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独占欲

ようやく仕事を片付けて、部屋に戻れば、見覚えのある靴が玄関に並んでいて、俺はそれを不思議に思いながら自分も靴を脱いだ。

あの靴は確か蝶のものだ。

大きさからしても間違いない。

珍しいなと思った。

蝶が遊びに来ること自体は珍しくも何ともないのだが、真織が蝶を家に上げたということに驚いている。

そりゃあ、蝶は俺の身内だし、招き入れることがおかしなことではないけれど。


「きゃーっ!」


途端、聞こえてきた真織の叫び声。

静かな空間を切り裂くような悲鳴に、俺は一瞬不安がよぎる。

まさか……蝶?! 

俺は馬鹿だ。

いくら身内とは言え蝶も男。

男女が二人きりになるなんて危険すぎる。

なぜそれに気がつかなかった。

俺は焦りと不安から、叫び声の聞こえてきたリビングへと走った。

真織に触るなよ蝶……。

いくらおまえでも許さない。

真織に触れられるのは俺だけだ。

身内の蝶に対する怒りと嫉妬の念が気味悪く俺の心にからみつく。


「真織っ!」


そう、思わず叫びながらリビングに飛び込めば。

そこで繰り広げられていた光景に唖然とした。


「きゃはははっ! もっ……もうやだぁ! ちょっ! 待って待って! やっ……きゃはははっ!」

「今ここでやめたら罰ゲームになんないでしょ? 降参する?」

「きゃっ! やはははっ! し、しし、しないっきゃははっ!」

「頑固だね真織は。……罰ゲーム続行」

「やーっ! やめやめっ! きゃははっ! ま、参りました! 参りましたっ!」

「ふん……最初から素直にそう言えばいいんだよ」


そう言ってソファに寝ころぶ真織の腰から手を離した蝶は、ようやく俺の存在に気がついて、ニッと笑って見せた。


「あ、緒凛。おかえりなさい」


蝶の視線に、ようやく真織も俺の存在に気がついた。


「何……を……やってるんだお前達は?」


現状を理解できずそう尋ねれば、真織は体を起こし、乱れたパジャマを直しながら言った。


「アゲハがね、遊ぼうって言ったからオセロしていたの。罰ゲームでくすぐられてて……あー苦しかった」

「オセロ?」


そんなもの……ここにあったか? と疑いながら、ソファと並列に並ぶガラステーブルの上を見れば……。

なるほど……黒が圧倒的な差で勝利をおさめたままの形で、オセロがおいてあった。

それからふと違和感を感じて真織を凝視した。

俺の視線に真織がきょとんとした表情を見せてくる。

何だろうこの違和感……。

存在じゃない、今の会話に違和感を感じた。

そのモヤモヤがよく分からないまま蝶を見れば、蝶は俺に挑発的にニッと笑って。


「じゃ、凛兄帰ってきたから、俺帰るね。またね真織」

「え? アゲハもう帰るの? 緒凛に会いに来たんじゃあ――」

「それは言い訳。本当は真織に会いに来たから。風邪だって聞いて、本気で心配したよ」

「あらあら、最初のツンケンした態度は一体どこ行ったのかしら?」

「真織って根に持つタイプかよ」

「素直になったことに免じて許してあげるわ」


クスクスと笑いながら、オセロを片付け始めた真織を横目に、蝶は立ち上がって玄関へ向かっていった。

その蝶の動きを見ていた真織が、片付ける手を休めずに俺に言った。


「ごめん! 見送ってあげてくれる? 片さなきゃいけないから。アゲハまたね!」

「うん、また」


蝶はもう一度真織に振り返り、笑顔で小さく手を振ると、スタスタと玄関へ行き靴を履く。

それを後ろから見ながら、俺はどうしようもなく腕組をしながら蝶に尋ねた。


「どういうつもりだチョウ」


リビングに居る真織に聞こえないよう、声を潜めて俺が尋ねれば、蝶は靴の紐を結びながら振り返りもせずに「え?」と聞き返す。

俺が蝶から感じたもの。

あれは明らかにライバル心剥き出しの男の笑みだった。

身内だからといって油断していた俺も悪かったが、まさか一番可愛がっていた蝶があんな態度を俺に取るなんて……。

――それに、真織も真織だ。

いつの間に蝶を呼び捨てに呼び合うような仲になったんだ? 

