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優しさと傲慢さ

「うー……」

「そろそろ慣れたらどうだ?」

「無理言わないでよ……」

「明日は休みだからずっと一緒に居られるぞ。光栄に思え」

「それでこそ無理……」

「減らぬ口だな。その口、俺と同じモノで塞ぐぞ?」

「こ、光栄であります閣下」


頬を赤らめながら真織が呟けば、緒凛は満足げにクスクスと笑う。

男女がベッドの上で寝ころんでする会話がこれだ。

毎日のように真織は緒凛に添い寝をする。

妥協に妥協を重ねてネグリジェではなくなったことには感謝だが、男の腕枕で毎日寝ているのが自分でも信じられない。

緒凛は最初に真織に言ったことを忠実に守っており、真織に性的行為を求めてくることはない。

時々体を撫で回すのはやめてほしいが、この人のセクハラは生涯治ることがなさそうだと諦めてもいるのだが。

今日もまた、緒凛は空いている手を真織のパジャマの裾から入れ、腰の辺りを撫で回している。

緒凛のゴツゴツとした男の手が、直に触れる度に、真織は心臓が張り裂けそうになっているのは気づいているだろうか? 

ふと、緒凛の手が止まった。

なめらかな真織の肌にあり得ない形を感じてのことだろう。

真織がふと緒凛を見れば、緒凛は急に体を起こして真織を見た。


「その腰の……背中にあるものはなんだ?」


緒凛の言葉に、真織は「え?」と不思議そうな顔を浮かべ、それから緒凛と同じように体を起こして、少しだけ自分のパジャマを持ち上げた。

緒凛の差す位置には、肌が凸凹となった傷跡があった。

手術の跡にも見えるそれを、真織も自分の目で確かめながら「ああ」と言った。


「小さい頃、ふざけて花火していたらここにロケット花火が当たっちゃったらしくて」

「当たった“らしい”……?」

「よく覚えてないの」


真織がケロリとそう答えると、緒凛はすっと目を細めた。

何かあったのだろうかと真織は小さく首を傾げる。

古傷だし今は痛みすらないのに、緒凛がひどく心配そうな顔をしたからだ。


「今は痛みもなんともないし平気だよ?」


緒凛を気遣うようにそう言えば、緒凛は眉間にしわを寄せた。

何か気に障るようなことを言っただろうか、と真織はまた逆の方向に首を傾げてみせる。

途端、真織の体は緒凛の方へ引き寄せられ、いつの間にか緒凛の腕の中にいた。


「女の子の体に傷が残っているのは、こんなにも複雑な気持ちになるものなのか」

「別に気にしてないもん」

「傷を消す手術しようか? 金なら心配要らないぞ」

「い、いらないよ」

「でも真織の体がなぁ……」


緒凛があまりにも心配そうに言うものだから、真織は緒凛の胸を押し返しながら顔を上げて緒凛を見つめた。


「あのね、傷を消すっていうのは傷に新しい傷を重ねるってことよ? そんなことで綺麗に傷が消えても嬉しくなんてないわ」


むぅっと頬を膨らましながら真織がそう言えば、緒凛は困ったように微笑んで、真織の額にキスを落とした。


「真織らしいな。すまなかった。いらぬ世話だったな」

「べ、別にいいけど……」


緒凛の優しい態度に、真織は酷く戸惑いながら顔を背けた。

それを知ってか、緒凛はクスクスと笑って真織の頭をなでる。

いつも意地悪で傲慢で我侭で、セクハラの耐えない緒凛に優しくされるのはなんだか気恥ずかしい。

前まではあんなに嫌だ嫌だと思っていたのに、なぜ今はそれを受け入れてしまっているのだろうかと、そう思える自分が嫌でたまらない。

恋という気持ちを知らぬ真織にとって、自分の気持ちは未知のものだった。


「さあ、寝よう。明日、どこかへ連れて行ってやろうか?」


ニッといたずらっぽく笑みを漏らした緒凛の言葉に、真織の脳裏に、一瞬、あの懐かしい場所がよぎった。

けれどすぐに小さく首を振り、駄目だと自分に言い聞かせて、緒凛を見上げて笑顔を作った。


「緒凛と一緒ならどこでもいいよ?」

「ホテルはどうだ?」

「そのホテル、明後日には大きく新聞に取り上げられることになりそうよ? 黒澤不動産専務、女子高生と!? とかいう見出しで」

「……それはマズイな」

「それともあれかしら? 密室殺人事件が一面トップかな?」

「おいおい、誰が殺されるんだ?」

「私」

「お前か?! 俺じゃなくてか?!」

「あら、殺されるほどの発言をした自覚があるみたいね?」

「ぐっ……すまん、冗談だ」


殺意ある真織の一言に、緒凛は素直に謝れば。

二人は笑いながら静かにベッドへと沈んだ。


 ◇◆◇


真織が目を覚ますと、慌しく着替えている緒凛の姿が目に入った。

眠い目をこすりながら起き上がれば、緒凛も真織が起きたことに気がついて視線を向ける。


「ああ、お早う真織」

「お早う……どうしたの? 今日休みじゃなかった?」


いつも通りのスーツ姿に着替えている緒凛に、真織がぼーっとしながら尋ねれば、緒凛は申し訳なさそうに言った。


「その予定だったんだが、大手マンション建設の件で大量の発注ミスがあって、腹の立つことに俺も出社する羽目になったんだ。ただでさえ工事着工が遅れてるのにこんなところで時間ロスが発生してしまって、得意先がカンカンでな」

