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真相を知るとき

桜の花びらも、そろそろ自分達の出番は終わりだと舞い散り始めた四月半ば。

緒凛の元へ来て二ヶ月が過ぎた。

真織もこの春から三年生になったわけだが、相変わらずといっていいほど学校には行っていない。

二年生の学年末考査だけはどうしても受けなければならなかったため、何度か学校に足を運んだが、茅の力添えもあり、なんとか三年生に進級できた。

三年生になれば真織の所属するデザイン科はいくつかのコースに分かれ、その道を極める為の技術や知識を身につけることになる。

とは言っても、真織は特にこれといって学びたいことはなかった。

高校は入れるならばどこでもよかったし、高校を卒業すれば就職するつもりでいたからだ。

一応、シルバーアクセサリーを作ってはいるが、ほとんどは趣味の延長線上でのことなので、これ以上技術を磨こうという気はまったくなかった。

緒凛との関係も、また代わり映えはない。

寝たふりをした一件以来、緒凛は真織を避けるようなことはしなくなったし、以前通りに接してくれる。

我侭や傲慢さは始終発揮されているし、多種多様なセクハラや言動の数々も健在だ。

添い寝はいつの間にかしなくなっていて、それが今では当たり前になってしまっている。

なんだか肩透かしを食らった気分だ。

あんなことをされて、あんなことを囁かれて、本当に本当はとても期待していた。

いつ起きている時に同じ事を言われるのだろうと、ドキドキしながら待っていたけれど、いくら待てども緒凛にそのような動きはない。

自分から聞こうかと思っても、あの時は寝たふりをしていたわけだし、もしかして、あれは自分ではなく誰かにそう伝える為の練習台にされたのでは? という疑問が浮かび上がってきて、なかなか口に出せないでいるのだ。