最初に会ったときはあんなにツンケンしていた二人なのに、なぜ今になって仲良さげに遊んでいるんだ? 

考えれば考えるほど腹が立ってきたのだが、それをあえて表に出さないようにしていれば。

蝶は靴を履き終え、ゆっくりと立ち上がりながら俺に振り返った。


「真織と俺ってさ、年近いじゃん? だからすっげー話も合うんだよねー」


わざとらしく、仲を見せ付けるような言い方をした蝶の言葉に、俺はピクリと眉を動かす。

それに気づいているのか、蝶はクスクスと笑みをもらし、クセのある柔らかな髪を揺らして鋭い目つきで俺を見た。


「俺だってずっと好きだったんだ。まだ凛兄のものじゃないんだろ? だったら俺にも入る余地はあるよね?」


ニッと、笑っているのに、それは明らかに本気の目をしていて。

こんなに堂々と宣戦布告をされるなんて思ってもみなかった俺は、ぐっと息を呑んだ。


「凛兄はさ、身近に真織を置いているから安心しきってたのかも知れないけど、そんなこと……ないよ、ね?」


何が言いたいのかがよくわかる。

つまりは、だ。

いつでも俺から奪ってやる、といっているようなものだ。

このクソガキめ。

俺が何も言わないで居れば、蝶は飛び跳ねるように俺に背を向け、それから振り返らないまま手を振ってエレベーターに乗り込んでいった。


 ◇◆◇


低い機会音が俺を運んでいく。

俺はエレベーターの中で、深いため息をついた。

真織は言っていた。

自分はつい最近、緒凛への気持ちを自覚したって。

それと同時に、真織は自分の気持ちを伝えられないんだって言ってた。

凛兄と一緒のこと言ってるじゃないかって驚いた。

何が真織の気持ちを留まらせているのかがわからない。

何度聞いても真織は照れたように悲しそうに微笑むだけで、俺には教えてくれなかった。


両思いなのに互いの気持ちを知らない二人。


もどかしいことこの上ないったらありゃしない。

なんとか凛兄の気持ちを焦らすようには仕向けたけれど、今考えれば逆効果だったか? 

