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彼らの実力

突然の機械音に、屋敷の中がざわめいた。

屋敷の主が不在の中、非常事態が起こったのかと、確認のために数人の使用人が屋敷内を駆け回る。

外を巡回していたSP達も、顔を上げてあたりに不審な人物は居ないかと警戒を強めていた。

ザッ! と地面を蹴る音がしたかと思えば、二メートル以上はある、高く備え付けられていた正門を軽々と超えてくる二つの影があった。

その影をすばやく見つけ、SPが無線を手にとるも、それはあっけなくその人影によって奪われる。

それを取り戻そうと振り返れば、後ろから強い衝撃を与えられ、一人のSPは無残にも地面に叩きつけられた。

いきなりの出来事に、気を取られるも、近づいて来る二つの影に、SP達はすぐに構え、その人物達を確認する。

ふと、暗闇の中にうつった人物は、年も幼い二人の少年だったことに驚愕した。


「おいチョウ、ずるくない? インラインスケートなんて履いてさぁ」

「ちぃ兄も履けばよかったんじゃん。走るの面倒だし」

「頭は使うべきだな。今度こういう機会があったらそうするよ」

「こういう機会は何度も訪れるべきではないけどね」

「まったくだ」


こちらに向かって走りながら話す少年達の会話は、あまりにも場に似あわず、一瞬、侵入者ではないのかとすら疑えてしまう。


「ああ、ちぃ兄、俺今重要なことを忘れてたよ」

「何だよ?」

「俺、殴り込みするの今回が初参加なんだ。手加減の仕方がわからないよ」


そう困ったように尋ねてくる弟に、茅は苦笑を浮かべ、腰にぶら下げたモデルガンを手にとってSPに向けながら言った。


「簡単な話だ。殺さない程度にやればいいんだよ」

「ああ、なるほどね」


茅の言葉に、蝶は納得したように飛び上がり、目の前を阻むSPの顎を蹴り上げたのだった。

派手に後ろに飛んだ仲間を見て、SPの一人が懐に手を入れる。

それを横目で見た茅は、すばやくモデルガンの銃口を向け、引き金を弾いた。


「なっ! 何だ!?」


ベシャッと水分の含んだ音が聞こえたかと思えば、懐から出る筈だった手に、青色のスライムのような液体がベットリとまとわりつく。

それを振り払おうともう片手でそれに触れれば、液体は触れてきた手をしっかりと握り締め、離れなくなった。


「夢兎兄特製、トリモチ弾」


そう言って茅はもう一発をSPの頬に食らわせながら、反対方向から殴りつける。

グラリと体を揺らし、地面に叩きつけられたSPは、頬と地面がトリモチによって強く結びついたため、取れなくなっていた。


「何だ、ここのSPってあんまり強くないんだね」


ケロッと言った蝶の一言が悪かった。

自分達では一流意識を持っていたSP達のプライドを切り裂き、ブチリとその理性をぶっ飛ばす。

おのおの持っていた拳銃を取り出し、二人に向ければ、蝶はヤバイ、と両手を上げ、降参のポーズをとりながら茅をチラリと見た。


「何挑発してんだよ」

「ごめんちぃ兄、こいつ等こんなに気が短いとは思わなかったんだ」


反省しているとはまったく感じられない蝶の言葉に、茅は呆れながらも首からぶら下げていたネックレスを口に加える。

それを見た途端、蝶は強く自分の耳を塞ぎ、次の瞬間、茅が勢いよくそのネックレスに息を吹き込んだことによって、超音波のような音が響いた。

茅の近くに居た数人のSPがバタバタと倒れた。

遠くに居たSPにはその音は届かなかったらしく、突然倒れた他の仲間を見て唖然とする。

茅は唇からネックレスを放すと、耳を塞いだ蝶に叫んだ。


「コラ、チョウ! お前には聞こえてないはずだろっ!」

「聞こえてなくても頭に響くんだよっ!」


むぅっと頬を膨らましながら、蝶は耳から手を離す。

このネックレスもまた夢兎が作った特注品だ。

一定の年齢に達した大人にしか聞こえない音波を発し、その音波によって睡眠効果を得ることができる。

