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GOING UNDER  作者: 古蔦瑠璃
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 その夜、美奈子が1階のパパの書斎で勉強していると、電話がかかってきた。

「美奈子、あんたによ」

 居間でテレビを見ていた姉の真由子が、子機を直接渡しに来てくれた。

「男の子から」

「男の子?」

 美奈子はコードレス電話を受け取りながら、たまに電話で連絡をくれる、小学校の頃からの馴染みの友達何人かの名前を上げた。

 真由子は首を振った。

「違うわよ。声聞いたことない人」


 美奈子が受話器に耳を当てたのが気配でわかったのか、電話の向こうの人物は、口を開いた。

「やあ、美奈子ちゃん。今の、お姉さん? 君と声がそっくりだったから間違えちゃったよ。あとでいいから、謝ってたって伝えといてくれると嬉しいな」

「あなた! 昼間の? 梅宮紀行?」

「名前、覚えててくれたんだ。光栄だな」

「何の用? ていうか、どうしてうちの電話番号知ってるの?」

「学年名簿に載ってるからね」

「だからどうして部外者が学年名簿を見るのよ」

「知り合いに、君らの中学の同じ学年の子がいてね。でも、まあ、そんなことはどうでもいいよ」

 どうでもよくない。学校の名簿をたどって知らないやつから電話があるのは気持ちが悪い。けれども美奈子はそれには触れず、何の用という質問を繰り返した。

「実は、今しがた、琴子ちゃんに電話かけたんだけどさ、お母さんが出て、取り次いでくれないんだよね。名簿借りた奴から名前も借りて、同じクラスの柿崎ですって名乗ったんだけど、けんもほろろでさ。用事があるのなら、こそこそ電話なんて掛けてこないで明日教室で言えとか言われて切られてしまったよ」


 琴子のママが、男子からの電話を取り次がないのは、今に始まったことではない。

 夏休み前のこと、本物のクラスメートで美奈子とも幼なじみである梨田耕平が、グループでやる研究課題についてのちょっとした打ち合わせの電話をかけたときも、彼は用件を事細かにママに説明させられたあげく、伝言しておくからもういいわねと言われて直接は琴子を呼び出してはもらえなかった。

 桜井のお袋って、ちょっと変わってんのな。

 翌日ぼやくような口調で梨田は美奈子にことのいきさつを話した。

 箱入りなのよ、と美奈子は軽く受け流した。悪い虫がつくんじゃないかって心配しているのよね。

 虫なんかつくかよ。おまえが桜井に四六時中張りついて、登下校も全部エスコートしてりゃ、話しかける隙もねえっつーの。

 なあに、梨田くん、隙をうかがってたの? 笑って切り返した美奈子に梨田は、おれじゃねえよ、柿崎だよ、と言った。


「あなた、柿崎くんとどういう知り合い?」

「知りたい?」

 電話の相手は、含みを持たせた声で、聞き返してきた。

「あいつ、おれの雇った探偵なの。琴子と同じ中学に行って、彼女のこと、探ってくれるように頼んだんだ」

「ふざけないで」

「教えたら君も、琴子ちゃんのこと、おれにもっと教えてくれる?」

「聞きたければ、直接聞けば?」

「いつ?」

 相手は即座にそう聞き返してきた。

「きょうは君たちそうそうに帰っちゃうし、電話は取り次いでもらえなかったんだよ」

 美奈子は溜息をついた。

「琴子の何が知りたいの?」

「家庭環境とか、いろいろ」

「聞いてどうするの?」

「義妹に興味があるってだけじゃだめ? 琴子ちゃんが親父の病院で働く気なら、おれたち将来は同僚になるわけだし」

「どうせ、あきらめさせようとしているんでしょ?」

 今度は梅宮が溜息をつく。

「人が外側からどうこう言ったところで、結局決めるのは本人だろ? あきらめさせるとか、そんな大それたことを考えていたわけじゃないよ」

「あきらめろってはっきり言ったくせに」

「まあね。でも、あきらめないってはっきり言われたし」

 電話の向こうで梅宮はくっくっと笑った。

「可愛かったなあ。動揺して腕とか震えてんのに、突っ張らかっちゃってさ。病院を譲る気はないけど、職場で一緒になるのは悪くないかもと思い直したよ。ああ、その前に、高校では後輩だよね。もちろん受かればの話だけど」

 相変わらず小ばかにしたような調子で梅宮はそう言った。

「考えてみれば、血のつながった妹なんだよね。女の子として見ても結構可愛いし。おれとしてはやっぱり医者なんかを目指すのはもったいないと思うんだけど、美奈子ちゃんもそう思わない?」

「わたしの意見を聞いても仕方ないでしょ」

 美奈子は思わず肩をそびやかした。と言っても電話の向こうには見えるはずもなかったけれども。

「あなたの言ったとおり、決めるのは本人だとわたしも思うし」

「君、クールだね」

 梅宮は感心したように言った。

「会って話せないかな」

「何を?」

「琴子のこと」

「お断りよ」

 美奈子はそう答えるなり、通話オフのボタンを押した。ずいぶんと長く、話を切り上げるタイミングを逸してしまっていた。


 子機を居間に戻しに行こうとしたら、すぐまたコール音が鳴り始めた。

 通話ボタンを押して、耳に当てる。

「いきなり切るなんてひどいよ」

「もう、話すことないもの」

「琴子のことは、教えてくれないの?」

「あの家の雰囲気ぐらい、電話かけてわかったでしょ?」

「あのうちの母親が男からの電話には敵意を剥き出しにして応対して娘には一切取り次がないとか?」

 梅宮はそう聞き返した。

「それとも、あの人、君が電話してもあんな調子? つっけんどんなのが性格なのかな? 母と娘なのに、ずいぶん違うよね。琴子も大人になったらあんな風になるのかな?」

「なるわけないでしょ」

「やけに自信ありげだね」

「……梅宮さん」

 声の調子を少し押さえて、美奈子は言った。

「あなたと話していると、なぜだかわたし、不愉快になってくるの。最初は琴子のライバルだからだろうと思ってたんだけど、どうもそうじゃないみたい。あなたの言葉の調子が、いちいちひっかかるのよね。こういうの、性格が合わないっていうのだと思うわ。金輪際もう電話を掛けてこないでくれると嬉しいのだけれど」

「残念だな、それは。おれは君のことが気に入ったのに」

 そう言いながらも、梅宮の声に落胆の色はない。

「けど、また電話するよ。決めるのはおれだから」

「しつこい男は嫌われるわよ」

「もう嫌われてるのなら、その脅しは効力ないよ。じゃ」

 電話の向こうで梅宮が微かに笑った気配がした。

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