なんだろ、あの二人はほっとけない。

身内だからとか、もうそんな範疇はんちゅうはとっくに超えていて、おせっかいを焼かなきゃ気がすまないんだ。

なんかね、あの二人って似てるし、恋愛に関しては鈍感そうだもん。

ま、凛兄があんなに慌てる様子を見たのは初めてだったし、ホント珍しいもん見せてもらったよ。

……もう少し、遊べそうだな。

機嫌よくそんなことを考えながら、ようやく目的の階に到着したエレベーターから、俺はスキップをしながら降り立った。


 ◇◆◇


割り切れない感情がぐるぐると頭の中を駆け巡りながら、俺はリビングに戻った。

真織の姿はキッチンへと移動していて、使い終わった湯のみを洗っているようだった。


「緒凛、何か飲む?」


俺の気配を感じ取ってか、真織は手を休めることもないまま俺にそう聞けば、俺は何も言わないままゆっくりと真織に歩み寄っていく。


「緒凛?」


すぐ隣まで歩み寄ってきた俺を、真織は蛇口をひねり、流れ出ていた水を止めながら手を拭き、ようやく俺を見上げれば。

俺は真織の背後からぎゅっと抱きしめた。


「お、緒凛?!」


突然の俺の行動に、戸惑いがちに真織が声をあげる。

俺が答えるかわりにぎゅっと腕に力をこめれば。


「でっ!?」


真織はグギッと音がなるほど下から俺の顎を押し上げて、油断した俺の腕から逃げ出した。


「なぜ逃げる」


ムッとしながら尋ねれば、真織は「え? え?」と顔を赤くして、あからぬ方向を見つめる。

納得のいかない回答を得たならば、問答無用で押し倒してやる。

そんな実現もできないことを考えながら真織の回答を待っていると、真織はうーっと手を拭いていたタオルで口元を隠して言った。


「お……お風呂入ってないから臭いもん……」


風呂? ああ、そう言えばコイツ、風邪引いてたから風呂入ってなかったんだったな、と思い出す。

体は温かいぬれたタオルで何度も拭いていたらしいが、さすがに頭までは洗えてないらしい。

別にいいのに、と思ってはいるけれど、真織はやはり気にしているらしく、少しずつ後退していく。

……そんな風に逃げられたら意地悪したくなるだろうが。

俺のいたずら心に火をつけた真織の行動に、余裕のある考えをもちながらジリジリと近づいていけば、真織は俺を睨みながら後退を進めていた。


「真織……」

「な、何……ぎゃっ!?」


品のない真織の叫び声が耳元で聞こえる。

俺が真織を抱きかかえるようにして持ち上げれば、真織はバタバタと暴れだす。


「ちょっ! 離してよぉ!」

「風呂入るぞ」

「は? え、ちょ、どういうこと!?」


戸惑いの声をあげる真織を無視して俺はスタスタと風呂場に歩いて行った。

うちの風呂は二十四時間、年中無休で沸いている。

掃除するときにはボイラーを止めればいいだけだから、いつも清潔で真夜中に入っても温かな風呂に入れる。

ポケットに入っていたものを全て脱衣所の籠に投げ入れ、俺は服を着たまま暴れる真織を連れて風呂場に入れば、案の定、湯気の立ち上るバスユニットが目に入った。


「ね! ちょ、本当に降ろしてよ!」


そろそろキレ気味になってきた真織を、俺はご希望通り、湯の張ったバスユニットの中に服を着たまま投げ入れた。

ザブンッと勢いをつけてお湯が溢れ出し、真織は何が起こったのかと頭まで湯につかり、ぶはっと息を荒げながら顔を出すと、横に立つ俺を思い切り睨んだ。


「何すっ――」


ザブンッ――新しいお湯しぶきが立つ。

俺がスーツのまま真織に向かい合うように風呂に入れば、真織は信じられないといった表情で唖然とする。

そんな真織の視線が痛くて、俺は一度お湯にもぐりこむ。

それからふぅっと大きく息を吐きながら濡れた髪をかきあげて真織を見れば、真織はまだ呆然としたまま固まっていた。

すっ……と一筋の雫が真織の頬を撫でた。

シルク生地の白いパジャマから透けて見える真織の下着。

体にピタリと張り付くそれは、あまりにも悩殺的で理性を失いそうになる。

自分の体が反応しないうちに、俺はふと視線をバスユニットの横にある曇りガラスの出窓に向けると、そこには真織が以前、園芸が趣味の清掃のオバサンにもらったといっていたバラの花を見つけ、その中から一本だけ手にとった。