試作段階のものではあったが、何か役に立つかと思って持ってきたのが正解だった。

茅はそんな蝶に歩み寄り、それから遠くに残っていたSP達を見つめ、二人でニッと微笑んだ。


『役立たずのSPさん、ここまでおいで』


 ◇◆◇


ノイズ混じりの声が、耳につけたイヤホンから聞こえてくる。

屋敷内の慌ただしさが手に取るようにわかるその会話は、何とも滑稽だった。


『正門に侵入者二人確認!』

『現在屋敷内に潜入!』

『応援はまだか!』

『ガキ二人に何を手こずっている! 早くしろ!』

『発砲許可はまだかっ!?』

『煙感知器の発信場所は?!』

『まだ特定できません!』


ワンボックスカーの中で、夢兎はカチカチとパソコンのキーを打ちながらそれに耳を澄ませている。

隣の運転席では、終わりかけのタバコを惜しむように吸う緒凛の姿があり、夢兎はそちらを見ないまま、小型のマイクを唇に近づけ、口を開いた。


『新たな侵入者です! 裏口より複数の人影が!』


それはまるで夢兎の声ではなく、まったくの別人の声での発言だった。

夢兎は小さく咳払いをし、変声器も使わずにまた別の声を出す。


『庭付近に侵入者っ! ぐあっ! 何を……』

『屋敷内に新たな侵入者発見! おい! 貴様! ……ぎゃあぁっ!』


その後も、夢兎は何度も声色を変えては発言し、無線を聞いている者達を惑わせた。


『おいっ! どうなってる?! 誰もいないぞ?!』

『裏庭はっ!? 誰か見てこい!』


夢兎の織りなす術中に見事にはまっていき混乱を見せる屋敷内の様子に、隣で聞いていた緒凛は喉の奥でククッと笑った。


「相変わらず夢兎のソレは凄いな」


感心している緒凛に、夢兎は口元からマイクを離してようやく緒凛に振り返る。


「……これが仕事だからね」


眠たげに、面倒くさそうに漏らした夢兎を緒凛は何も言わないまま柔らかく微笑み見つめた。

彼は企業向けの興信所を運営している。

変装や声変えは元々彼が持ち合わせた特技だが、それを充分活かすことの出来る環境が興信所という形だった。

いつも眠たそうにしているのは連日連夜の仕事が多いためなのは緒凛も良く知っている。

弟ながら情報収集の分野における力量はすさまじいものだ。

緒凛は満足そうに笑みを絶やさぬままタバコを消すと、静かに車から降りた。

夢兎は、屋敷に向かって歩いていく緒凛の後ろ姿をじっと見つめた。

相変わらず耳元だけが騒がしく、一人だけ残された車内は寒気がする。

闇と同化し消えてしまった兄に届かぬよう、夢兎はちいさくつぶやいた。


「人殺しだけはしないでよ兄さん……」


 ◇◆◇


なぜ、そこにいる誰もが同じ様な行動をとったのかが分からなかった。

けれど、そうしなければいけない気がしたのは皆同じで。

屋敷に堂々と入ってきた緒凛を見て、SP達は即座にその場に集まるも、なぜか見ることしかできないでいた。

悠々と歩く緒凛を、止めようと思えば止められたはずなのに、だれも動こうとはしない。

それは緒凛の醸し出す威圧感にどうしようもない自分達の無力さを感じたからだ。

実験用のラットは、床から流れてくる電流から逃げだそうと、かごの中を必死に逃げ回る。

けれどどこへ行っても電流は床を通じて体に流れ込んでくる。

そうなった場合、ラットは抵抗をやめておとなしくなるそうだ。

人はこれを学習能力と呼び、ここにいるSP達もまた、緒凛に対し抵抗することを最初からあきらめている様だった。

彼らなりの学習能力が働いたらしい。

アイツには手を出すな……と。

黒澤財閥の跡取りである緒凛の顔を、知らない者はいない。

今の混乱状態を招いた、ことの発端が緒凛だったにしろ、そうでなかったにしろ、彼らは今の緒凛に抵抗できる術を身につけてはいなかった。

緩やかに静かな怒りの炎に燃える瞳。

その瞳に映し出すものは何もなく、ゆらゆらと怒りに満ちているはずなのに、なぜあれほど背筋が凍るような感覚に見舞われるのだろうか。

それほど緒凛の瞳は冷たく、誰もが恐怖に震え上がるものだった。