勘違いをして尋ねるなんて痛い子になりたくはない。

考えれば考えるほどわからず、頭を抱える日々が続く。

緒凛には決して悟られたくない悩みを抱え、真織は一日、一日と緒凛と過ごす日々の幸せを噛み締めていた。


「真織、少し留守をしていてくれるか」


ふと、リビングのソファで読書をしていれば、声をかけられ顔を向ければ、私服に着替えた緒凛が立っていた。

パジャマ姿とスーツ姿しか見たことがなかった真織にとって、その姿は新鮮に目に映る。

白い英文が並ぶ黒いTシャツの上に、青いチェックの入ったシャツを着ている。

黒いジーンズを身に着けた緒凛の足はスラリと長く、最高のプロポーションの持ち主だな、と、真織は内心で頷いた。

ふと、緒凛の胸元に目が行った。

シルバーチェーンに掛けられた指輪が鈍く光る。

以前、真織が緒凛をイメージして作成したシルバー製の指輪だった。

なんの飾り気もない輪を少しだけ捻らせたいびつな形をした指輪。

緒凛には言っていないけれどあれは横から見れば『∞(無限大)』の形になる。

緒凛に秘められた可能性を表わそうとしたとき、そういう形になったのだ。

アクセサリー類は一切身につけない主義らしく、緒凛はそれを指にはめることなく、ネックレスとして使っていた。

仕事上の都合もあるらしいが、ネックレスにしておけば落とす心配もないし、衣類の下に隠れるため支障はない。

それに肌身離さず持っていられるので最適だと言っていたのを思い出した。

思い出すだけで顔が赤くなる。

それを渡したとき、緒凛はまるで小さな子供のようにはしゃいで喜んでくれた。

喜びすぎてわけのわからないダンスまでさせられたけれど、それほど喜んでもらえるなら作り甲斐があったというものだ。

真織は読んでいたページにしおりを挟み、すでにリビングを出て玄関で靴を履いていた緒凛の後姿に話しかけた。


「どこ行くの?」

「ちょっと人に会って来る。夕飯までには帰ってくるけど、もし何かあったら携帯に連絡しろ」

「うん……」


緒凛の言葉に不安がよぎる。

まさか自分を練習台にした、本当の告白相手ではないだろうかと思ったからだ。

少しだけ落ち込んだように真織が答えたことに、緒凛は振り返って、真織の頭を優しく撫でた。


「すぐ戻ってくるさ」

「うん、わかった」


心配掛けさせてはいけないと、真織は笑顔で緒凛を送り出すと、まだ夕飯を作る時間には早すぎるなと感じ、再びリビングのソファで読書を再開することにした。


 ◇◆◇


晴れているな、とすでに青葉の目立つ桜の木を見上げながら緒凛は思った。

車を走らせて一時間以上かかって着いた大きな公園には、まだ待ち合わせの相手は来ていない。

なにぶん、相手は忙しい人だからとわかってはいても、緊張する気持ちはおさまらない。

平日のため、人も少なく桜の時期も去ったことで、あたりは静かに春風にそよめいていた。


「待たせたかな」


ふと掛けられた声に、緒凛は視線を向け、目当ての人としれば、小さく会釈する。


「お久しぶりです」

「ああ」


相手も小さく笑みを浮かべ、それから緒凛と並んで歩き始めた。

緒凛より少しだけ背の低いその人は、最初に会ったときとまったく別人のような清楚な格好をしていた。

清楚といっても、着ているものは赤いワイシャツに黒地に薄くラインの入ったスーツ。

生やしていた無精ヒゲも綺麗にそられ、髪をオールバックにしているその人は、見るからに怖い印象を与えていた。


「お忙しい中、時間を割いていただいてありがとうございます」

「いや、俺も真織を預けた身としては、真織の最近が気になって仕方ないんだ」

「組の方はどうなんですか?」

「相変わらず、親父がぶっ倒れてからてんやわんやで困ってるよ。やれ、襲名だのやれあいさつ回りだの、ったく、やってられるかっつーの」

「二宮組の組長襲名、おめでとうございます」

「面倒くせぇだけだ」


そう言ってゲラゲラと笑ってみせた相手は、間違いなく真織の父親だった。


二宮直弥にのみやなおや

日本有数の二宮組組長の長男として生まれるも、その世界で生きることに嫌気を感じ、二十一歳の時に出会った真織の母親と結婚を期に家を出た。

その後、父の監視下に置かれながらも普通の家庭を築き上げていたのだが。


「真織は元気か?」

「相変わらず、贅沢嫌いは直っていません」


直弥の言葉に、緒凛が肩をすくめながらそういえば、直弥は嬉しそうに笑う。


「あの子には昔から苦労させていたからな……アンタに任せようと思ったが、やっぱりアンタも苦労しているようだ」

「そうでもないですよ。真織と共に過ごす時間はとても充実していて……幸せです」


緒凛の言葉を聞いて、直弥はふっと口元に笑みを浮かべると、近くにあったベンチに腰掛けた。

緒凛のことを配慮し、端の方に座るも、緒凛は立ったまま直弥の目の前にくる。

それから神妙な面持ちで自分を見つめてくる緒凛に、直弥は痺れを切らしたように尋ねた。


「それで? 今日は何の話で俺を呼び出した? まさか真織の近状報告だけの為に呼び出したわけじゃぁ……ないよな?」


ニッと微笑む直弥に、緒凛は表情を崩すことなく、いや少しだけ苦しそうな表情を見せ、遠慮がちに尋ねた。


「真織の、腰あたりにある傷のことについて……」

「何で知ってる? まさか寝たのか?」

「寝てません」


緒凛がようやく話を切り出せたと思えば、直弥は茶化すように聞いてくる。

自分がキスもそういう関係を持つのも駄目だと条件を出したくせに、なんでそんな聞き方をしてくるのかと、直弥のずれた考えに戸惑った。


「ただ……見ただけです。真織に尋ねると、悪ふざけをしていて花火があたったと言っていました」


話を進めれば、ニヤニヤとしていた直弥も、急に口をつぐんで緒凛を見つめる。

緒凛はその視線に返すように、目を細めてはっきりとした口調で尋ねた。


「あれは……どう見たって銃弾で撃たれた傷跡だ」


ざわざわと、会話を途切らせるかのように風が強くなった。

しっかりと座っている直弥を見下ろす緒凛に、直弥は直視することができずに、地面を睨みつける。

そんな直弥を追い立てるかのように、緒凛は質問をさらに重ねた。


「不思議だったんです。銃弾で撃たれた傷跡を、花火での事故だと本人は思い込んでいる。本来ならば、銃弾で撃たれた方の記憶が強く残るはずなのに……彼女はよく覚えていないと漏らした……。どういうことですか? アナタ、まだ何を隠しているんですか?」


睨むように見つめてくる緒凛を、直弥は腹を括ったように見上げた。

けれど、まだ煮えきらぬ思いを抱え、すぐに視線をそらす。


「借金があるという嘘、真織が負ったあの傷跡の原因……アナタは真織の人生を狂わせるような嘘をつき続けて……一体何を守ろうとしているんですか……」


だんだんと、緒凛の言葉が弱弱しくなった。

責めているつもりはないのに、責めているような口調になっていた自分が腹立たしい。

ただ知りたいだけだと思っていたのに、真織に嘘をつき続けている男の存在がわからなかった。


「……真織だよ」

「――え?」


不意に聞こえた回答に、緒凛は少しだけ驚いて直弥を見る。

そうすれば直弥は大きくため息を漏らしながら、背もたれに背中をつけ、空をあおるように見つめた。


「真織本人を守る為につき続けている嘘だ……」

「一体……何のために……」


緒凛が苦しそうに呟けば、直弥は緒凛を見つめ、フッと切なげに微笑んだ。


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