑みを漏らした。


「不動産、建築、リフォームのご相談は黒澤不動産まで、どうぞお気軽に。ただし、崩れたプライドは建て直し不可能なのでご注意を」


緒凛の言葉に、最早反論の余地をなくした善一は、その場に膝をついて落胆した。

外へ出れば、真織を抱えた緒凛の姿を見て、残っていたSP達は無言のまま道を開いた。

何人ものSP達が倒れている中で、茅と蝶の姿を見つけ、真織は涙をぬぐいながら安堵した笑みを見せる。

その表情を見て、茅と蝶は同じように微笑み返すと、何も言わないまま緒凛の後ろに、十五と真由羅と並んで歩き出した。

その一団は圧巻だった。

まるで嵐のようにやってきて、静かな波のように帰っていく。

人並み外れた美しい容姿と、屈することのない強さを秘めた彼らに、立ち向かうものなど誰も居ない。

正門はすでに閉ざしていた口を開き、目の前には夢兎が乗ったワンボックスカーがつけられていた。


「お疲れ」

「お疲れ様」

「任務ご苦労様」

「姫奪還成功」

「……君誰?」

「あ、それは後ほど」


五人兄弟が口々にそうこぼし、新しく加わっていた真由羅の存在を不思議がりながらも、微笑みながらそれに乗り込む。

動き出した車の中は、誰もが無言で、けれど任務を終えた満足感に満たされた雰囲気に、真織はようやく顔を上げた。

サードシートに座る緒凛の膝の上。

真織の姿はそこにあった。

顔を上げた真織に、緒凛は優しく微笑み、それはまるで今はややこしいことなど考える必要はないのだと促されているようで。

真織が静かに緒凛の肩に額を寄せれば、緒凛は優しい声でつぶやいた。


「さあ、帰ろう」

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