ふと、一人のSPの前で、緒凛は足を止めた。

緒凛が無言のままSPを見下ろせば、SPは声を発することのできない口を、ぱくぱくと動かしながら、ようやく一歩だけ後退する。

間近に感じる威圧感に、さっと血の気が引いて、喉がからからになった。


「見覚えのある顔だ……。ああ、真織を連れ去った奴だな。そうだよな?」


ピクリとも笑わずに淡々と尋ねてくる緒凛に、ソレは……、声にならない悲鳴を上げた。


「無言は肯定と取るが、異存はないか?」


まるで否定するのを許さないように、静かな声で緒凛が尋ねれば、ソレは震え上がりながら、これ以上は無理だと言うほどに目を大きく見開いた。


「がはっ……!」


ソレは体をくの字に曲げた。

突然に襲われた下腹部の痛みに、耐えられずの行動だ。

内蔵が正常な位置を保っていられなくなり、故にこみ上げてくる嘔吐感に、男は遠慮もなくそれをぶちまける。

けれどそれは次の衝撃に繋がる序章に過ぎず、地面へと倒れ込んだ瞬間、上からかかってくる問答無用の重圧に、地面に頬ずりをした。

ミシッ……と、ソレは自分の頭が割れた音を聞いた。


「がっ……あ゛ぁあ゛ぁぁあっ!」


降参も抵抗する余裕すらも与えられず、ミシミシと鳴り響く自分の頭蓋骨の音を聞きながら、ソレは気が狂ったように悲鳴を上げる。

体液がそこら中の穴から流出し、飛び出しそうな目をギョロリと動かせば、何の躊躇もなく無表情のまま自分の頭を踏み続けている緒凛の姿がうつった。

それはもう人と呼ぶにはふさわしくない行為だった。

緒凛はようやく足をよけ、静かにしゃがみ込んで、男の二の腕を自分の膝で押さえ込む。

ベキンッ……と割れるような音が聞こえたかと思えば、突如として襲い来る激しい痛みと、あからぬ方向へと曲がった、自分の腕を見て、男は鳴いた。


「ぎゃあぁああぁぁあっ!」


ふと、緒凛の動きが止まった。

必要以上までに甚振られた男は、ただ痛みに顔をゆがめ、涙と鼻水、吐き出した汚物で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら緒凛を見る。

自分から静かに離れていった緒凛は、片手で顔を覆いながら体を振るわせた。

気が触れたように緒凛は高笑いを始めたのだ。


「くはっ……あははっ……あはははははははっ!」


最早、逃げ出す者さえいたほどだった。

唇を愉快そうに歪め、指の間から見せた瞳は恐ろしい殺意を含んでいるようにも見える。

ただひたすら笑い続け、ようやく電池が切れたかのようにピタリとやんだ笑い声に、誰もが目を見開いた。


「……すまない……。どうかしていたみたいだ。一瞬、意識が飛んでいたようだ」


ようやく漏らした緒凛の言葉に、周囲はギョッとした。

今までやっていた行為が無意識だったと言うのだ。

驚かずに居られようか。

あそこまで鬼畜な行為をしておきながら、それを無意識で片付ける緒凛の心境がわからなかった。

緒凛は静かに痛めつけていたSPの顔を覗き込んだ。


「本当にすまなかった……が、君達も悪い……。いくら雇い主の命令とは言え、やっていいことと悪いことの区別ぐらいついただろう……。これに懲りて、金輪際、真織には近づくな」


先ほどと同一人物なのかと疑いたくなるほど穏やかで静かな声だった。

男は頷く力も残っておらず、ただ呆然としながら視線で返事をする。

緒凛もそれを理解したように静かに頷いて、男に言った。


「病院は手配する。治療費もこちらが負担しよう。体の自由が利かない間はすべてこちらが責任を負うよ。本当にすまなかった」


緒凛はそれだけを言うと、また立ち上がり、周りで動けないでいたSPたちに声をかけた。


「彼を病院へ連れて行ってあげてくれ。状況が落ち着き次第、俺の方に連絡を取るように。わかったね?」


そう言って緒凛は、周りの返事も待たずに歩き出した。

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