「そうなんだ……」

「直接得意先に謝りに行った後、会社に行かなければいけなくなった。ったく……」


社会人は大変だなぁと思いながらため息を漏らして頭をかけば、緒凛は真織の態度を勘違いしたらしく、準備する手を止めて真織の頭をなでた。


「すまない、出かける約束をしていたのに」

「ううん、大丈夫。別にこれといって行きたいところはなかったし」

「そうか……」


心なしか残念そうにする緒凛は、身支度を再開する。

幼さを演出していた前髪を、ムースでオールバックに決め、鏡を覗き込む緒凛に、真織は枕を抱きかかえながら尋ねた。


「緒凛ってなんでいつもオールバックなの? 髪の毛下ろしてる方が年相応でいいのに」

「年相応だと駄目なんだよ」

「どういうこと?」

「会社では俺の年齢は三十五になっているから」


緒凛はそういいながら首にかけていただけのネクタイを、しめはじめる。

緒凛の言葉に、真織は首をかしげて年齢のサバを読む意図を考えた。


「それじゃあ絃さん、緒凛が生まれた時の年齢が小学生じゃない?」

「親父も年齢詐称しているからその辺は問題ない」

「何で年上に見せようとしてるの?」

「会社には威厳というものがあるんだよ」

「威厳?」


わけがわからない、と真織が首を傾げれば、緒凛はネクタイをしっかりと締め、それからベッドの上に座る真織に視線を合わせるように姿勢をかがめて微笑んだ。


「お前なら自分より年下の上司が居る会社に入りたいか?」

「あ……」

「ま、そういうことだ」


真織が理解したことを察し、緒凛が苦笑いを浮かべれば、真織はなんだかそれが寂しいと思えた。

会社のために自分を偽るというのはどういうことかよくわからない。

けれど決していい気分ではないだろうと思う。

背広を着て、出かける準備の完了した緒凛に、真織はベッドから飛び降り、服の袖を引っ張った。


「あのね、私年齢とか関係ないと思うよ? 本当の緒凛はすごくがんばっていて、それはみんなもわかっていると思うの」


慰めるつもりはなかった。

けれど自分も同じように見ていると思われるのが嫌だと思ったのも事実だ。

真織がそうつぶやけば、緒凛はまた眉間にしわを寄せて真織の頭をなでた。

それからすぐに体制を建て直し、背広のポケットに入れていた携帯が鳴ったのを確認した緒凛は、真織を見下ろして静かに言った。


「迎えが来たみたいだ。行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 ◇◆◇


暇だ……実に暇だ――、と真織はソファの上で寝返りをうった。

本来ならば今日は緒凛とどこかへ出かける予定だったため、昨日必死にすべての家事をやり終えた。

緒凛が強制的にそうさせたのだが、そのため今日はすることがまったくない。

ネットをしていても最近は飽きてしまったし、テレビも面白いものをやっていない。

茅からもらったノートのコピーに目を通しもしたが、今はなんだか勉強するという気分にはなれない。

緒凛が居ないときは外出を控えている。

なんとなくだが、一人で外出することがいけないことのように思え、真織は暇すぎる時間を恨むように天井を見上げた。

そんな時、真織の暇を察するかのように携帯が鳴った。

真織は気後れしながらもやかましく騒ぎ立てる携帯を手にとってため息を漏らす。

真織の携帯番号を知るのは、これをくれた緒凛だけだ。

約束を駄目にした本人からの電話だなんて、と暇なことを緒凛のせいにしながら仕方なく電話に出れば、第一声はこれだった。


『出るのが遅い!』

「るさいなぁ……仕事は?」

『今仕事中だ。それより真織、今どこにいる?』

「今? リビングだけど?」

『そうか、俺の書斎に移動しろ』


偉そうな電話口調の緒凛の態度に、ムッとしながら真織はゆっくりと身を起こして指定された場所へ歩きだした。


『着いたか?』

「まだ! そんなに急かさなくても……」

『こっちは急ぎなんだ。早くしろ』


今朝の優しさどこかに置いて来たな、と真織は電話の向こうの緒凛にべぇっと舌を出しながら、今度は急ぎ足で緒凛の書斎に入った。


「着いたけど?」

『ディスクの上に茶色い封筒がないか? A4の大きさのやつ』


散らかっている書斎の中を進み、ディスクの上を見れば緒凛に言われたとおり、茶色い封筒がそこに無造作に置かれていた。


「あるけど」

『それを至急届けてくれ』

「……どこに?」

『俺のところに決まってるだろ? 今お前のパソコンに会社までの地図を送るから、それ見てすぐに持って来い。わかったな』

「は? え、ちょっ……」


反論しようとも、携帯はむなしく終話の音が鳴り響いた。

携帯を折りそうなほど強く握り締め、自分勝手すぎる緒凛の態度に腹を立てる。

書類だなんて……と思う反面、それでもやはり緒凛は自分の雇い主だ。

言うことを聞かないわけにはいかないだろうと、真織はわざとらしく足音を立てながらパソコンのある部屋へ向かった。

パソコンを起動しメールを開けば、言われたとおり緒凛からメールが届いていた。

本文は書かれておらず、本当に会社までの地図が添付されているだけだ。

真織はイライラとしながらそれをプリントアウトして、握りしめると、パソコンの電源も落とさずに部屋を飛び出した。

こうなったら直接文句を言ってやろうと。

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