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GOING UNDER  作者: 古蔦瑠璃
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-3-

 駅前のハンバーガーショップに誘われたが、下校途中だからとそれを断って、駅から歩いて10分ぐらいのところにある図書館に向かった。

 休憩室のテーブルのひとつに荷物を置き、紙コップのジュースを運びながら、梅宮紀行はうろんそうに美奈子をちらりと見た。

「なんで君がついてくるかな。てか、あんた誰?」

「あなたが琴子に対して喧嘩腰のような気がしたから、ついてきたの。気のせいかもしれないけど」

 美奈子がそう言い返すと梅宮は、ますますうろんそうに美奈子を見た。

「菊本美奈子よ、琴子のクラスメートの。ちなみにわたしもS高志望。よろしく先輩」

 琴子にみんなの荷物の番をしてもらって、美奈子は自分と琴子の分の飲み物を運んでいるところだ。ジュースで両手がふさがっていたから手を差し出すことはできない。しかし、仮に美奈子が握手を求めたとしても、この先輩は応えてくれそうな雰囲気ではない。

「君もってことは、琴子もS高志望なのかな?」

 梅宮は少し目を細め、聞き返してくる。無意識にだか、わざとだか、彼は琴子をちゃんづけでなく呼び捨てにした。嫌な感じだ。

「例のばか医大の付属高校志望から路線変更したって聞いたけど、本当だったわけだ」

「琴子がどこの高校を志望しようが、あなたにとやかく言われる筋合いはないと思うのだけど」

 冷ややかにそう返した美奈子に、梅宮はくすりと笑って言った。

「君の方こそ、ずいぶん喧嘩腰だね」

 あんたが感じ悪いからでしょう。声には出さず、口の中でだけそう毒づいて、美奈子は琴子の目の前のテーブルにウーロン茶の入ったカップを置いた。

「ありがと、美奈」

 琴子は美奈子を見上げて、気弱そうな笑みを浮かべた。


「で、いいのかな、琴子ちゃん。お友だちに家庭の事情ってやつをバラしてしまうことになるんだけど」

 梅宮は自分も椅子に座り、琴子と美奈子を順番に見た。

 とっさに返事につまる琴子の代わりに、美奈子が言葉を返す。

「どうぞ。わたしは口が固いし、何があっても琴子の味方だから」

 一旦口に出してから、それでも一応琴子の確認をとる。

「琴、琴がわたしがいないほうがいいって思うんだったら、2階の自習室に行って問題集やってるけど」

 琴子は梅宮の方を見て口を開きかけ、黙って手元の紙コップに視線を落とした。迷っている様子の琴子に、美奈子は重ねて言った。

「わたしはここにいたいな」

「うん」

 俯いたまま、琴子は小さな声で言った。

「美奈、ここにいて」


「単刀直入に言うよ」

 ジュースを一口飲んで、梅宮紀行は切り出した。

「琴子ちゃんは医学部を目指すそうだけど、そんなことをしても無駄だよ。親父がはっきりおれに言ったからね。おれを後継ぎにするって。どのみち女に病院の経営は無理だって」

 琴子は大きな目をいっそう大きく見開いて、黙って聞いている。

「親父の思惑は別にしても、病院は法人だし、親父の個人財産じゃないからね。嫡出子じゃないからっていっておれが立場的に不利だってことはないはずだ」

 病院の経営。後継ぎ。嫡出子。話の流れからして、少年の言う親父とは、どうやら琴子のパパのことらしい。

 では、この男は、琴子の腹違いの兄ということになるのか。軽い驚きを覚えながらも、美奈子は自分がひどく驚愕したとかといえば、さほどでもないことにも気づく。琴子の両親ならあり得そうだとなぜか思えたからだ。

 ヒステリックで高圧的な琴子のママ。一見理知的に見えるけれども人間的な温度を感じさせないパパ。

 テーブルの向かいに座った少年をそのつもりで眺めると、どこか見覚えがあると美奈子が感じたその目許が、琴子の6つ違いの兄の知明に似ていたのだと腑に落ちた。髪の質は琴子に似ている。顔の造作は琴子の兄に似ている。総じて琴子のパパに似ている。


「どうかな。君の方で、この勝負から降りる気はない? なければライバルってことになるんだけど」

 ここで梅宮は一度言葉を切って、伺うように琴子を見た。

「琴子ちゃんは、中学受験に失敗してるんだってね。親父の話だと、本番に弱いタイプだってことらしいけど、医者になるためにはこれから高校受験して、大学受験して、そのあと国家試験にもパスしなきゃなんないんだよね。あと3つも、大変じゃない? いくら勉強頑張ったって、いざっていうときおたおたしてたんじゃ、しくじっちゃうよ」

 黙っている琴子の隣りで、美奈子は梅宮を睨んだ。やっぱりこの男、感じ悪い。

「もし、ばかR大学なりその他の適当な大学なりをうまく卒業できて、国家試験に受かったとしても、オペの度にびびって貧血起こしちゃったりで使い物にならないとか、そういうタイプじゃないのかな、琴子ちゃんって」

 琴子は外科医になるつもりはない。けれども美奈子はここでそのことに触れる気はしなかった。

「悪いことはいわない。医者になるのはあきらめなよ。君には君に似合った将来があると思うな」


「一言いいかしら?」

 琴子が何も言い出さないうちに、思わず美奈子は口を挟んでいた。

「あなたの都合に合わせて琴子が進路変更をしなきゃいけない理由が、どこにあるの?」

 梅宮は、今度ははっきりと、邪魔そうに美奈子を睨んだ。

「琴子ちゃんが医者を目指そうが、本当はおれはどうでもいいんだ。どのみち負けるつもりはないから。親父がもう決めてるって言ってるんだから、いくら琴子ちゃんが努力してみたって徒労に終わるだけだと思うな。だからこれは親切な忠告っていうやつ。素直に聞いとけば?」

 無言で少年を睨み返しながら、美奈子は乱暴に立ちあがった。スチールの椅子が床を引きずる音が、静かな休憩室に大きく響く。


「琴、帰ろ」

 琴子の腕をつかんで引っ張ると、琴子は物言いたげに美奈子を見上げた。

 美奈子は自分のと琴子のと2人分の荷物をさっさと抱えて、椅子をテーブルにしまう。

 琴子は一旦腰を浮かせかけて、再び椅子に腰を下ろし、梅宮を見上げた。

「あの、梅宮さん、あたし……」

 一度口ごもり、美奈子にせっかちに服の袖を引っ張られて、早口になる。

「あたしも医者になるのをあきらめること、できないんです。だってあたしにはそれしかないから。他には──何もないから」

 語尾が震えていて、琴子の動揺が伝わってくる。

「あなたのほうが医者に向いてるとしても、適役でも、あたしはあたしなりに頑張ってなんとかパパに認めてもらうしかないから……だからあたし……」

「そう」

 再び口ごもる琴子の言葉をさえぎるように、少年は口を開く。

「じゃ、せいぜい頑張ってみてよ。無駄だと思うけどね」

「もう行こうよ、琴」

 もう一度美奈子が琴子の服の袖を引くと、今度は琴子は素直に立ち上がり、美奈子に引っ張られるまま、素直にその場をあとにした。

 一度振りかえって見ると、少年は椅子を立ち上がり、口元にせせら笑いを浮かべて2人を見送っていた。

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