綺麗に刺が抜かれているそれは、あまりにも鮮やかな赤を映し出す。

その滑らかな花びらを真織の唇に押し付けて、俺はゆっくりと風呂の中を移動する。

真織からバラを離し、指先でバラをくるりと半回転させる。

真織の唇に触れてた花びらに、俺は静かに口付けて。

直接触れたいと願うが、そういうわけにもいかない。

間接キスで喜ぶなんてとんだお子様思考かもしれないけれど、今の自分にはこれが精一杯で、一番贅沢なことのように思える。

自分でそう言い聞かせながらそのままの状態で真織を見れば、真織はボッと顔を赤らめて顔をそらした。


「ふ、服のままお風呂に入るなんて、緒凛おかしくなっちゃったんじゃないの?」


明らかに動揺しているな、と、俺は少しだけ余裕が出て、手にもっていたバラの花びらをむしり取ると、水面にそれを撒き散らした。


「ちょ、何してっ! もったいない!」

「どうせ花なんて枯れるんだ。綺麗に咲いているうちにこうやって使ってやった方が得策だろう」


そう言って花びらを失った茎を出窓におき、残ったバラも同じように水面に撒き散らしていく。

俺の手からハラハラと落ち、水面でゆらゆらと揺れる花びらを、真織は何も言わずにじっと見つめた。


「きれい……」


ボーっと見つめていた真織の口から、そんな言葉が漏れた。

勿体無いと言っていた割には、気に入ってくれたようだ。

花びらの揺れる向こう側に見えた真織の方が、何倍も綺麗だと言いたかったけれど、照れくさくなるのが目に見えているのでやめた。


「なんか、違和感あるね」

「何が?」

「服を着たままお風呂に入るなんて初体験だもの」


機嫌が直ったのか、真織はクスクスと口元に手を当てて笑い始めたのを見て、俺はすっと目を細めた。

――ああ、笑ってる。

真織が笑っている。

ただそれだけなのにすごく嬉しい。

こんなにも心満たされている自分が居る。


嬉しい――もっと

もっと見せてくれ

その優しい笑顔を

狂おしいほど愛しい君の微笑を

俺だけに見せて


誰にも、渡したくないと思った。

たとえそれが可愛がっていた弟の蝶であっても、もう二度と誰かに触れて欲しくないという独占欲がふつふつと沸き起こってくる。

そんなことが無理だということは百も承知だ。

わかっているのにとめられない。

止まることを忘れた暴走列車のように、俺の気持ちは加速していく。

ごめん、と謝りたくなった。

こんな卑怯な手を使って、真織を手に入れようとして、きっと事実を知ったら、俺は真織に嫌われるだろう。

それでも傍に居たいと願ってしまった俺を許して欲しい。

いや、許さなくてもいい。

だから想うことを否定しないで欲しい。

何度好きだといいそうになったかわからない。

その度に真織の父親と交わした条件を思い出し、苦しい気持ちのまま真織を見つめた。


好きだ

好きだ

好きだ

好きだ

好きだ

好きだ

好きだ

大好きだ

お前が好きなんだ


今にもそう叫びだしたいほどに、君を愛している。

むちゃくちゃにして、今すぐ抱いてしまいたい。

きっとそんなことをすれば、今まで築き上げてきた真織との関係が一瞬で壊れてしまうとわかっている。

せめて……と、俺は静かに真織との距離を縮めれば。

真織は水面に浮かぶ花びらからふと、俺に視線を向けて。


「緒凛?」


ふと、真織のパジャマのボタンをはずし始めた。


「えっ?!」

「黙ってろ……動くなよ? 命令だ」

「――っ!」


本当はこんな言い方したくないんだ。

同意の上でしかこんなことはしたくない。

けれど、限界だ。

本当にお前を誰にも取られたくないんだ。

そう思いながら、俺はボタンを上から三つほどはずせば。

真織の滑らかな肌があらわになる。

左右対称に、綺麗に浮かび上がる鎖骨に、俺は唇を這わせる。


「やっ! お、おり……」

「黙れ」


ぎゅっとしがみついてくる真織の腕が、体が震えているのがわかる。

けれど、俺は行為を止めることなく、真織の鎖骨の位置に吸い付いた。

ビクッと真織の体が過敏な反応を見せる。

ゆっくりと唇を離せば、そこには目的としていたキスマークがくっきりと浮かび上がる。

それに満足しながら、涙目になっている真織を見上げた。


「これは……俺のものだというしるしだ。お前は俺のものだ……誰にも渡さない」


そう自分に決意させるように呟いて。

俺は自分のネクタイを緩め、ワイシャツを肌蹴させながら、真織と同じ場所を指差した。


「俺にもつけろ」

「え?」

「早く」


突然の俺の命令に、真織は一瞬躊躇する。

それでも、俺の様子がおかしいと思ったのだろう。

何の反抗もせずに、真織は恐る恐る俺に近づき、そこに顔をうずめた。

真織の唇が触れた瞬間、体がゾクリと震えた。

キスマークのつけ方がわからないらしく、真織は何度も何度も俺のそこに口付ける。


「強く吸え」


そうすれば、ちゃんとできるから。

俺の言葉に、真織は戸惑いながらも遠慮がちに俺の鎖骨に吸い付けば、ようやく満足できるような跡が残り、俺はそのまま真織を抱きしめた。


「俺は上がる。真織はゆっくり入って来い」


俺は真織の耳元でそう呟けば、すぐに真織を開放して風呂から上がった。


「あ……」


真織が何か言いたげに声をあげたけれど。

もう理性が限界だと叫んでいる俺には、振り返ることもできず、何も答えないまま風呂場を出る。

ドアを閉め、理性を保った自分を誉めながら深くため息をつくと、そこに備え付けられていた洗面所の鏡に、自分の哀れな姿が映り、自分の目をくぎ付けにした。

くっきりと残ったキスの跡。

鏡越しにそっとそれに触れれば、真織の唇の感触が鮮明に思い出される。


なぁ真織――気づいているか? 

俺がお前にこれと同じものをつけるように頼んだってことの意味

お前が俺のものなら

俺はお前のものだよ

なぁ真織……

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